十二月の組香

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「烟くらべ」の景色に雪が降るという冬の組香です。

「辛卯」の年の暮、天つ御霊の追善として聞いてみましよう。

※このコラムではフォントがないため「説明: 説明: 説明: 火篇に主と書く字」を「*柱」と表記しています。

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説明

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  1. 木は3種用意します。

  2. 要素名は、「烟(けむり)」「雪(ゆき)」と「客(きゃく)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節等に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「烟」「雪」は各6包、「客」は3包作ります。(計15包)

  5. 「烟」「雪」「客」のうち1包ずつを試香として焚き出します。(計3包)

  6. 「烟」と「雪」を打ち交ぜて、任意に2包引き去ります。(10−2=8包)

  7. これに「客」2包を加えて、さらに打ち交ぜます。(+2=10包)

  8. 本香は、「二*柱聞(にちゅうぎき)」で10炉焚き出します。

「二*柱聞」とは、2炉ごとに1つの答えを回答するやり方です。

  1. えは、2炉ごとに試香と聞き合わせて、「聞の名目」の書かれた香札を1枚投票します。(2×=10包)

  2. 記録は、各自の回答をすべて書き記し、当たりに「点」を掛けます。

  3. 点数は、要素名の「聞の名目」の当たり1つにつき1点なります。(5点満点)

  4. 下附は、全問正解の場合は「全」、その他の場合は各自の得点を漢数字で書き記します。

  5. 勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとします。

 

豊かな街のイルミネーションが年の瀬を告げています。

先月、伊勢神宮に詣でました際、外宮から内宮に至る道すがらにある「猿田彦神社」に寄りましたところ、結婚式の白無垢やら七五三の晴れ着やらで大変賑わっておりました。「ハレの日」の家族連れをそれぞれ微笑ましく見ていた時…ふと「東北鎮護・陸奥国一之宮」の「塩竈神社」のことを思い出しました。私の実家から塩竈までは遠いので、小学校3年生の遠足が初詣でしたでしょうか。その後も「 塩釜の伯母の家の行き帰りに寄る名所」は、私自身が御加護に預かったことはないものの、「想い人から送られた写真」や「劇団の友人の結婚式」、「娘たちの岩田帯や受験の際の御札」と自分史の中にも何度か登場する神社 となりました。

その後、香道研究がきっかけとなって国文学を学び始めますと、「塩竈は中世日本の蓬莱山」(都人が勝手に想像していたパラダイス)であったことがわかりましたし、志野流の地敷紙の銀地には「塩竈」の図が書いてあります。国文的には「凶事」を示す図柄となっていますが、「儚くなっても想いは残る」という意味で、「塩竈のたゆたふけぶり」は、香道界の原風景と言っても過言ではないでしょう。

塩竈神社の主祭神は、「鹽土老翁神(しおつちのおじのかみ)」という「海水」の神で、『日本書紀』の中では、釣り針を失くした「山幸彦」に、龍宮へ探しに行くように助言したり、神武天皇詔勅では、神武天皇に「東方に青々とした山が四方に周った善き国(大和)があるので、その地を都にすべき」と進言したりする老賢者として神格化されています。(海水は全地球を廻っているから物知りなのです。)中でも最も大きな偉業は、「海の水から塩を精製することを人民に教えた」という伝説であり、塩竈神社の由来では、「日本で初めて製塩法を伝え、この地に留まった」ことになっています。

大震災による津波でいろいろな文化財が失われましたが、「塩竈神社」の場合は石段登り口までの浸水で済み、そこから202段も上にある神社そのものは安泰だったようです。一方、鹽土老翁神が海水を煮て製塩する方法を人に教えた時のものとされる4口の「神竈」のある「御竈神社」は市内中心部の商店街にあるため浸水し、汚泥にまみれました。私は、もともと乙好みですので、どちらかというと街中にひっそりと鎮座する「御竈神社」の方が贔屓だったのですが、「Youtube」で津波が商店街を遡っていく動画を発見して、胸つぶれるほどに心痛めたものです。伝説によると、「御竈神社境内の祠にある四つの神竈の水は、どんな大雨の時でもあふれることがなく、どんな日照りの時も枯れることがない」と言われ、普段は高い透塀越しに覗くだけで窯の中までは見ることはできませんが、それぞれ微妙に異なる色の水をたたえて静かに鎮座していたそうです。また、この神窯は「大きな災害の起こる前にはその水の色が変わる」とも言われていましたので、津波の後は 黒い津波をかぶって真っ黒だったであろうものの、「津波の直前はどのような色に変わったものか?」と想像に尽きませんでした。幸い「神竈」は津波で流出することなく、その場に鎮座しており、恒例の「藻塩焼神事」も7月6日には無事開催されたとのことです。

「鹽土老翁神」は、何と言っても「潮の流れを司る神」であり、「塩竈神社」は「東北鎮護」の御社ですから震災に関する責任は重大で、今年の秋は「出雲」に行く暇もなく(?)、相当に働いていただいた筈だと思っています。みちのくに雪の降り積む冬、なんとなく「復興」も冬籠りの態を示していますが、そんなことではいけません。塩竈や松島を身を挺して守った浦戸諸島 とそこに住んでいた人たちのためにも「千賀の浦に振る雪の風流」とは切り離して、神も人もアグレッシブに復興に向かって動き続けなければなりません。そうして、来年の春には浦戸の「菜の花」が見たいと願っています。

今月は、烟くらべに雪が分け入る冬景色「烟雪香」(えんせつこう)をご紹介いたしましょう。

「烟雪香」は、『外組八十七組(第四)』に掲載のある組香です。この組香書は、9冊9巻からなり、筆者不明かつ書写年代不明ですが、非常に綺麗に書写されているため、読み解くのに便利な本です。同名の組香は、聞香秘録『香道秋乃最中(全)』にも掲載があり、要素名、構造ともに同様に記載されています。『外組八十七組』は、掲載された組香のラインナップが「他書のどれとも似て非なるもの」であるため、あまり「新味」はないものの何処の流派のどの伝書から書写されたものかわからないという点で興味を引くものがあります。おそらくは、香道中興以後の江戸で、刊行本や写本を多く手にすることができるようになった時代に、「習いの十組、三十組」等の「表組」に飽き足らなかった香人が「外組」のベスト版として書き残したものかもしれません。今回は、両書ともに記載内容が同一であるため、記述に詳しい『外組八十七組』を出典、『香道秋乃最中』を別書として補足しながら書き進めたいと思います。

まず、この組香に証歌はありませんが、題号の「烟雪 香」と要素名、聞の名目等、小記録の景色から、「煙競香」と密接な関係があることは即座におわかりになるかと思います。「煙競香(けむりくらべこう)」は、御家、志野、米川の各流派により扱いの違いはありますが、概ね「三十組」以内に属する基本的な組香です。もともと「烟くらべ」の根幹には、「思ひ」の「ひ」を「火」に掛けて、「思いの深さを立つ煙に擬えてくらべること」を意味しています。「煙競香」も数種類の同名異組がありますが、概ね「塩竈」「炭竈」の対峙を主体に、試香のない「ウ(別、異)」「客」等を用いて景色を結び、一蓮托生対戦型(拾遺聞香撰)や札打ちの個人戦(奥の橘)等で「思火」の優劣を決する趣向となっています。そのような「烟くらべ」の景色に「雪」を加え冬の組香としたのが「烟雪香」の創案の端緒であることは間違いないでしょう。

次に、この組香の要素名は、「烟」「雪」「客」となっています。「烟」は、白い「竈の煙」と「人々の思い」を表します。本香が焚かれた時点では、何処にたなびくものかはわかりませんが、この烟がその他の要素と相まって、最終的に「塩竈」「炭竈」という景色を結ぶため、主役となる要素と言えます。また、「雪」も双方に共通する「冬の風物」として重要な要素ですが、こちらは「白き煙に白き雪」を取り合わせて季節感を出すための脇役と言って良いでしょう。そして「客」は、普通なら主役となるべき要素ですが、この組香では試香がある「地の香」というとなっているため、単に匿名の要素として「風」や「気温」のような「空気感」を司る背景として配置されたものかと思います。「煙競香」は客香が2種もあったのに比べ、この組香は客香が無いため、一見簡単そうに見えますが「さにあらず」です。この組香の背景にはおそらく「灰色の凍雲」があり、これに「白き煙」と「白き雪」というモノトーンの世界が繰り広げられますので、「白菊香」のようにコントラストの少ない香組で「おきまどわせる・・・」ことが趣向かと思います。また、『源氏物語』では、柏木が瀕死の枕辺から、「今はとて燃えむ煙もむすぼほれたえぬ思ひのなほや残らむ」のという歌を送り、それに対して女三宮が「立ち添ひて消えやしなまし憂きことを思ひ乱るる煙くらべに」と返歌を贈ったという「煙くらべの歌」のエピソードもあり、「陰香」が主体の組香とならざるを得ません。華やかな印象の香木は用いられないため、聞く方には「深い味わい方」が要求されることになります。

さて、この組香の構造は、まず、「煙」と「雪」をそれぞれ6包、「客」は3包の計15包作り、「烟」「雪」「客」ともに各1包を試香として焚き出します。次に、手元に残った「煙(5包)」と「雪(5包)」を打ち交ぜて、その中から2包を任意に引き去ります。引き去った香包は総包に戻し「捨香(すてこう)」となります。こうしてできた「烟+雪」の8包に残った「客」2包を加えて再度打ち交ぜ、本香10包を順に焚き出します。ここで、出典には「尤も二*柱づつにて札打つべし。」とあり、本香は「二*柱聞」で進められるべきことが記載されています。「二*柱聞」とは、聞の名目を使用する際などに2つの要素名を合わせて1つの答えを回答する際に使われる方式です。ことさらに「前の香」「後の香」と宣言せずに焚き出しますが、香元は、2炉ごとに「札筒」や「折居」を廻し、連衆は2炉を1組とみなして聞き進め、答えとなる香札を都合5回投票することとなります。

因みに、類語の「二*柱開」は、この方法に加えて、香元が二炉ごとに正解を宣言し、執筆が各自の回答を書き記してしまうという点で異なります。名乗紙を用いた「後開きの二*柱聞」ですと、本香の後に答えの修正ができるという点で「二*柱開」より格段に難度は下がりますが、「札打ち」ということになれば、打ち損じた答えは訂正できませんから、聞き方の難度としては同じことになります。

回答に使用する香札については、下記の通り「聞の名目」と兼ねて記載されています。

香の出と聞の名目

香の出

聞の名目(札表)

烟・烟

雪・雪

客・客

烟・雪

浦雪(うらのゆき)

雪・烟

峯雪(みねのゆき)

烟・客(前後問わず)

塩竃

雪・客(前後問わず)

炭竈

このように、同香については、造作なく要素名がそのまま「烟」「雪」「客」と名目が割り当てられています。説明の都合から、先に「客」を含む名目に解釈を加えましょう。

「烟と客」の組み合わせとなる「塩竃」は、海辺の村に作られた製塩用の苫屋の姿で表されますが、昔「千賀の浦」と呼ばれた宮城県塩竃市のそれを表すものと考えていいでしょう。「塩竃」は奥州の中では最も有名な歌枕であり、現在の日本三景「松島」を含む地域の古称でもあります。中古の都人は、まだ見ぬ憧れの地に思いを馳せ、多くの歌に塩竈(千賀の浦)を詠み込んでいます。

一方、「雪と客」の組み合わせとなる「炭竈」は、山村に作られた炭焼用の苫屋のことですが、『堀河百首』の「冬」の部に「炭竈」の題で15首の歌が掲載されたことから始まり、それ以降、樹木に水気の乏しい冬が炭焼の季節ということで、冬の風物として多用されるようになりました。特に「大原野(山城国歌枕)の小野山の炭竈」は、そこから立ち昇る「煙」が冬枯れの景色と相俟って、詠み人の寂寥感をそそったものと思われ、都人の侘び心の現われとして、多くの歌に詠み込まれています。そのため、「炭竈」を「小野山」と答えさせる組香もあります。詠まれた歌から総合的に判断すると、「塩竃」は「海辺、春夏【注】、陽」「炭竈」は「山辺、秋冬、陰」を司るという対峙関係にあることがわかります。(【注】この組香では季節が限定されているためともに「冬景色」ですが、他の組香では塩竈の出に「春」の証歌がつけられたものもあります。)

そこで、「烟・雪」は、主役の要素である「烟」が先に出た方を陽とし「海辺(陽)」の景色を当てはめ て「浦雪」とし、「雪・烟」では、脇役の要素である「雪」が先に出た方を陰とし「山辺(陰)」の景色を当てはめて「峯雪」を配置したものではないかと思います。

「客・客」の聞の名目に関しては、せめてなんらかの名目(景色)がついていれば、「客」にわざわざ試香を付けた意味もはっきりするのでしょうが、「客」自体に景色が無いため「塩竃」「炭竈」の景色の形成にもあまり関与していないように見えます。やはり「客」は、どう深読みしても聞の名目を結ぶための抽象的な「空気感」という域にとどまるかと思います。

なお、各自の名乗りとなる「札紋」について、出典には記載がありませんが、別書の「烟雪香之記」には、名乗りに「老松」「呉竹」・・・等の一般的な十種香札と同じものが記載されています。この組香は、名目が7つもありますので「十種香香札」を流用する場合は、「烟」を「一」、「雪」を「二」、「客」を「客」として、「烟・雪(浦雪)」は「一(花)」、「雪・烟(峯雪)」は「二(花)」、「烟・客(塩竃)」は「 一(月)」、「雪・客(炭竃)」は、「二(月)」などとと見立ててればよろしいかと思います。

続いて、本香が焚き終わり5回目の札が戻って参りましたら、執筆は、香札を開き各自の答えを全て書き写します。執筆が正解を請い香元が正解を宣言すると、執筆は香の出の欄に要素名を前後2行×5段に並記し、正解となる聞の名目を確認しながら、当たった名目に合点を掛けます。この場合の「点」は、2つ以上の要素を含みますので「長点」がよろしかろうと思います。また、この組香の点数は、聞の名目の当たり1つにつき1点となっており、客香は無く、独聞の加点要素もありませんので5点が満点となります。

なお、この組香の下附は、全問正解を「全」とし、その他は点数を漢数字で書き記します。全問不正解については、出典に記載は有りませんが、別書の「烟雪香之記」には、「無」と書き記されていますので、これに準ずるとよいでしょう。

最後に、勝負は個人戦ですので、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

今でも、山村を訪れれば「炭竈の煙」は見ることができますが、「塩竃」となりますと本拠地の塩竈市でも夏の「神事」以外に目にすることはできなくなりました。雪の千賀の浦にたなびく塩竈の煙はどのように見えたのでしょうか?皆様も「煙雪香」で、「深々と降る雪に逆らうように立ち上る幽かな竈の煙」という、しっとりと静まり返った冬景色を味わってみてはいかがでしょうか。

 

「辛卯」は、「蓄積して来たエネルギーが大掛かりな新陳代謝をする年」

自然災害など天変地異が予想され・・・そのようになりました。

しかし

「閉塞を打ち破り、新たな発展へ向かう一陽来復の年」でもあります。

陽気を孕んだ「壬辰」は良い年となるでしょう。

「行方なき空のけぶりとなりぬとも思ふあたりをたちははなれじ(源氏物語柏木)」

行方なき空のけぶりも塩竈の藻塩想わす雪の浦かな(921詠)

今年も1年ご愛読ありがとうございました。

良いお年をお迎えください。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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