一月の組香

      

鶴亀をモチーフにしたお目出度い組香です。

下附で景色をあしらうところが特徴です

慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。

 

説明

  1. 香木は3種用意します。

  2. 要素名は、「鶴」「亀」と「客」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「鶴」「亀」は各3包、「客」は1包作ります。(計 7包)

  5. まず、「鶴」「亀」の各1包を試香として焚き出します。(計2包)

  6. 残った「鶴」「亀」の各2包打ち交ぜて、その中から任意に2包引き去ります。(4−2=2包)

  7. 手元に残った2包に「客」1包を加えて 、さらに打ち交ぜます。(2+1=3包)

  8. 本香は、3炉廻ります。

  9. 連衆は、試香に聞き合わせて、名乗紙に要素名を3つ書き記します。

  10. 執筆は、全員の答えを書き写し、当たりに「点」を掛けます。

  11. 点数は、要素名の当り1つにつき1点となります。

  12. 下附は、要素名の「当り方」によって書き付します。(委細後述)

  13. 勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。

 

 新年あけましておめでとうございます。

お正月を迎え、家々では親戚が集まり、日頃の無沙汰を埋めるように「ハレの食膳」を囲んで語らいあう姿が見られます。「おせち料理」という「作り置きの料理」は、神様を迎えている間は静粛を心がけ、台所で煮炊きをするのを慎むというところから来ていますが、女系だった我が家では「正月の三日間は女性が休養できるように」と教えられていました。しかし、歳末に一週間ほどかけて作る「おせち料理」の方が、実は大変だということもわかっていましたし、ご年始に訪れる客を迎える奥方は決して「休養」できないのが現実だということも目の当たりにしていました。それでも女性は、年に一遍苦労してこの料理を作り、「家族の味とハレの日のしきたり」を綿々と子孫に伝えていくのでしょう。

名古屋に来て、「おせち料理も相当変わるのかな?」と思っていたところ、「お雑煮」が「角餅の醤油味」と聞いて幾分安心しました。思えば東海地方は、三河湾や伊勢湾から海の幸が揚がり、岐阜から山河の幸が採れますので「ハレの日」の素材には事欠きません。志摩の伊勢海老を中心に、鳥羽の鮑姿煮、岐阜の鮎・栗の甘露煮、三河の田作り、椎茸、蓮根、里芋、卵・・・古くからその土地で採れた産物を満載して、これに丁寧な仕事を加えて作る「おせち料理」は美味かつ豪華この上ないものでしょう。因みに、職場近くの料亭「かも免」では、三段重が10万円!その他の割烹でも「3万円より」ですから、料亭が絶え、割烹も少なくなった仙台人からすれば、格段に豊かな土地柄であることがわかります。

一方、田舎では、実家の母が倒れるまで完全手作りで「我が家の味」を守っていました。私の一番好きなものは「三杯漬け」と母が呼んでいた昆布と烏賊と人参だけの「松前漬け」で、これは酒の飲めないころから毎年楽しみにしていた御飯の友でした。二番目の好物は人参と大根の「なます」で、これに干し柿を裂いて加えた「柿なます」 は、自然の甘味が加わって食べやすいのでサラダ替わりに食べていました。三番目は「黒豆」で毎食少しずつ食べるのですが、松の内を過ぎても残っていると「声が良くなる」と言われて最後の汁がなくなるまで食べさせられたものです。

このうち「黒豆」づくりは、結婚したころから私の担当となっており、直燃式ストーブに日がな一日向かっては、「重曹を使わなくてもシワのよらない黒豆」の研究に勤しんだものです。関東では「シワの寄るまで長生きできるように」とわざとシワができるように煮詰めるようですが、私が担当になってからは、ここだけは関西風になり、砂糖を入れるタイミングだけでふっくらと煮上げるようになりました。娘たちが小さかった頃の母は、「お婆ちゃんの手作りおせちの味を孫たちの舌に残す」というモチベーションも高く、一週間かけて二段重と別建てで煮物を作り、蒸し蟹を添えて孫を迎えていたものです。それが、倒れる一週間前の元旦には「三杯漬け」「なます」「黒豆」「大豆の煮豆に数の子を散らしたもの」に「 焦げた煮物」の一段重になり、「蟹」は出すのを忘れて蒸鍋に入ったままだったのですから、「あの時、その兆しに気づくべきだった」といまさらながらに悔やまれます。

単身となり、実家も遠くなりましたので、家のしきたりにこだわる必要もないとは思うのですが、「味」というものは意外にDNAレベルで記憶されるものなのではないかと思います。いくらゴージャスな仕出しでも「この味でなければ正月になった気がしない」という感覚は誰しもあるのではないでしょうか。お正月は、そんな味のノスタルジーに浸れる絶好の機会だと思います。「祝い肴」は、「数の子」「田作り」「黒豆」(関西は叩き牛蒡?)なのですが、私は前2者が実は苦手なので、尾張の地では「三杯漬け」「なます」「黒豆」の好物3点セットを食卓に添えたいと思います。

今月は、お正月の祝香、千秋万歳の「鶴亀香」(つるかめこう)をご紹介いたしましょう。

「鶴亀香」は、『軒のしのぶ(二)』に掲載のある祝香です。「鶴亀香」は正月の定番組香として 、現在でも御家流を中心とした数多くの香席で催されていますが、その組香は、おおむね以下のとおりの構造となっています。

「鶴亀香」

 香四種

  「鶴」2包  「亀」2包  「松」2包  「竹」1包

 A段

  「鶴」「亀」各1包を試香 残り2包

  「松」2包から1包を取る

  上記を打ち交ぜて「本香3包」

 B段

  「竹」1包に、残った「松」1包を加える

  上記を打ち交ぜて「本香2包」

 聞き方

  A段の答えは「要素名」でそのまま答える

  B段の答えは「聞の名目」で答える

   竹・松と出れば「齢(よはい)

   松・竹と出れば「千歳(せんざい)

 証歌なし

 

これは、平成6年の私のお稽古ノートにも記載が有り、現在最もポピュラーな組香となっていますが、平成19年の正月に「鶴亀香」をご紹介する段になって、この組香の典拠が見つからず、『御家流組香集(義)』から、敢て「翁」「千歳」「三番叟」と「鶴」「亀」を能の演目で脚色した「後鶴亀香」を先にデビューさせました。当時も読者の方から「 本物の鶴亀香があるじゃない」とのご意見を賜りましたが、「典拠は不明」のまま現在に至っています。そのような経緯から気にかけてはいたのですが、今般、早稲田大学の蔵書から流派を問わずに用いられそうな「鶴亀香」を見つけました。見た目はとてもシンプルでコメントの必要もないものですが、こういうものがオリジナルに近いのかもしれません。今回は、『軒のしのぶ(二)』を出典として書き進め て参りたいと思います。

まず、この組香には証歌はありませんが、題号・要素名ともに用いられている「鶴」「亀」が、その組香の趣旨を端的に表しています。私自身は「八戸小唄」の合いの手「つるさんかめさんつるさんかめさんつるさんかめさん♪つるさんかめさん♪」を反芻し、それだけで 「おめでたい気持ち」になってしまいます。そのような「のんびりとした穏やかな感じ」がこの組香の趣旨ではないかと思います。

「鶴亀香」の要素名は、「鶴」「亀」「客」の3種となっており非常にシンプルです。「鶴」と「亀」は、「鶴は千年、亀は万年」と言われるように、いずれも寿命の長い「瑞祥動物」とされ、その姿は 「おめでたい図柄」として様々な装飾に用いられています。これらの吉祥文様が用いられたのは平安時代頃からと考えられていますが、「鶴」については、世界中で「幸運の鳥」とされており、特に「蓬莱の鶴」として定着したのは、「東方の三神山」(蓬莱、方丈、瀛洲)といった中国の神仙思想を起源にもつものと考えられますので、歴史は相当に古いものと思われます。また、「亀」については、中国最古の経典『書経(しょきょう)』の時代から、「霊亀(れいき)は玄文(げんもん)五色にして神霊の精なり。上は円くして天を法(かた)どり、下は方にして地を法どる」と記されており、宇宙の象徴とみなされ 、このことが「亀甲占い」にも通じています。また、「蓬莱山はこの霊亀の背中に載っている」という伝説もあります。一方、「客」については、通常の「ウ香」同様、試香のない香を使って聞き当てを攪乱する目的もあるでしょうが、 後述するように香の当否によって「下附」の景色が変わることから、他の組香に見られる「松」「竹」等、「鶴」「亀」で表しつくせない 「おめでたい景色」を加える要素ともなっているような気がします。

次に、この組香の構造についてですが、まず「鶴」と「亀」を各3包、「客」を1包作り、「鶴」と「亀」を1包ずつ試香として焚き出します。次に、手元に残った「鶴(2包)」と「亀(2包)」を打ち交ぜ、その中から任意に2包を引き去ります。続いて、手元に残った2包に「客(1包)」を加えて、さらに打ち交ぜます。こうして出来上がった3包が本香となります。出典では、「二包は残すなり 。」と丁寧な記載もありますので、引き去った2香は「捨て香」とします。

こうした「引き去り」によって、本香で焚き出される要素名の組合せパターンは、「鶴・鶴・客」「鶴・亀・客」「亀・亀・客」の3パターンで、あとは順序が異なるだけとなります。連衆は、「鶴」か「亀」のどちらかが本香では焚き出されない可能性もありますので、試香を頼りに「鶴」「亀」を良く聞き分け、これに聞いたことのない「客」を組み合わせて香の出を判別していくこととなります。

ここで、この組香の全体香数が「七」→「五」→「三」と変化していることにお気づきでしょうか?おそらくこれは、創作者の「作意」によるものと思われます。多くの祝香はこのように「陽数」である奇数を用いて組まれていますが、「七五三」の三段使いは、構造的にもなかなか練られた趣向かと思います。

さて、出来上がった本香3包は、常のごとく順に焚き出します。出典には「手記録を用ゆ。」とありますので、連衆は本香が焚き終わりましたら、香の出の順に従って要素名を3つ「名乗紙」に書き記します。

連衆の回答が戻って参りましたら、執筆は全員の答えを香記に書き写します。執筆が正解を請いましたら香元は正解を宣言します。執筆は、香の出の欄に書き記し、各自の答えと見合わせて、当たった要素名に 合点を掛けます。この組香では要素名の当たりにつき1点と換算することが出典にも明記されていますが、下附は「成績(合計点)」を表すものではなく、組香の景色を彩るものとして扱われています。

この組香の下附は、多彩に用意されており、他の祝香が「聞の名目」で景色付けをするのに比べて異彩を放っています。これがこの組香の最大の特徴と言えましょう。

出典では「皆聞の下に蓬莱、鶴客の当たりに方丈、亀客に瀛州、鶴ばかり千歳、亀ばかりに万歳、客ばかりに常磐、一*柱も不当に仙人と書くなり。」とあり、これを一覧表にすると下記の通りとなります。

下附

香の当たり 下附
 全問正解  蓬莱(ほうらい)
 鶴・客  方丈(ほうじょう)
 亀・客  瀛州(えいしゅう)
 鶴のみ  千歳(せんざい)
 亀のみ  万楽(まんらく)
 客のみ  常磐(ときわ)
 全問不正解  仙人(せんにん)

このように、香記全体がお目出度いムードで満たされるように「東方の三神山」や「寿ぎの言葉」が配されています。試香のある地の香と客香の当たりの組み合わせに用いられている「蓬莱」「方丈」「瀛州」は、ともに渤海湾に面した山東半島のはるか東方の海中にあり、不老不死の仙人が住むと伝えられる山(島)のことです。地の香のみの当たりには「鶴は千年、亀は万年」や「千秋万歳」に因んで、「千歳」「万楽」が配置されています。客香のみの当たりには「常磐」が配置され、やはり客には「松竹」の意味合いで用いられていたことがわかります。最後に全問不正解には「仙人」が配置されていますが、これは 「不老長寿」や「達観」を促すためかもしれません。いつものとおり、香道の奥ゆかしい下附だと解釈すると「長生きするから良いわよね。」と慰めるといったところでしょうか。(もしかすると「博識ぶる人」という意味の皮肉かもしれませんが・・・。)

このように下附では、同じ2点でも「方丈」と「瀛州」があり、同じ1点でも「千歳」「万楽」「常磐」がありますから、下附が各自の成績を直接反映する言葉とはなりません。むしろ、各自の「当たりの名目」とでもいうべき景色として香記を彩る働きをしています。そのため、勝負は改めて要素名の当たりに 掛けた合点を数えて決します。点法について、出典には「何れも1点とす。」とありますので、客香の当たりや独り聞きの加点要素はなく 「3点満点」となります。三*柱香ですので、おそらく「蓬莱」を獲得する方がいらっしゃるとは思いますが、勝負は最高得点者のうち上席の方の勝ちなります。

 

昨年は「スカスカおせち騒動」というものがありました。

「騒動」と称する限り・・・

「静粛」を旨とする「おせち」の主旨に反する所業でしたね。

何もなき街と海とを隔てたる岸に紅さす初日の出かな (921詠)

本年もよろしくお願いいたします。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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