二月の組香

香木の種類と性質を聞き分ける組香です。

主客ともに難度の高い玄人向けの組香です。

木所ウ客香(きどころうきゃくこう)の小記録

説明

  1. 香木は7種(木所4種)用意します。

  2. 要素名は、「一」「二」「三」、「一のウ」「二のウ」「三のウ」と「客」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

    (今回「一のウ」「二のウ」「三のウ」は、六十一種、百二十種名香で組んでいます

  4. 「一」「二」「三」は各2包「一のウ」「二のウ」「三のウ」と「客」は各1包作ります。(計10包)

  5. 香木は、「一」と「一のウ」、「二」と「二のウ」、「三」と「三のウ」は、それぞれ同じ「木所 」(きどころ⇒香木の種類)で組み、「客」は、これら3種と別の木所で組みます。

  6. まず、「一」「二」「三」の各1包を試香として焚き出します。(計3包)

  7. 試香は、「一 、伽羅」「二、羅国」「三、真南蛮」のように木所を宣言して香炉を廻します。

  8. 残った一」「二」「三」の各1包に「一のウ」「二のウ」「三のウ」と「客」を加えて打ち交ぜます。(計7包)

  9. 本香は、7炉廻ります。

  10. 試香のない「一のウ」「二のウ」「三のウ」 は、「一」「二」「三」と同じ木所であることを念頭に聞きあてます。

  11. 回答は、名乗紙に香の出の順に要素名を7つ書き記して提出します。

  12. 点数は、「客」の当たりは2点とし、その他は要素名1つの当りにつき1点とします。

  13. 下附は、全問正解を「皆」、その他は点数を漢数字で書き記します。

  14. 勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。

 

道端のそこかしこから新しい息吹の聞こえる季節となりました。

梅のシーズンとなり、仙台の自宅近くにある紅梅の林を思い出しました。毎年この時期になりますと広瀬川の散歩がてらに一枝手折っては、備前の徳利に差して春の息吹を楽しんでいたものです。私は「失意の左遷」ではないのですが、ふと故郷を思い出しながら「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ」などと菅原道真公の歌を口ずさんでしまうのも春待つ心というものでしょう。「さて、今年はどこで梅の花が見られるかな?」 と千種庵の近くを探したところ、半年前に偶然発見した「上野天満宮」の梅の神紋を思い出し、「ここならあるだろう。」と出かけてみました。

「天満宮」は、大宰府を本拠地として全国各地にある学問の神様ですが、「名古屋の天神様」といえば「上野天満宮」が最も有名らしく、初詣には約10万人が訪れ、3月の大学受験が終わるまでは、受験生の参拝者が引きも切らずの状態で賑わっていました。ここの「梅」は「紅梅」で、拝殿に向かって左側の石囲いの中に1本だけ祀られて います。残念ながら大宰府の「飛梅」の分木ではないらしいですが、境内の一角には「これから梅の名所になるぞぉー!」という意欲が見て取れる「若木の梅園」もありました。2月の節分祭に「梅の木の下で瓢箪酒を飲むと難を逃れる」という大宰府由来の伝承もあり、絵馬とは別に大小の「瓢箪」が奉納されているのも天神様ならではの風景です。ここには「鶯」がやってくるらしいので、今度は「紅梅」の下で瓢箪を片手に花見酒と洒落込みたいと思います。

さらに、境内には「天神みくじ」の入れ物になっている色とりどりの「人形(道真くん?)」を願掛けとして、残す風習があるようで、これが面白い景観となっています。昔のものを見ますと振り分け髪の地味な「起き上がりこぼし」のようなものだったのですが、今ではポップに変身して「衣冠束帯のキャラクター」となり、重厚な「撫で牛」や「龍の髭」、「狛犬の頭」など、ありとあらゆる所で、整列したり、顔を向き合わせたりして、カラフルでメルヘンチックな世界を繰り広げています。

「上野天満宮」の特徴は、安倍晴明が建立した天神様だということです。由来によれば「道真の死後、約80年を経た寛和2年(986年)に花山天皇が譲位し、藤原一族が朝廷の実権を握ったため、翌年、安倍晴明と一族が尾張國狩津荘上野邑に左遷(または流刑)されて、この地に住んだ折、自らと同じ境遇だった菅原道真公の御神霊を慰めるために祀ったのが起源」とされています。しかし、私は、左大臣藤原時平が菅原道真を右大臣職から太宰権帥に左遷した事件(昌泰の変)に、陰陽師としての安倍一族が深く関与していたこともあり、単なる「苦境を相憐れむ」だけではなく、「先祖の罪滅ぼし」 という意味もあったのではないかと思っています。

その後、安倍晴明は、一族の一部を残して都に戻り、当地での彼の偉業から「晴明神社」も残されていますが、矢田川の氾濫を避けて、それぞれ高台に移転したらしく、今では「晴明神社(千種区晴明山)」と「上野天満宮(千種区赤坂町)」は1kmほど離れています。

菅原道真公も安倍晴明も当時の日本では先進的な大陸系学問のオピニオンリーダーでしたから、彼らの先進的な理想は、時として日本の朝廷権力や伝統的権威への批判と映ることがあったのではないでしょうか?それでも、彼らは「刻苦勉励」して結局「復権」し、現在でも神格化された名声を残しています。私もネットの黎明期に一時そんな時期がありましたが、今では老いさらばえて、「学問」はすれど、技術の進歩とコンテンツの氾濫の中に埋没していくばかりです。それでも、覚え習う「学習」と好きで究める「学問」を「実践」で融合する場に恵まれている今の境遇をありがたいと思っています。

今月は、香道精進の一里塚「木所ウ客香」(きどころうきゃくこう)をご紹介いたしましょう。

「木所ウ客香」は、『御家流組香集(智)』に掲載されている「雑組」に属する組香です。同書をはじめ他書にも「ウ客香(うきゃくこう)」という有名な組香があり、例えば水原翠香の『茶道と香道』 の「ウ客香」、香四種、本香七包の組香で、「一」「二」を3包ずつ作り、各1包を試香として焚き出して、残る「一(2包)」「二(2包)」に試香のない「ウ(2包)」と「客(1包)」を加えて、本香7包を打ち交ぜて焚き出します。すると試香のない香が2種類焚き出されることとなりますが、「ウ(2包)」と「客(1包)」は数の違いで判別するというのが趣旨となっています。一方、その派生組に も見える「木所ウ客香」は、「本香にウと客を加える。」ということ以外には、似て非なる組香であり、他書に も類例を見ない珍しい構造を持っています。この組香は、おそらく「六国五味」を伝授する前の修練、または試験等に使用された組香だったのではないでしょうか?このような組香としては、試香で六国の木所をそれぞれ宣言して焚き出し、これを出た順に木所で答える「達香(たちこう)」が最も有名ですが、もう1つレパートリーを増やすのもよろしいかと思います。今回は『御家流組香集』を出典としながら、流派を問わずに催すことのできる「修練の組香」として筆を進めて参りたいと思います。

まず、この組香は文学的支柱には基づかない組香ですので、証歌や小記録から受ける景色というものはありません。基本的には、「一」「二」「三」「一のウ」「二のウ」「三のウ」「客」という7つの匿名化された要素名に香木の大まかな分類である「木所(きどころ)」を当てはめてい き、「香組(こうぐみ)」の作業の中で、本香で表したい「香りの景色」を亭主側が演出していくことになります。「香組」は、木所としては4種類を用意し、7つの要素のうち3種類は同じ木所を使用します。出典には「一、新伽羅ならば一のウも同じ香なり、二、羅国ならば二のウも同じ香なり。三、真南蛮ならば三のウも同じ香なり。同じ性たるによりて上品、下品を分けるなり。」と記載があり、「一」と「一のウ」、「二」と「二のウ」、「三」と「三のウ」はそれぞれ同じ木所を使い、木所ごとの香りの本質である「性(しょう)」は同じものでありながら、「品質」の異なるものを組み合わせて使用することとなっています。そのため、この組香を組む亭主は、木所(五味六国)の「性」に達した人でなければな らないことになります。

「木所」という言葉を知らない方は、ここで話が終わってしまいますので、少しだけ解説しますと「木所」とは、「香木の性質と産地に由来した分類」であり、「伽羅」「羅国」「真那賀」「真南蛮」「寸聞多羅」「佐曽羅」の「六国(りっこく)」「新伽羅」を加えた7種類のことです。また、「五味(ごみ)」とは、香の立味(たちあじ)による分類で「甘」「苦」「辛」「酸」「鹹」の5種類のことです。(詳しくは、当サイトの「香木」のページをご参照ください。)

 これら「六国五味(りっこくごみ)」に関しては、稽古の初段で徹底的に仕込む流派と秘事として伝授までは明かさない流派があります。「五味六国の極め」については、時代によっていろいろな書物が残されていますが、最も有名なものがお馴染みの「宮人のごとし」「武士のごとし」「百姓のごとし」「女のうち恨みたるがごとし」「僧のごとし」「地下人の衣冠を粧(ひ)たるがごとし 」が出て くる志野流の『六国列香之辨』です。この内容は、既に刊行本にも記載されてはいますが、一応「秘事」ということになっていますので、代わりに米川常伯の流れを汲んだ叢香舎春龍の『五味秘伝口訣』を引用しておきましょう。

叢香舎春龍『五味秘伝口訣』

五味の聞は、口の味とは別にして、諸(々)の香の聞を六品にわけ、又、其の中にて五品の聞をわけたるなり。五品の名目に五味(の)名を仮用ひたるなるは、口にて味ふとは別のことなり。

たとへば辛き聞の香とても、口の味の辛さにはあらじ。唯一風の匂ひの名に辛きと名を付けたるものなり。必々口の味にて鼻の門に付けたると思ふ事なかれ。ただ、五品の名に五味を仮用ひたると覚ゆべし。

酸と云う聞は、たとへば物のすえたる匂ひ、酢の匂ひのごとく、亦は汗くさしといふなる匂ひ、亦は降真香など白檀などの匂ひの中に「ほやり」としたる匂ひあり。其の心にて酸と云ふ聞を考へ覚えゆべし。伽羅と真南蛮に多しと知るべし。

苦といふ聞は三四月頃の青梅の匂ひといふやうなるもの、又はウコンの粉のにほひ、または、ムクロジの実の皮を割たるにほひ、亦はカラタチの実の皮の匂ひなどのやうなる匂ひにて考え覚ゆべし。新伽羅に多しと知るべし。

鹹といふ聞は、しほからきといふ心にてはなし。(澄しき)などといふこころなり。しはかはやひといふこころにて「しはく」としたるといふやうなる心なり。亦は「しはく」としたる聞あると云ふ心なり。伽羅と真南蛮に多し。

甘と云ふ聞は、甘たるひといふやうなる心なり。新しき薫物を焚けば蜜気のにほひ甘たるき匂ひあるものなり。其のやうなる聞と覚ゆべし。伽羅と黒木真南蛮に多し。

五味のにほひは、香の生得の匂ひにてはなし。其の土地、寒暖、天地の気候に依って香蜜の熟しやうにて自然と五味の聞そなはる事なれば、酸きの香も貯え置きて、年月を経て或ひは甘き聞の香になり、または甘き聞の香も年を経て、酸き聞の香となり、亦は鹹き聞の香となることもあり。又苦き香も年経ては辛き聞となる事もあり。亦年経ても変ぜざる香もあるなり。かずく大木小木の香を手がけて考え知るべし。

安永七戊戌季夏

 以上のとおりですが、「六国五味」は、流派や出典によって様々に異なり、例えば現在の香道界でも、「羅国」が「辛」とされる場合と「甘」とされる場合もありますので、香気スケールはそれぞれの流派の解釈に従って形成してください。

 そして、木所の「性」というものは、その木所に共通している「香気の核心」のことで、さらに記述や伝授が難しい「複雑な感覚」となります。たとえば、私は「羅国」を極める時には五味でいう「甘」の中にも底味で「生臭い感じのするもの」が「武士のごとし。」と称される「性」なのではないかと思っています。また、「真南蛮」は、最も「五味」の分かれる木所ですが、初立ちで「薬臭い」「もったりしている」という感じに出ても「火末」の焦げた樹脂の感じと底味に「動物臭を感じるもの」がそうではないかと思っています。いずれ、これも「長い年月をかけ、たくさんの香木を聞きこんで、自分なりにその共通項を括る」という修練が必要であることは間違いありません。

 次に、この組香の構造は、7種(木所4種)、本香7炉の「七*柱香」となっています。まず、香木は「一」「二」「三」を 各2包、「一のウ」「二のウ」「三のウ」と「客」は各1包の計10包作ります。この時、出香者は、出典に記載のあるとおり「一」と「一のウ」、「二」と「二のウ」、「三」と「三のウ」は、それぞれ同じ「木所」の同じ「性」を持つ香木とし、さらに、それを「上質な香木(上品:じょうほん)」と「普通の香木(下品:げほん)」を対比させて組み、「客」は、これら3種と別の木所で自由に組みます。その際、「一」「二」「三」の方を「上品」として組むか「下品」として組むかは自由ですが、私は、一般的に「試香のある香木がポピュラー」ということで、地の香を「下品」で組み、試香の無い「一のウ」「二のウ」「三のウ」を「上品」で組む方が、後から 良い香木の醸し出す新たな感動が湧いてくるため、本香の景色の広がりや心の満足感が違うかなと思います。

 香木の組み方は、出香者の美学に依拠するため、基本的に常道はありませんが、香木には、「手本木(てほんぎ)」という木所ごとの代表的な立味を示す香木があります 。これを「一」「二」「三」に据えてから、「一のウ」「二のウ」「三のウ」を昔の名香(または銘香)で組めば、それらは木所の規矩を外さない立味を持っているので、「似て非なる者同士の組み合せ 」が楽に行えるかもしれません。また、この組香を連衆に木所ごとの立味を悟らせる「修練の組香」として催行するのであれば、やはり少なくとも一方は、名香(または銘香)で組むことが必要かと思います。いずれ、自分の「持ち香」を吟味して、木所ごとの共通点を踏まえつつ香気に対比を付けていく作業は、組香者自身、相当に腐心するものと思われますが、これを楽しむのが香人というものでしょう。

 さて、香席では最初に「一」「二」「三」の各1包を試香として焚き出します。その際、出典には「一は何、 二は何、三は何と何れも木所の性を断りて焚き出すなり。」とあり、試香の段階では「一炉、新伽羅。」「二炉、羅国 。」「三炉、真南蛮。」というように香元があらかじめ木所を宣言して本香炉を廻すことになっています。

 試香が回り終えましたら、手元に残った「一」「二」「三」の各1包に「一のウ」「二のウ」「三のウ」と「客」を加えて打ち交ぜ、本香7炉を順に焚き出します。本香は、7種7香となりますので、すべて聞き味が異なることとなります。連衆は 、まず試香で聞いたことのある「一」「二」「三」を聞き分け、次に「一」「二」「三」と同じ性を持つ立味の香をそれぞれ「一のウ」「二のウ」「三のウ」と定め、最後に何れとも「木所」が異なる立味の香を「客」と定めるというふうに聞き進めま す。私が連衆ならば「一、二、新伽、寸、羅、三、蛮」のように地の香は要素名、ウ香は木所を仮置きして メモして置き、 迷いがあれば後から総合的に「やりくり」するかもしれません。この組香は、出典に「手記録後開」と指定されており、名乗紙による後開き方式で行われますので、すべての本香を聞き終えてから「やりくり」して名乗紙に香の出の順に要素名を7つ書き記して提出することが可能です。

 続いて、本香が焚き終わりましたら香記の記録に入りますが、出典には「木所ウ客香之記」のような記載例が示されていませんので、同書の他の組香に従い、御家流の一般的な記録法を援用することとします。まず、名乗紙が戻って参りましたら、執筆はこれを開け、各自の回答を全て書き写します。執筆が答えを請うたら、香元は香包を取り上げて正解を宣言します。執筆は香の出の欄に正解を要素名で書き写し、当たった答えの右肩に「点」を掛けます。その際、出典には「客は二点、その外一点たるべし。」とありますので、「客」の当たりについては 合点を「ヽヽ」と2つ掛け、その他は「ヽ」と掛けます。同様に点数についても「客」の当たりは加点要素がありますので2点と換算し、その他は要素名1つの当りにつき1点とします。(全問正解8点)

 下附は、各自の合計点を計算し、全問正解を「皆」、その他は点数を漢数字で書き記します。

 最後に、勝負は、個人戦ですので最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。

  私も昔、御家流尭仙会の「百*柱香」に初めて「出香」を許され、自分の持ち香を「十*柱香」に組んで、香元をしたことがありました。そのときは、本当に「簡単過ぎず、難解にならず・・・」と「いろいろなこと」を慮って、「朝凪(花一)」「浮海松(ウ)」「光彩(花三)」「八重の汐路(一)」という香木を組み、その際にデビューさせた「八重の汐路」は「921の名代」と言われる香木になりました。思えば「香を 組むことなしに、聞くだけで達することのできない領域」というものが確かにあるのではないでしょうか?皆さんも好事家の集まりや研修会等の機会をとらえて、是非「木所ウ客香」を催してみてください。

 

 安倍晴明は、奇遇にも「921の年」の2月21日生まれです。

一方、菅原道真公は、903年2月25日に亡くなっています。

2月には咲いて花散る梅の一枝で2人がつながっているような気がします。

遙かなる峰の雪代流れ来て川辺に白き花の音ぞ聞く(921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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