三月の組香

  

鳥の名を聞の名目に使った「十*柱香」です。

香包の引き去り方と焚き方を正しく理解して聞きましょう。

 ※ このコラムではフォントがないため「」を「*柱」と表記しています。

説明

  1. 香木は、4種用意します。

  2. 要素名は、」「二」「三」と「ウ」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 」「二」「三」は各3包、「ウ」は1包作り 、それぞれを結び置きします。(計 10包)

  5. まず、」「二」「三」の各3包から、各々1包引き去ります。(計3包)

  6. 残った」「二」「三」の各2包に「ウ」1包を加えて打ち交ぜます。(計7包)

  7. この7包から3包を任意に引き去り、これを焚き出します。(7−3=4包)

  8. 本香A段は、3炉焚き出します。

  9. 続いて、残った4包からさらに3包を任意に引き去り、これを焚き出します。(4−3=1包)

  10. 本香B段も、3炉焚き出します。

  11. 最後に、残った1包に最初に引き去った」「二」「三」各1包を加えて焚き出します。(1+3=4包)

  12. 本香C段は、4炉焚き出します。

  13. 連衆は、各組ごとに香の異同を聞き分け、聞の名目と見合わせて 名乗紙に答えを3つ書き記します。

  14. この時、A段とB段は「3字の鳥名」で答え、C段は「4字の鳥名」で答えます。

  15. 執筆は香記に全ての回答を書き写します。

  16. この組香は、正解の名目に「長点」を付して表します。

  17. 勝負は、「長点」の多い方のうち上席の方の勝ちとなります。

 

一雨ごとに水温み、陽光が心地よい季節となりました。

今年も弥生月が廻って参りました。昨年は、誕生日の前日に「杜の都の演劇祭」の総打ち上げが予定されており、年度末の忙しい最中にも華やかな笑いにあふれる日となる筈でしたが、一転して「大震災」に見舞われ、苦境を心に刻む日となりました。これからも年齢を重ねる度に、電気も暖房も無い中で家族と過ごした「フライパンひとつの誕生パーティー」という暖かい思い出 とともに「あの日」 に受けた様々な喪失感を反芻するのだろうなと思います。(合掌)


話は変わりまして、我が「千種庵」の朝は「テデッポッポー」の声で始まります。東北にいた頃、「キジバト」は「ホトトギス」とともに夏の鳥だと思っていました。子供の頃の「キジバト」は、「キジ」とともに珍しい鳥の部類で、夏休みにお婆ちゃんの家に行くと大きなケヤキの樹上から蝉時雨とともに聞こえてくる声 に「田舎に来ると変な鳥が鳴くなぁ。どんな鳥なんだろう?」と想像をめぐらせていたものです。今でも「テデッポッポー」を聞くとお婆ちゃんの家で過ごした夏の日が思い浮かびます。自然豊かな仙台では、「キジ」は春頃から河原に現れて「ケンケン」鳴いていましたが、「テデッポッポー」を自宅に居ながらにして聞くことができるのは盛夏の頃で、私にとって 、あの美しい山鳥は正に夏の象徴でした。

名古屋に来た頃は、それこそ「盛夏」でしたので、こちらでは「ポーポーテデッ♪」と聞こえるキジバトの声を聞きながら、「緑豊かな土地に来たんだなぁ。名古屋城の方から来るのかな。」などと感慨深く思っていました。しかし、これが秋になっても、冬になっても止みません。通勤途上での遭遇も多く、ドアを開けると目の高さの電線で鳴いていることもあり、さすがに「おかしいぞ?」と思い始めたのは、年を越してからでした。よくよく調べましたら「キジバト」は、「ヤマバト」という別名のとおり、かつては山地に生息し、めったに人前に姿を現さなかったらしいです。しかし、都市近郊での銃猟が制限されるようになってから、あまり人間を恐れなくなり、街路樹や建造物に営巣 し、今では「ドバト」のように街中に生息していることがわかりました。また、「キジバト」は留鳥ですが、北日本では、越冬のために南に移動することもあるとのことで、東北での出現期間が短い理由もわかりました。どうやら、かの「キジバト」は、周りに数カ所ある学校の校庭か千種公園の界隈に巣くっている私よりも古株の「定住者」だったようです。

一方、こちらに来てから、神社・仏閣で「ドバト(カワラバト)」の群れを見ることは少なく、「ハトのえさ」などという露店も見かけなくなりました。その代わり、金鶏や尾長、烏骨鶏が境内を闊歩し、いかにも由緒の正しさを感じたものです。仙台では、毎日「勾当台公園」の鳩を掻き分けながら通勤していた私にとって、唯一、伊勢の「猿田彦神社」で群れなす鳩を見ただけというのも「おかしいな?」とは思っていたのですが、どうやら愛知県は、農地や養鶏場、工場が多い土地柄のため 、高度成長期の頃から有害駆除が頻繁に行われていた全国有数のドバトの 「駆除県」だったようです。近年は、これに衛生面での配慮も加わって学校や病院等でも実施されるようになったとのことで、県内の「ドバト」は、もともと個体数が少ないということが判りました。これに替わって、勢力を伸ばし「土着の鳩⇒ドバト」の地位を得たのが、群れをなさないのが好都合の「キジバト」だったのかもしれません。このコラムを書く際に「セイラン」を見に東山動物園まで 出かけたのですが、ドバトに比べれば遥かに警戒心は強い筈の「キジバト」が、妙に人慣れして逃避距離1mもないところで餌を啄んでいたのが驚きでした。緯度を3度も南下した尾張の地では、どうやら「キジバト」が「カラス」の次にポピュラーな野鳥のようです。

春になり、「ポーポーテデッ♪」の鳴き声に、聞き慣れない野鳥の囀りが混じるようになりました。小動物の生態系は、植物に比べて南北の差がはっきり出るようですので、今年は、たくさんの見慣れない鳥に出逢えそうです。

今月は、小鳥、大鳥の名が景色となる「鳥名十*柱香」 (ちょうめいじっちゅうこう)をご紹介いたしましょう

「鳥名十*柱香」は、『米川流香道奥の橘(風)』に掲載のある「九十組」に属する組香です。同名の組香は、『御家流組香追加(全)』にも記載があり、その記述は、ほとんど同じです。「習いの三十組」あたりですと、異なる流派で同じ組香を用いることは、そう珍しいことではないのですが、この組香は「無試十*柱香」の派生組であり、かなり末節に近いところで両流派が繋がったことに当初は驚きを感じました。どちらが先例となるのかは『奥の橘』の成立年代が不明なので判然としないのですが、米川流の香書が多く残された天明年間からすると、文化9年(1812)杉田克誠が書写した『御家流組香書』の方が、30年ほど新しい写本ということになります。ただし、これとて「写本」ですので、オリジナルの組香が創作された年代は比較の術もありません。ここからは推測の域を出ないのですが、『御家流組香書』は、仁、義、礼、智、信の全5冊に251組の組香が掲載された網羅的な組香書です。これと同時期に書写されていながら、「別冊」として編纂されている「追加(42組)」は、編者である伊與田勝由当時流布していた組香書から興味深いものを転載して 後に追補した可能性も考えられます。このようなことから、今回はより記述の詳しい『奥の橘』を出典とし、『御家流組香集』を別書として、その記述を踏まえながら書き進めたいと思います。

まず、この組香に証歌はありません。出典の冒頭には「香組、無試十*柱香なり。」とあり、基本的には「十*柱香」であることがわかります。もともと「十*柱香」なので、香の異同を聞き分けることを主旨にした競技性の強い組香なのですが、これを「鳥名」に因んだ「聞の名目」という演出を加えて派生組としているところが題号「鳥名十*柱香」の由来となっています。

次に、この組香の要素名は「一」「二」「三」と「ウ」となっており、香種、香数ともに一般の「十*柱香」と同様となっています。要素名が匿名化されているのは、要素となる香そのものに景色をつけず、単に「聞き当てのための素材」として扱うという意味です。また、この組香には、「聞の名目」がありますので、最後に鳥たちの「景色を結ぶための構成要素」という意味合いも含まれています。

続いて、この組香の構造ですが、基本的には「無試十*柱香」と同じように「一(3包)」「二(3包)」「三(3包)」「ウ(1包)」の計10包作り、香の異同のみで答えを導き出すものとなっています。ただし、「焚き方」に大きな特徴があり、まず香包は、要素ごとに結び置きして、 それぞれが混ざらないようにして、「総包(そうづつみ)」に納めて置きます。次に、香元手前の段では、「一(3包)」「二(3包)」「三(3包)」から、各々1包を引き去り、少し離れたところに仮置きします。続いて、手元に残った「一(2包)」「二(2包)」「三(2包)」に「ウ(1包)」を加えて、計7包を打ち交ぜます。この7包から任意に3包引き出して、本香A段を3炉焚き出します。A段が焚き終わりましたら、手元に残った4包からさらに3包を引き出して、本香B段を3炉焚き出します。B段が焚き終わりましたら、最後に手元に残った1包に仮置きしていた3包(「一」「二」「三」)を加えて打ち交ぜ、本香C段を4炉焚き出します。このように、「十*柱香」を3組に分けて「3+3+4=10包 」と焚き出すところが、この組香の最大の特徴となっています。10包を3組に分けて3包、3包、4包と焚き出すだけならば、最初に10包を打ち交ぜて、必要な数だけ香包を引き抜いて焚き出せば良いようにも思えますが、「然にあらず」なのです。

それではここで、「なぜこのような所作で焚き出さなければならないのか?」について、ご説明しましょう。その際には、この組香に用意されている「聞の名目」を 御覧いただいた方がよろしいかと思います。 この組香では、2組の聞の名目が用意されています。出典では「小鳥二つ、大鳥一つと三度に書く。」と記載されており、3包ずつ焚き出した本香A段とB段は、「3字の鳥の名」と見合わせて回答し、4包焚き出した本香C段は、「4字の鳥の名」から選んで回答することになっています。

本来、「一(3包)」「二(3包)」「三(3包)」「ウ(1包)」の計10包から3包を任意に抽出する組合せは、順序を考慮しなくとも16通りありますし、4包に至っては25通りもあります。これらについて聞の名目をすべて配置するも は大変ですので、出典には「香の名目左に記す。」とあり、このような「聞の名目」が配されています。

聞の名目

香の出

聞の名目(3字の鳥)

1炉、2炉が同香

すずめ(雀)

1炉、3炉が同香

(土鳩)

2炉、3炉が同香

とど(鵐)

全て別香

ひばり(雲雀)

 

香の出

聞の名目(4字の鳥)

1炉、2炉が同香

みみずく(木菟)

1炉、3炉が同香

ね(雁金)

1炉、4炉が同香

じゃ(孔雀)

2炉、3炉が同香

ささぎ(鵲)

2炉、4炉が同香

(鳳凰)

3炉、4炉が同香

かきはは(青鸞⇒せいらん)

全て別香

まなつる(真鶴)

このように、聞の名目は、各組とも「同香が最大でも1組しか出ない組合せ」に対応して作成されています。

つまり、A段・B段では、そのまま3包を抽出すると「3包とも同香」(例:一、一、一)ということがありますので、あらかじめ「一」「二」「三」の1包を引き去って「各2包」とし、(これに「ウ」1包を加えても)「同香が1組以上は出ない」ように工夫をしてい るわけです。また、C段 では、そのまま4包を抽出すると、「同香が2組」(例:一、一、二、二)ということがありますので、あらかじめ引き去っておいた「一」「二」「三」の各1包に「残る1包」を加えて「同香が1組以上は出ない」ように工夫をしています。このように「結び置き」と「引き去り」の所作によって本香の「出目」を操作 して、「聞の名目」を簡素化するという作者の発想にとても感心します。

さて、「聞の名目」の解説に戻りますと、出典ではA段・B段 (3香)で使用する「小鳥の名」3文字の「ひらがな」で、C段 (4香)は「大鳥の名」4文字の「漢字」で記載されています。名目となっている鳥については、特に季節感は考慮されていませんし、「鳳凰」のような 想像上の鳥も含まれていますので、この組香は季節を問わずに催行できると思います。「小鳥」「大鳥」の区別は 、本香数の規模に符合させたものでしょうが、 「漢字」で書いてあると、香数と文字数の符合がわかりにくくなっています。この点、別書では「大鳥の名」もひらがなで記載されており、「4香⇒4文字」であることが、ひと目でわかる表記になっています。実際に、名目で用いられている鳥名をひらがなに直して解析しますと「小鳥香」と同様にすずめ」は1炉・2炉同香、「しとど」は、2炉・3炉同香というように「同じ文字に同じ香が当てはまる」ことにより、韻を踏んでいることがわかります。この作意を埋没させないためには、「大鳥」の名も「ひらがな」で表記して、同音に傍点でも打っておく方が伝書としては親切と思いましたので、このコラムではひらがな表記を優先させることとしました。

また、「しとど」については、アオジ・ノジコ・ホオジロ・ホオアカなどの小鳥の古名であり、特定の個体種を表すものではないようです。「どばと」については一般的な「カワラバトの野生化したもの」ということであり、イメージは神社に屯する鳩と変わらないようです。 「青鸞」については、キジ科で全身細かい斑点のある褐色のクジャクのような鳥で、鳳凰のモデルとも言われています。風切り羽は美しい眼状紋が見られ、「羽箒」として珍重されていますので、茶道の方はご存じかと思います。

ここで、出典の名目には「青鸞」と記載され「カキハハ」(最後の1文字は同音記号「ゝ」)と読み仮名が振ってあり、別書では「かきはは」(最後の1文字は同音記号「ゝ」)と記載され「青鸞のこと」と注記が付されています。両書を可逆的に見ても「青鸞=かきはは」であることは間違いないのですが、なにせ仮名表記ですので「かきはは」「かぎはは」と読むのか ?「かきはば」なのか?はたまた全く異なるところに濁点がつくのか?いわゆる「青鸞の異名・古名」からは調べがつきませんでしたので、ここでは「かきはは」と清音表記にしています。これを仮に「せいらん」と読んでも「4文字の鳥名」ですので、 「意味の分からない言葉を使うより、いっそ現代語に直してしまおうか。」と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、それですと「3炉、4炉が同香」で「かきはは」という趣旨が崩れてしまいますので、これもままなりません。 私は勝手に「掻き羽箒」のイメージから「かきはば」と読んでいますが、これも全く心許ない状況ですので、「かきはは」の読みについては、皆さんからの情報をお待ちしたいと思います。 (青鸞の写真)

続いて、 本香が焚き終わりましたら、連衆は香の異同を聞き分けて、名乗紙に「聞きの名目」を3つ書き記します。 出典では「三度に書く」とありますので、各段ごとに名乗紙に記載することも許されています。「メモを取って最後に3つ書く」「メモを取らずに段ごとに答えを書き記す」「全部覚えておいて最後に3つ書く」等、「後開き」のルールも流派によって異なるため、この点は当座の決め事でよろしいかと思います。

名乗紙が戻って参りましたら、執筆は、連衆の答えを全て書き写します。執筆が答えを請う仕草をしましたら、香元は香包を開いて正解を要素名で宣言します。出典の「鳥名十*柱香之記」の記載例に則りますと、執筆は、香記の「香の出」の欄に要素名を右から横に3つ、その下に3つ、さらにその下に4つと3段に書付け、正解の名目を定めます。出典には「當り長一点」とあり、執筆は当った名目の右肩全体に、複数の要素を含めて聞き当てたことを意味する「長点」を掛けます。この組香は、同香の出を聞き当てれば正解に結びつきますので、要素名の一部が当たったことを得点とする「片当たり」はありません。

この組香の点数は、「長点」1本を1点と換算しますので、通常の全問正解は3点となりますが、出典には「独聞二点なり。」とあり、連衆のうち唯一人が聞き当てた「独聞(ひとりぎき)」に加点要素があります。「独聞」は、段ごとに加味しますので、全ての段が「独聞」の場合は「長点」が大小6本掛けられ最高点は6点となります。また、この組香には下附はないため、長点の数が個人の成績を表すこととなります。

因みに、別書では「一字ずつに一点掛くる、違い星一つ。」とあり、点法が異なっています。別書には、香記の記載例が示されていませんが、この点法を採ると「点」「星」を並記した下附も必要となるかと思います。しかし、この組香は、「聞きの名目」で回答しているため、要素名を併記して回答しない限り、同香以外の香は何を聞き当てたかわかりません(例:「一、二、二、三」も「三、二、二、一」も「鵲」 となり一と三の当否は判らない)。 つまり1文字ごとに「点」「星(減点)」をつけることは構造的にできないため捨象しています。

最後に、この組香は個人戦ですので、勝負は長点の数の多い方のうち上席の方の勝ちとなります。点差があまりつかないことから、上席を引き当てて座ることが必勝法かもしれませんね。

「鳥名十*柱香」は競技性も強いのですが、香記に飛来した小鳥の姿ともに 「囀り」という「音景色」も楽しみの1つとなる愛らしい組香です。皆様も春の香筵を「陽だまりの*柱香」で「ほんわか」と心遊んでみてはいかがでしょうか。

 

目覚ましがわりのキジバトは隣のアンテナの上で不器用に鳴いていました。

風流ではありませんが、毎朝、顔を合わせるので愛着を感じています。

曲水のうきを身につむ我が盃やあらまほしきは紅の一片(921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

戻る

Copyright, kazz921 All Right Reserved

無断模写・転写を禁じます。