四月の組香
花見の名所で咲き誇る様々な桜を心に浮かべる組香です。
連衆が二手に分かれて色とりどりの花を進めつつ競い合います。
※ このコラムではフォントがないため「」を「
*柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は4種用意します。
要素名は、「霧谷(きりがやつ)」「芝山(しばやま)」「嵐(あらし)」と「匂桜(においざくら)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
連衆は、あらかじめ「左方」「右方」の二手に分かれます。
「霧谷」「芝山」 は各5包、「嵐」は2包、「匂桜」は1包作ります。(計13包)
「霧谷」「芝山」「嵐」は、それぞれ1包を試香(こころみこう)として焚き出します。(計3包)
残った「霧谷」「 芝山」の各4包と「嵐」1包に「匂桜」1包を加えて打ち交ぜます。(計10包)
本香は、「一*柱開(いっちゅうびらき)」で
10炉廻ります。
−以降9番から14番までを10回繰り返します。−
香元は、香炉に続いて、「札筒(ふだづつ)」または「折居(おりすえ)」を廻します。
連衆は1炉ごとに試香に聞き合わせて、答えの書かれた「香札(こうふだ)」を1枚投票します。
香元が正解を宣言します。
執筆は香記に連衆の答えを全て書き写し、当たった答えの右肩に点を掛けます。
点数は、「匂桜」の独聞は3点、2人以上の当たりは2点、その他は要素の当りにつき1点とします。
盤者は、正解者の短冊のついた「桜」の立物を点数分だけ進めます。
盤上の勝負は、双方のうち、最も早く「分捕場(ぶんどりば)」に「桜」を立てた人の勝ちとなります。
盤上の勝負がついても、香は最後まで焚き出します。
下附は、点数をそのまま漢数字で書き記します。
記録上の勝負は、「左方」「右方」のグループごとに合計点を集計し、 「勝ち方」を決します。
香記は、「勝方(かちかた)」の最高得点者のうち、上席の方に授与されます。
尾張の地に住まって初めての春、花暦の早さに驚いています。
私は、「郷に入っては郷をとことん楽しむ」性格で、元来、帰巣本能が希薄なのですが、毎年この時期になりますと「里心」が芽生えます。美濃・尾張の地でどんなに豪華で由緒正しい祭りがあったとしても、やはり「春の花見」と「夏の花火」は、郷里のものが一番に思えます。白石川の長堤に約8kmも続く「一目千本桜」で有名な我が大河原町の「桜まつり」は、4月13日から25日まで開催されますが、私は名古屋で「名香鑑賞会」に列席する予定なので、帰省は連休に繰り延べることとしました。その代わりインターネットで「一目千本桜」のバーチャルツアーを楽しみ回顧の情に浸っておりましたら、彼の地に移り住んで以来数十年間 、全く知らなかった「目から鱗」情報がいろいろと出てきました。
郷里が「桜の町」になったのは、東京で成功した町内出身の実業家「高山開治郎」が「故郷に東京北区の飛鳥山公園を再現しよう!」と、ソメイヨシノの苗を大正12年に700本、昭和2年に500本 と2度にわたって町に寄贈したことが端緒だったのだそうです。また、「一目千本桜」命名の由来は、当初から開治郎が吉野の「一目千本桜」を引用したもので、オリジナルではないこともわかりました。現在は、補植した若木も含め1062本が確認されているとのことですが、若木は、毎年桜の手入れをしてくれている「柴田農林高等学校」が復活した「センダイヨシノ」(ヤエベニシダレとソメイヨシノの掛合せ)を植樹しているらしいです。
また、東北には、福島県三春町に「滝桜」という、樹齢1000年を超えるベニシダレザクラの古木があり、「日本三大桜」の末娘として名を馳せています。この桜は昔から「三春藩主の御用木」として保護されていたため、今でも威風をたたえた見事な「花ぶり」を見せています。昨年の東日本大震災では、内陸部にあるため、折れた小枝がいくらかあった程度でしたが、夜間のライトアップやシャトルバスの運行など観光客受け入れの対応はできず、正式な御披露目には至らなかったようです。しかし、今年は、昨年の分も含めて十分な体制で臨んでいるらしく、町の意気込みも伝わって参りました。
一方、当地美濃(岐阜県本巣市)には、「淡墨桜」という樹齢1500年を超えるエドヒガンザクラの古木があります。この桜は、「日本三大桜」の次女にあたり、蕾のときは薄いピンク色、満開の時は白色、散り際には淡い墨色に花色が変化するのが特徴で、「淡墨桜」の名は散り際の色に因んでいます。こちらは、「継体天皇御手植え」という伝承が残されていますが、一時期樹勢を弱め、枯死寸前だったものを作家の宇野千代氏はじめ多くの文化人が保護活動に乗り出し、現在では、樹木医や地元の人々の手厚い看護によって守られています。薄墨桜は、名古屋から大垣経由で樽見鉄道に乗り、終点「樽見駅」から徒歩圏の「淡墨公園」にあるため、今年の「花めぐり」のメインに据えようと思っています。
昨年の今頃、我々は「桜」に自然の強さを思い知らされ「復興のシンボル」として見ていました。折からの「自粛ブーム」もあり、表立って花を愛でることはできませんでしたが、かえって畏敬の念をもって花を見 上げ、粛々と「苦難の春」を過ごしたものです。今年も被災地の各所に桜が咲くでしょうが、生活の安寧を取り戻された方もそうでない方も異口同音に「もう一年過ぎたのかぁ」と感慨を語るほど歩みの遅い一年だったように思えます。しかし、復興に関しては「まだ一年」・・・スタートラインに立ったのかさえ心許ない地域もあり、地元では「細く長〜い異常事態」が続いています。私は、被災地で生活する方々に「異常であることを『必ず治る持病』のようなものだと思って、自分の日常に取り入れて共生する」よう助言しています。そして、「一病息災」で過ごし、毎年「被災地の桜」を愛でるたびに「持病」が快癒して 、いつしか「ただの桜」になっていくことを願っています。
今月は、各地の桜の名所をお香で競う「花名所香」(はなめいしょこう)をご紹介いたしましょう。
「花名所香」は、大枝流芳の『香道千代乃秋(下二)』に掲載のある「盤物」の組香です。小引冒頭には、「流芳組」との記載があり、オリジナルの組香であることがわかります。組香に使用する盤立物については、『香道千代乃秋(上)』に掲載されており、立物が2本図示され「櫻十本、柄あり、八重、一重、色々十品かゆる」との記載があります。一方、香盤については、図示されておらず「盤は名所香の盤を用ゆ」とだけ記載されていますが、「名所香盤」を流用するということから、名所香の「桜と紅葉」を春景色に変えて「十種の桜」で遊ぶ組香だということがわかります。今回はオリジナルの組香ですので、『香道千代乃秋』を出典として、その記述に基づいて書き進めたいと思います。
まず、皆さん既にご存じの「桜」とは、「梅」と同じバラ科の植物で、その中に「サクラ属」を形成している落葉高木の一群です。野生種は東アジア一帯に数十種あり、江戸時代には観賞用として多くの園芸品種が作られ、現在の日本では固有種・交配種を含めて600種以上の品種が確認されています。「サクラ」の名前の由来は、「『咲く』に複数形 の『ら(等)』を加えたもの」とされており、元来は「花の密生する植物全体」を指していたという説が有力です。また、桜の開花は田植えを始める暦がわりにされていたこともあり、春に里にやってくる「稲(サ)の神が憑依する座(クラ)」だから「サクラ」であるという説もあります。さらに、富士の頂 上から、花の種を撒いて花を咲かせたとされる、「コノハナノサクヤビメ(木花之開耶姫)の『さくや』」をとって「サクラ」になった等、諸説あります。いずれ、「山峡(やまがひ)に咲ける佐久良を・・・(万葉集3967)」の時代から、詩歌や絵画の題材に用いられ、日本国民の習俗に深く根差した「桜」は、正式ではないものの「国花」としての座を揺るぎない ものにしています。
次に、この組香は「盤物」の例に漏れず証歌はありません。しかし、組香小引に用いられている言葉が一見して「花景色」満載なのに加えて、組香の表そうとしている景色は、より具象的に 盤面に現われることとなります。中古に「桜」を詠んだ歌は無数にありますが、盤面の景色以上に端的に組香の姿を語り尽くす歌は、「敢て…」と考えを巡らしてみても選定が難しいと思います。
ここで、この組香は、前述(上巻)のとおり「名所香盤」を流用して、立物のみ「十種桜(とくさざくら)」にアレンジして遊ぶことになっています。また、出典 (下二巻)の本文では、「立物の事」として「桜、左五本、右五本、都合十本なり、八重、二重、一重、紅白いろいろの花を十色かわりに作るべし。」「小短冊を付けて名所の名を書くべし。」とあり、「盤の事」として「名所香の盤をかわりもちゆべし。」とあり、図は示されていません。この二巻を合わせ見て作成したものが「花名所香盤之図」です。 「名所香盤」は、1つの間に2つの穴が開いているので、そのうちの双方1つの穴のみ使用します。そうして、左方、右方が対峙するようにして1間目に各自の桜を立て、双方から「桜」を進めて、5間進めば「分捕場」に達することとなります。この組香は、「立物の事」を含め「記録認めやう」でも「凡そ名所香のとおり左の方、右の方と分けて書くべし。」との記載から「一蓮托生対戦型ゲーム」であることが明白であるため、連衆は、席入りの際に「左方」「右方」の二手に分かれて座り、グループごとに得点を競うこととなります。
続いて、この組香の要素名は「霧谷」「芝山」「嵐」と「匂桜」です。「霧谷」は、出典に「きりがやつ」と特徴的な振り仮名が記載されていますので調べてみますと、薄紅色の八重咲の桜で「最高の品種」であることがわかりました。すると、「芝山」は白色の一重咲、「嵐」はそのものではありませんでしたが「嵐山(アラシヤマ)」という薄紅色の一重咲の品種があることがわかりました。そして「匂桜」については、現代ではアカネ科ルクリア属の冬の鑑賞花「ニオイザクラ」に尋ね当ってしまいますが、昔は、芳香 を誇った「上匂(ジョウニオイ)」という白色の半八重咲の品種があり、これから派生して「駿河台匂(スルガダイニオイ)」「染井匂(ソメイニオイ)」という白色の一重咲の品種等もあることがわかりました。「匂桜」については、「客香」の要素名となっていますので、抽象的に「桜のにほひ」をイメージさせるための感性表現かもしれませんが、一様に「桜の品種」が要素名に採用されていると解釈してよろしいかと思います。
さて、この組香の構造は、まず、「霧谷」と「芝山」は各5包、「嵐」は2包、「匂桜」は1包の計13包を作り、そのうち「霧谷」「芝山」「嵐」は、1包ずつを試香として焚き出します。すると、手元に残りますのは「霧谷(4包)」「芝山(4包)」「嵐(1包)」「匂桜(1包)」の計10包となりますので、これを打ち交ぜて「一*柱開」で焚き出します。 そのため執筆は、試香が焚き出された時点で、組香の題号や香組、名乗等を常の如く記載しますが、この組香は「一蓮托生対戦型」ですので、「左方」「右方」の見出しをつけて、あらかじめ決められた 連衆の名乗(なのり)をグループに分けて記載しておきます。
こうして、香元は本香を焚き出しますが、出典では「右試三包終りて出香十包打ちまぜて焚き出す。一*柱開 」と記載があり、この組香は「一*柱開」で進めることが指定されています。 そのため、香元は香炉を焚き出す際に、「札筒」や「折居」を香炉に添えて廻します。連衆は、それぞれ試香と聞き合わせて、これと思う「香札」を1枚投票します。その際、使用する「香札」について、出典では「札の表」として、「霧谷 四枚、芝山 四枚。嵐 一枚、匂桜 一枚、以上十枚一人分、百枚にて十人分なり 。」とあり、答えとなる要素名を記載した札を用いることが記載されています。また、「札裏の紋」として「吉野、初瀬、奈良、生駒、霞関、高砂、葛城、六田、嵐山、位山」の名目が記載されており、本座での各自の仮名 となる「名乗」についても示してあります。名乗の由来については、「小短冊を付けて名所の名を書くべし。」とあるように「桜の名所」として選ばれたと考えて良いでしょう。盤上では、この短冊を付けた桜が、連衆の名代として進むことになります。
ここで、名乗に用いられた言葉について、少し解説を加えておきます。
「吉野(よしの)」【歌枕】
奈良県南部の別名で、特に「吉野山」から大峰山の山岳地帯を言い、狩りに適した「良い野」という意味で呼ばれていたようです。現在ユネスコの世界遺産に登録されています。
「初瀬(はつせ)」【歌枕】
奈良県桜井市にある地名で、現在は「はせ」と読むそうですが、中古の時代から「初瀬山」が有名です。雄略天皇が初瀬朝倉宮(はつせあさくらのみや)を置き、飛鳥へ遷都するまで都だったこともあります。
「奈良(なら)」
奈良時代には平城京が置かれていた日本の都で、「奈良山」は、奈良盆地の北方、奈良市と京都府木津川市との間にある丘陵です。
「生駒(いこま)」
奈良県北西部に位置する地域で、「生駒山」【歌枕】は、奈良県生駒市と大阪府東大阪市との県境にあります。
「霞関(かすみのせき)」
近内に同名の桜の名所があったのかもしれませんが、現在では、鎌倉幕府が旧鎌倉街道沿いに設けた多摩川沿い関所「霞ノ関」が尋ね当ります。これについては、春霞と霞桜を掛け合わせた感性表現 ととらえた方が良いかもしれません。
「高砂(たかさご)」【歌枕】
兵庫県の播磨南東部に位置する地域で百人一首の「高砂の尾の上の桜咲きにけり・・・」で有名です。山としては「播磨山」となるかと思います。
「葛城(かつらぎ)」
奈良県中西部に位置し、大阪府と境を接する地域で、金剛生駒紀泉国定公園内に「葛城山」【歌枕】があります。
「六田(むつだ)」
奈良県吉野郡大淀町に地名をみることができます。
「嵐山(あらしやま)」【歌枕】
京都府京都市の観光地で、国の史跡および名勝に指定されています。渡月橋を境に本来は西京区(桂川の右岸)を指しています。
「位山(くらいやま)」
これも近内ではありませんが、岐阜県高山市の飛騨高地の中央に「位山」があります。朝廷に笏の材料として名産木を献上した際、この木が「一位」の官位を賜ったことから、木は「イチイ」、山は「位山」と呼ばれるようになったという説があります。
このように、名乗には近内の歌枕を中心とした「花名所」が配置されています。連衆を「左方」「右方」と分けたのは、地域名との法則性 が見当たりませんので、単に盤の左右に分かれ「二手に分けて競う」というためのようです。
本香が廻り終え、各自の回答が帰って来ましたら、執筆は答えを全て書き写し、香元に正解を請います。香元は香包を開いて正解を宣言し、執筆は香記に書き写された答えのうち、当った 要素名の右肩に点を打ちます。また、盤者は正解者の「桜」を点数分だけ進めます。これを10回繰り返しますと本香焚き終りとなります。
この組香の点数について、出典では「匂桜、独聞三点、二人より二点、餘は一点づつ」とあり、客香である「匂桜」の当たりについて 2段階の加点要素があります。また「立物のすすむ事、点数に同じ」に続いて「嵐の香 、ききまがえぬれば星一つ、立物も一間あとへ退くべし。」とあり、「嵐」の聞き違えに減点要素も加わります。このようにして、1炉ごとに正解を 宣言し、点を掛け、盤上の「桜」の進退を決めます。盤上では、双方から「桜」の前線を進め、中央の「分捕場」を目指します。そうして「分捕場」にどちらかの桜が達した時点で、「盤上の勝負」は決着します。連衆は、その間、自分自身やグループの得点状況を確かめながら、臨場感のあ る勝負の中で「花名所」を競うこととなります。なお、盤上の勝負がついても、本香は残らず焚き出し、ここからは「記録上の勝負」となります。
本香が焚き終わりましたら、執筆は各自の得点と減点を合計して、漢数字で「○点」と下附します。その際、「匂桜」の独聞や当たり、「嵐」の聞き外しには特に注意して「点・星」を確認してから計算すると良いでしょう。得点の最高点は「匂桜」の独聞を含む全問正解の12点となります。出典には「名所香の通り」と記載されて「花名所香記」の記載例は省略されていますが、出典内の他組香の記載例に倣い、全問正解でも「皆」「叶」「全」などを用いず「十二点」と下附するのが順当でしょう。
こうして、 各自の得点の記載が終わりましたら、今度はメンバーの得点をグルーブごとに合算し、合計点の多い方が「勝方」となります。出典には示されていないのですが、「左方」「右方」の見出しの下に合計点を記載し、「勝」と付記して示すのが順当かと思います。
なお、記録に関して、出典内の他組香の記載例では、連衆の答えを全て書き写すように示されていますが、私としては、「一*柱開」の通例に則って、「当った答えのみ書き記す」やり方も良いのではないかと思っています。そうすると各地の名所に「霧谷」「芝山」「嵐」「匂桜」が咲き揃ったり、 うら寂しくポツリと咲いたりする景色が香記に散らされて、名所ごとの「花ぶり」の優劣が見た目にもはっきり分かるかと思います。
最後に勝負は、「勝方」の最高得点者のうち上席の方 の勝ちとなります。
「桜」に因む組香は、毎年4月を常道としていましたが・・・
「さくらの日」は3月27日に制定されているようです。
日本標準の花暦はさらに一足早いようですね。
夕さりてなお芳しき薄墨の千代の名残りを誰かやは知る(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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