時を経て満ち欠けを繰り返す月を愛でる組香です。
客香が複数あるほか、香記の記録法にも特徴があります。
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説明 |
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香木は8種用意します。
要素名は、「山(やま)」「野(の)」「川(かわ)」「海(うみ)」「里(さと)」と「月(つき)」「雲(くも)」「 霧(きり)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「山」「野」「川」「海」「里」は各2包、「月」は1包、「雲」「霧」は各2包作ります。(計15包)
「山」「野」「川」「海」「里」のうち各1包を試香として焚き出します。(計5包)
手元に残った「山」「野」「川」「海」「里」の各1包に「月」1包と「雲」「霧」各2包を加えて打ち交ぜます。(計10包)
この組香では、客香が「月」「雲」「霧」と3種5香焚き出されます。
本香は10炉回ります。
連衆は、手記録紙に要素名を出た順に10個書き記します。
香元は、香包を開いて、それぞれ正解を宣言します。
執筆は香記に連衆の答えを全て書き写し、 「月」と書かれた答えのみ「○」と表記します。
執筆は、当たった答えの右肩に「点」を掛け 、「月」が当たればそのままとします。
ただし、「月」の聞違いについては、所定の「筋」(取り消し線)を引いて示します (委細後述)
点数は、各要素の当りにつき1点とし、独聞等の加点要素はありません。また、「月」の聞違いによる減点 はありません。
下附は、全問正解には「満月(まんげつ)」と書き記し、当り数により、順次「不知夜(いざよい)」「立待(たちまち)」「居待(いまち)」「臥待(ふしまち)」「廿十日月(はつかづき)」「有明(ありあけ)」「三十日月(みそかづき)」「初月(はつづき)」と下附し、全問不正解には「闇夜(やみよ)」と書き記します。
勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。
窓辺をわたる夜風が涼やかに感じる季節となりました。
早いもので、サイトを立ち上げてから15年が経ちました。1997年といえば、「OCN(当時はNTT直営)」が事業を開始した翌年で、民間プロバイダの出現によって、一般庶民が比較的安い料金でインターネットを使えるようになった「ネットデモクラシー」の黎明期でした。それまでのインターネットは大学間の共同研究や成果発表に使われる「学術系」でしたが、ダイアルアップという細いインフラを介しつつも、コンテンツに「個人の趣味」の発露が見え始め、「ネットサーフィン」で情報の大海原に出れば必ず「新大陸」が見つかる時代でした。
思えば、先代の御家流宗家が同年7月4日に逝去され、私が『香筵雅遊』の掲載を思い立った頃、「香道」に関するネット上の記述は「日本の良いもの美しいもの」に「香を聞く」というコーナーのみ、敢えてもう一つと言われれば、香木の産地の様子がわかる「香木コリドー」だけだったように思います。先達もいない情報の大海原に 「小島」を築くべく「五里霧中×暗中模索=???」でコンテンツを叩き込みましたが、当時は、参考書が少ない上に記憶力もよかったのでしょう。 今思えば、あまり調べ物もせずに「神がかり的なスピード」で書き上げられたことは、亡き先代、先々代宗家のお導きもあったように思えてなりません。
こうして、『香筵雅遊』は、「日本初(=世界初)の香道専門サイト」として産声を上げ、Yahoo JAPANは、このサイトのために「香道」のカテゴリーを作ってくれました。その頃は、新聞、雑誌、テレビまでがネットに飛び出した 「達人?」「マニア?」「オタク?」の吐露したコアな世界の情報に新鮮な衝撃を受けていましたので、ネットコンテンツをネタにこぞって取材してはメディアに掲載し、そこから希少なカルチャーが次々に市民権を得て行ったような気がします。その中でも「正当で希少な日本芸道」である「香道」のページは、内外のいろいろなメデイアに取り上げられる確率が高かったのかもしれません。私自身は、師匠 をはじめ仙台の支部組織の了承のもとで香道の裾野を拡げる仕事をしていたつもりだったのですが、メディアに露出すること自体が「権威化」と誤解され、かえって香道界の中枢部から誹りを受けることとなりました。そうして、私が「香道人」を辞し「ネット香人」となったことで、香道におけるリアルとサイバーの世界は隔てられることとなりました。
しかし、そんな離隔はほんの一瞬で、インターネットの商業利用が進むにつれ、たくさんの「香舗サイト」が「香りの世界」を雰囲気良く伝えてくれるようになり、意欲的な流派・会派は「公式サイト」を立ち上げるようになりました。その後、「ブログ」がブームとなり、組香や稽古の様子を書き込んでくれる個人ブログもたくさん出てきました。私は、これらすべての皆さんを「同志」と受け止めていたものです。 そうしている間に我がサイトの「情報力とキャラクター」も薄まったため、香道界の扱いも「黙殺」から「黙認」へと変わって行き、私自身はサイバーの世界に安住の地を見つけ、そこから閉ざされていたリアルの世界へ出かけることができるようになりました。
一方、現在は、ソーシャルネットワークサービス(SNS)がブームとなっており、揮発するコミュニケーションによって、「場の雰囲気」をリアルタイムに伝えることができるようになりました。15年前に起こった「物から情報へ」というネットデモクラシーも「軽薄短小の極み」と言われていましたが、その頃に 私が目指していた「情報通信から情感通信へ」がSNSに昇華したと言えるのかもしれません。ただし、これには「情報を固定化して後世に残す」という機能がありませんでした。ネットコンテンツは、公開情報を「学術⇒趣味⇒行動⇒感情」と変えながら進化し「1回あたりの書き込みの字数」が減って、誰でもが入りやすくなったため爆発的に大衆化しました。そして、情報を与える者と与えられる者の関係が無くなり・・・「衆愚の鏡」は手に入れましたが「賢者の石」は失った気がします。
サイバーツールは、時を経るごとに「膨らんでは萎んで新しいものにシフトしていく」唯物史観の「物」なのかもしれません。ただし、サイバーがリアルの世界と大きく違うのは、しぼむことが「滅」ではなく「眠」であることです。サイバースペースから淘汰されたホームページやブログの多くは、誰にも見向きされずとも、どこかのサーバのデータとして公開状態のまま残り続けています。月も欠けているようで実は見えていないだけ、見えない部分(Dark Side of the Moon)にも実体はあります。これが、たまたま検索でヒットすれば、「宝物」ということもあり得る訳です。『香筵雅遊』は、まだまだ「淘汰」の心配はしなくて良いようですが、希少な世界を垣間見せてくれる入口として、「いつでも、そこにあること」が価値と思って、今後とも掲載を続けて参りたいと思います。
今月は日を追って月の満ち欠けを愛でる「弄月香」(ろうげつこう)をご紹介いたしましょう。
「弄月香」は、『軒のしのぶ(六)』に「秋の組」として掲載のある組香です。「弄月」の「弄」とは、「もてあそぶ」ということで、「嘯風弄月」(しょうふうろうげつ)という言葉もあり、「風にうそぶき、月をもてあそぶ」ように、天地自然の風物を友として、詩歌 を楽しむことを意味する大変風流な言葉です。同名の組香は、『御家流組香書(信)』にも3パターンの「弄月香」が記載されており、系譜の違いもあることから記載内容は全く異なりますが、主役である「月」の出方や点数によって、「宵待」「居待」「更待」などと月の満ち欠けに因んだ「観月」の景色を散りばめるというところは共通しています。そうしてみれば、組香における「弄月」とは、朔月から満月 を経て三十日月まで「月齢ごとの月を楽しむ」という意味に解釈してよろしいかと思います。今回は、いろいろとパターンのある「弄月香」から、記載方法に特徴のある『軒のしのぶ』を出典とし、『御家流組香書(信)』を別書として対比しながら書き進めたいと思います。
まず、この組香の要素名は、「山」「野」「川」「海」「里」「月」と「雲」「霧」となっており、 大変香種の多い組香であることが第1の特徴となっています。また、そのうち「月」と「雲」と「霧」が 試香のない「客香」となっています。「月」については、「組香の主役」としての扱い となっていると思いますが、「雲」「霧」については、山河に浮かぶ月の景色を覆い隠して聞き手を攪乱する「邪魔物」として登場してくるようです。
因みに、別書の要素名は「一」「二」「三」「四」と「月」となっており、他の風景要素は無く、厳然と「月」が主役としてキャスティングされています。御家系である別書の要素は匿名化されてシンプルに見えるのに対して、志野・米川系の香書である出典には、具象的な景色があらかじめ散りばめられているという点も面白く感じました。
次に、この組香の構造ですが、先ほども述べたとおり香種8種、全体香数15香、本香10 包と非常に規模が大きい組香となっています。簡単に言えば「六国 (りっこく)」に「新伽羅」を混ぜても、1種は同じ木所のものを使わなければなりませんので、香組は腐心されることと思います。香は「山」「野」「川」「海」「里」を各2包、「月」を1包、「雲」「霧」も各2包作り、このうち「山」「野」「川」「海」「里」の各1包を試香として焚き出します。ここで、この組香には、前述のとおり客香が3種あることがわかります。このうち「月」については1包ですが、「雲」と「霧」は2包ずつの同数のため、数では区別ができません。そこで出典では「雲二*柱試み無きを聞き分けるには、雲にはこき(濃)香を組み霧にはうすき(薄)香を組む事なり。」とあり、「薔薇香 (むばらこう)」のように複数の客香を香の濃淡で聞き分けるように指示してあります。「雲」「霧」の濃淡を香りの濃淡で表現したところは、なかなか乙な心遣いかと思います。御家系であれば「霧」に「佐曽羅」「真那賀」あたりを仕込めば判りやすいかと思いますが、志野系では、聞き味と濃淡で8種類の要素の特徴を引き出す沈香を選び出すのも大変な苦労が伴うことでしょう。このように同数の客香の聞き分けに香の濃淡を用いるとあらかじめ指定されていることもこの組香の第2の特徴かと思います。
さて、試香が終わりましたら、「山(1包)」「野(1包)」「川(1包)」「海(1包)」「里(1包)」「月(1包)」「雲(2包)」「霧(2包)」の計10包を打ち交ぜて焚き出します。連衆は、試香と聞き比べ「地の香」である「山」「野」「川」「海」「里」を判別すると同時に5包出される「客香」を「1つしかない香り⇒月」「2つずつある香りのうち濃いもの⇒雲」「2つずつある香りのうち薄い物⇒霧」と3種に判別しなければなりません。組香の構造そのものは「常のごとく焚き出し、常のごとく聞く」ため難しくは無いのですが、香を組むのも聞き判じるものなかなか難度の高い組香だと言えましょう。回答については、出典に「手記録を用ゆ。」とありますので「後開き」とし、10炉聞いた後で 名乗紙に要素名を出た順に10個記載して提出します。
名乗紙が戻って来ましたら、執筆は連衆の答えを全て書き写します。その際、出典には「記録、月の所は○是の如く記し・・・」とあり、「月」の要素に当たる部分は「○」と図で書き表すこととなっています。これは、志野流で「星合香」の「仇星」を「○」で書き表す方式と似ています。このように香記の回答欄に「満月を表す○」の現れるところが、この組香の最大の特徴と言えましょう。
香元が正解を宣言しましたら、執筆は香の出の欄に正解を縦一列に書き記し、各自の答えと合わせて正解に合点を掛けます。 これについて出典には「聞き違いたるには是の如く横に二筋引くなり、月の当たりには点なし。月を雲、霧と聞き違えたるは一筋、独り聞き違えたるは三筋、試香と聞き違えたるは二筋、独り違いには四筋引くなり。外の当たりには1点づつ・・・」とあり、普通の当たりには、いつもどおり「点」を打って表しますが、「月」については聞き違えに景色が付きます。月が当たれば「○」のまま(点は打ちません。)ですが、試香のない「雲」「霧」を「月」と聞いた間違いは、横線1本で「○」を消し、試香のある「山」「野」「川」「海」「里」を「月」と聞いてしまった間違いは横線2本で「○」を消すことなっています。また、連衆の中で独りだけ間違う「独不聞」には、 試香の有無により、それぞれ「三筋」「四筋」が付くと言うことになっています。ただし、「弄月香之記」の記載例を見ると、各自の「点数」と後述する「下附」が合致しており、「月」に掛けられた「筋」の数 は無視されていますので、厳密には「筋」は「減点数」を表すのではなく、端に「月を覆い隠す横雲」としての景色を表しているものと思われます。
ここで、出典には「皆聞きの下に満月・・・」に続き、下附が記載されており、各自の成績は点数でなく下附で示す事となっています。
聞き数(点数) | 下附 | 月齢 | 説明 |
全中(10点) | 満月(まんげつ) | 14 | 十五夜・望月。最も真円に近い月 |
八*柱聞(8点) | 不知夜(いざよい) | 15 |
十六夜。「いざよう」は月の出がやや遅くなっているのを、月がためらっていると見立てた言葉。夜が明けてもまだ沈まず、西の空に残るようになることから広義の「有明の月」の始まりでもある。 |
七*柱聞(7点) | 立待(たちまち) |
16 |
夕方、立って待つ間に出る月 |
六*柱聞(6点) | 居待(いまち) | 17 | 月の出が遅いので、座って待つうちに出る月 |
五*柱聞(5点) | 臥待(ふしまち) | 18 | 月の出が更に遅くなり、寝て待つ月 |
四*柱聞(4点) | 廿十日月(はつかづき) | 19 | 更待月。夜も更けてから月が上ってくる月 |
三*柱聞(3点) | 有明(ありあけ) | 25 | 暁月。二十六夜の夜明けの空に昇る月。本来は十六夜以降の月の総称。 |
二*柱聞(2点) | 三十日月(みそかづき) | 29 | 「晦日(つごもり)」は「月籠もり」が転じたもので、月が姿を見せないのでこう呼ばれた。 |
一*柱聞(1点) | 初月(はつづき) | 0 | 新月。朔。「一日(ついたち)」の語源は「月立ち」とされる。 |
全不中(0点) | 闇夜(やみよ) | − | 全く月が見えない夜。 |
このように、満点を「満月」として、少しずつ日を重ねて月が欠けていく様子と点数を符合させています。全問正解の次は、必ず入れ違いになるので「九*柱聞」はありません。全問不正解の「闇夜」は、月齢とは関係なく、天候によって「月が見えなかった。」ということを示していると思われます。「初月」(新月)も夜は暗いのですが、薄く短い弦が見えるため「闇夜」とは違って、一寸の光明が見える風景となります。
ここで、私は出典に記載されている「三日月」を「三十日月」に書き換えています。通常「三日月」とは、陰暦3日(月齢2)の月のことで、満月から欠けていく上表の時系列には現れて来ない月です。唯一考えうるのは、陰暦26日に光っている部分が左右の反対の「逆三日月」が 「二十六夜」に現れることです。当初、この三日月ことなのかとも思いましたが、そうすると景色としては「有明」と判別が付きにくくなります。また、「弄月香之記」では、二*柱聞に「有明」と下附されている矛盾もあるためさらに疑問は深まります。これが正しいとすれば三*柱聞には「二十三日月」が入る可能性が出て、「廿」の字が欠損して「三日月」となったものとも考えられるからです。しかし「有明」と入れ替えてまで 、それほど有名でない「二十三日月」を用いる必要も無いかと思います。そこで、下附の配置からすれば、出典の「三日月」の記載は、有明と初月の間にある「三十日月」とする方が順当で、書写の際に「十」の字が欠損したものであろうと判断しました。
因みに、別書の「弄月香」では、「月」の出た順番によって「待宵、いざ宵、立待、居待」と名目を付けたり、当たり数によって「清光、待宵、居宵、最中、立待、寝待、更待、有明」と下附するものもあり、月の呼称が時系列的に取り扱われていることは共通した趣旨であることがわかります。
最後に勝負は、最高得点者の上席の方の勝ちとなります。同点の場合でも「月」の当否に差があれば、捨象していた「月」の外れを勘案するというような当座のルールもあっていいかと思います。
先月は「ブルームーン」で満月が2度巡って参りました。その関係で、今年の「中秋の名月」は9月30日となり、新暦の十五夜近くが暗い夜となります。皆様も望月を待つ間「弄月香」で月明かりを灯してみてはいかがでしょうか?