一月の組香
常磐の緑をモチーフにした御目出度い組香です。
最後の 香が開くまで答えのわからないところが特徴です。
※ 慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。
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説明 |
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香木は4種用意します。
要素名は、「椿(つばき)」「橘(たちばな)」「松(まつ)」と「 榊(さかき)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「椿」「松」「榊」は各2包、「橘」は1包作ります。(計 7包)
このうち「椿」1包を試香として焚き出します。(計1包)
まず、「松」「榊」の各2包打ち交ぜて、その中から任意に1包引き去ります。(4−1=3包)
次に、「椿」「橘」の各1包を加えて 、さらに打ち交ぜます。(3+2=5包)
本香A段は、5炉廻ります。
続いて、B段は、先ほど引き去った1包を焚き出します。
連衆は、A段のみ試香に聞き合わせて、名乗紙に要素名を5つ書き記します。
B段は、聞き流しとして回答しません。
執筆は、全員の答えを書き写し、当たりに「点」を掛けます。
さらに執筆は、B段の香の出によって、あらかじめ定められた和歌を書き記します。(委細後述)
点数は、「橘」の当りは2点、その他の要素名は当り1つにつき1点となります。
下附は、全問正解は「皆」、その他は点数を漢数字で書き記します。
勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。
新年あけましておめでとうございます。
香道のような伝統芸能を嗜まれる皆様は、お家の年始の行事についてもしっかりなさっているのだろうと拝察いたします。私は、単身赴任の身ですので、年末年始は留守にするため、年末に大掃除を終えたら、後は庵に戻ってから買物をして、雑煮とお節で松の内を暮らす程度になりました。ただ、自宅には「しきたり」というものが残って欲しいので、家伝書「年末年始の過ごし方」みたいなマニュアルを書いて、大掃除、餅切り、正月飾りから初詣、三日とろろ、七草粥等、小正月まで、母がしてくれたり、私が家督としてやっていた行事を娘たちに残して来ました。まぁ、娘はいずれ「婚家」のしきたりに従うことになるのでしょうが、それぞれの「謂われ」を知っているのと、知らないのでは大きな違いですので、無駄な知識ではなかろうとの思いです。
初詣といえば、仙台に住み始めて約20年間、大晦日と元旦を跨いで必ず詣でていた川内亀岡町の「亀岡八幡宮」を思い出します。最初に詣でた頃は、「由緒はあるのに寂れた氏神様」の佇まいで、訪れる人もまばら、333段の崩れかけた石段は、「神社の石段で転べば3年以内に死ぬ」の言い伝えが脳裡をよぎり、雪の夜などは転ばないように行き来するのにとても気に使いました。当時は、神官が居ないため初詣の接待も氏子の皆さんがしていました。氏子の中にこんにゃく屋さんが居たために、拝礼のあとは社務所で「砂落とし」の味噌おでんと甘酒が振る舞われており、 東屋に座って仙台の夜景を見ながら、行く年・来る年に想いを馳せるのが、私の年始めの好例行事となっていました。10数年ほど前に宮司さんが常駐することとなり、新しい社務所を建てて一家を迎えてからは、宮司さんの肝いりもあって、階段の除雪や照明も充実し ました。当然、初詣での参拝者も多くなり、縁日のお祭りも地域を巻き込んで盛り上がりを見せるようになりました。数年前に広瀬川向かいの新居に移り、私は国宝「大崎八幡宮」の氏子となったのですが、あの「砂落とし」のひとときが忘れられず、尾張の地に来るまで、年跨ぎは「亀岡八幡宮」、元朝参りは「大崎八幡宮」とダブルヘッダーで参拝していました。宮司さんの娘さんは長女の同級生で、小さい頃から社務所を手伝っていましたが、今では大学生となり立派な巫女さんになっています。この娘さんと言葉を交わして成長ぶりを見るのも微笑ましい恒例の1つでした。
今年は、元日の初詣は「大崎八幡宮」とし、松の内に名古屋の神社にもお参りしてみようと思っています。「名古屋の初詣」というと三種の神器の1つである草薙神剣が安置されているとも言われる「熱田神宮」があまりにも有名で、毎年230万人が参拝に訪れるそうです。「大崎八幡宮」はメインの「どんと祭」で10万人の人出ですので、マイタウンの御本尊「大須観音」が30万人、近所の氏神様「上野天満宮」も受検シーズンとはいえ10万人と聞いて、境内の広さを考えると想像のつかないラッシュ感に気後れしてしまいます。ともあれ、露店での買い食いも楽しみの1つであり、「大崎八幡宮」の「芭蕉せんべい」「ねじりおこし」「鳩サブレ」のような、ネイティブな縁起物を探して「熱田神宮」界隈を徘徊したいと思っています。
カトリックの家に生まれ、墓は曹洞宗の寺に構え、香道を極めるにつれて神道好きになった私は、年末年始の10日間ほどの間に教会でクリスマスを迎え、寺院で除夜の鐘をつき、神社に初詣をするといった「無宗教民族の極み」のような動きをするのですが、宗教の枠にとらわれない「信仰」という観点からすると、我が人生の基礎となっている諸々を素直に礼賛し、とても真摯な祈りを捧げているという自信はあります。今年の干支である「癸巳(みずのとみ)」は、十干十二支の30番目の折り返し点に当たり、物事が終結して新たに出発する意味があり、バイオリズムの注意日だと思えば、プラスにもマイナスにも作用するデリケートな年であると言えます。道筋立てて着実に皆と協調して進むことで好転するそうです。年末には政変もあり、変化のきっかけはできました。神仏に向かうと個人的にはお願い事はなく挨拶や御礼ばかりを申し上げているのですが、今年は、新しい年が「日本復興」に向けて大きく踏み出せるよう玉串を捧げてお願いしてみようと思います。
今月は、常の緑に永遠を感じる「常磐木香」(ときわぎこう)をご紹介いたしましょう。
「常磐木香」は、*叢谷舎維篤(そうこくしゃこれあつ:「*叢」は、草冠に「取」と書く字)撰の『軒のしのぶ(六)』に掲載のある「祝香」です。同名の組香には、『御家流組香集(義)』に「高砂」「住吉」「尾上」など各所の「松」を主景とした組香の掲載があります。また、このコラムでは、平成13年に「千年」「若緑」「相生」など「松」に関わる聞の名目が配された『常盤香』をご紹介していますが、これらは証歌、要素名、構造ともに全く異なっています。一般的な「祝香」は、千秋万歳をテーマにして長寿や永遠を願うものが多いようですが、今回は、「要素名に常緑樹を並べただけ」というシンプルな形にも関わらず、最後の一*柱で主景が現れ出るという面白い趣向を持った 「常盤香」を『軒のしのぶ』を出典として書き進めたいと思います。
まず、この組香には厳密な意味での証歌はありません。しかし、出典の後半には「後の一*柱」の出に割り当てられた「和歌」が2首掲載されていますので、まずこれを説明しておきましょう。
1首目は、「松の歌」として「元享十年後宇多院 実教(のりざね)」に続いて「いくとせも色はかはらじ君が代にひとしほまさる和歌の浦松(実教卿:題林愚抄10615)」と記載されており、意味は「何年も色は変わらないであろう後宇多院の御代にも一層勝る和歌の浦の松であることよ」ところかと思います。
詠み人の「実教」とは、年代から推察して「九条実教(1222〜1235)」のことかと思います。おそらく、この歌は、当時交友のあった後宇多院(1267〜1324)の歌会に呼ばれて詠んだ祝言歌 でしょう。なお、「元享(1321〜1324)」は4年間しかなかったため、出典の詞書にある「元享十年」も『題林愚抄』にある「元享廿年」も存在しません。このため、この歌の詠まれた年代については甚だ心許ないということだけ指摘させていただきます。
2首目は、「榊の歌」として「寶治御百種 資季(すけすえ)」に続いて「神垣の三室の榊さかへ行くみよ(御代)のためしとしげりあひつつ(資季卿:題林愚抄10358)」と記載されており、意味は「神垣である三室山の榊は、御代を例えるように茂りあいながら栄えて行くよ」というところでしょうか。
詠み人の「資季」とは、「二条資季(1207〜1289)」のことかと思います。『宝治御百種』では「雑歌」の巻「寄社祝(やしろいわいによする)」との歌題の後にこの歌(03931)が掲載されており、分類上は「祝歌」でも「春歌」でもありませんでした。因みに、資季の「春歌」には「歳内立春」を歌題として「あらたまの年ゆきかへる月よめはいまだ冬にて春はきにけり(00014)」が掲載されています。
次に、この組香の要素名については、「椿」「橘」「松」「榊」と4種の常緑樹が配置されています。他の組香が主に「松」のみを「常磐木」として取り扱い、「相生」や「千年」等の言葉と結びつけるものと違って、この組香は、常緑樹を多彩に用いて緑鮮やかに作られているところが目を引きます。
各要素を簡単に説明すると・・・
「椿」は、ツバキ科の常緑高木または低木で、もともとは海岸付近の林の中に生えていたものが、観賞用に広く植えられるようになり、白花、淡紅花、絞り咲き、八重咲きなど今では茶花としても欠かせない冬の花となりました。
「橘」は、ミカン科の常緑低木で、もともとは近畿地方以西の山地に生える日本で唯一の野生のミカンだったものが、観賞用に栽植されるようになりました。京都御所の紫宸殿(ししんでん)の南階下の西側にある「右近の橘」などが有名ですが、在来種は、年々南西部の海岸付近に追われ、今では絶滅危惧種リストアップされています。因みに、生垣などには棘の多い「枳殻(からたち)」などが用いられていますが、これは落葉低木で「常磐木」ではありません。
「松」は、言わずと知れたマツ科の常緑高木の総称で、正月にかかせない植物です。平安朝の貴族たちは、「小松引き」と言って、正月の子の日に野山に出向いて、小松を引きぬいてその 根の長さを競って遊びました。「根引きの松」の根の長さは、即ち「延命」「長寿」、松の常緑は「永遠」を意味しており、これを願った行事であったと言われます。また、「若松」「老松」も同様の願いを具現化した象徴として御目出度い言葉となっています。
「榊」は、「常緑樹の総称」として用いられることもありますし、 「神事に用いる樹木全般」をさす場合も多いため最もイメージしにくいかと思いますが、ツバキ科の常緑小高木で、もともとは本州中部以西の山地に自生し、今では神社の境内などに多く植えられるようになった「玉串」になる木です。
さて、この組香の構造は若干複雑です。まず、「椿」「松」「榊」をそれぞれ2包、「橘」は1包作り、「椿」1包を試香として焚き出します。「椿」は時節の花ですので、緑が主景の組香に「赤い花(白い花)」を咲かせるという視覚的効果を狙ったものでしょう。ここで、この組香では「4種の香の内、1種しか試香を焚かないため3種が客香となってしまう」という点に気付かれ て心配する方もいらっしゃるでしょうが、次に述べる構造が見事にその問題を解決してくれています。
これについて、出典には「松二包、榊二包打ち交ぜ、一包取除て三包とし、椿一包、橘一包打ち交ぜ、五包として焚き出す。」とあり、「松」2包と「榊」2包を打ち交ぜて、そのうち1包を任意に引き去り3包とします。これに先ほど焚き残した「椿」1包と「橘」1包を加えると、本香A段の5包が出来上がります。
香元は、手前座でこれをさらに打ち交ぜて本香A段5炉を順に焚き出します。この時点では、まだ「複数客香の判別問題」を孕んだままなのですが、連衆はとりあえず本香の5炉を聞き終え、回答は書かずにおきます。本香を聞き終えた連衆の頭には、同香が2包と異香が1包ずつ3種の組合せで、例えば「●+▲+■+●+椿=5」といった感じのイメージがあり、この時点では試香で聞いたことのある「椿」がどれか判っていればいいのです。(このように●▲■でメモをしておく方法もあります。)
続いて、出典には「五包聞き終りて、除き置きたる一包を焚き出す。聞き終りて此の包を開き、記録に松の香なれば松の歌、榊の香なれば榊の歌を書くなり。」とあり、香元が本香B段を1炉焚き出し、連衆はこれを聞きます。香は先ほど引き去られた「松」か「榊」のどちらかですので、香炉が廻り終えたところで、連衆は「先ほど抜かれた1包の同香」がわかる筈です。
そして、香元は本香B段の包を開いて、その香が「松」か「榊」なのかを宣言します。例えば、B段で「松」が焚かれたとすると、「●+▲+■+●+椿=5」のうち、本香に2つ出た「●」は「榊」ということになりますし、B段の香の同香が▲であれば「▲」は「松」ということになります。そうして「榊+松+■+榊+椿=5」まで判ってしまえば、残る「■」を「橘」と答えれば良いわけです。最後に「橘」に目線を向けさせるのは、「黄色の実」という視覚的効果を使って組香を締めくくろうとする作意かと思います。
こうして、連衆はA段で焚かれた要素名を5つ名乗紙に書いて提出し、B段の答えはあらかじめ宣言されているので回答しません。このように、この組香は「緒環香(おだまきこう)」と同様に「 最後の一*柱」が最初に戻って答えを解き明かす重要な役割を演じており、このことが最大の特徴 かつ難所であると言えましょう。この組香は、「椿」は試香、「松」「榊」は後の一*柱候補、「橘」には客香としての役割があり、いずれの要素も無駄がないところと、景色が緑一色のように見えて実は目にも鮮やかな色を添えていること、そして、何よりもこれらをうまく組み合わせてこのような珍しい構造を作り上げた作者に感心します。
ここで、時間を少し戻しますが、B段で香元が香の出を宣言した段階で、「松」が出た場合は前述の「松の歌」、「榊」の場合は「榊の歌」を香記に書き記します。出典の「常磐木香記」の記載例では、この歌は「題号」と「香の出」の間に1首2行で記載することとなっており、 こればB段の香の出の代わりとも言えましょう。通常の「証歌の奥書き」とは異なる位置となりますので注意してください。
こうして、連衆の答えが帰って参りましたら、執筆は各自の答えを全て書き写し、香元に正解を請います。香元は香包を開いて正解を宣言し、執筆は当たりの要素の右肩に「点」を打ちます。得点について、出典では「橘の当り二点、その外は一点づつ」とあり、最後まで手かがりの無かった「橘」が真の客香として 2点の加点要素となります。(A段のみ得点対象なので満点は6点)
最後に、この組香の下附は「祝香」にしては非常にシンプルで、全問正解は「皆」、その他は点数を漢数字で書き記します。最後に、勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
この組香は、最後に焚かれた香によって、組香の精神的支柱となっている和歌が変わり、組香の景色が一変するところもこの組香の特徴と言えましょう。このような変化も汲み取りながら、正月の寿ぎの日に瑞々しく若々しい「常磐木香」を催されてみてはいかがでしょうか?
「右近の橘」の分木と言われる橘が名古屋市の護国神社にあります。
たわわに実を付けた橘は、温暖な土地の豊かさの象徴のような気がします。
朝日さす子の日の松を引き立ててよろずあらたむ我庵かな(921詠)
本年もよろしくお願いいたします。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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