七月の組香
天の二星が結ぶ七夕の景色を楽しむ組香です。
拾遺香と連綿を成しているところが特徴です。
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説明 |
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香木は、4種用意します。
要素名は、「牛(うし)」「糸(いと)」「霞(かすみ)」と「星(ほし)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「牛」と「星」は各2包、「糸」と「霞」は各3包作ります。(計10包)
「牛」「糸」「霞」のうち各1包を試香として焚き出します。(計3包)
手元に残った 「牛」1包と「糸」「霞」「星」の各2包を打ち交ぜて、 任意に5包引き去り、順に焚き出します。(7−5=2包)
本香は、2炉焚き出します。
答えは、2炉の出を組み合わせて、あらかじめ配置された「聞の名目(ききのみょうもく)」を名乗紙に書き記します。
点数は、客香同士の組合せである「星合空」の当たりは2点、独聞(ひとりぎき)が3点、その他の名目の当たりは1点、独聞が 2点とし、当った名目の右肩に「長点」を掛けます。
この組香に下附はありません。
勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
「初秋香」の聞き方
先ほど引き去った5包を打ち交ぜます。
まず、5包を「2包、2包、1包」に分けます。
これを3段組として、初段(2包)、中段(2包)、後段(1包)を順に焚き出します。
連衆は、初段、中段、後段を聞いて、定められた「聞の名目」を3つ名乗紙に書き記します。
点数は、客香が最後に焚かれた「銀河」の当たりは2点、その他の名目の当たりは1点となり、独聞への加点はありません。
この組香の成績も当たりの名目に付された「長点」で示し、下附は書き記しません。
勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
夏の夕暮れにサヤサヤと笹の葉擦れが涼しい季節となりました。
名古屋に居つきまして早2年、3回目となる夏の暑さも衰えることを知らず、窓全開で風に吹かれています。我が「千種庵」は、うまい具合に 2つの校庭に南北を挟まれているため風通しがよく、「生命維持装置」として勧められて購入したエアコンも結局は春先の空気清浄機能と梅雨時の除湿機能を利用するのみとなり、時折「熱の籠った内臓を冷やす時」に冷房機能を発揮するだけとなっています。確かにピークの室温は36度、深夜でも32度もありますから、みちのくの地であれば眠れないほどの暑さなのですが、慣れてしまうと「冷房のかけっぱなし」よりは、朝方の25度の「涼風」のほうが睡眠には都合がよいと感じています。
久々に撮り貯めた写真を見てみますと、こちらに来て最初にした小旅行は「一宮市の七夕」だったことがわかりました。みちのくの夏祭りは凡そ旧暦で行われているため、すぐには気付きませんでしたが「日本三大七夕の開催」を聞きつけて、雑事が落ち着いた月末に一宮市に伺いました。一宮市の七夕が新暦でも旧暦でもない「7月末」に行われるのは、梅雨明け後でよいお天気が見込まれることと、 子供たちの夏休みシーズンを狙ってのことだそうです。
「織物の町」として名を馳せた一宮市は大きな蔵が建ち、往時の面影を色濃く残す豊かな街並みが残されていました。次に目に飛び込んだのは、「冷し胡瓜」「ドテ」「たまご煎餅」等、みちのくとは全く異なる露店の商品で、これには土地柄の違いを如実に感じたものです。「七夕祭り」は、昭和31年に始まったということですから、仙台に比べれば歴史は浅いのですが、一宮市民の守り神として崇敬されている「真清田神社」を起点として、アーケードを七夕飾りが埋め尽くしていました。聞くところによると「真清田神社」の祭神「天火明命(あめのほあかりのみこと)」のお母さん「萬幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと)」が織物の神様だったため に市民の信仰を集め、これが「七夕の織女」と結びついて「おりもの感謝祭」として興された商工イベントだったようです。
仙台七夕と異なる点は、七夕飾りが全天候性の素材(ビニール)でできているため、色使いがビビット&カラフルで、風にそよぐ吹き流しの音もサラサラ♪ではなく「ペカペカ♪」と高い音を立てるところでしょうか。それでも数々のパレードやミス七夕・ミス織物の撮影会、『ばち太鼓』の披露等、市民の伝統に根差した七夕祭りの楽しみ方が、昭和の時代にタイムスリップしたようで新鮮でした。
みちのくの仙台七夕は、毎年欠かさずに早目にお盆休みを取って「人影のまばらな早朝七夕」を楽しんでいたのですが、今年は期間中にに重要な仕事が入り、故郷での七夕見物は無理のようです。あれから3年目を過ぎ、 単なる観光客だった私が仕事の関係では「一宮市」の地域活性化に関する協議会の委員も仰せつかるようになりました。今年は、仕事上「町のコアとなる祭りや人心を知る」という使命も含めて、「七夕」に伺いたいと思います。また、「真清田神社には蘭奢待がある」とモノの本にありま すので、この機会に宝物館員とも親しくさせてもらって、その真偽を確認したいとも思っています。もしかすると信長が切り出したものの一片かもしれませんね。
今月は、七夕の夜空が秋の始まりを予感させる「二星香 」(ふたほしこう)とその拾遺香である「初秋香」(しょしゅうこう)をご紹介いたしましょう。
「二星香」は、米川流香道『奥の橘(月)』に「外組十組」の筆頭として掲載のある組香です。七夕を景色とした組香は「七夕香」や「星合香」が有名で同名異組も多く見らます。過去にこのコラムでは旧暦七月の定番として、それら数種類の組香をご紹介してきましたが、久々に七夕の時期に ご紹介するにふさわしい組香を見つけました。また、これには「拾遺香」と言って、本香で一旦引き去った香包を利用して続きの席を催行する「初秋香」が掲載されており、このことが一層が興味を引きました。今回は、他書に類例を見ない組香ですので、『奥の橘』を出典として書き進めて参りたいと思います。
まず、この組香には証歌はありませんが「二星」という言葉を聞いて「牽牛」と「織女」を思い出す方であれば、七夕の景色をテーマとした組香であろうことは、すぐに察しがつくと思います。ただし、この組香は他の七夕香と違って、端的に「牽牛」と「織女」が主役であると見て取れる表現を用いず、おぼろげな表現で七夕の景色を描こうとしているのが奥ゆかしい感じがします。
次に、この組香の要素名は、基本的には「一、二、三、ウ」となっており、これらにそれぞれ「一…牛の香と云う」「二…糸の香といふ」「三…霞の香と云う」「ウ…星の香と云う」と注記がなされ、その後の要素名は「牛、糸、霞、星」を基に記載されています。要素名について、皆様も「牛」は牽牛、「糸」と織女と連想し解釈を急ぎそうですが、後述する聞の名目からすると、「牛」と「糸」は景色を結ぶための素材であって主役ではないようです。同じく「霞」については、空にかかって星合そのものを 隠してしまう邪魔者というよりは、天空に霞のように漂って二星を隔てる「天の川」のことと思ったほうが良さそうです。最後の要素である「星」は、客香で2包出ることから、私はこちらが「牽牛」と「織女」ではないかと思っています。このような用い方は「舞楽香」にもあり、客香2種 を地の香と打ち交ぜて、初出の客香を「源氏」、後出の客香を「朧月」とする趣向と同じかと思います。「二星香」の客香は、1種類が2つで雄雌の区別もつかないのですが、こ れらが打ち交ぜられ引き去られて、本香で「二星」となった時の組合せで「逢えたり」「逢えなかったり」する景色を醸し出すところが、この組香の求める趣旨なのではないかと思います。
さて、この組香の構造は、香4種で本香数2包の小さな組香となっています。まず、「牛」を2包、「糸」を3包、「霞」を3包、「星」は2包の計10包作ります。このうち、「牛」「糸」「霞」のうち各1包を試香として焚き出します。この時点で手元に残るのは 「牛」1包と「糸」「霞」「星」の各2包で計7包となり、ここに「七夕」の「7」という名数が現れていることを見逃してはなりません。この時点で「牛(1包)」と「糸(2包)」は数が異なっており、これを牽牛・織女と見立てると三角関係になってしまいます。牽牛があまりの雨夜続きで浮気したという噂も聞きませんので、牽牛・織女は「星」という要素に当てはめられていると考えた方が納得できるわけです。その後、この7香から任意に5包引き去り、本香で焚き出される「二星」を決めて順に焚き出します。普通、「二星」と言えば牽牛・織女のことというのが国文学的常識ですが、題号を「二星香」とした のは本香数が「2」だからという単純な解釈も成り立ちます。
このようにして、本香2香が焚き出されますと、連衆はこれを試香と聞きあわせて答えを名乗紙に書き記します。その際、回答には2つの香の組合せを1つの言葉で書き表す「聞の名目」という手法が用いられています。
香の出 | 聞の名目 |
牛・糸 または 糸・牛 | 星迎(ほしむかえ) |
牛・霞 または 霞・牛 | 埜飼(のがい) |
牛・星 または 星・牛 | 男七夕(おたなばた) |
糸・霞 または 霞・糸 | 薄野(すすきの) |
糸・星 または 星・糸 | 女七夕(めたなばた) |
霞・星 または 星・霞 | 戸渡舟(とわたりぶね) |
糸・糸 | 五百機(いおはた) |
霞・霞 | 秋去衣(あきさりごろも) |
星・星 | 星合空(ほしあいのそら) |
このように、聞の名目は七夕を連想する言葉が配置されています。
「星迎」とは、陰暦七月七日のことで「七夕」そのものや「乞巧奠(きっこうてん)」のような七夕に因んだ行事のことです。
「埜飼」とは、所謂「放牧」のことで、牽牛の住んでいる天の川の対岸の草原を表した言葉かと思います。
「男七夕」は、「牛」を男と見立て「星」と組み合わせた「男星」すなわち「牽牛星」(鷲座のアルタイル)のことを表します。
「薄野」は、「いとすすき」あたりから、織女の住んでいる天の川のほとりと初秋の風景を連想させたものでしょう。(日本では「瓜畑」が一般的です。)
「女七夕」は、「糸」を女と見立てた「女星」すなわち「織女星」(琴座のヴェガ)のことを表します。
「戸渡舟」は、「霞」のような「星」を天の川に見立て、牽牛が渡り来る「舟」を連想させたものでしょう。(日本では、「徒歩」で渡ってくる説もあります。)
「五百機」は、たくさんの織機という意味で、織姫が織ったといわれる「五百機衣(いおはたごろも)」に通じる言葉です。
「秋去衣」は、日本の「織姫」は七夕の七姫というように様々な別名があり、そのうち「秋去姫=棚機津女(たなばたつめ)」が織った秋用の衣のことです。
「星合空」は、他の七夕香と同様「牽牛・織女の二星が逢えた」ことを表す言葉です。
【七夕の七姫】
秋去姫(あきさり)、薫物姫(たきもの)、蜘蛛姫(ささがに)、百子姫(ももこ)、糸織姫(いとおり)、朝顔姫(あさがお)、梶の葉姫(かじのは)
香炉が廻り終えましたら、連衆は香の出と見合わせて名乗紙に聞の名目1つ書き記して提出します。執筆は、名乗紙を開き、各自の答えを全て書き記します。執筆が正解を請うと香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆は、焚き出された要素2つを香の出の欄に書き記し正解となる聞の名目を定め、当たりの名目に複数の要素を聞き当てたことを示す「長点」を所定の数だけ掛けます。点数については出典に「中り長点一点、独聞二点、星合は二点、独は三点たるべし。」とあり、普通は名目の当たりにつき1点、連衆の中でただ一人聞き当てた独聞は2点、試香 のない「客香」の組合せである「星合」の当たりは2点、「星合」の独聞3点となり、客香と独聞にそれぞれ1点加点要素があります。一方、この組香は二星のペアリングを趣旨とするため、香の出の要素の内どちらか1つを聞き当てた「片当たり」は無視されます。
最後に、この組香には下附はなく、名目に掛けられた長点の数で優劣を決します。勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
−−−[後座に移る前に必要に応じて中立を入れます。]−−−
さらに、出典には「二星香」の点法の記述に続いて「残り5包は一、二、三、ウとして聞くべし。初秋香と云う。」とあり、続いて「初秋香」の小引きが掲載されています。これは、焚き出される本香数よりも引き去られる香包(捨て香)の方が多い場合に、香木が無駄にならないように、別の趣向で続きの組香を催す「拾遺香」で、「宇治拾遺香」「源氏拾遺香」などが有名です。
この組香の構造について、出典では「五*柱を二包宛二段、一包を一段、都合三段として雪月花香の如くに焚くべし。」とあり、「二星香」で引き去られた5包を再び打ち交ぜて2包(A段)、2包(B段)、1包(C段)と3段に分けて焚き出すこととなっています。
本香が焚き出されましたら、連衆は段ごとにあらかじめ配置された聞の名目を3つ名乗紙に書き記して提出します。
回答に使用する聞の名目については、出典に段組みの区別はなく「同香二*柱連れ来れば 鵲、別香二*柱来れば 紅葉、残り一包に二*柱もの来れば 鵲の橋、残り一包に二*柱もの来れば 紅葉の橋、残り一包にウ来れば 銀河」と列挙されて いますので、これに解釈を加えて分かりやすく表にしてみました。
A段・B段(2*柱焚き) |
香の出 | 聞の名目 |
同香 (二・二、三・三、ウ・ウ) |
鵲(かささぎ) |
別香(順不同) (一・二、一・三、一・ウ、二・三、二・ウ) |
紅葉(もみじ) |
C段(1*柱焚き) |
香の出 | 聞の名目 |
二 または 三 | 鵲の橋(かささぎのはし) |
一 | 紅葉の橋(もみじのはし) |
ウ | 銀河(ぎんが) |
C段の「一*柱もの、二*柱もの」の解釈については、引き去ったあとの香数では判別不能となりますので、「二星香」の本香引き去りの段階で2包あった「二」と「三」のことを「二*柱もの」とし、1包しかなかった「一」を「一*柱もの」、ウは「二*柱もの」ですが 、そのまま「ウ」と解釈しました。
このようにA段とB段は、共通の聞の名目が配置されていますので、例えば「二星香」で「星・星」が焚かれて「星合空」となっていれば、回答が「鵲(二・二)」「鵲(三・三)」「紅葉の橋( 一)」や「紅葉(二・三)」「紅葉(一・三)」「鵲の橋(二)」と最初の2つの名目が重複することもあります。
既にこの時点で、「星合香」の要素名「牛、糸、霞、星」と「初秋香」の聞の名目との関係性は、ほぼ失われていることにお気づきかと思います。(例えば、C段に「一(牛)」が出た場合の「紅葉の橋」は全く景色の関連性が見出せません。)そのため、この組香では、それぞれの香木 を匿名化された要素として数や組合せのみに利用する素材と考えた方が良さそうです。
「鵲」や「鵲の橋」については、同種ものが連なるというイメージから複数のものにかかる名目になっていると思われます。
「紅葉」や「紅葉の橋」は、未だ緑と赤が混在している初秋の景色から別種のものが組み合わさった名目になっていると思われます。
「銀河」は、唯一「二星香」の名目とつながっており、二つの香席の最後に主役の「星」が出たということから、締めくくりの名目として用いられていると思います。
そうして、連衆の答えが帰ってからは「二星香」と同様の流れで各自の回答欄は3段として香記を書き記します。点数については、出典に「独聞の差別なく、長点一点、銀河二点なり。」とあり、客香である「星」の当たりにのみ加点要素があります。
要素名の取り扱いに関して、出典では「なを、二星香の記録の後に記録を出す」とあり、「二星香之記」と「初秋香之記」の記載例が併記されていますが、「二星香」の要素名は「牛、糸、霞、星」であるのに対し「初秋香」は「一、二、三、ウ」と記載されています。そのため、香包を作る際、要素名を書き付ける「隠し」には「一、二、三、ウ」と記載して、聞の名目を定める際 や香記を記す際に各自が「牛、糸、霞、星」と読み替えるというのが、米川流香道としては順当かと思います。
なお、こちらの組香も下附はありませんので、名目に掛けられた長点の数で勝者を決定してください。
新暦では、これから「盛夏」に向かう気候となりますが、冷房の効いた部屋で秋の訪れを感じさせる2つの組香を「納涼」として楽しんでみてはいかがでしょうか。
仙台の七夕には会期中に雨が降るというジンクスがあります。
世界的には「二人が逢瀬を遂げた時に流す嬉し涙」とされており
「雨夜」でも、あながち悪いことではないようです。
鵲の渡り来る夜を待ちしかど今は儚き君が袖香よ(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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