毎夜移り変わる月を待つ景色をテーマにした組香です。
あらかじめ本香包を結び置くところが特徴です。
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説明 |
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香木は6種用意します。
要素名は、「不知夜(いざよい)」「望月(もちづき)」と「待宵(まつよい)」「立待(たちまち)」「居待(いまち)」「臥待(ふしまち)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「不知夜」「望月」は各5包作り、「待宵」「立待」「居待」「臥待」は各1包作ります。(計14包)
「不知夜」「望月」のうち各1包を試香として焚き出します。(計2包)
手元に残った「不知夜」「望月」の各4包と「待宵」「立待」「居待」「臥待」各1包は次のように2包ずつ6組に結び置きします。(2×6=12包)
「不知夜・不知夜」「望月・望月」「不知夜・待宵」「望月・居待」「立待・不知夜」「臥待・望月」
結んだ香包を組ごとに打ち交ぜます。
香元は、結びを解きつつ、2つの香の前後を入れ替えないように注意して、順に焚き出します。
本香は、2包を6組焚き出すので12炉回ります。
連衆は、2炉ごとに聞の名目と見合わせて、名乗紙に答えとなる名目を6個書き記します。
執筆は香記に連衆の答えを全て書き写します。
香元は、香包を開いて、それぞれ正解を宣言します。
執筆は、香の出から正解の名目を定め、当たった答えの右肩に「 長点」を掛けます。
点数は、各名目の当りにつき1点とし、独聞等の加点要素はありません。
下附は、基本的には点数で書き記し、全問不正解には「小眠(しょうみん)」と書き記します。
勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。
窓辺をわたる夜風が涼やかに感じる季節となりました。
おかげさまで『香筵雅遊』も開設16周年を迎えました。皆様方には日頃のご愛顧に感謝申し上げます。「今月の組香」も今月で180組目となり、2つ目のマイルストーンである200組まであと2年弱という所まで来ました。大正時代から香道のバイブルとされてきた杉本文太郎氏の『香道』にある組香の収蔵数が224組ですので、これを超えるまであと4年…ちょうど開設20周年に達成となる勘定です。それまで「心身ともに健康でいられますように」と願うばかりです。
さて現在、愛知県内では、3年に1度の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2013」が行われており、名古屋市の栄界隈や長者町繊維街、岡崎市内を中心に現代アートの展覧会やパフォーマンスなどが繰り広げられています。今回は、「揺れる大地 ― われわれはどこに立っているのか : 場所、記憶、そして復活」をテーマにしており、芸術監督をしている東北大学大学院工学研究科教授の五十嵐太郎さんは、東日本大震災や原発事故を念頭に「強いテーマ性を作品展開できる」「空間や建築、場所を徹底的に活用できるか」が見どころと語っています。前回が「都市の祝祭」をイメージした「お祭り気分」の作品が多かったのに比べ、今回は、建築的構成と社会的な視点やメッセージの込められた作品が多いのも特徴と言えましょう。8月19日から名古屋テレビ塔に輝いている「生きる喜び」のネオンサインは、オノヨーコさんの作品群の一部で、このように都市の風景に突如現れる壁画やオブジェ等も魅力の1つとなっています。
中でも、愛知芸術文化センターに展開された宮本佳明さんのインスタレーション作品「福島第一さかえ原発」はインパクトの強い作品でした。彼は、会場のビル内に東京電力福島第1原発の建屋がすっぽり収まる大きさであることに着目し、原発の廃屋を原寸大で再現して「原発事故は福島だけの問題ではない。『もし、名古屋の都心に原発があったら』ということを実感してほしい。」というメッセージを観客に投げかけています。私は、東北の地域振興に長い間取り組んでいましたので、 原子力施設を誘致した町長が「俺たちもアンタたちみたいに肉が食ってみてぇんだよ」と訴えるほど、町の窮状が想像を絶するものであったことを知っています。それでも、常磐線の車窓から見える大きな「青空と雲」の立方体をいつも偽善と欺瞞の象徴だと思って見続けていました。電源立地交付金で潤っていた頃は「御本尊様」だったあの立方体が、今、名古屋のど真ん中で津波崩壊後の惨憺たる姿をさらしているのを観て、私は最初「施設の亡霊が名古屋まで追いかけて来ている」という直感的な「怖さ」を感じました。さらに、時間をかけて作品全体を見回るうちに、双葉郡4町の町役場や自然・風土、そこで起こしたプロジェクトの1つ1つを思い出して、自分自身が失ったものを反芻していました。
私たち自身もトイレを水洗にし、生ごみは清掃車に持って行ってもらい…「臭いものには蓋」の生活に慣れきっています。そういった廃棄物の中で最も忌むべきものである核燃料の多くが東北の貧しさにつけ込んで集積されている現状に変わりはありません。「福島第一さかえ原発」は、私がこれまでに廃棄した諸々の「汚れ物」をビニール袋に入れてドサッと玄関先に置かれたというほどのインパクトがありました。また、宮本佳明さんは昨年「福島第一原発神社」という作品を発表し、これも会場内に展示されています。これは、「福島原発」の荒ぶる神を鎮め、今後1万年以上にわたって高レベル放射性廃棄物を現状のまま水棺化して安全に保管する「見守り保存」の一方策として考えられたもののようですが、私はここで見えた大小様々な「御霊安らかなることを」願って、思わす参拝してしまいました。
どうも、私の右脳は、アートであれ、サブカルであれ、伝統の祭りであれ、街に「超日常の空間」や「異物」が現れることを最も楽しみにしているようです。それが、長く続く「あいちトリエンナーレ」は、千載一隅のチャンスですので、秋の散策がてら全会場を廻りって「名古屋に住んでいた」という思い出づくりをしようと思っています。
今月は、中秋の月待ちを香に映した「名月香」(めいげつこう)をご紹介いたしましょう。
「名月香」は、『聞香秘録』の「香道志野すすき(下)」に掲載のある秋の組香です。『聞香秘録』は、金鈴斎居由が寛延2年(1749)〜安永元年(1772)までに市中諸家の所蔵本を写し取って集成した13タイトル20巻に及ぶ写本群です。「香道志野すすき」には、その奥書に「此二十品の組香は、世継氏所持の書を以て写し置くものなり。」とあり、宝暦7年6月(1757)に世継(よつぎ)という香道宗匠の組香書を写したものであることがわかります。同名の組香は、米川流香道『奥の橘(風)』にも掲載があります。こちらは「風」「雲」「花」「月」の要素から「雲のかよひ路」など、和歌の一句を思い浮かべるような聞の名目を導き出す組香となっていますが、これについては、要素名、構造とも全く異なりますので同名異組と言えるでしょう。むしろ今回ご紹介する組香は「月」と「ウ」から月待ちの様子を思い浮かべる聞の名目を結ぶ「月見香」の方が創意的には近いかもしれません。「名月香」は、秋の組香として各流派で簡易なものが催行されているようですが、こちらも「月見香」からの派生組かと思われます。今回は、他書に類例もないことから「香道志野すすき」を出典として書き進めたいと思います。
まず、名月香に証歌はありませんが、題号と小記録の要素名を見れば「月待ち」の景色を表そうとしている組香であることは一目瞭然かと思います。この組香の要素名は「不知夜」「望月」「待宵」「立待」「居待」「臥待」となっており、香数の問題からか順序が入れ違っていますが、おしなべて「待宵」から「臥待」までの「月待ちの夜」の景色が配置されています。私は、毎夜、御殿の縁側あたりを舞台にして、日ごとに遅くなる月の出を「姿勢を崩しながら待ちわびる人」と「待たせたな ぁ』と現れた月の景色を総体として醸し出す組香であると捉えていますが、各要素のうち「望月」だけは 「月待ちの夜」の形容ではなく「月」そのものの景色となっておりところが気にかかります。もしかすると昨年ご紹介しました「弄月香」のように、それぞれの要素名に「・・・の月」を付して、月齢が進む「名月」の景色のみを切り取った組香であるとの捉え方もあるかと思います。
十四夜 待宵(まつよい)
十五夜 望月(もちづき)
十六夜 不知夜(いざよい)
十七夜 立待(たちまち)
十八夜 居待(いまち)
十九夜 臥待(ふしまち)
次に、この組香は、香6種、本香数12包という規模の大きな組香となっています。まず、「不知夜」と「望月」を各5包、「待宵」「立待」「居待」「臥待」は各1包の計14包作り、このうち「不知夜」と「望月」を1包ずつを試香として焚き出します。ここで出典には「右、試香二種終りて、本香十二包左のとおりに結合置(むすびあわせおく)。」とあり、残った12包の香木を次のように2包×6組に結び置きします。この「結び置き」の所作がこの組香の第1の特徴となっています。
不知夜・不知夜
望月・望月
不知夜・待宵
望月・居待
立待・不知夜
臥待・望月
このように、各組には必ず1つは試香で聞いたことのある香り(「不知夜」「望月」)が含まれますので、聞いたことの無い香りがすれば、それが客香(「待宵」「立待」「居待」「臥待」のどれか)であることがわかります。ただし、各組の香の前後を入れ替えてしまうと、他の組の客香と区別が付かなくなるため、出典には「右、六結を交合(まぜあわせ)、二*柱づつ前後まぎれざるよふに*柱出す。」とあり、香元が本香を焚き出す前に結び置いた香包は組ごとには打ち交ぜますが、結びを解いた後は、打ち交ぜを行わずにそのまま焚き出すこととされています。この「焚き出し」の所作がこの組香の第2の特徴となっています。
これにより、「不知夜・待宵」と「立待・不知夜」の関係では「 不知夜と同じ香りが出て、後に違う香りがしたものは待宵、先に違う香りがしたものは立待」、「望月・居待」と「臥待・望月」の関係では「望月と同じ香りが出て、後に違う香りがしたものは居待、先に違う香りがしたものは臥待」というように区別がつくと言うわけです。この組香は、せっかく香種も多く設定されているので、組香者は、「待宵」から「臥待」までの月待ちの夜の景色が月の満ち欠けとともにイメージできるように香組すると組ごとの特徴も際立って、更に美しい景色になると思います。
さて、前述のとおり香元は6組を結びのまま打ち交ぜて、所定の位置に並べ、そのうち1組を取って結びを解き、前後を入れ違えないように注意して1炉目を焚き出し、続いて2炉目を焚き出します。本香が焚き出されましたら連衆は順にこれを聞き、2炉ごとに試香と聞き合わせて、どの組が焚き出されたか判別します。
ここで、出典では「嗅(かぎ)よふ(様)、二*柱の前後をよく嗅覚えて札を打つべし。」との記載があり、この組香は専用の香札を使用して回答するようになっています。しかし、現代では「名月香札」を誂えることは実質無理ですし「十種香札」を流用すると「聞の名目」の景色が失われて雅趣が削がれることにもなります。また、この組香は2炉ごとに正解を宣言して当否を記録するという「二*柱開」の指定等もないため、名乗紙を利用した「後開き」としても支障ないと思います。
どの組が焚き出されたか判別できましたら、連衆は、組ごとに配置された「聞の名目」と見合わせて答えをメモしておきます。(判別に自信の無い場合は、要素名を出た順にメモしておき、回答提出の際にで全体を勘案して「聞の名目」を決定することもできます。)回答に使用する「聞の名目」は下記のとおりです。
香の出 | 聞の名目 |
不知夜・不知夜 | 不知夜(いざよい) |
望月・望月 | 中秋(ちゅうしゅう) |
不知夜・待宵 | 有明(ありあけ) |
望月・居待 | 槙の戸(まきのと) |
立待・不知夜 | 山の端(やまのは) |
臥待・望月 | 枕(まくら) |
このように、聞の名目には「月待ちの夜」に彩りを添える言葉が配置されています。要素名との対応では、「 不知夜」「中秋」は容易に解釈できるかと思いますが、「枕」は、他の「月」に関する組香に「手枕」という名目があるので、腕枕をしながら月の出を待つ「臥待」の景色と結びつきます。「槙の戸」と「山の端」は香銘にも引用される言葉ですが、要素名との対応では「見る人の目線の高さ」やそこから「月が見えた場所」が高いものが「立待」、低いものが「居待」の景色なのかなと推察しています。
続いて、本香12炉が焚き終わりましたら、連衆は組ごとに配された聞の名目を名乗紙に6つ書き記して回答します。名乗紙が帰って参りましたら、執筆はこれを開いて香記の回答欄に全て書き写します。執筆が正解を請う合図をしましたら、香元は香包を開き 正解を宣言します。香の出は要素名で12ありますので、執筆は組ごとの要素を「右、左」と千鳥に振り分けて、都合6段で書き記します。その後、執筆は正解となる聞の名目を定め、当たりの名目に複数要素の的中を示す「長点」を打ちます。出典の「名月香之記」の記載例によれば、この組香では、名目の当たりにつき1点と換算し、その他の加点要素はありません。また、2つの要素のうち1つだけ当たったことを得点とする「片当たり」もありません。下附については、各自の得点は記載せず、「長点」の数で成績を表すようになっています。ただし、出典に「無を聞きたる人は下に『小眠』と出すべし。」との記載があり、全問不正解の場合のみ下附を書き記すこととなっています。「小眠」とは、辞書に無い言葉のようですが「ウトウトしていて見過ごしたわね。」という意味でしょう。
最後に勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
「名月香」は、香種が多く、客香も多い組香ですが、2つの香の異同を聞き分けられれば良いので、それほど難しいものではありません。皆様も本来であれば6晩かかる 「中秋の月待ち」を1席の香で体験してみてはいかがでしょうか?
今年の中秋の名月は9月19日となります。
今年の中秋も「月よりの使者」たちと同じ月の光を浴びて語らいたいと思います。
涼音聞く芦の丸屋に射す影や辿り行かなん月の東路(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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