冬枯れ色に変わる深山の景色をテーマにした組香です。
試香がなく、香の数のみで聞き当てるところが特徴です。
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説明 |
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香木は4種用意します。
要素名は、「時雨(しぐれ)」「落葉(おちば)」「霰(あられ)」と「雪(ゆき)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節等に因んだものを自由に組んでください。
まず、「時雨」は3包、「落葉」は2包、「霰」は1包、「雪」は4包作ります。(計10包)
次に香包を「雪・雪」「雪・落葉」「霰・雪」「時雨・時雨」「時雨・落葉」と2包ずつ5組に結び置きします。(2×5=10包)
結び置きした5組を打ち交ぜます。
本香は、組ごとに2包ずつ、5組焚き出されます。(計10包)
香元は最初の組の結びを解き、2つの香包の順番を間違えないようにそのまま焚き出します。
連衆は、「無試十*柱香」のように、香の異同を4種に判別してメモしておきます。
本香が焚き終わりましたら、連衆は香の数の違いから要素名を推察します。
要素名が決まりましたら、「聞の名目」と見合わせて、組ごとに答えを5つ名乗紙に書き記します。
執筆は、各自の名乗紙を開き、香記の回答欄に全員の回答を書き写します。
香元が、正解を宣言し、執筆は「諸当たり(もろあたり)」の 名目と「片当たり」の名目の右肩に所定の点を掛けます。
点数は、各要素の当たりにつき1点と換算し、聞の名目 そのものの当たりは2点、「夕嵐」の当たりのみ3点とします。
下附は、点数を漢数字で書き記します。
勝負は、正解者のうち、上席の方の勝ちとなります。
冬支度を迎える鳥が穏やかに鳴き渡って行きます。
昨年の熊野古道デビューは「西国一の難所」という文字に魅せられて「八鬼山越え(やきやまごえ)」に挑戦しましたが、今年は美しい石畳と檜の美林が「最も熊野古道らしい」と人気の高い「馬越峠 (まごせとうげ)」に行ってきました。
名古屋から熊野古道専用のシャトルバスに乗って3時間半、三重県紀北町の道の駅「海山」で降りバスを降りました。多くの方は、山路に入る前にここで見学をしたり飲食物を仕入れたりするのですが、私はそのまま登り口に向かいましたので、後ろからの客に煽られ喧騒に巻き込まれることもなく、マイペースで登ることが出来ました。山に入って程なくすると細長い石畳の道が続いており、少し開けたところに「夜泣き地蔵」が建立されていました。元々は旅の安全を祈願し て建てられたものでしたが 、今では子供の夜泣き止めにも霊験あらたかということで、ミルク瓶が供えられたお地蔵様が祀られています。ここでしばし足を止めて見まわしますと、行く手には大きな一枚岩の橋と滑らか で美しい石畳が長く伸びていました。「これが、パンフレットに掲載されている熊野古道を象徴する場所か〜」と感慨に耽りながら、橋の下を流れるせせらぎを手に汲んで一服しました。木々の息吹を吸収しながら木漏れ日の射す坂道を登ると、檜の木立を渡る秋風は清々しく、道端には可憐な花が深まりを感じさせてくれました。
八鬼山越えほどの登坂力を使うこともなく悠々と秋の森林浴を堪能していると1時間ほどで広場になっている馬越峠に着いてしまいました。このまま下山してしまえば何ということの無い「散策」だったのであろうと思いますが、私はここで「体力に自信のある方は…」の言葉にほだされ、脇道にそれて「天狗倉山(てぐらやま)」山頂へ向かうこととしました。山頂への道は「世界遺産」ルートではないので、所謂「山道然」とした細く険しい坂道 が続きます。一坂登っては休み、また一坂登っては休みを繰り返し、苦しい呼吸と鼓動に折り合いをつけながら、私はまた「人生と山登り」を重ねあわせて「胸突き8丁は必ず苦しくできている 。六根清浄・・・」と念じつつ衰えた体力に見合うだけの注意力を擁して最後の難所を越えました。頂上は、巨大な岩に囲まれた岩屋のようになっており、そこからさらに鉄の梯子を使って大岩を上っていくと「天狗倉山(標高522m)」の立札がありました。南の岩壁は尾鷲市街と尾鷲港が一望できる最高の眺望で、天気は快晴でしたので「海の青」と「空の青」が薄ぼんやりと見える水平線で溶け合っており、まさに登り詰めた人にだけ与えられる天恵を受けたような気がしました。それから「役行者の祠」のある大岩の狭間で昼飯を取りながら風に吹かれていると中国人観光客をはじめ子供連れの家族や赤ちゃんを抱いたお母さんまでが訪れ、意外にポピュラーなコースなのだということが判りました。あとで気づきましたが、どうも私は一般的ではない「北壁ルート」を辿って来てしまったようです。
下山ルートは、「桜地蔵」のあたりから聞こえてくる美しい清流の音とともにゆっくり降りましたので、一種のトランス状態の中で「禅」の修行にもなったのではないかと思います。事実、私が最もパワーを感じた林の道端には座禅を組む外国人がおり、「あぁ、この人もシンパシーを感じているんだなぁ。」と魂の普遍性を実感する場面もありました。下山している間にふと感じたのは、尾鷲市を南北に挟む「八鬼山越え」と「馬越峠」のストーリーの共通点です。熊野古道の道のりは自然が織りなすものですから、人は石を運び敷き詰めるだけでそこに大きな作意が介在するとは思えませんが、どちらも 「北」から入ると最初は狭く行先の目算も立たない曲がり道から始まります。それから、広くまっすぐに続く木立の道、陽のあたる見晴しの良い道、恐ろしく急峻な山道、水源地から沢沿いを下る癒しの道を辿って下界に降りてきます。熊野古道は伊勢神宮を目指す道ですから、凡その場合「南」からのルートを追って人々は進んでくるのだと思います。すると、彼らは水を逆流して、急峻な坂道を経て頂上に達し、明るい場所から広い道を通り次第に道が狭く先が見えにくくなって、それが極まった段階で下界へ解放されるというストーリーを体験することになるのです。私はこれを修験道の「生まれ変わり」に似ているなと感じました。昔の巡礼者は、峠ごとに何度かこのような「生まれ変わりの行」を繰り返し、魂を無垢に近づけながら伊勢神宮に向かったのかもしれません。
下界に下ってみると、峠のあった天狗倉山は綺麗な裾野を持つピラミッド山でした。里にはナナカマドが紅く色づき、開ききったススキの穂の上に、重陽の半月が浮かんでいました。名古屋に居ては山野が遠いので山が色付いたのにも気付かず、空気が澄んだ冬になって冠雪した御嶽山らの山々が急に現れてくる感じがします。海岸近くの尾鷲ですらこうですから、木曽や飛騨の秋から初冬にかけてのめまぐるしい景色の変化は、どんなにか目を見張るものがあるのだろうと思います。里にあって深山路を想う季節がまたやって参りました。
今月は、遠く山懐に抱かれた鄙の冬景色「深山香」(みやまこう)をご紹介いたしましょう。
「深山香」は、『軒のしのぶ(三)』に掲載のある冬の組香です。この巻は「組香書記 二*柱一結之組 十組」と副題があり、2つの香包を1組としてあらかじめ結び置く所作のある組香ばかりを掲載しています。この中には「深山香」のほかにも、春組として「古今香」「新古今香」、夏組として「宇治川香」「新月香」、秋組として「七夕香」、雑組として「烟競香」「四節香」「続古今香」、祝組として「千年香」が掲載されています。これらは、2つの要素名から「聞の名目」という景色を結ぶことを共通の趣向としており、叙景性の強い組香となっています。私の知る限りでは同名異組はありませんので、今回は『軒のしのぶ』を出典として筆を進めたいと思います。
まず、この組香には、証歌はありません。題号の「深山」の文字を見ますと、誰もが「深山路」から「山路」を連想し、「行きやらで山路くらしつホトトギス・・・」の「山路香」 から春から夏にかけての季節感にたどり着いてしまうかもしれません。しかし、「深山路」は、国文学的には落葉後の季節を表す言葉となっており、例えば、「深山路」と銘された茶道具の数々は「初雪」や「初冠雪」など、初冬の景色を醸し出すものが多いようです。また、主菓子にも 「深山路」という冬枯色をしたきんとん等があり、色鮮やかだった紅葉も散り始め、シーンと静まりかえった山の景色と澄んだ空気の冷たさを感じさせるような佇まいを見せています。この組香もこれらと同じく、冬に向かう深山の景色の移り変わりをテーマとして創作されたものとなっています。
この景色を彩る要素名は、「時雨」「落葉」「霰」「雪」となっており、初冬から真冬に向かっていく「降りゆくもの」の景色を表す言葉が 晩秋から初冬へと時系列的に配置されています。この中で「霰」は、雪の結晶に雲中で微水滴が付着したもので、雪にともなって降る白色の粒の「雪あられ」と、積乱雲にともなって降る「氷あられ」があります。そのため、玉霰、初霰、夕霰、急霰、氷雨を含めて、冬期全般に用いることのできる季語となっていますが、ここでは、本格的に雪が降る前の 「初霰」や時雨の時期の夕刻に気温が下がって降る「夕霰」などとして解釈したほうが良さそうです。
次に、この組香の構造は、香数の異なる「無試十*柱香」と考えると理解が早いかと思います。まず、「時雨」を3包、「落葉」を2包、「霰」を1包、「雪」を4包の都合10包作ります。香数が、要素の並び順ではなく「雪」が多く割り当てられているのは、この時期の景色(気象等)の出現率順に表したものかと思います。次に、香拵えについて、出典には「初後を付けて、二包づつ一結として五結なり。」と記載があり、これらの10包を「雪・雪」「雪・落葉」「霰・雪」「時雨・時雨」「時雨・落葉」と、あらかじめ定められた要素で2包ずつ5組に結び置きすることが定められています。
この組香には試香がありませんので、皆様は「4種10香を試香無しで聞き分けるのは至難の業だ」とお思いでしょうが、要素ごとに数が違っているため、香の異同さえ聞き分けられれば、最終的には「4つ出た香は雪」「3つ出た香は時雨」「2つ出た香は落葉」「1つしか出なかった香は霰」と判断がつくようになっています。
このようにして、本香は2包×5組=10包を「組ごとに初後を付けて」焚き出します。香元は、香包を組ごとに打ち交ぜて、1組ずつ結びを解き、前後の香を入れ違えないように焚き出します。その際、組ごとの区切りを意識し て焚き出すことにも留意しましょう。
本香が廻りはじめましたら、連衆はこれを聞き「無試十*柱香」の要領で香の異同のみ判別してメモしておきます。例えば、出現順に「一、二、三、四」と当てはめて聞き、メモが「一・一」「一・二」「三・一」「四・四」「四・二」となれば、4つ出た「一」が「雪」、3つ出た「四」が「時雨」、2つ出た「二」が「落葉」、1つ出た「三」が「霰」ということになり、答えは「雪・雪」「雪・落葉」「霰・雪」「時雨・時雨」「時雨・落葉」となります。
因みに私は、要素名に「一、二、三、ウ」が用いられる場合の混同を避けて「○、×、△、□」(図形の画数)でメモしています。前述の答えですと手元のメモは「○・○」「○・×」「△・○」「□・□」「□・×」となります。
さて、本香が焚き終わりましたら、連衆はこれらの要素名を1組ずつ「聞の名目」に書き換えて、名乗紙に5つの名目を書き記して提出します。
回答に使用される「聞の名目」は、次のとおりです。
香の出 | 聞の名目 |
雪・雪 | 深山(みやま) |
雪・落葉 | 埋路(うずみじ) |
霰・雪 | 夕嵐(ゆうあらし) |
時雨・時雨 | 初冬(はつふゆ) |
時雨・落葉 | 麓里(ふもとのさと) |
このように聞の名目は、冬景色を連想させる言葉が配置されています。季節の進みに従いますと「時雨が降り、葉が落ちると麓の里にも冬が訪れ」「時雨が続くと初冬となり」「霰が雪に変わると夕嵐となり」「雪が降り最後の落葉が道を埋め」「雪が降りつづく深山 の冬景色の完成」と表の下から上へとストーリーが展開できます。一方、時系列的な見方をしなくとも、表の上から下に主人公の居る場所(標高)ごとの景色を俯瞰することもでき、要素と聞の名目の関連性が連想し易いすばらしい配置となっています。
ここで、この組香は、1組の香をさらに打ち交ぜて前後を入れ替えたとしても、それぞれ香数が違いますので、要素ごとの判別はつきますが、組香者の作意が強く表れる「要素と聞の名目の作り出す空気感」が崩れてしまいますので避けてください。
本香が焚き終わり、名乗紙が返って参りましたら、執筆は、連衆の答えを全て書き写し、香元に正解を請います。香元は、これを受けて正解を宣言します。香の出の欄について、出典の「深山香之記」の記載例では、正解の要素名を組ごとに「右(初)左(後)」に横に並べてして書き記しています。(一般的には「右(初)左(後)」に段差を付けて「千鳥」に記載することが多いです。)
続いて、この組香の点数については、出典に「諸あたり二点、片当り一点。夕嵐ばかりは三点」とあり、聞の名目を構成する2つの要素が両方当たれば2点(諸当たり)、2つの要素のうち1つが当れば1点(片当たり)、1つしかない「霰」で構成される「夕嵐」が当たれば客香並みの加点として3点とすることが書かれています。
「片当たり」について、さらに詳しく説明しますと、例えば正解が「深山」の場合、それを構成する要素は「雪・雪」ですので、「雪」の要素が含まれる「埋路(雪・落葉)」と「夕嵐(霰・雪)」と回答してもそれぞれ1点が 得られます。逆の場合も同じで「埋路(雪・落葉)」を「深山(雪・雪)」としても1点が得られます。ただし、「埋路(雪・落葉)」を「夕嵐(霰・雪)」とした場合には「雪」の出ている順番が違うので得点とはなりません。因みに「夕嵐(霰・雪)」の「霰」は1つしかないため2点の片当たりは無く、「深山(雪・雪)」の1点のみが現れます。片当たりがある場合は、要素ごとに当否を決定しなければならないため、執筆は 香の出の欄を横に見て、聞の名目を構成する要素に間違いが無いように努めることが大切です。
この組香の下附は、出典に「記録にあたりの点数をしるす。」とあり、漢数字で「○点」と記載します。出典の「深山香之記」の記載例によれば、全問正解の場合も「皆」「叶」「全」等は使わず「十一点」と記載されています。
最後に勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
秋から冬にかけては、森羅万象の「色」が沈み込んで気持ちも沈みがちになるものです。しかし、日本人は、そのくすみきった色の微妙な諧調から様々なものを発見し生み出す「色褪せていくことへの美学」を持ち合わせています。季節の衰微というものは、緑生のための休養期ですから、この期間を無為に過ごすのはもったいないことです。皆様も「深山香」で、薄れゆく「枯色」のグラデーションを心豊かに描いてみてはいかがでしょうか?
式年遷宮も終わり、落ち着きを取り戻しつつある伊勢神宮ですが
熊野古道を遡って「お伊勢参り」をされた方もいたのでしょうね。
水の景色が変わる冬の熊野も魅力的です。
夕凝りに浮かぶや紅き一葉舟雪を荷負うて身じろぎもせず(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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