二月の組香

富士山を染める四季の風光をモチーフにした組香です。

聞き間違いに様々な減点要素のあるところが特徴です。

説明

  1. 香木は、5種用意します。

  2. 要素名は、「霞」「朝日」「紅葉」「雪」と「煙」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「霞」「朝日」「紅葉」「雪」は各 3包、「煙」は2包作ります。(計14包)

  5. まず、「霞」「朝日」「紅葉」「雪」のうち各1包を試香として焚き出します。(計4包)

  6. 残った「霞」「朝日」「紅葉」「雪」の各2包に「煙」2包を加えて打ち交ぜて順に焚き出します。(計10包)

  7. 本香は、10炉廻ります。

  8. 香元は、香炉に添えて「札筒(ふだづつ)」「折居(おりすえ)」を廻します。

  9. 連衆は、試香と聞きあわせ、要素名の書かれた 「香札(こうふだ)」を1枚投票します。

  10. 執筆は、廻された折居を開き「札盤(ふだばん)」の上に伏せて仮置きします。

  11. 本香が焚き終わり、香元が正解を宣言したら札を開いて当否を定めます。

  12. 点数は、「煙」の独聞(ひとりぎき)は3点、 「煙」の当りは2点、その他は要素名の当りにつき1点とします。

  13. また、要素名の聞き外し方によって、「星」という減点があります。(委細後述)

  14. この組香に下附はなく、名目に付した「点」 と「星」の数を差し引きして優劣を競います。

  15. 勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。

 

麓の方から雪の斑消えがはじまる季節となりました。

最近、静岡県内に行く仕事が多くなり、新幹線から富士山を見る機会が増えました。皆様もそうかと思いますが、相当乙好みの私でもやはり新幹線は「富士山の見える側の席」に 自然と座ってしまいます。冠雪した富士の峯が青くすっきりと抜けきった空に映える様は神々しく、心が澄み渡るようです。また、曇りの日は見え隠れする富士の稜線を目で追いながら、「頂上はあの当りかな?」と想像することも多いです。飛行機で通過する際は、小さな窓の視界に現れてから消えるまで、八ヶ岳の稜線や雲海の奥に頭を突き出した富士の姿を「遠山蒔絵」を見るように楽しんでいます。富士は「見えれば吉日、見えねば神秘」で、どのような天候でも観る人の心に入り込んでくる、まさに「霊峰」だと思います。

昨年の6月22日にユネスコの世界遺産委員会が「富士山-信仰の対象と芸術の源泉-」を世界文化遺産に登録した際に、私も「富士に因んだ組香を…」と考えていたのですが、ふさわしい組香が見つからぬまま機を逸しておりました。そのような折、名古屋の「古川美術館」で、富士山登録記念展「麗しの日本」が開催されることを知り、早速出かけてみました。展覧会では、生涯1500枚の富士の絵を描いた横山大観をはじめ、多くの作家がいろいろな「時と所」から富士を仰ぎ見て画筆を振るっていました。おそらく、富士山は最も多く描かれ、撮影された「日本のトップモデル」と言えましょう。なぜ、既に名作が残され、それを凌駕することが叶わないと判っていても日本人は富士の姿を捉えようとするのでしょうか?それは、四季、朝暮、天候によって時々刻々と無窮の変化を見せる容姿のみならず、「山と人」が「信仰」という心の絆で結ばれているからではないかと思います。

この展覧会で特に面白かったのは、「描かれた富士山の形を見れば、作者が何処から書いたかがわかる」という地図でした。北側の群馬県からみれば、頂上が 3つ並ぶ「三つ(▲▲▲)」に見え、東側の東京から見ると頂上は右端となります(―▲)。新幹線でよく見る南側からの景色では、左端に頂上があり右中腹に宝永山が突き出しています (▲―)。また、西側の山梨県から見れば、頂上は水平になり、さらに奥の長野県からだと頂上が両端2つ突き出して見えます (▲―▲)。様々な変化を見せる「富士のキャンバス」自体も見る場所によって形を変えていることに今更ながらに気付き、その後でもう一度廻って自分なりの当て推量をして楽しみました。

富士山は、その千変万化な姿と同様に、世に二つと無い「不二(ふじ)の山」、何度も大噴火した「噴地(ふくち)の山」、山頂に噴き出す火を見ることができた「火出(ほじ)の山」、かぐや姫にもらった不老不死の葉を山の頂で燃やした「不死(ふし)の山」、白い頂から裾野の紫へのグラデーションが美しい「藤の山」、年中雪が尽きない「不尽の山」、平安末期に霊峰を開山した富士上人に因む「富士の山」と当て字や語源も多岐にわたります。そのどれにも威風堂々とした豪快な姿と繊細な色味を配したような美しい姿を両立する美意識が内包されているような気がします。そのような我々の「魂のよりどころ」が世界文化遺産となってグローバルに認められてうれしい反面、「これから我々がなすべきは観光振興なのか?」という一抹の疑念はあります。しかし、汚すのも人、守るのも人ですから、まずは、国内外のたくさんの人々に意識を向けてもらい、その中から「山を守る人」「山を敬う人」を増やす文化を根付かせていくのが、日本人らしいやり方ではないかと思っています。

今月は、遅ればせながら世界文化遺産登録を祝う「冨士香」(ふじこう)をご紹介いたしましょう。

「冨士香」は、大枝流芳編の『香道千代乃秋(中巻)』に掲載のある「新組香十品」の筆頭に列挙されている組香です。組香小引の冒頭には「流芳組」と明記されているので、大枝流芳の創作したオリジナルの組香であることが分かります。『香道千代乃秋』には、上巻に「古十組」「中古十組」が掲載されており、中巻・下巻之一・下巻之二には、 それぞれ大枝流芳、三上双巒らの編み出した「新組香十品」が掲載されています。これを「新組香三十品」と一括して呼ぶこともありますが、伊與田勝由らが残した『御家流三十組索引』では「富士山」をモチーフにした「煙争香(煙競香)」が「中古十組」の最後に掲載されており、その次に序される「新十組」花軍香、古今香、呉越香、三夕香、蹴鞠香、鶯香、六儀香、星合香、闘鶏香、焚合花月香」とされているため、 「冨士香」は所謂「御家流三十組」に属する組香ではないようです。また、同名の組香は、伊與田勝由編の『御家流組香集』にも同様の掲載があり、奇しくも第一巻(仁の巻)の21番目に掲載されていますが、こちらは「新十組」から書き記されている書物ですので、通算では41番目の組香ということになるでしょうか。いずれ、 「冨士香」は組香書の序列ほどには有名ではないところが目に留まりましたので、今回は『香道千代乃秋』を出典として書き進めたいと思います。

   「新十組」の下線部は、志野流の蜂谷勝次郎が『香道伝授目録』の中で「十組」「三十組」の次に掲げた「外盤物十組」に列された「盤物」の組香です。

まず、この組香に証歌はありません。題号の「冨士香」以外に「冨士」の文字が現れるのは、後述する香札の裏の紋のみです。古式に習って回答に香札を使用する場合は、札裏の紋に使用されている名所の景色から「富士山」を感じ取れる方も少なくないと思われますが、これが無いと要素名の「煙」のみから連想できる方は少ないかもしれません。そのため、現代の香席で「手記録紙」を用いる場合でも 、札裏の紋を香記の「名乗」(なのり⇒連衆の仮名)として使用されると、組香の持つ景色が豊かに感じ取れると思います。

次に、この組香の要素名は、「霞」「朝日」「紅葉」「雪」と「煙」となっています。「霞」「朝日」「紅葉」「雪」のうち「霞」は「春霞」、「朝日」を「夏」と考えれば、「紅葉」は秋、「雪」は冬ですので、「春夏秋冬」の景色が配されていることが判ります。このため、この組香は四季を通じて楽しむことができるといえましょう。一方、万葉集には「不二の嶺に降りおく雪は、六月の十五に消えぬれば、その夜ふりけり」とあり、昔の人は富士山には一年中雪が積もっている「時知らず山」だと思っていたので、「雪」の季節感も幅広いものになります。また、雪の積もった嶺に朝日が差して真っ赤に光 る瞬間の美しさもあり、「朝日」を夏のものとして閉じ込めてしまうのも勿体ないような気がしています。そこで、私は要素名の色として「霞」と「雪」と「煙」は「白」、「朝日」と「紅葉」は「赤」というイメージで解釈することも試みました。この白赤の対比もこの組香を楽しむ上で重要な観点ではないかと思っています。

そして、「煙」は「煙争香」の富士山・浅間山のものと同じ「噴煙」を意味するものでしょう。「宝永大噴火」が宝永4年(1707)年ですので、この組香が創作された元文元年(1736)あたりですと毎日噴煙が上がっており、「煙」は季節を問わずに見られる富士の景色として捉えられていたものと思われます。一方、現在では「煙」が上ることは稀ですので、反対に「たまに現れる珍景」と解釈しても結構かと思います。このように、この組香は、山を彩る四季の事物を用いて「名峰富士」を千変万化させて仰ぎ見るという趣向を持っている言ってよろしいかと思います。

さて、この組香は香種が5種、全体香数が14香、本香数10香ですが、構造は至って簡単です。ます、「霞」「朝日」「紅葉」「雪」を各3包作ります。これは、「春夏秋冬」を各3か月として1年12か月を表すものと考えられます。これに加えて「煙」は2包作ります。次に「霞」「朝日」「紅葉」「雪」のうち各1包を試香として焚き出します。 そして、手元に残った「霞」「朝日」「紅葉」「雪」の各2包に「煙」2包を加えて打ち交ぜ、本香は10炉焚き出します。

本香が焚き出されますと、香元は香炉とともに「香札」を投票するための「札筒」か「折居」を添えて廻します。ここで、回答に使用する「香札」について、出典に「札の裏の紋(富士絵合の名前を用ゆ)」として「冨士、田子、三保、浮島、足柄、清見、高根、裾野、鳴澤、芝山」とあり、富士を望む名所が列挙されています。「富士絵合」については、現状を知ることはできませんでしたが、浮世絵の「富嶽三十六景(葛飾北斎)」や歌川広重「不二三十六景」のようなものかと思います。

ここで、札裏の名目について解釈を加えますが、景勝地以外の地名は、市町村合併等によって、曖昧になっており類推の域を出ませんのでご了承願います。

連衆は、香を聞き試香に聞きあわせながら、それと思う要素名の書かれた札を1枚投票します。ここで出典では「本香十包焼終りて包紙、札とともに開き記録を写すべし。」とあり、本香が終わるまでは、各自の香札を開かないで留め置くことが定められています。席中での使い回しが聞きませんので、「札筒」を使用する場合は必ず各自の札を仮置きして置く「札盤」が必要になります。折居の場合 も「一」から「十」の番号が書かれたものを順に廻し、執筆は帰ってきた折居を逐次開いて名乗(札裏の紋)の順に伏せて「札盤」に並べておきます。札盤が無い場合は、 打敷の右外に縦2列に並べて留め置き、正解が宣言された後、順に開いて記録します。

本香が焚き終わりましたら、香元は正解を宣言します。執筆はこれと同時に札を開き、各自の答えを名乗と照合しつつ、香記に要素名で書き写します。答えが書き終わったところで執筆は、それぞれの要素名の右肩に当りを示す「点」や外れを示す「星」を書き付します。

この組香の点法については、出典でも多くの行を要しており、その複雑さも一つの特徴といえましょう。

香の当否と加点・減点を一覧表にすると次のとおりとなります。

香の聞きと点星

香の聞き 点星
煙の独聞 三点
煙の中  二点
その他の中 一点
雪と紅葉の聞違え 星二
朝日と雪の聞違え 星二
霞と朝日の聞違え 星一
霞と紅葉の聞違え 星一
煙と朝日の聞違え 星一
煙と紅葉の聞違え 星一
霞と煙の聞違え 無点
霞と雪の聞違え 無点
雪と煙の聞違え 無点
朝日と紅葉の聞違え 無点

※ 青字下線部筆者補足

まず、得点については、客香である「煙」について独聞3点、当たり2点の加点要素があります。その他の要素は 、当たりに付き1点となります。

次に減点ですが、出典では、「霞と煙を聞きまがへしは過怠なし。朝日と紅葉と聞きまがへしも過怠なし。」とあります。「春と煙、夏と秋は間違っても減点しない?」この季節感の不規則な組合せが何処から来るのか考えた末、前述した「要素名の色」にたどり着いたというわけです。つまり、これらは、富士山に反映される色であり、「霞(淡白)と煙(淡白)」「朝日(赤)と紅葉(赤)」のように「同じ色同士を聞き間違えても減点はされない 」という意味ではないかと考えました。

上記のとおり解釈すると、「雪(純白)を紅葉(赤)」「朝日(赤)を雪(純白)」のように「純白と赤」を聞違えたものが最も過怠の度合いが多く2点減点となり、「霞」・「煙」と「朝日」・「紅葉」のような「淡白のと赤」を聞違えた場合は減点1点となっています。 このように、執筆も色の対比を連想して覚えて置くと、点星を付ける際に間違いにくくなるかと思います。

ここで、要素の組合せをチェックしてみると、出典には「霞」と「雪」、「雪」と「煙」、「霞」と「紅葉」の聞き誤りについて記述がありませんでした。しかし、前述の関係式を援用すると「霞 (淡白)」と「雪(淡白)」、「煙(淡白)」と雪(淡白)」の聞違えは減点なしの「無点」で済み、「霞 (淡白)」と「紅葉(赤)」の聞違えは1点減点の「星一」となりますので、これを一覧表に補足しておきました。出典では、「煙と朝日と紅葉とききまがへたるは過怠星一つ」と書いて、実際には「煙と朝日の聞違え 星一」「煙と紅葉の聞違え 星一」とを分け、それぞれ香記に「星一」を記載していることから、おそらく「霞と朝日とききまがへたるは過怠星一つ」とある前行も 、本当は「霞と朝日と(紅葉と)ききまがへたるは過怠星一つ」と書きたかったのではないかと思います。

このように、「色」の対比や「濃淡」というビジュアルに訴えて香の当否を斟酌するやり方は 大変珍しく、この組香の最大の特徴であると言えましょう。

続いて、執筆は、要素名の右肩に書き付した「点」と「星」を差し引きして、各自の得点を割り出しますが、出典の「冨士香之記」の記載例には下附はありません。せっかく計算した成績を記録を書いているうちに忘れるのもなんですので、各自の得失点を下附するのも一考かと思います。 その場合、一般的には、合計点がプラスの場合は常のごとく漢数字で「○」、マイナスの場合は「星○」との記載になりますでしょうか?この組香では、点も星も右肩に付しますが、点と星を要素名の左右に振り分ける記載方法では、各自の答えの下に「点 ○」「星 ○」とそれぞれ2列に 並記する方法もありますので、参考としてください。

最後に勝負は、合計点の多い方のうち上席の方の勝ちとなります。減点要素も多いため「全員がマイナス」などということにならないよう、心して聞きましょう。

 昔の富士山は、頂上から煙が上って いる時は「白い扇子を逆さにしたよう」に見え、当時の人は、これを「仙人が遊びに来た」「神龍が降りた」などと捉えていたようです。春も近づき、霞は立っても煙は出てほしくない昨今の富士山ですが、皆様も世界文化遺産登録の「旬」がある間に「冨士香」を催して「真白き富士の嶺」を仰ぎ見てはいかがでしょうか?

  

富士山の見える北限は福島県二本松市岩代町

南西側の最遠の地は和歌山県那智勝浦町(322.9km)です。

志摩半島越しに見える富士山の頂上の形は名古屋と同じでした。

峯におく雪さえ春の色見せて茜にかすむ富士の曙(921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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