香の出から現れ出る和歌を探し出す組香です。
要素名を書き換えて答えるところが特徴です。
※ このコラムではフォントがないため「」を「*柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は、4種用意します。
要素名は、「桜(さくら)」 「足引(あしびき)」「山鳥(やまどり)」と「ウ」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「桜」「 足引」「山鳥」は各2包、「 ウ」は1包作ります。(計 7包)
まず、「桜」「足引」「山鳥」から、各々1包 を試香として焚き出します。(計3包)
残った「桜」「足引」「山鳥」の各 1包を打ち交ぜて、任意に1包引き去ります。(3−1=2包)
手元に残った2包に「ウ」の1包を加えて打ち交ぜます。(計 3包)
本香は、 3炉焚き出します。
連衆は、試香と聞き合わせて答えとなる要素名を所定の言葉に書き換えて3つ書き記します。(委細後述)
執筆は香記に各自の回答を すべて書き写します。
香元は、香包を開き正解を宣言します。
執筆は、「ウ」の独聞(ひとりぎき)に3点、「ウ」の当たりに2点、その他の当たりに1点を答えの右肩に掛けます。
また、執筆は組香で現れた歌を間違えた場合に限り、「ウ」の独不聞に3星、「ウ」の不聞に2星、その他の聞き外しに1星を答えの右肩に掛けます。
この組香には、下附がなく、得点は「点」、減点は「星」で表されます。
勝負は、「点」と「星」を差し引きして、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
今年も誕生月の弥生を迎えられることとなりました。
東日本大震災による行方不明者は、本年2月末現在で2,636名となっています。
「海に行って帰って来なかった方たち」を身代わりにして生かされている私たちは…
自分が「生かされている意味」を日々反芻し、「生きた証」を残さなければなりませんね。
弥生は、自然の営みに活気が満ちて歌詠みには格好の季節です。
今年は、立春過ぎに大寒波が襲来し、各地とも記録的な大雪に見舞われました。私も雪の降り積もる朝の通勤のために久しぶり「スノーブーツ」を出して履きましたが、この革製の短靴仕様 が名古屋では売っていないことに今更ながらに気付きました。そのようなデッドストック品が陽の目を見たのも束の間、今では春光の暖かで街中が春色に染まっています。
名古屋の徳川美術館では、恒例の「尾張徳川家の雛まつり」が開催されています。この時期は全国各地の豪商や旧家でも雛飾りの展示が行われていますが、単に「富」のみで手に入れた 町屋のお雛様と徳川家のように「富と権力」で誂えたお雛様は、精緻な造りも気品も格段に違います。そこにはおそらく職人の「献納」の気持ちが込められているからではないかと思います。
「雛祭り」がいつ頃から始まったのか歴史的には判然としないのですが、『源氏物語』等の平安文学には、貴族の子女の遊びごと「ひいな」の記述がある一方、紙で作った人形を形代として川へ流す「流し雛」の風習もあり、「災厄よけ」と「遊び」は所を変えて併存していたようです。
江戸時代になって、これらが合体し「雛祭り」として一般化してくると身分の高い女性の嫁入道具となり、実方の家格を示すために贅沢かつ華美なものとなりました。徳川美術館でも、形代の名残を残す「立雛」 や「坐り雛」(寛永雛)をはじめ、十二単の「元禄雛」、大型の「享保雛」、贅沢禁止令を逆手に取った「芥子雛」、宮中の装束を正確に再現した「有職雛」、今日の雛人形につながる「古今雛」がまで、幅広い年代のお雛様が飾られています。また、精緻な雛道具も嫁入道具と同じように作られており、香道具も沈箱や火道具が見事に再現されています。私の好きな逸品は、「楽」の押印が入っている直径3センチほどの赤楽の茶碗で、茶坊主の人形ともども、その行き届いた洒脱さに毎年微笑ませてもらっています。
我が家伝来のお雛様は、「白石こけし」で作られた五段飾りで、現在でも実姉が飾っています。自宅のものは、長女の初節句に「顔が似ている」ということで「真多呂」の内裏雛を買い物求めました。「季節のけじめをつけずにだらしなくしていると嫁の貰い手もなくなる」という意味から、毎年 、家伝として「立春には出し、3月4日には仕舞う」と父親は教えていましたが、今はどうなっているでしょうか?(大名家では2月25日〜3月4日まで飾るそうです。)また、姉妹の共有物として愛でてきた ため「次女のお雛様はどうすべきなのか」と考えることがあります。彼女は、センス重視の今様な大人なので「そんなのいらないよ。」と言われそうですが、岐阜市の「後藤人形」のお雛様なら気に入るものがあるのではないかと思っています。立春になると、母娘3人で「ああでもないこうでもない」と言いながら随身や官女と持道具を飾る姿は、微笑ましいものがありました。できれば、今度は娘や孫が繰り広げるこのような姿をオジイチャンの立場で微笑みつつ見つめるのが我が人生の一縷の望みではあります。
今月は、香りの組合せから和歌と詠人を導き出す「探歌香」(たんかこう)をご紹介いたしましょう。
「探歌香」は、大同樓維休の米川流香道『奥の橘(月)』に「外十組」として掲載されている組香です。同名の組香は、叢谷舎維篤の『軒のしのぶ(二)』に「春の組」として掲載があり、両書とも米川流の流れを汲む伝書ですので、その内容はほぼ同様となっています。この組香は、証歌のバリエーションから春秋混交の感がありますので、季節を問わずにお楽しみいただけるかと思いますが、『軒のしのぶ』では「春の組」となっていますし、要素名から一見すると春の景色を彷彿とさせるものもあることから、今月にご紹介することといたしました。今回は、年代の古い『奥の橘』を出典、『軒のしのぶ』を別書として書き進めたいと思います。
まず、この組香には証歌が3首あり、これら複数の和歌が織りなす景色を探すことが趣旨となっているところが特徴と言えましょう。
証歌の一つ目は、「さくら咲く遠山鳥のしだり尾のながながし日もあかぬ色かな(太上天皇 新古今集99)」で、詠み人の「太上天皇」とは、『新古今和歌集』編纂の勅命を下した後鳥羽上皇を指しています。新古今集の「春歌下」の章には「釈阿(藤原俊成)、和歌所にて九十賀し侍りしをり、屏風に山にさくらさきためところを」との詞書があり、後鳥羽上皇が「藤原俊成の90歳を祝う歌会」という異例の祝賀を催した際に、会場の和歌所に飾られていた四季の歌が散らされている屏風の絵を見て詠んだとされています。これは、後鳥羽上皇が『新古今和歌集』の編纂に対する意欲を臣下に顕示するために開かれたものとされており、紆余曲折を経て厳寒の時期(旧暦11月23日)にやっと開催されたため、主賓である俊成もその時間の長さと寒さで辟易したというエピソードも残されています。
2つ目の歌は、「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む(柿本人麻呂 拾遺集773)」で「百人一首」の3番でも有名な歌です。基本的には『拾遺集』の「恋三」に掲載された恋歌ですが、百人一首では「秋の歌」として扱われています。
3つ目の歌は、「桜はな(花)咲きにけらしなあし曳の山のかひより見ゆる白雲(紀貫之 古今集59)」で、詞書には「歌たてまつれと仰せられし時によみてたてまつれる」とあり、『古今和歌集』の撰者である紀貫之が自ら醍醐天皇に奉った歌 です。
ここで、お気づきの方もおられるかもしれませんが、3首の歌には「さくら」「あしびき」「やまどり」という言葉が相互に2つずつ使われています。この組合せを利用して、香の出の要素名から「どの歌が詠まれたかを探す」という趣向が「探歌香」という題号の由来となっています。
次に、この組香の要素名は「桜」「足引」「山鳥」と「ウ」となっています。先ほど申しました通り、後鳥羽上皇の歌には「桜」と「山鳥」、人麻呂の歌には「足引」と「山鳥」、貫之の歌には「桜」と「足引」が詠み込まれています。和歌の句として用いられる機会の多いこれらの要素名についても少々解説を加えておきましょう。
「桜」・・・「桜」が我が国史上初めて登場するのは『日本書紀』で、帝の酒盃に花弁が風に誘われて浮かび、帝がその桜を物部氏に探しに行かせるというエピソードが記されており、このことから「花見」の習慣は1500年も前からあったことが伺えます。また、「花」といえば「梅」だった『万葉集』の時代でも「去年の春 逢えりし君に 恋にてし 桜の花は 迎へけらしも」、「あしひきの 山桜花 一目だに 君とし見てば 吾恋めやも」等、桜の歌が残されています。そして、『古今和歌集』の時代には、遷都によって取り残された奈良の桜を忍んで詠っている間に、新都に移植した外山桜も隆盛を誇るようになり、それを愛でて歌を詠んでいる間にいつしか国文学の世界では「花」といえは「桜」というように定着したようです。
「山鳥」・・・「ヤマドリ」は、低い山の林に留鳥として生息するキジ科の日本固有の鳥です。雄は赤褐色のまだら模様で尾が長いものでは90センチにも達するので「しだり尾」も付き物となっています。
「足引」・・・「山」をはじめ「山」を含む語などにかかる枕詞で、「足を引きずって喘ぎつつ登る」や「山裾を長く引く」などの意味から来ています。
「ウ」・・・別書では「客」と表記してありますが、ご存知のとおり「客を略してのウ冠のウ」と表記してあるだけです。
さて、この組香の構造は、香種は4種、全体香数が7包、本香数が3包です。まず「桜」「足引」「山鳥」を各2包、「ウ」は1包作ります。「桜」「足引」「山鳥」を2包ずつ作るのは、3つの証歌に同じ言葉が2つずつあることと符合しています。次に「桜」「足引」「山鳥」の各1包を試香として焚き出します。続いて、手元に残った「桜」「足引」「山鳥」を一旦打ち交ぜて、任意に1包引き去ります。この所作により、景色のある要素(地の香)が2つしか出なくなりますので、本香で現れる証歌の景色が1つに限定されるというわけです。そして、手元に残った2包に「ウ」1包を加えて、再度打ち交ぜて本香3包を順に焚き出します。ここで加えられる「ウ」は、試香の無い客香として扱われ、本香が結んだ歌の「詠み人」の名代として使われることとなります。
続いて、本香が焚き出されましたら、連衆は試香と聞きあわせて2つの要素を探し、聞いたことの無い香を「ウ」として、名乗紙に答えを3つ書き記します。その際、出典には「桜ぬきて、山鳥、ウ、足引と聞かば、山鳥の尾の、人丸、足引の、この如く認め出だすべし。また、足引ぬきて、ウ、山鳥、桜と聞かば、御製、遠山鳥の、桜咲く、この如く認め出だすべし。また、山鳥ぬきて、足曳、桜、ウと聞かば、足曳の、桜花、貫之などと認め出だすべし。」とあり、本香に出た2つの要素から本香に現れた証歌1首を探し当て、要素名を証歌の句に、ウを詠人に書き換えて回答することが定められています。ここで注意しなければならないことは、同じ「桜」と聞いても本香で現れた証歌により「桜咲く」と「桜はな」と回答が2通りあり、「山鳥」も「遠山鳥の」と「山鳥の尾の」の2通りがあるということです。ただし、「足引」は「足引の」の1通りのみとなります。この要素名の書き換えについては、別書には記述がなく、組香の雅趣を増すための趣向の1つといえましょう。
一方、「ウ」については、両書とも太上天皇の歌が出た場合は「御製」、柿本人麻呂の歌が出た場合は「人丸」、紀貫之の歌の場合は「貫之」と書き換えるよう指定されています。なお、両書とも「人丸」となっていますので、そのままご紹介していますが、現代では、一般語の「人麻呂」でも「人麿」でも結構かと思います。
このようにして、名乗紙には要素名の書き換えられた言葉が出た順に3つ記載されることとなります。
名乗紙が帰って参りましたら、執筆は各自の回答を全て香記に書き記します。執筆が正解を請う仕草をしたら、香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆は正解欄に要素名のまま書き記し、この歌に詠み込まれた言葉と詠み人を定めて当否を判定します。これについて出典では「中り長一点、ウ二点、独聞平二点、ウ三点、若し歌を聞違えれば中りばかり一点、はずれは一星、独は二星、ウは二星、独は三星也」とあり、この複雑な点法を一覧表にするとこのようになります。
区分 |
当否 |
得点 |
得点 |
ウの独聞 | 3点 |
ウの中 | 2点 | |
その他の中 | 1点 | |
歌を間違えた場合 |
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減点 |
ウの独不聞 | 星3(−3点) |
ウの不中 | 星2(−2点) | |
その他の不中 | 星1(−1点) |
例えば、香の出が「山鳥」「桜」「ウ」と出れば、証歌は「さくら咲く遠山鳥のしだり尾の・・・」となりますので、正解は「遠山鳥の」「桜咲く」「御製」となります。
これを「山鳥の尾の」「足引の」「人丸」と答えた場合、歌は違っていますが、出典では要素名の「山鳥」と「ウ」を聞き当てているとみて、「山鳥の尾の(1点)」「足引の(−1点)」「人丸(2点)」=2点と採点しています。また、「桜咲く」「遠山鳥の」「御製」と答えた場合、歌は当てているので「桜咲く(0点)」「遠山鳥の(0点)」「御製(2点)」=2点と採点し、要素の入れ違いはお咎めなしとしています。つまり、減点となるのは「歌を間違え且つ要素を聞き違えた場合のみ」ということになっています。
一方、別書の点法は「歌違いは当りに点をかけず、違いに星付るなり。」とあり、「探歌」の趣旨から歌を間違うと要素を聞き当てていても0点となっています。この方式を採用すると、先ほどの「山鳥」「桜」「ウ」を「山鳥の尾の」「足引の」「人丸」と答えた場合、歌が当たっていないため、要素ごとの当たりは捨象され、「山鳥の尾の(0点)」「足引の(−1点)」「人丸(0点)」=マイナス1点と採点します。これは、「要素の当否を尊重する出典」と「証歌の当否を尊重する別書」で立場を異にしているので参考としてください。
さらに別書では、香記に各自の答えとなった歌を全部書き記すようになっています。例えば「山鳥」「桜」「ウ」と出た場合、解答欄は「遠山鳥のしだり尾のながながし日もあかぬ色かな」「さくら咲く」「御製」と3段に書き記し、他の歌も「桜はな咲きにけらしな」「あし曳の山のかひより見ゆる白雲」「貫之」、「あしびきの」「山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む」「人丸」というように区切って記載されて、和歌の散らし書きのような景色が現れる趣向となっています。
このようにして執筆は、香の出から証歌を定め、当たりとなる句を確認してから各自の回答の右肩に点星を打っていきます。点は出典によれば1点でも「長点」を 掛け、2点、3点はその右肩に少しずつ短く「ヾ」のように打っていきます。星は「極小さい黒丸」を「・」と打ち、2星、3星は縦に並べます。
因みに、点星について、出典には「御製という言葉に点を掛け、星を付けることが不敬であると思えば、他の要素のところにまとめて書き付けても良い。」という興味深い注書きがありますので、「御上」に近い方々は是非お心がけください。
最後に、この組香に下附はなく、解答欄に打った点星を差し引きして各自の得点を競い、勝負は、最高得点者のうち上席の方が勝ちとなります。
東海地区は、2月中旬に東伊豆で河津桜が咲き、4月中旬に岐阜の薄墨桜が咲くまで、2か月間も花見が楽しめます。皆様も「探歌香」で深山の桜と山鳥を想いながら、1首捻ってみてはいかがでしょうか。
江戸時代の公的な祝日とされていた人日、上巳、端午、七夕、重陽の五節句ですが
雛祭り(上巳)ではなく、端午が「子供の日」になったのは・・・
まだ肌寒い3月を避ける東北・北海道への配慮もあったとのことです。
咲初めて水面に映る花房の散りて再び水上に咲く(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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