月の組香

鈴と鳥が花の攻防戦を繰り広げる盤物の組香です。

盤上の勝負がついてもなお立物の進退を続けるところが特徴です。

※ このコラムではフォントがないため「ちゅう」を「*柱」と表記しています。

 

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説明

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  1. 香木は、5種用意します。

  2. 要素名は、「鈴一」「鈴二」「鳥一」「鳥二」と「花」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「鈴一」「鈴二」「鳥一」「鳥二」は各3包、「花」は2作ります。(計14包)

  5. 連衆を「鈴方(すずかた)」と「鳥方(とりかた)」の二手に分けます。

  6. 「鈴一」「鈴二」「鳥一」「鳥二」各1包を試香として焚き出します。(計 4包)

  7. 手元に残った「鈴一」「鈴二」「鳥一」「鳥二」各2包に「花」2包を加え、打ち交ぜて順に焚き出します。

  8. 本香は、「一*柱開(いっちゅうびらき)」で 10炉廻ります。

※ 「一*柱開」とは、1炉ごとに連衆が回答し、香元が正解を宣言するやり方です。

−以降9番から15番までを10回繰り返します。−

  1. 香元は、香炉に続いて「札筒(ふだづつ)」または「折居(おりすえ)」を廻します。

  2. 連衆は、1炉ごとに試香に聞き合わせて、答えとなる要素名の書かれた「香札(こうふだ)」を1枚投票します。

  3. 盤者は、札を開いて、「札盤(ふだばん)」の各自の名乗(なのり)の下に並べます。

  4. 香元は、香包を開いて、正解を宣言します。

  5. 盤者は、正解した札をそのままにし、外れた札は伏せるか取り除きます。

  6. 執筆は、香記の回答欄に正解者の要素名のみを書き記します。

  7. 盤者は、正解者の立物(たてもの)を所定の数だけ進めます。(委細後述)

  8. 花」を聞き当てた場合、立物は2間進め、その他は1間進めます。

  9. 「盤上の勝負」は、先に物が「勝負の場」に到達した方を「初の勝ち」とします。

  10. 「勝負の場」に到達した後は、「鈴」の香を「鳥」の香と聞違え、「鳥」の香を「鈴」の香と聞違えた場合は1間後退します。

  11. 正解の場合は「勝負の場」を越えて 、所定の数だけ敵陣に進んで行きます。

  12. 下附は、各自の聞違えは考慮せず得点のみ合計して、全問正解は「皆 十二点」とし、その他「○点」と書き記します。

  13. 「記録上の勝負」は、双方の合計点で優劣を決します。

  14. 香記は、「勝ち方」となった方の最高得点者のうち、上席の方に授与されます。

 

桜の咲く長堤がなつかしい季節となりました。

「花鳥風月」は、美しい自然の風景そのものや、それを重んじる風流を意味する言葉です。基本的には「四季折々」の風物を連想させるものですが、やはり花が咲き、鳥も鳴きはじめるこの季節に最もふさわしい言葉のような気がします。特に「花と鳥」は、陰陽で言えば「陽と陽」の組合せで、花が咲く景色を見るだけでも心が晴々といたしますが、ここに鳥が1羽現れるだけで、さらにその風景が生命感にあふれ、2羽訪れれば微笑ましさを増し、3羽訪れれば賑やかさを増して、どこまで行っても「相生」の関係が成り立ちます。

先日、娘から「卒論何を書いたの?」と聞かれました 。私は法学部の刑法専攻だったので「花盗人は、窃盗の構成要件を満たすのか」と答えましたら「相変わらず気障ね。」と一蹴されました。誰しも「時のもの」として花を愛でるついでに 「ちょっと一輪」と手が伸びてしまうことはあるでしょう。他人様の庭の桜一枝ならば「窃取するという故意と、不法領得の意思」がなければできないので、れっきとした窃盗行為として成り立ちますが、垣根から落ちたばかりの椿の花を拾う等の行為はどうでしょう ?家主が落ちた花を「景色」として捉えていれば「財」でしょうが、ただの「落花」と思っていれば「ごみ」なので、その人は掃除を手伝っただけということになります。罰するか罰しないかは裁判で決めるとして、罪か罪でないかは刑法の解釈の問題です 。本当は画一的にドライな判断をしなければならないのですが、本人は「取る気で取りました。」 と言っても、家主の主観も斟酌しないと一律に罪とも言えないこともあるのではないかというのが論点でした。

日本の「花盗人事件」を遡ると、「承元4年(1210)の正月に藤原定家が 桜好きが昂じて御所の左近の桜を一枝切った」というエピソードが『古今聴聞集(第19巻)』に掲載されています。このことを知った土御門天皇は、女官に「無き名ぞと後に咎めるな八重桜移さん宿は隠れしもせじ」と詠んで定家に差し向けたと言います。これに定家は「暮る明くと君に仕ふる九重の八重咲く花の陰をしぞ思う」と返歌し、2人の雅びで奥ゆかしい交情の中で、此の一件は不問に付されたということです。また、狂言「花盗人」でも、桜の花を盗みに入って捕らえられ、木に縛りつけられた男が「花の和歌一首を作れば許す」といわれ、「この春は花の下にて縄つきぬ烏帽子桜と人やいふらん」と詠んで、罪を許され、酒までふるまわれて桜も手に入れたという話があり、以来、日本では「花盗人は罪にはならない」という習わしが引き継がれているようです。

さて、桜が咲いて、花の盛りに公園や河原を歩いていると、そこだけ花弁ではなく、花房ごと散っている桜を見て不思議に思ったことはありませんでしょうか。昨年も桜の下で弁当を食べていましたところ、たくさんの雀が来て、花房を啄ばんでは落としていました。その時は、花吹雪の季節を待たずにクルクルと廻りながらチラホラと落ちてくる花房を風流と思って眺めていたものです。現行犯で見たのはこれが初めてでしたので調べてみましたら、これは花房の根元にある蜜腺を狙って啄ばむ小鳥の仕業だということがわかりました。ヒヨドリやメジロなど、 もともと蜜を吸う鳥でしたら花の正面から上手に吸えますが、食性の異なる雀は嘴の形が異なるので蜜を吸えず、花を付け根から食いちぎって蜜を食べてしまうようです。だからと言って、花房を啄ばむ雀に目くじらを立てる気にもなりませんが、総じて「相生」と思っていた 「花と鳥」の関係にも「相克はあるのだなぁ」と思う瞬間でした。

そういえば、五穀豊穣の願いにとって鳥は忌むべきものであり、伊勢では毎年1月14日に「鳥追い祭り」も行われています。この時打ち鳴らすのは太鼓ですが、「花見」をするために花散らしの小鳥を追うの には、もう少し風流なやり方がふさわしかろうと思います。

今月は、鈴音で花を啄ばむ鳥を追う「花守香」(はなもりこう=花護香)をご紹介いたしましょう。

「花守香」は、大枝流芳編の『香道千代乃秋(中)』に掲載のある「盤物(ばんもの)」の組香で、組香で使用する「盤立物(ばんたてもの)」については、『香道千代乃秋(上)』に図が掲載されています。この組香の小引には 、題号の下に「流芳組」と記載されており、大枝流芳が創作した組香であることがわかります。同名の組香は『御家流組香集(仁)』にも掲載がありますが、記載内容はほとんど同じで、成立年代 や目次の類似性からみても『香道千代乃秋』を書写したものと思われます。今回は、オリジナルの組香であることが明白であることから『香道千代乃秋』を出典として書き進めたいと思います。なお、 出典中には「花護香」という表記も混在していますが、題号については「花守香」と記載されておりますので、 今回「花守香」と平易な表記で統一しています。

まず、この組香には証歌がありませんが、本文冒頭に「唐の寧王、春、金鈴を花の梢に懸けさせて、花をそこのふ(損う)烏鵲(うじゃく)を驚し追(は)しむ。これを花護鈴(はなもりすず)と云うなり。」とあり、花を啄ばむ鳥を寄せ付けないために鈴をつけさせたという 逸話が書かれています。「唐の寧王」とは、おそらく唐の第5代皇帝睿宗(えいそう)の長男「李憲(りけん)」679年〜741年)のことでしょう。彼は、有名な玄宗皇帝(李隆基)の兄で、いつも慎ましやかで自らは政務に関わることを避け、笛などの音曲に傾注した風流人だったようです。皇位 を争うことを自ら避けて弟に皇位継承権を譲ったため、死後、玄宗皇帝から「譲皇帝」と謚(おくりな)されて皇帝に准じた扱いを受けたといいます。花を愛でるために鳥を避けるのにも「鈴の音」で追い払うというのですから、なんとも奥ゆかしく風雅な人柄が偲ばれます。

「花護鈴」は、「護花鈴(ごかれい)」とも言われ、紅色の糸で編んだ網あるいは縄に鈴をたくさん結びつけ、これをクリスマス ・イルミネーションのように花の梢に引き渡して、花に集まる小鳥を追うように仕掛けたものです。日本でも安土桃山時代に豊臣秀吉によって行われたことで有名な「醍醐の花見」の際に 、桜を散らせてしまう鳥を追い払うため、木に鈴をつけたと『太閤記』に記載されています。当時は、既に花の番人である「花守」がおりましたので、秀吉が花守の代わりに鈴を付けさせたのは、故実に則った風雅を楽しみたい 想いとそれを知っている自分の教養を知らしめるための両方の効果があったのではないでしょうか。このように、「花を守る鈴」と「花を損なう鳥」が対峙して花を争うというのが、この組香の趣旨となっています。

次に、この組香の要素名は「鈴一」「鈴二」「鳥一」「鳥二」と「花」となっています。「鈴」「鳥」にそれぞれ序数を付けて区別する意味は、「鈴」や「鳥」の数や種類の多さを表現するとともに、香種を増やして盤上の勝負を面白くするためだと思います。上巻の立物の図では「鈴は金鈴」「鳥は鵲」の1種類のみなのですが、概念的には複数の鈴の音色や鳥の種類が景色に含まれていると考えてもいいでしょう。

この組香は「一蓮托生型対戦ゲーム」ですので、連衆は席入りに先立って「鈴方(左方)」と「鳥方(右方)」の二手に別れて本座につきます。この組分けについては、抽選なり、衆議なりの方法で決めていただいて結構です。

この組香は「盤物」ですので「花守香盤」というゲーム盤を使用しますが、出典には「源平香に同じ。十行十間、五間目の間に勝負の場あり、一目に穴二つあり。万事名所香に同じ。」とあり、源平香(後の名所香)盤で代用できることが書かれています。

さらに、双六の駒にあたる立物について、出典では、「鵲五羽(飛ぶ形に作る)、花五本(海棠の花なり)、鈴五つ(柄より鈴かくる軸をつぎ、紅のふさある糸にて鈴をかくる)」とあり、この組香で対峙するのは「鵲」と「鈴」で、両者が奪い合うものは「海棠」であるということがわかります。これら立物の詳細については『香道千代乃秋(上)』に図が掲載されています。

さて、この組香の構造は、至って簡単です。まず「鈴一」「鈴二」「鳥一」「鳥二」を各3包、「花」は2包作ります。次に「鈴一」「鈴二」「鳥一」「鳥二」のうち各1包を試香として、4種4包焚き出します。そして、手元に残った「鈴一」「鈴二」「鳥一」「鳥二」の各2包に「花」の2包を加えて打ち交ぜ、本香は「一*柱開」で10炉焚き出します。

ここで、連衆が回答する際に名乗(席中の仮名)として使用する香札の紋ついて、出典では「裏は、海棠(かいどう)、白桜(はくおう)、桃花(もも)、李花(すもも)、梨花(なし)、杏花(あんず)、紅梅(こうばい)、瑞香(ぢんちょうげ)、八仙(てまり)、薔薇(せうび)」とあり、春に咲く花が用いられています。札表は回答に必要な要素名が 5種2枚ずつ書かれており、1人前10枚を使用します。執筆は、香記を書く際に「鈴方」と「鳥方」と見出しを書き、そこに各グループのメンバーの名乗を記入していきます。また、名乗の部分の右肩に連衆の実名も小さく書き添えます。

こうして本香が焚き始められたら、香元は香炉に札筒や折居を添えて廻し、連衆は1炉聞くごとに、これと思う要素の書かれた香札を1枚投票して回答します。香炉とともに回答が戻って参りましたら、 盤者はこれを開け、札盤の上に名乗の順に仮置きします。執筆が正解を請うたら香元は正解を宣言し、執筆は香の出の欄に正解の要素名を書入れ、 盤者は外れ札を除外し、執筆はそれを見ながら「一*柱開」の常道により当った人のみ解答欄に正解の要素名を書き記します。その際、出典の「花守香之記」では、香の出の欄も解答欄も2列を使い、右から左に「一鳥 」「二鈴」のように縦10行に並べて記載しています。

この後、盤者は正解者の立物を進退させる役 を演じます。この組香の立物の進め方について、出典では下記のとおり記載されています。

@   「客一人聞、二人聞の差別なく、客は二間たるべし。餘は当り一間なり。」

A   「鈴にも鳥にても中の五間目の花の場に早く進み着きたる方、勝ちなり。」

B   「鳥早く進み着きぬれば、花を抜き取り、鳥とさしかへる。(差し替える)」

C   「鈴早く進み着きぬれば、花とならべ鈴を建て置く。鳥方、香を聞き当てるとも花に進み着く事あたわず、盤上の勝負終りなり。」

まず、正解者の立物は、地の香の「鈴○」「鳥○」の当たりにつき1間進め、客香の「花」が当たった場合は2間進めます。しかし独聞に対する加点要素はありません。基本的には5間進んで「勝負の場」に先に立物を進めた人の方が「初の勝ち」を納めます。勝ちパターンは、鈴方が「勝負の場」に入った場合は花とともに鈴を立て、鳥方の場合は「花」を抜いて鳥だけを立てます。両者が同時に入った場合は「持(引き分け)」として 「勝負の場」を空けておくと良いでしょう。ここまでは、「鈴が花を守り鳥を追い、鳥は鈴の音の止むのを見て花を損ねようとする」様子を表現しており、ここで一旦、盤上の勝負は着きます。

次に出典では、盤上の勝負の第2弾について下記の通り記載されています。

D   「五間すすみて後、若し、鈴の香を鳥の香と聞ちがへぬれば、一間あとへもどるなり。五間進むうちは、ききちがへ苦しからず。」

E   「進み着きて後、鈴と鳥の香聞ちがへあれば一間退く。向こうよりきき当れば一間進み行くべし。時の当たりによりかへって再勝となることもあるべし。」

これは、「勝負の場」(スタートから5間目)に進むまでは、どんなことがあっても後退させられることはありませんが、一旦「勝負の場」に入ってしまうと、自分が鈴方・鳥方であるにかかわらず、地の香である「鳥○」を「鈴○」と間違え、「鈴○」を「鳥○」と間違えた場合は1間後退することになっています。一方、客香の「花」を地の香の「鳥○」や「鈴○」と間違えたり、その逆をしても後退させられません。

このルールにより、どちらかが「勝負の場」を先に占拠しても、聞違えれば1間退くので、 その間に相手方が進んで挽回するチャンスも出てきます。例えば、鳥が先に入っていても次の炉で聞き間違えて退いた隙に、鈴が進んで「勝負の場」に花を戻すこともあり、その逆もあります。また、両者がさらに当たりを続けた場合は双方とも「勝負の場」を通り過ぎて敵陣に突き進んでいきます。盤上の勝負の第2弾は、本香が尽きるまで一進一退を繰り返し、「後の勝ち」は、どちらがどのくらい敵陣に入り込んだかで決まります。

このように、この組香は「一*柱開」で1炉ごとに戦績を盤上で確認し、一喜一憂しながら本香の尽きるまで香席を楽しめるようになっています。このルールには、細かいところで不明な点もあるのですが、本香が10香あるにもかかわらず5間目で勝負が付くとあまりにあっけないこともあり、最後の一炉まで盤上で鎬を削る 臨場感を持たせるために工夫されたものでしょう。

続いて、「記録上の勝負」についてですが、前述の@のとおり 、この組香の点数は「客香は2点、その他は1点」となりますので、その分だけ各自の答えに合点を掛けます。もともと記録は当った要素のみ書き記していますので、聞き違えの減点は記録上には残さないことになっています。そうすると全問正解は12点となり、その他も得点のみの記載となります。下附は、全問正解の場合は「皆」として、その下に「十二点」と書き記し、その他は「○点」と 点数のみ書き付します。

下附が終わりましたら、執筆は「鈴方」「鳥方」の双方の合計点を算出し、合計点の多い方を「勝ち方」とし、見出しの下に合計点を「○○点」と記載し「勝」と書き付します。一方、「負け方」は、見出しの下に合計点を「○○点」と記載し「負了」と書き付されます。

最後に記録上の勝負は、チームが負けていれば個人の点数が最も勝っていても勝ちとはならず、勝ち方の最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

 

私の家の門口には、昔「サルビア」がたくさん咲いていて

夏になると通学途中の小学生が侵入しては、唇花だけを抜いて蜜を吸っていたものです。

それでも赤い筒萼が残るので花が損なわれたとは思っていませんでした。

こぬか雨梢の鳥よひもじくも花な散らしそ身を濡らすべし (921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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