海浜から色とりどりの貝を拾い合う盤物の組香です。
催馬楽に唄われた伊勢の海が舞台となっています。
※ このコラムではフォントがないため「」を「
*柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は、4種用意します。
要素名は、「一」「二」と「満汐(みちしお)」「干汐(ひしお)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「一」「二」は各5包、「満汐」「干汐」は各2包作ります。(計14包)
連衆を「磯方(いそがた)」と「海方(うみがた)」の二手に分けます。
「一」「二」「満汐」「干汐」の各1包を試香として焚き出します。(計4包)
手元に残った「一」「二」の各2包に「満汐」「干汐」の各2包を加え、打ち交ぜて順に焚き出します。
本香は、「一*柱開(いっちゅうびらき)」で 10炉廻ります。
※ 「一*柱開」とは、1炉ごとに連衆が回答し、香元が正解を宣言するやり方です。
−以降9番から15番までを10回繰り返します。−
香元は、香炉に続いて「札筒(ふだづつ)」または「折居(おりすえ)」を廻します。
連衆は、1炉ごとに試香に聞き合わせて、答えとなる要素名の書かれた「香札(こうふだ)」を1枚投票します。
盤者は、札を開いて、「札盤(ふだばん)」の各自の名乗(なのり)の下に並べます。
香元は、香包を開いて、正解を宣言します。
執筆は、正解した札をそのままにし、外れた札は伏せるか取り除きます。
執筆は、香記の回答欄に正解者の要素名のみを書き記し 、正解の数で1炉目の勝敗を決めます。
勝方の代表者は、双方の当たり数の差分だけ自陣の立物(たてもの)の「貝」を採ります。(委細後述)
「磯方」 が「干汐」、「海方」が「満汐」を聞き当てた場合は「独聞(ひとりぎき)」は4点、2人以上は2点の加点要素があります。
どちらかが自陣の貝を採り尽くした場合は、敵陣の貝を採ることができます。
「盤上の勝負」は、 貝が全て取り尽くされた時の獲物の数で決まります。
貝がなくなっても香は残らず聞き、結果は記録に写します。
下附は、各自の得点を記載し、独聞の無い場合の全問正解は「十一点」、その他は「○点」と書き記します。
「記録上の勝負」は、双方の合計点で優劣を決します。
香記は、「勝方」となったグループの最高得点者のうち、上席の方に授与されます。
桜の花便りとともに千種庵を閉じることとなりました。
このコラムが掲載される頃、私は桜が満開の肥後熊本の住人になっていることと思います。思えば、尾張名古屋に「千種庵」を結んでから早3年9ヶ月、長いようで短い「滞在型観光」の日々でした。最初は、ただただ平坦に広がっている濃尾平野に沈む夕日が珍しく、日の暮れるまで史跡・名勝・旧跡や花暦の名所を辿ったことを思い出します。また、「名古屋メシ」の名店を辿る旅は、種類の多さから全品制覇するのに2ヶ月を要し 、「これで全メニュー制覇!」などと思っても「たまごとじラーメン」や「台湾まぜそは」など、新手がぽつりぽつりと見つかるので飽きることがありませんでした。我が人生の背骨である「香的生活」につきましても、香道志野流の本拠地で香友にも恵まれ、徳川美術館の「名香鑑賞会」にも毎年参加でき、オープンな香会にもたくさん参加させていただきました。名古屋は 、まさに我が香道人生のメイングラビアを飾る思い出深い土地になりました。
新たな赴任地となりました熊本の棲家は、庵号を「三学庵」と定めました。当地も伊達政宗と一木四銘を争った細川忠興のお膝元ですから、香三昧の生活にも期待せざるを得ません。まぁ、「白菊」は東京の「永青文庫」にあるかもしれませんが、忠興をはじめとする細川家の作り上げた日本文化のエスプリが必ずや感じられるものと思っています。また、九州7県は広 く、自然派の私が心遊ぶ見どころもたくさんあると思いますので、職場の皆さんの薦めに従って「天孫降臨」からの時代を追いつつ、「明るく元気で豊かな自然」を満喫して行きたいと思っています。
さて、毎月書き溜めて参りました「今月の組香」も200組目を迎えることとなりました。皆様にご紹介できるような秀逸な組香は次第に残り少なくなり、「新しい組香書が見つからないかなぁ」と探索中ですが、順調にいけば2年後の6月には杉本文太郎 氏の『香道』の組香掲載数を超えますので、次のマイルストーンに向けて「健やかなるときも病めるときも」歩んで参りたいと思います。
さらに、私の香道人生も今月で30年となりました。「♀♂丸出し」の動物的とも言える劇団を辞めて、一気に植物化した時期に「香道ってのもあるってよ」と誰か(私は、堯山宗匠の霊だったと勝手に思っています。)が耳元で囁いて、1年間教室を探して、緊張の初稽古は26歳の4月でした。そのような折、かの山本霞月宗匠が書かれた「香道四十年」という手記を読み返しました。彼女にとっては、夫と息子を失って孤独に苛まれていた時の救いが 、香道復興の夢を追うことだったようです。私は、香道の現状を憂うることはあるにせよ「事」を起こす気持ちは全くありませんので、今までどおりリアルの香道界を盛り立てて下さる皆様に生涯「暖かい風」を送り続けて参る所存です。 そこで今月は、せめて山本霞月宗匠に因んだ組香を200組目に掲載しようとしましたのですが、彼女が復活した「潮干香」は既に紹介済みでしたので、名残惜しい「伊勢の海」にも思いを込めて「東海の小島の磯の白砂」で貝拾いをしたいと思います。
今月は、白き州浜の潮干狩り「拾貝香 」(しゅうがいこう)をご紹介いたしましょう。
「拾貝香」は、大枝流芳編の『香道千代乃秋(下)』に掲載があり、使用する盤立物の図は上巻に描かれています。また、組香の題号の下に「江芳山組」と記載されており、 流芳と時代をともにした江戸中期の宗匠が創作したオリジナルの組香であることがわかります。「貝拾い」というと、誰しも平成14年4月にご紹介した「潮干香」を連想するかと思います。「潮干香」は、江戸初期に米川常伯が東福門院のために創作した『秘蔵七種組香』の中の1つです。当時の中宮といえば、内裏の奥に住まいして詩歌管弦の遊びはできても、浜辺に足を洗われながら貝拾いに興ずるなどということはできなかったに違いありません。常伯は、香道を通じてこのような庶民の楽しみを内裏に伝えるという役目も担っていたわけです。この「潮干香」は、山本霞月宗匠が昭和29年5月の実隆公忌の香席 の際に手作りの道具で再現して以来、 彼女の社中である「丹霞会」に受け継がれていました。中でも昭和44年に根津美術館の弘仁亭で各国の公使らを招いて開かれた香席は、道具作りに1年半をかけ、香席の設えも「床には松の大枝が掛かり、軸は住吉の二幅、前には州浜臺の盆石に色とりどりの貝を散らし、各々に配られた竹籠には赤い短冊で名乗が結ばれており、中には黒漆に花紋の描かれた貝が五つ…」とまさに「潮干香」の 室礼の集大成というものだったようです。「拾貝香」も春の浜辺の景色を連想しながら「貝拾い」に興ずるという趣旨は同じですから、このような理念型も参考にすると良いでしょう。話は、最初から横道に逸れましたが、今月は、オリジナルである『香道千代乃秋』を出典として書き進めて参りたいと思います。
まず、この組香に証歌はありませんが、小引の冒頭に「『伊勢の海 清きなぎさの 塩貝に なのりそやつまむ 貝やひろわむ たまやひろはむ』と催馬楽の詞による」と由緒が書いて あります。催馬楽の歌詞を調べますと「伊勢の海の 清き渚に 潮間(しほがひ)に なのりそや摘まむ 貝や拾はん 玉や拾はん」とあり、「伊勢の海の美しい渚で 潮の間に なのりそを摘みませんか 貝を拾いませんか 真珠を拾いませんか」という意味であることがわかりました。委細の違いは別として「しほがひ」については「潮間⇒波打ち際」とした催馬楽の方が正しいと思います。また、「なのりそ(莫告藻)」はホンダワラの古名です。また、出典には「古よりいへる六の歌仙、貝の数をもて、左磯、右海と左右にわかち、三十六の貝を拾うの意によりて、満汐なれば貝を海にとらせ、干汐なれば磯より拾い得るのこころをうつす」とあり、歌合せの一興として勝ち方に貝を取らせて数を競った趣向に沿ったものであるとも書いてあります。
そのような趣向を反映させるために、この組香は「一蓮托生型対戦ゲーム」の形式をとっており、連衆はあらかじめ「磯方」と「海方」と分かれ、一炉ごとにグループの総得点を競い合うこととなっています。出典には「双方聞く 、互いに聞きを比べ、例えば磯方五つ、海方四なれば、磯方手前の貝を1つとるなり」とあり、「潮干香」は各々が聞き当てた貝の数をそのまま競う個人戦であるのに対して、「拾貝香」はグループが聞き当てた数の差分だけ貝を採ることができる団体戦となっています。
次に、この組香の要素名は「一」「二」と「満汐」「干汐」なっています。この組香は盤物なので、匿名化された要素名も使われていますが、 その一方で、グループの得点を競って立物の取り合いをする趣向もあり、双方の「飛び道具」として 、海方には「満汐」、磯方には「干汐」の要素が有利に作用することとなっています。これが「潮間(しほがひ)」の作用で、潮が満ちれば海が広くなり、潮か引けば磯が広くなり双方の貝が取りやすくなるということを表しています。
さて、この組香の構造は香4種、全体香数14香、本香数10包で、数は多いですが至って簡単です。まず、「一」と「二」は各5包、「満汐」と「干汐」は各2包を作ります。そして、それぞれ1包ずつを試香として焚き出します。すると手元には「一」と「二」 が各4包、「満汐」と「干汐」は各1包残りますので、この10包を打ち交ぜて本香を焚き出します。出典に明記はしていませんが、この組香も「盤物」の通例によって「一*柱開」で香席が展開していきます。
回答に使用される「香札」について、出典には「札の紋」としてこのように記載されています。「表」は答え、「裏」は各自の名乗 りとなる席中の仮名です。
表 「一 四枚、二 四枚、満汐 一枚、干汐 一枚、以上十枚一人分なり」
裏 「蛤貝」「蜆貝」「色貝」「片貝」「白貝」「螺貝」「簾貝」「桜貝」「袖貝」「花貝」
ここで、この組香は「拾貝香盤」という専用の香盤を使用して対戦を進めます。『香道千代乃秋(上)』には、「拾貝香盤立物図」が掲載されており、図の下には「盤の海は彩色絵波をかく、磯は金銀の砂子を置く、貝は三十六歌仙の貝、海に十八、磯に十八づつ、図の如く並べ置くべし」とあります。また、立物については、出典下巻に「歌仙貝三十六、生 (しょう)の貝を用うべし。生の貝なくば角細工にて作るべし。」とあります。この「生の貝」については、生臭ものですので「生きている貝」という意味ではなく、「本物の貝」という意味に捉えるべきかと思います。これは、現代でも拾ってきた貝殻を塩抜きして作ることができます。
このようにして、「磯方」と「海方」は、「拾貝香盤」を挟んで対峙し、まずは自陣にある18個の貝を採り尽くすことを目指します。
因みに、「三十六歌仙の貝」とは、おそらく『三十六貝歌合』に登場する36種類の貝のことかと思いますが 、諸説ありますので、ここでは東北大学狩野文庫の『教訓注解 繪本貝歌仙』(延享五年(1748))に和歌・挿絵と共に掲載されている36種類の貝を一例として紹介しておきます。
歌仙貝の例
1 すだれ貝 2 わすれ貝 3 梅の花貝 4 桜貝 5 花貝 6 ますう貝 7 むらさき貝 8 白貝 9 なでしこ貝 10 なみまがしわ 11 きぬた貝 12 まくら貝 13 にしき貝 14 いろ貝 15 ほらの貝 16 みやこ貝 17 うらうつ貝 18 さゞへ貝 19 千鳥貝 20 すゞめ貝 21 いたや貝 22 あこや貝 23 あわび 24 かたし貝 25 うつせ貝 26 身なし貝 27 あさり 28 しほ貝 29 物あら貝 30 かたつ貝 31 あし貝 32 みぞ貝 33 はまぐり 34 しゞみ貝 35 こがい 36 ちくさ貝
続いて、 本香1炉が香元から焚き出されましたら、連衆はこれを聞き、試香と聞きあわせて、香炉に添えて廻された札筒や折居にこれと思う答えの書かれた札を1枚投票します。
香炉と札筒が戻って来ましたら、執筆は香札を開き、香元に正解を請う仕草をします。香元は香包を開き、正解を宣言します。執筆はこれを聞き、当った人の解答欄にのみ要素名を記載し、外れた部分を空白とします。この時点で執筆は双方の得点を比べて、その差分を「何方、何点の勝ち」と宣言します。
この組香の点法については、出典に「海方、満汐を聞き当れば独聞なれば貝四つとる。二人よりは二つとる。海方、干汐を聞き当れ平点一つ。磯方、干汐を聞き当れば独聞四、二人より二つとる。磯方、満汐をききあつれば点一つなり」とあり、海方が満汐、磯方が干汐を聞き当てると加点要素があります。「独聞」については、相手方が「0点」であることが当たり前なので、そのまま自陣の貝を4つ採ることができます。一方、「正解者が二人以上」いる場合は、相手にも得点の可能性がありますので、自方の得点を2点と換算して、相手方の得点との差分だけ貝を採ることとなります。
執筆の宣言がありましたら、双方これを聞き、勝方の代表者が自陣の貝を勝ち数だけ採っていきます。本香は、これを10回繰り返し、自陣の貝を採り尽くせば、相手方の貝も採ることが出来ます。そうして、36個の貝を採り尽くせば「盤上の勝負」は終ります。
「盤上の勝負」が終わっても、本香は残らず焚き出し、「記録上の勝負」に移ります。
この組香の記録法については、通常の盤物の記載と同様となっています。まず、連衆を「磯方」「海方」に分けて香記に見出しを書き、グループごとに メンバーの名乗を書き記し、右肩に名前を付記します。回答欄は、前述のとおり香元の宣言の都度、当った要素名のみ記載し、磯方の干汐の正解には2点を掛け、満汐には1点を掛け、その他の当たりについては記載のあることで正解を表します。(海方の満汐、干汐も同じです。)香の出の欄も香元の宣言の都度 、要素名を縦一列に都合10個書き記します。なお、香記の解答欄や香の出の欄では「満汐」「干汐」は「満」「干」と1文字に省略します。
最後の香炉の正解が宣言されたところで、執筆は、各自の得点を漢数字で「○点」と下附します。海方の満汐、磯方の干汐の加点要素以外は1点として換算しますので、独聞が無い場合の全問正解は「十一点」となります。各自の得点が判明しましたら、これをグループごとに集計して、グループの総得点を「磯方」「海方」の見出しの下に書き記します。さらに、総得点を比べ、多い 方の点数の下に「勝」、少ない方の点数の下に「負了」と記載します。
こうして、「記録上の勝負」は、総得点の多い方が「勝方」となり、香記は勝方の最高得点者のうち上席の方に授与されます。
宮中の奥方ならずとも、香を志す奥方の皆様にとって「潮干狩」は縁遠いものですし、この時季は「まだまだ風が冷たくて億劫」という方も多いと思います。是非、皆様も「拾貝香」で伊勢の白浜に心遊ばせてみてはいかがでしょうか。
「香道三十年」という方は世の中にたくさんいらっしゃるでしょうけれど・・・
その想いを皆さんに見聞きしてもらえる私は幸せです。
阿蘇山と桜島の「煙競香」が繰り広げられる火の国に行っても頑張ります。
うららかな千種の庵に吹き通る我を惜しむや花笑みの風 (921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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