七月の組香
山・里・海・人の織りなす風物を楽しむ組香です。
題号の「貢」の意味について思いを巡らしながら聞きましょう。
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説明 |
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香木は、4種用意します。
要素名は、「山」「里」「海」と「人」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「山」「里」「海」は各 3包、「人」は2包作ります。(計11包)
「山」「里」「海」のうち各1包を試香として焚き出します。(計3包)
手元に残った「山」「里」「海」の各 2包 と「人」の2包を打ち交ぜます。(計8包)
本香は「 二*柱開(にちゅうびらき)」とし、2包ずつ4回に分けて焚き出します。(2×4=8)
※ 「二*柱開」とは、2炉ごとに連衆が回答し、香元が2炉まとめて正解を宣言するやり方です。
−以降8番から11番までを4回繰り返します。−
香元は、2炉ごとに香炉に続いて、名乗紙の載った「手記録盆(てぎろくぼん)」を廻します。
連衆は、2炉ごとに試香に聞き合わせて、あらかじめ用意された「聞の名目」を1つ書き記します。
香元は、2炉ごとに香包を開いて、正解を宣言します。
執筆は、香記の回答欄に正解者のみ当った名目を書き記します。
点数は、当りの名目につき2点と換算します。
この組香に下附はありません。
勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
星合の空を見上げていると、いつしか大輪の花火に彩られる季節となりました。
九州地方は、先月早々に「梅雨入り」が宣言され、今年は長梅雨となりそうです。名古屋に住み始めた頃も「名古屋は暑いし寒いよ。ここに住めば日本中あとは何処でも大丈夫!」と皆さんに言われました。特に猛暑については、「エアコンが無ければ死ぬ!」とまで脅されて、1年後に皆さんの安心のためにエアコンを購入したという経緯もあります。その頃、確かに九州の気温を見ても名古屋の方が高かったので、九州に赴任すると決まった時は、「名古屋よりも気候は穏やかなのだろう」と高を括っておりましたが、こちらに来ましても土地の方から寒暖の差について同じことを言われて驚きました。
確かに熊本は内陸性の気候で「夏暑く、冬寒い」土地柄のようですが、名古屋と決定的に違うのは「暑い」という字にもれなく「蒸し」が付くことと、「雨の勢い」でした。4月に住み始めた当初も雨続きで「東北の梅雨みたいだな」と思っておりましたが、本当の梅雨を迎えてみると何処も彼処も「ジメジメ」しており、年間日照時間ナンバーワンで「毎週土曜日は洗濯の日」と定例化できた名古屋とは違い、「天気予報を見ながら洗濯日を決める」という東北の冬のような生活に戻りました。また、「雨の勢い」は流石に南国 らしく夕立のように降るのが通例で、すぐに冠水や氾濫、土砂災害が起こります。そのため、自転車で通学する高校生たちは、100円ショップのレインコートではなく、屋外作業で使うようなガッチリした「合羽スーツ」を常備して不意の雨に備えていますし、私も革底の靴はやめて完全防水に履き替えて通勤しています。
元々アジア好きの私は、全身蒸し風呂のような気候もそれはそれで受容できるのですが、地元の皆さんが「蒸し暑い!」を連発するので、「全国的にはどうなのか?」と調べて見ましたら(株)ウェザーニューズが数年前に「全国ジメジメ調査」というものをやっておりました。これによれば「梅雨の平均湿度(77.7%)の時に全国で最も“超ジメジメ”と感じやすいのは京都府民」という結果が出ており、なんと2位は「愛知県民」でした。一方、梅雨前線の影響を大きく受けやすい西日本の九州・沖縄地区は意外にもランキング下位の県が多く、我が熊本県は32位でした。また、東北も“超ジメジメ”と感じている人の割合が比較的低く、宮城県は36位、青森県が47位・・・これらは「我慢強い県民性が表れているのかもしれない」というコメントに激しく頷きました。
生来、我慢強く「汗が引かない」「寝床が湿る」「廊下がベタつく」などを「体感として不快と感じない」のは良いのですが、精神面とは別に「浴室にカビが生える」「食べ物がすぐ悪くなる」といった現象には気を遣わなければなりません。湿気を不快と感じないことで「三学庵」や我が身が決定的なダメージを受けることのないように気を付けたいと思います。
毎年、梅雨の時期は「天夜の品定め」よろしく、新しく手に入れた香木の五味を確かめる機会を作っていますが、近年の香木の高騰もあって、今年は「新渡り」のものが ありません。長梅雨の夜は、こちらに来て取り戻した鼻腔センサーを十分に発揮して、「持ち香」の香りを反芻してみたいと思います。
今月は、海里、山里の風景が様々な景色を生む「貢香 」(みつぎこう)をご紹介いたしましょう。
「貢香」は、『外組八十七組(第六)』に掲載のある組香です。同名の組香は聞香秘録の『香道後撰集(下)』に目次のみが見られますが、内容は欠落(1つ飛ばして書写)しており比較することができませんでした。この組香は、風が吹き通るような楚々とした組香を掲載したいと思って探していたところ、「山、里、海、人」の要素名が琴線に触れました。聞の名目からは山海の閑村の景色が感じられ、 最近訪れた対馬の青い海と深い緑の山々の雰囲気も思い出されたことからご紹介することに致しました。今回は、比較参考すべき書物が無いため『外組八十七組』を出典として書き進めて参りたいと思います。
まず、この組香は題号の「貢香」の解釈が難題です。「貢」とは、現在多くの場合、目上のものに献上する意味合いで使われており、神や朝廷、宗主国への貢献を意味します。そのため、この組香が表そうとする「海山が織りなす普通の景色が何故『貢』なのか?誰に『貢』なのか?」皆目見当がつきません。題号の文字は、『香道後撰集(下)』一貫して「貝」の上に「エ」ではなく「ユ」を書く字を使っているので、この字そのものに違った意味があるのかもしれません。これについては、図書館の大漢和辞典でも調べましたが、そのように表記する文字は象形文字を含めてありませんでした。そのため、この組香の題号を「貢香」と仮置きして解釈せざるを得ませんので、また皆さんの中にお気づきのことがありましたら、お知らせください。
次に、この組香の要素名は、「山」「里」「海」と「人」となっています。試香のある地の香の「山」「里」「海」は住環境であり、組香の舞台背景を構成する要素と思われます。これらの組合せによって 作られる様々な環境に客香である「人」が住まい、生活を営む様子が加わって、景色に動きが現れドラマ性も出てくるというのが創作者の作意かと思います。
さて、この組香の構造についてですが、まず、「山」「里」「海」は各3包、「人」は2包作ります。次にこのうち「山」「里」「海」の各1包を試香として焚き出します。すると、手元には「山」「里」「海」が2包ずつ残りますので、ここに「人」の2包を加えて打ち交ぜます。出典では、「本香八包打交*柱出す。二*柱づつにて名目1つ記すなり。二*柱開なり。」とあり、本香の8包は、2包ずつ4組に分けて焚き出し、連衆は2炉ごとに答えを書き記して提出する「二*柱開」の形式を採っていることがわかります。「記す」と書いてあるため、この組香では回答に香札は使用しないことがわかります。
そこで、香元は8炉の本香を「初・後」「初・後」「初・後」「初・後」と4回に分けて焚き出し、2炉焚き終わるごとに名乗紙の入った手記録盆を添えて廻します。連衆も2炉ごとに試香に聞きあわせて答えを定め、あらかじめ配置された聞の名目を1つ書いて回答します。
出典では「二*柱開」を指定していますので、2炉廻るごとに答えを回収し、香元が香包みを開いて正解を宣言し、執筆がこれを香の出の欄に「千鳥」(右上、左下と段違いに振り分けて記載すること)に書き記して、正解の名目を定め、各自の当否を判別して、当たりの名目のみ回答欄に書き記します。これを4回繰り返すのですが、 「名乗紙が各自4枚はもったいない」ということであれば、本香の最後に名目を4つ記載して提出する「後開きの二*柱聞」という簡便な方法でも良いでしょう。
なお、回答に使用する聞の名目は以下の通りです。
香の出 | 聞の名目 |
山・人 | 東雲(しののめ) |
山・里 | 嵐(あらし) |
山・海 | 朝日(あさひ) |
里・人 | 緑(みどり) |
里・山 | 花園(はなぞの) |
里・海 | 真砂(まさご) |
海・人 | 舟(ふね) |
海・山 | 夕日(ゆうひ) |
海・里 | 漁火(いさりび) |
人・山 | 炭窯(すみがま) |
人・里 | 常盤(ときわ) |
人・海 | 塩竈(しおがま) |
山・山 | 霞(かすみ) |
里・里 | 市(いち) |
海・海 | 浪(なみ) |
人・人 | 寿(ことぶき) |
このように、様々な住環境が織りなす景色や人の営みのシンボル的な言葉が配置されています。これらについては、おそらく皆様もしっくりと思い浮かぶものですので、逐一解説の必要はないかと思いますが、これが「貢」とどのように結びつくのかが、この組香の最大の難問となっています。
こうして、本香が焚き終わりましたら、香記のあらかたは出来上がっていますので、執筆は香記の仕上げにかかります。先ほども書きましたが、この組香では「二*柱開」の通例に則り、当たった名目のみを各自の回答欄に記載し、「合点」は改めて掛けない決まりとなっています。また、 聞の名目は、構成する要素の初後を区別しているので、要素名が1つだけ当ったという「片当り」もありません。
点数は、香記に記載された名目の数を数え、当りの名目1つを2点と換算して各自の得点を定めます。下附は、全問正解した場合は「全」と書き付し、その他は「点数」を漢数字で書き記します。
最後に勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
夏の暑苦しい時期は、香炉を忌む傾向もありますが、野山や涼風を思わせる涼しげな組香を心の清涼剤にするのもよろしいかと思います。冷房の効いた部屋でも結構ですので、「貢香」で避暑地での閑居を疑似体験してみてはいかがでしょうか。
エコな除湿法は「凍らせたペットボトルと扇風機」のようにいろいろありますが…
私はベッドの下に「炭」を沢山入れて置きます。
これは消臭や湿度調節のほか、震災の時は燃料として重宝しました。
山里の葉擦れ渚の音にして汀に遊ぶ我心かな(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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