二月の組香

樹上に育つ寄生木をモチーフにした組香です。

試香の替わりにあらかじめ木所を示して聞くところが特徴です。

 

説明

  1. 香木は5種用意します。

  2. 要素名は、「一」「二」「三」「ウ」と「寄生木」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「一」「二」「三」は各2包、「ウ」と「寄生木」は各1包を作ります。(計8包)

  5. その際に「一」「二」「三」のうち1種と同じ木所で「ウ」と「寄生木」を組みます。

  6. この組香には試香はなく、小記録に示された各香の木所を頼りに聞きます。

  7. 「一」「二」「三」各2包、「ウ」「寄生木」の各1包を打ち交ぜて順に焚き出します。(計8包)

  8. 本香は、8炉廻ります。

  9. 連衆は、本香に出現する香の数と木所を頼りに聞き進めます。

  10. 答えは、「一」「二」「三」各2つ、1つずつ出た香は初香を「ウ」、後香を「寄生木」として名乗紙に書き記して提出します。

  11. 点数は、「寄生木」の当たりは3点、「ウ」の当りは2点、その他の要素 は1点とします。

  12. 下附は、全問正解の場合は「皆」、その他は点数で記載します。

  13. 勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。

 

 木々の枝にも小さな春の息吹がのぞき始めました。

樹木が彩りを競う紅葉の時期が過ぎますと薄墨色の冬枯れが訪れ、人々はしだいに山の景色から目をそらして冬ごもりを始めます。新春を迎えて、「春だから・・・」と冬景色の中に生命の息吹を感じようとすると、 ともすれば湖沼に群がる鳥たちや草の芽など低い視点に目を移しがちになるものですが、ふと樹上に目をやりますと枯れ木のそこかしこに「丸い緑の茂み」を見ることができます。葉の茂っている時はあまり気づかないことが多いのですが、この時期は「寄生木(ヤドリギ)」が俄然存在感を増して、新酒ができたことを知らせる「椙玉」のように瑞々しい緑色で、したたかな生命力を誇っています。「寄生木」は東北や東海の山間地で も見ることができましたが、高温多湿で鳥の活動も活発な九州では、さほど「珍しい」という感慨もなく街中で見られるようです。

寄生木は、ご存じのとおり落葉樹の木に「半寄生」する植物で、秋に薄緑の真珠のような実を付け、冬のエサのない時期に小鳥が熟した実を好んで食べます。小鳥に食べられても実の中の粘液が種を保護して、そのまま糞として排出されます。さらに、この粘液のおかげで樹木に付着して根を張り、水分と養分をもらいながら1年に1枝ずつ成長します。常緑植物なので光合成も行って自分で養分を得ており、まさに勤労学生のような半寄生状態。対生の葉の真ん中に花が咲き実を付けるので、1枝 だけ取って見てもとても魅力的なカワイイ植物です。

西洋での寄生木は、「12月24日の誕生花」とも言われているとおり、クリスマスの飾りとして魔除けや良い精霊を呼ぶ「縁起物」としても使われています。冬枯れで森の木々に住めなくなり、寒さに凍えた妖精たちが真冬でも緑の葉をたたえている寄生木を頼って、その枝に移り住むのだそうです。また、「寄生木の下にいる娘にはキスをしても良い」という風習もあり、その由来は北欧の神話に端を発しているようです。要約しますと、北欧の神々の長「オーディン」の子である光の神「バルドル」が不吉な夢を見て、その母神「フリッグ」が世界中を廻り、「四大元素(土・水・火・空気)」から生成された万物に対して、「バルドルへ危害を加えないこと」を誓わせました。しかし、その際、土から生まれず樹木に寄生していた寄生木は「幼き者」ということで契約にふさわしくないとされていました。不死身となったバルドルが、唯一寄生木とは契約していないという秘密を聞きつけた悪戯者の火の神「ロキ」は、その枝で矢を作り、盲目の神「ヘズ」を騙して寄生木を放たせたところバルドルは胸を貫かれて絶命してしまいました。母神の涙は寄生木の白い実となり、それを見た神々が力をあわせて彼を蘇らせました。それ以来、愛と美の女神であるフリッグは、寄生木の下を通る人に感謝のキスを贈ったといわれており、とても神秘性に富む植物と言えます。

寄生木は、2月下旬ころには黄色い花をつけますが、その花言葉は、「困難を克服する」「忍耐強い」「征服」などであり、冬の風雪に耐えて忍ぶ姿や強い生命力に由来しているようです。花が過ぎれば、今度は宿主の芽吹きの季節となり、陽樹の中に埋もれて、つつましく生きるのでしょう。私もディズニーシーを手本に素敵な女性を寄生木の下に誘い込んで「見上げてごらん。君は、今『寄生木』の下にいるよ。(*´з`)chu!」みたいなことを夢見ますが、西洋の風習を知らない人には単なる 「強制わいせつ」になってしまいますので、まずは故事来歴の普及に努めたいと思います。

今月は、樹上の樹木「寄生木香」(やどりぎこう)をご紹介いたしましょう。

「寄生木香」は、『御家流組香集追加(全)』に掲載のある組香です。『御家流組香集』は、文化9年(1812)に当時の宗匠であった伊与田勝由の伝書を杉田克誠が2月から8月までかけて書き写した「仁、義、礼、智、信」の5巻からなる組香集ですが、その年の11月に「追加」(42組)の1巻も残されており、装丁も統一されていることから、これを含めた全6巻で1つのシリーズということができます。『御家流組香集』は、小引の内容にあまり字数が割かれておらず、香記の記載例等もないため、組香の解釈に曖昧な部分が多いのが難点です。今回ご紹介する組香も字句通りに行うと構造に矛盾点がありましたが、これをなるべく手を加えないで催行できるように解釈を加えています。このようなことも含めまして、今回は『御家流組香集追加』を出典として書き進めて参りたいと思います。

まず、この組香に証歌はありません。題号と組香を結び付ける縁は、唯一要素名に「寄生木」の言葉が掲載されているのみですので、小記録から一見して作意を汲み取ることができる方は少ないのではないかと思います。「寄生木」という植物については、前段にご紹介したとおりですが、古典の世界ですと、まず頭に浮かぶのが『源氏物語』第49帖の「宿木」でしょう。これは、薫と浮舟の出会いの様子が記されており、宇治十帖の最後に登場する女性に対する薫と匂宮の恋の鞘当てが始まる場面です。古歌では「あしひきの木末(こぬれ)の寄生(ほよ)取りて挿頭(かざし)しつらくは千年寿(ほ)くとぞ(万葉集4136 大伴家持)」という歌が有名で、このことから万葉の時代にも「挿頭の花」として親しまれ、旧暦の正月には咲いていた花であったことがわかります。今年で言えば2月8日が旧正月ですので、ちょうど今頃が旬の花だということがわかります。

次に、この組香の要素名は「一」「二」「三」「ウ」と「寄生木」です。大半が匿名化されており、言葉の要素名は「寄生木」のみとなっているところが特徴です。なぜ、要素名が付されていないかについて考えましたところ、出典に「一 新伽羅、二 羅国、三 蛮、ウ 蛮、寄生木 蛮と木所を示して組むなり。」とあり、この組香では木所が要素名の替わりをするからだということがわかりました。五味六国を知るために「達香」という組香がありますが、少なくとも「一」「二」「三」については、「新伽羅」「羅国」「真南蛮」と読み替えて聞くと考えてよろしいかと思います。また、「三」と同じ木所が他にも用いられていることについては、出典に「是に定まらず何れにても組む人の心に任す。但し、一二三の内同性の木所を一木と寄生木の香と同木に組むなり」とあり、「一」「二」「三」のいずれかの香木と同じ木所を2種加えて「ウ」と「寄生木」を作ることが指定されています。このようにして香組は、香5種ですが木所は3種で組むところが最大の特徴となっています。同じ木所が複数出るため香が似通っているのは当然で、この中からそれぞれの違いを聞き分けるというのが、今回の組香の主目的となります。そういう意味で「寄生木香」は、少なくとも「五味」に達した中上級者向けの組香と言えるでしょう。

さて、この組香の構造は、聞き方に比べると至って簡単です。前述のとおり、香木は「一」「二」「三」を2包ずつ別の木所で作ります。そのうち、1つの木所を選んで「ウ」と「寄生木」を1つずつ別の香木を用いて組みます。例えば、ページ冒頭の小記録のように「三」を選ぶと下線分が同じ木所のものとなり、都合2+2+=8包ができます。本香は、これを打ち交ぜて順に焚き出します。この組香には、試香はありませんので、「一」「二」「三」はあらかじめ明示された木所を頼りに「2つずつ出る香」として聞き分けます。途中で「三」に似た性質の別の香が1つ出ればこれを「ウ」とします。さらに「三」と「ウ」に似た性質の別の香が1つ出ればこれを「寄生木」とします。このように香気を頼りに「三」という幹から、「ウ」という枝が伸び、その枝に「寄生木」根付いているという景色がこの組香の趣旨となっています。

もっとも、「ウ」と「寄生木」に割り当てられた香木は、本来別のものですので、本香の中では「寄生木」の香木が先に焚かれるかもしれません。しかし、組香の中では「2つ出た真南蛮」「1つ出た真南蛮」「また1つ出た真南蛮」といった数の区別しかつきませんので、「舞楽香」の「源氏」と「朧月夜」のように、後先は斟酌せずに1つ出た初香を「ウ」、1つ出た後香を「寄生木」として回答することとしています。このことは、出典に「一二三を得と聞き、此の内同性の香へウの札、是に寄りたる香へやどり木の札打つなり。」と記載されています。

ここで、この組香の回答方法についてですが、出典にあるような「札打ち形式」では、この組香は行うことができません。何故ならば、「三」が2つ出るよりも先に1つしかない香木が焚かれてしまった場合、数の区別も不能となり、「三」より先に「ウ」の札を入れることはできないからです。「十*柱香」のように出た順に「一」「二」「三」「ウ」「ウ花」と札を入れていって、最終的に1つ出た札を「ウ」と「寄生木」に読み替える方法もありますが、これですと出典の札の打ち方に反します。これを順当に行うためには「段組方式」として、初段で「一」「二」「三」の6香を焚き、後段で「ウ」と「寄生木」を打ち交ぜて焚くという方法もありますが、是では構造に大きな変更を加えてしまうほか、後段は1つずつなので必ず当りになってしまいます。もう一つは、「一」「二」「三」を3包ずつ作り、試香を焚く「有試方式」もありますが、出典には、いみじくも「試なしの組香なり」と明記されています。そこで、今回は「札を打つ」という文字のみ捨象して、「名乗紙に答えを書き記す後開き方式」とするのが最も順当だろうと思いました。

本香が焚き出されましたら、連衆は香を聞きその木所を「新伽羅」と聞けば「一」、「羅国」と聞けば「二」、「真南蛮」と聞けば出現順に「○」「×」「△」のような記号でメモしておきましょう。そうして本香が焚き終わった時点で「△」が2つ出ていたらそれを「三」とし、「○」を「ウ」とし、「×」を「寄生木」と書き記して提出します。

例:「一」「○」「二」「二」「×」「△」「一」「△」⇒「一」「ウ」「二」「二」「寄生木」「三」「一」「三」

このようにすれば、最小限の読み替えで作者の創意工夫や組香の趣旨に修正を加えずに催行できるのではないかと考えました。

続いて、この組香の記録法については、出典に「寄生木香記」の記載例がないため、ここからは御家流の一般的な記録法に従って書き進めます。

本香が焚き終わり、連衆の答えが帰って参りましたら、執筆は連衆の答えをすべて香記に書き写します。執筆が正解を請う仕草をしましたら、香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香の出の欄に要素名を出た順序に縦一列に書き記します。続いて執筆は答えの当否を定め、当った要素の右肩に合点を 掛けますが、その際「ウ」より「寄生木」の香が先に焚かれていた場合は、「ウ」から「寄生木」の順に読み替えます。その際、出典では「点の掛け様、無試の通りウ二点、寄生木三点、余は一点なり」とあり「ウ」と「寄生木」には加点要素があります。そのため、合点も「ウ」の当たりには「ヽ丶」と2点、「寄生木」の当たりには「ヾ」と3点を掛けます。「ウ」と「寄生木」は後先を問わないため、1つ出た香を両方とも聞き当てれば、これだけで5点の得点となります。

最後に、この組香の下附は、全問正解(11点)は「皆」とし、その他は点数を漢数字で記載します。また、勝負は最高得点者の うち上席の方の勝ちとなります。

「寄生木香」は、木所を知らない人にとっては手も足も出ない組香ですが、御家流では常の稽古から木所があらかじめ明記してありますので、初級者が交じっても催行可能かもしれません。その際は「寸聞多羅」や「佐曽羅」などを交えて「一」「二」「三」を判りやすく組むと良いでしょう。反対に上級者だけの席では、すべてを沈香で組んで「渋い」「華やか」などの性質を織り交ぜると厳しい中にも楽しい香席となるでしょう。皆さまも是非、「寄生木」の花が咲くこの時期に、研修会気分で「寄生木香」を催行してみてはいかがでしょうか?

 

小説「寄生木」の本当の著者は小笠原善平だと徳冨蘆花が序文に書いています。

彼の遺した40冊に及ぶ手記を蘆花が整理して世に出したというものなのですが

題名にもその意が汲まれていたのでしょうか?

寒月の葉花なき枝にとどまりて寄生木透かす影ぞ麗し(921詠)

 組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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