三月の組香
春に装う着物の色を合わせて楽しむ組香です。
最後に焚かれた香が客香三種の出を定めるところが特徴です。
※ このコラムではフォントがないため「」を「*柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は5種用意します。
要素名は、「躑躅衣」「藤衣」「山吹衣」「桜衣」と「霞衣」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「躑躅衣」「藤衣」「山吹衣」「桜衣」は各2包、「霞衣」は1包作ります。(計9包)
「躑躅衣」「藤衣」のうち各1包を試香として炊き出します。(計2包)
「山吹衣」「桜衣」の各2包を打ち交ぜて、その中から任意に1包引き去ります。(2×2−1=3)
手元に残った3包に「躑躅衣」「藤衣」「霞」の各1包を加えて打ち交ぜます。(計6包)
本香は、6炉回ります。
本香が焚き終わった後に、先ほど引き去った「山吹衣」か「桜衣」の1包を焚き出します。
香元は、この香包を開けて要素名を知らせてから香炉を廻します。
この香が「山吹衣」の場合は山吹の歌、「桜衣」の場合は桜の歌を香記の奥に書き記します。
連衆は焚かれた香を聞いて、3種の客香の要素名を定めてから答えを提出します。
点数は、「霞」の当たりのみ2点、その他は1点とします。
下附は、全問正解の場合は「花の袂(たもと)」、全問不正解の場合は「白衣(しらごろも)」とします。
その他の下附は、各自の得点により「○重の衣」と書き記します。(一重から六重まで)
勝負は、正解者のうち上席の方の勝ちとします。
風は花笑みの香をはらみ街が春色に染まる季節となりました。
季節の装いは、梅春物から春物へ移り、軽やかな素材に身を包む女性の姿が、なお一層春らしさを実感させてくれます。今月は、「東京ガールズコレクション」のようなファッションの祭典が各地でシーズンインとなり、街の景色も大きく変わることでしょう。今年の春夏物の新しいテーマは、「タッキー(Tacky=趣味の悪い)」で「異なる素材」や「柄物&柄物」の取り合わせで悪趣味ぎりぎりの違和感を醸し出す「ださカワイイ」が好感度女子のトレンドとなりそうです。私が学生の頃、ファッションのカテゴリーと言えば「オートクチュール」と「プレタポルテ」しかありませんでした。「バブル経済」華やかなりし頃、日本人はこれらを手中に収め「1億総ブランド志向」となって、誰でも何らかのブランド品を持ち、現在の「爆買い」よろしく各国の有名ブランド店を訪れては商品を買い漁っていました。日本人向けに「超高級ブランドの定期入れ」が出た時には、メゾンの商魂にも笑えたものです。
その後、バブル崩壊の不況が続き、衣装にあまりお金がかけられなくなると、既製服部門から着回しの可能な「リアルクローズ」やコストパフォーマンス重視の「ファストファッション」というカテゴリーが現れて、服飾業界を牽引し始めました。「ファストファッション」とは、値段が安く、流行を「早く」取り入れ、商品の回転が「早い」とこから「ファストフード」に因んで付けられた名前ですが、この業界の台頭はめざましいものがありました。その人気の秘密は「安いのに価値がある」ことでした。ここでいう価値とは「カワイイ」「質が良い」「トレンディ」といった感性で、ブランド品と同じような物なら安い方が良いという人やあくまでもカジュアルなものやインナーが中心でアウターはブランドで買いたいと考える人も含めて顧客を取り込み、「空白の20年」と言われる経済不況を少なからず下支えして来ました。
一方、「ファストファッション」は、低価格ゆえに、買っては捨て、飽きては捨てを繰り返すことに消費者が慣れてしまった結果、部屋の中は不要な服で溢れ、ゴミとして出される衣料品も年々増加しています。再来店を促すために、常に「今」と「変化」を提供する必要がある業界は、大量消費に伴う「環境問題」もはらんでいたのです。また、「どうしてそんなに安くできるの?」と考えて見れば、低価格を実現するために生産の段階で発展途上国の環境を汚染し、労働者が酷使されているという「人権問題」も隠された事実でした。このような問題が取りざたされるようになって、「正しい」企業では、商品のリサイクルを進めるとともに、「本当によい服を生産・販売し、顧客に長く着てもらう」ための商品開発もはじめました。また、環境負荷の低い自然素材の使用やフェアトレードなどを進めて、児童労働の撤廃や人権に配慮した生産・流通過程を目指す企業も出始めています。
そうして、経済に少し明るい陽が差し始めた昨今は、「エシカル(ethical=倫理的)ファッション」という新たなテーゼが芽吹きつつあります。これは、「生産者や生産地に倫理的に配慮し、正しく製造・販売されているファッション」という意味で、このような商品を身に纏うことで精神的な満足や誇りを得るという価値観です。エコやロハス仙人にならなくても「本当に自分が好きで何年も着られると思う服を買う」というシンプルな行動規範を持てば「エシカルなファストファッション」も実践可能です。一時の「消費欲」に惑わされず「好きなものを大切に長く使う」という極自然な感覚を取り戻せば、消費サイクルが伸び、様々な負荷が軽減されるので、それは「エシカル」ということに繋がると思います。バブル崩壊以降の日本では様々な「廉売ビジネス」が生まれ、成熟してきましたが、先進国の人間は「自分が安く買った商品の陰に苦しんでいる人がいないか?」「自分が幸せになった分、誰かを不幸にしていないか?」いつも問い続けるベきかと思います。
香道には、どこにも「ファスト」が介在する余地はありません。希少な素材を扱う香人の感覚としては、「良い物は高い」という「絶対価値」が厳然と備わっていますし、高いからこそ大切に末永く使い、後世に残そうとします。お互いに品質とプライドが持てるものを売り買いし「欲しい物には欲しいなりの対価を支払う」といった「市場の価値観」がもしかすると消費の大衆化に歯止めをかけて地球を救うかもしれません。
今月は、春色の着物を重ね合わせて豪華さを競う「春衣香 」(はるごろもこう)をご紹介いたしましょぅ。
「春衣香」は、『御家流組香追加(全)』に掲載のある春の組香です。先月の組香を探している際に見つけたユニークな組香で、花が満載の春らしい小記録の景色と最後に焚かれた「名残の一*柱」で、本香で焚かれた3種の客香の銘が一気に明らかになるというところが私の琴線に触れました。今月は、類例もありませんので『御家流組香追加』を出典として書き進めたいと思います。
まず、この組香には、厳然とした証歌が示されているわけではありませんが、組香の趣向を修飾する形で、下記の和歌が2首掲載されています。
「山吹の花色衣ぬしや誰問へど答えず口なしになして(古今和歌集1012 素性法師)」
「桜色に衣はふかく染めて着む花の散りなむ後のかたみに(古今和歌集66 紀有朋)」
これらは「衣の色」を主題に詠われた古今集の名歌で、山吹の歌は「山吹の花の色の衣ににお前の主は誰だと聞いても口がないので答えは帰ってこない」と詠い、桜色の歌は「桜色の衣は色濃く染めて着よう花が散ってしまった後の形見になるように」と詠っています。これらの歌は、組香の全景を表す文学的支柱となっているというわけではないので「証歌」とは言えません。しかし、この組香の後段に「山吹・桜から引き去った一香を焚き、客香の要素名を定める」という重要な所作があり、他の要素を規定して組香の景色に反映させるという非常に重要な役割を演じる歌であることに間違いはありません。そのため、最後に焚き出された香が「山吹衣」の場合は「山吹の…」の歌、「桜衣」の場合は「桜色に…」の歌が記録に書き記されることとなっています。
次に、この組香の要素名は「躑躅衣」「藤衣」「山吹衣」「桜衣」「霞衣」となっています。初心の方は、これを「花柄の着物」のように思い、「随分華やかな組香だな」と思われるでしょう。「花尽し」も捨てがたいのですが、昔の着こなしでは「柄物に柄物」は合わせませんので、私は前述の歌の主旨や十二単の景色から、これらの要素は「花の色目」を表しているものと考えています。
これらの要素は、それぞれ「躑躅色(#e95295)」「藤色(#bbbcde)」「山吹色(#f8b500)」「桜色(#fef4f4)」「霞色(#c8c2c6)」という色彩を持っていますから、基本的にはこれらをイメージしてよろしいかと思います。
因みに、「色目」といえば有職故実の「かさねの色目」を思い出さる方も多いことでしょう。すると躑躅衣の表地は「蘇芳」、藤衣は「薄色」、山吹衣は「黄」、桜衣は「白」、霞衣は「霞色」(合わせ色目として該当なし)となります。「霞色」はやや青みがかった薄紫色なので、藤色とあえて区別すれば、大まかなには「赤」「紫」「黄」「白」「青」の五色となって座りが良いということもあります。しかし、表裏のかさね色目である「合わせ色目」は諸説あり、なによりも「ふかく染めて…」の桜色が「白」となるなど、「歌」との矛盾も出てくることから、ここでは参考に留めています。
さて、この組香の構造は極めて特殊です。まず、「躑躅衣」「藤衣」「山吹衣」「桜衣」は各2包、「霞衣」は1包作ります。次に、「躑躅衣」と「藤衣」のうち各1包を試香として焚き出します。この2つは試香のある「地の香」ということになります。続いて、「山吹衣」と「桜衣」の各2包を打ち交ぜて、その中から任意に1包引き去ります。引き去った香包みは総包に戻さず、本香包から少し離して置いておきます。そして、手元に残った「山吹衣・桜衣」の3包に「躑躅衣」「藤衣」「霞」の各1包を加えて打ち交ぜ、順に焚き出します。本香は、引き去られなかった「山吹衣・桜衣」のどちらかが2包、その他の要素は全て1包となり、都合6包焚き出されることとなります。
連衆は、香を聞き「地の香」である「躑躅衣」「藤衣」については、試香に聞き合わせて判別しておきます。その他の4種の香は、すべて聞いたことのない「客香」ですので、聞き味を判別して「○、×、△」等でメモしておくと良いでしょう。するとメモはこのようになります。
例:「躑躅衣」「○」「×」「藤衣」「○」「△」
さて、香元は、本香が焚き終わった後に、先ほど引き去って仮置きしていた1包を焚き出し、すぐに香包を開けて要素名を宣言してから香炉を廻します。
そして、執筆は香記の「香の出」と「各自の答えの欄」の間に、最後に焚かれた香が「山吹衣」の場合は山吹の歌、「桜衣」の場合は桜の歌を1行で書き記します。
ここまでについては、出典に「無試の香三*柱ある故、いずれを何れと知りがたし。その時、初めに残し置きたる一包を焚き、本紙を開き、隠し銘を見て、記録に書く香を各所と聞香を書く所の間へ一行に歌を書くべし」と記載されています。
例えば、ここで「山吹衣」が焚き出された場合、連衆はこの香が「×」と同じだと思えば、その「×」を「山吹衣」と置き換えます。同時に2つ出た客香は「桜衣」であることがわかりますので「○」を「桜衣」に置き換えます。さらに、そのどちらとも香りの違っていたもう一つの香が「霞衣」であることも判りますので「△」を「霞衣」と置き換えます。
すると、先ほどの例は・・・
例:「躑躅衣」「桜衣」「山吹衣」「藤衣」「桜衣」「霞衣」
・・・となり、これを答えしとして名乗紙に記載して提出します。
このことについて、出典では「此の歌を書き終りて、連中へ聞きたる手記録を本記録に認めさすべし。此の隠し銘に考え合せて無試香三種の裡、一包づつ二種、二包一種(三包一包つあるものを修正)と考えて、桜、山吹、霞を知るべし。」と記載されています。
名乗紙が帰って来ましたら、執筆は各自の答えをすべて書き写し、香元に正解を請います。香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを「香の出の欄」に書き記して、当否を定めて各自の答えに合点を掛けます。
この組香の点数は、出典に「点は、一中一点、霞中二点」とあり「霞」の当たりのみ2点、その他は1点とされています。「霞」は、「最後に焚かれた香以外の香以外の香」と2段構えで判別するため、加点要素が認められているものと思われます。
下附は、各自の得点により1点の場合は「一重の衣」、6点ならば「六重の衣」のように書き記します。これは、十二単の重ね着の景色で、連衆が「1点につき1枚の小袿(こうちぎ)を貰う」という趣旨なのだと思います。また、全問正解の場合は7点となりますので、これによらず「はなやかな衣服」を表す美称である「花の袂(たもと)」と書き付します。
この組香は、「躑躅色」「藤色」「山吹色」「桜色」「霞色」等、各自が聞き当てた衣の色が重なり合って、それぞれに美しい「かさねの色目(襲色目)」を見せてくれますので、香記の鑑賞の際には是非、各自の成績が醸し出す配色もイメージしてみてください。一方、全問不正解の場合は「まだ下着のままだ」ということを示す「白衣(しらごろも)」と書き記します。ドンマイ精神の豊富な香道の世界にしては珍しく容赦ない下附となっていますので、是非、一枚でも着こんでいただきたいところです。
なお、出典末尾に「躑躅の衣は貴人の着給ふ故、よき香を出す。藤の衣は鄙人の衣ゆへ塵末の香を出だすべし。」との注書きがあります。律令制度の位袍では、天皇が「赤」、「濃き紫」が一位で「薄紫」はこれに次ぐため、これを十二単に援用すべきかは疑問があるものの「躑躅衣」「藤衣」の香組には、香木の優劣が必要なことが記載されています。
最後に、勝負は、正解者のうち上席の方の勝ちとします。
春色は、見るだけでも心が弾みます。皆さんも「春衣香」で香筵のファッションショーを楽しんでみてはいかがでしょうか。
=お父さんの服が売れ出したら景気が良くなる=
さて…「オヤジCOLLECTION 2106 Spring/Summer」の運命やいかに?
たをやめの春の衣に吹き添いて鄙の山風色雅びたり(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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