「桜尽くし」と言うにふさわしい春の組香です。
リズミカルな証歌の景色よく味わって聞きましょう。
※ このコラムではフォントがないため「」を「
*柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は、3種用意します。
要素名は、「桜咲(さくらさく)」「山桜(やまざくら)」と「桜花(さくらばな)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「桜咲」「山桜」は各3包、「桜花」は1包作ります。(計7包)
「桜咲」「山桜」の各1包を試香として焚き出します。(計2包)
手元に残った「 桜咲」「山桜」の各2包に「桜花」の1包を加え、打ち交ぜて順に焚き出します。
本香は、 5炉廻ります。
連衆は、試香と聞き合わせて、名乗紙に要素名を出た順に5つ書き記します。
点数は、「桜花」の当たりは2点、その他は1点と換算します。
一方、聞き外しには、マイナス1点を示す「星」を付します。
正解に付する「合点」は、全問正解の方のみに掛け、その他の方は「星」のみ書き付します。
各自の成績は、得点と減点を差し引きして定めます。
下附は、全問正解は「咲桜(さくさくら)」、全問不正解には「散桜(ちるさくら)」と書き付します。
香記は、最高得点者のうち、上席の方に授与されます。
三学庵にも我を惜しむ花笑みの風が吹いています。
今月の人事異動で熊本の「三学庵」をたたみ、仙台の自宅に帰ることになりました。今度は「間借り」のような生活となるため「庵」は結ばない予定ですが、敢えて看板を掲げるとしたら「龍穴庵」でしょうか?意外と悪い意味に取られないところが素敵です(^^;)。震災後、尾張名古屋に「千種庵」を結び、志野流の本拠地で4年もの間、香に三昧させていただきました。昨年は、肥後熊本に「三学庵」を開き、「細川家の本拠地での文化生活はいかばかりか」と期待をしていましたが、生憎休日出勤ばかりで文化生活の方には恵まれず、市内では香道に関する所蔵品を1点も目にすることができませんでした。また、熊本大学に所蔵されている細川家北岡文庫(永青文庫)の敷居の高さに跳ね返されて、数十冊に及ぶ香書群も読むことができなかったのは本当に心残りです。その代わり、雄大で豊かな自然と美しい女性の姿に恵まれ、美味しい水と食べ物をいただき、「蒸し暑くて・寒い」気候に翻弄されながらも楽しく生きて参りました。5年にわたる長い一人旅が終わり、今まさに夢から覚めんとする時、「熊本城の桜」折よく花開いてくれました。
地元で「桜の名所」と言えばやはり熊本城で、昭和30年代から植えられた約800本の桜が、切り立った曲線の「石垣」やモノトーンの「天守閣」、ひたすらまっすぐに伸びる「長塀」などの潔い勇姿にひときわ優美さを添えています。開花期間は入園時間を21時 まで延長し、ライトアップされたお城と夜桜を楽しめるようになっており、地元の人々はおよそ「夜桜見物」で訪れることが多いようです。私が昨年4月にこの地を踏んだ時には既に桜は散っていて、この絶景を見ることができませんでした。開花直後の週末には「坪井川園遊会」という花見イベントも開催され、お天気の神様と木花咲耶姫のご加護で引っ越し間際に「和物の宴」を楽しむことができました。
この季節になると4年前に「故郷香」のコラムを書いたことを思い出します。その際、被災地の桜のことは本当に痛々しかったので、書くのを控えたのですけれども、岩手県陸前高田市内には、東日本大震災の津波到達点を桜でつなぐ「桜ライン311」というものがあります。三陸沿岸の町では、チリ地震津波の到達ラインが岬の断崖に赤いペンキで書かれていたものですが、このプロジェクトは記憶を風化させないために約170kmに渡る津波到達ラインを桜の並木で描き、「津波の恐れがあるときにはその並木より上に避難するように」と後世に伝え残していくための植林を続けています。私は当時「防波堤やモニュメントでは堅すぎる」と言う発想が、とても素敵な歴史の爪痕になるだろうと同感したものです。震災の年から始まった植樹は、現在800本を超えるものとなり、今でも続けられています。先日は、今年度で閉校になる中学校の在校生が校区内の到達ラインに苗木を植樹したそうです。苗木は獣に食べられたりするそうですが、その都度植え替えられ、先輩の桜はこの春も見事な花を咲かせることでしょう。是非、こういう「意思のある絶景」を皆様にも見に来て欲しいものです。
我が故郷の「一目千本桜」もソメイヨシノの盛りには桜祭りがあり、その喧噪が収まった頃にポツポツと咲くヤマザクラの濃き色の花は、散り敷いたソメイヨシノの白い花弁に映えて、観光客では知り得ない花の名残の景色を彩っています。5年間のご無沙汰を埋めるために、再び故郷や被災地の花暦を巡って廻りたいと思います。
今月は、「さくらさく」が満載の「山桜香」(やまざくらこう)をご紹介いたしましょう。
「山桜香」は、『軒のしのぶ(六)』に掲載された春の組香です。この組香は、説明文の終わりに「後水尾院御製」とあります のでオリジナルの組香ということでしょう。後水尾天皇は、和歌のほかにも立花・茶の湯・書道・古典研究など諸道に秀で、寛永文化の主宰者ともいうべき存在です。おそらく、東福門院(徳川和子)とともに夫婦で風雅を楽しまれた頃に創作されたものと思われます。暦の上では「四月は夏」となるのですが、現代の日本では花見月ですので、「桜」 の景色が満載された組香として、ご紹介することといたしました。この組香はオリジナルですので、今回は『軒のしのぶ』を出典として書き進めたいと思います。
まず、この組香の証歌は、非常にインパクトのあるものです。出典では本文の最後に「さくら咲く桜の山のさくら花散るさくらあれば咲くさくらあり 此の歌の心なり 。」とあります。意味は「桜が咲いたなぁ。桜の山の桜の花は、散るものもあれば咲くものもある。」というところでしょうか。この歌は『源氏物語古注釈引用和歌(312)』に掲載されている歌であり、前後の関係から「竹河の帖」に関する記述の中に現れてくる歌ということが分かります。おそらく、後半の「三月になって、咲く桜、散る桜が混じって春の気分の高潮に達したころ大君と中の君は碁を楽しんでいた。」あたりの情景に因んでいるのでしょう。『源氏物語古注釈』は、古くは平安時代末期から著されていた源氏物語の注釈書群ですが、この歌は、鎌倉時代の『奥入』『紫明抄』『河海抄』に掲載されています。調べていて面白かったのは、中国サイトで「日本の早口言葉」として紹介されていることでした。確かに、 1首に7回「さく」という言葉が盛り込まれ、三十一文字中、十四文字が「さく」に費やされた歌ですので、歌の美学というよりは語呂の良さや早口言葉としての評価の方が高いかもしれません。いずれ、この組香は麗らかな季節となって「桜がそこかしこに咲いていること」を存分に愛でることが大切で、それが後水尾院の作意ではないかと思います。
次に、この組香の要素名は、「桜咲」「桜山」「桜花」となっており、証歌から引用されていることが一目で分かります。また、要素の序列は「一句」「二句」「三句」と登場順であり、組香の景色も証歌のそれと同じとなることを意識しているのでしょう。「桜が咲いた」と気づき、「桜の山」に思いを馳せると、そこの「桜花」は散ったり、咲いたりしている…。現代で言えば、まさに4月の「散り初むる頃」の情景が思い浮かびます。
さて、この組香の構造は、至って簡単です。まず、「桜咲」と「桜山」を3包ずつ作り、「桜花」は1包作ります。次に「桜咲」「桜山」のうち各1包を試香として焚き出します。ここで、連衆は試香で「桜が咲いた桜の山」に誘われます。そして、本香では手元に残った「桜咲」「桜山」の各2包に「桜花」1包を加えて、都合5包を打ち交ぜて焚き出します。本香が焚き出されましたら、連衆はこれを聞き、試香に聞き合わせて、名乗紙に要素名を5つ出た順に書き記します。回答方法について、出典には「札にても手記録にてもよし」とありますので、ここでは名乗紙を使用する形で書いていますが、香札を使用される場合は十種香札の「一」「二」「三」を読み替えて流用することが可能です。
本香が焚き終わり、名乗紙が帰って参りましたら、執筆は連衆の答えをすべて書き記し、香元に正解を請います。香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆は、正解を香の出の欄に縦一列に書き記し、連衆の当否を照合します。ここで、出典には「皆聞には、桜花には二点、一、二、三*柱当りには点なし 。」とあり、合点は全問正解しないともらえないルールになっています。一方、出典には「違いたる星一つづつ付るな 。り」とあり、外れた要素には全員に「星」が付きます。そのため、出典の「山桜香之記」の記載例では、全問正解者の方のみに合点が振られ、その他の方は、一部の要素が当たっていても、記録には外れの星だけがついています。この記録法がこの組香の最大の特徴となっています。
この組香の点法は、客香である「桜花」の当りが2点、その他が1点と換算します。また、聞き外しについては、マイナス1点となり「星」で表されます。全問正解者以外は合点がつけられませんので、各自の成績は、「何も付けられていない要素の数から星の付いた要素を引く」という形で、得点から減点分を差し引いて定めます。
この組香の下附について、出典には「皆聞の下に咲桜、一*柱も不当に散るさくら、一、二、三*柱当りには書く事なし」とあり、全問正解(6点)には「咲桜」、全問不正解には「散さくら」と書き付すこととなっています。その他の点数については、漢数字で示すこともせず、下附を省略します。この下附も証歌の「四句」「五句」から引用されており、客香として見た「桜花」が散っていたのか、咲いていたのかを表しています。このようにこの組香は要素名から下附まで一気通貫で証歌の景色を具現化するという「御製」らしいおおらかな趣向となっています。
最後に、勝負は得失点方式で最も得点の多い方のうち上席の方の勝ちとなります。前述のとおり全問正解者以外は合点がつけられず下附もないので、全問正解が出なかった場合は、間違いのないように勝者を定めるよう心掛けてください。
花見の宴は酒食がメインとなりますが、気の置けない仲間との語らいであれば香席に如くものは無しです。皆様も「山桜香」で吉野山の散策にでも心遊ばせてみてはいかがでしょうか。
桜前線が早まったお陰で今年は二度の花の盛りを楽しむことができます。
春の屋移りは北上と南下で花好きの命運を分けますね。
咲き香る肥後のひとひら背に負うていざや帰らむみちのくの春(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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