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説明 |
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※以下、15番までを10回繰り返します。
東日本大震災から五年を過ぎて、また新たな災害が日本を襲いました。
先月14日(午後9時26分)から引き続いた「熊本大地震 」は、まさに青天の霹靂でした。たった2週間で被災をすり抜けてしまった私は、申し訳ない気持ちと気ばかり焦って、物資の輸送もままならず、この身を被災地に引き戻すこともできない自分の不甲斐なさに苛まれました。
私が九州に住まいした1年間は口永良部島から始まって、桜島、阿蘇の噴火に見舞われたほか、夏の出水期の相次ぐ土砂崩れ、8月の台風15号の被害など、電気通信サービスの保全を担当していた身としては気が休まる暇がありませんでした。一方、地震については南海トラフ大地震の被害想定地域である大分、宮崎、鹿児島での準備行動はあったものの、その他の県では 「まだまだこれから」という状態で、 熊本の北東部あたりで震度3〜4の直下型の揺れは常態化していましたが、都市や住民生活上の耐震対策は、ほとんどなされていないことが気になっていたというのは事実です。
東日本大震災では、津波で多くの命が奪われ、当時地域の方々が苛まれた喪失感は家族や友人・知人といった「命」や巨視的な「故郷の景色」に対するものが大きかったような気がします。 また、先の震災は、発生以前に2度の大地震に見舞われていましたので、脆弱な家屋はすでに淘汰されており、津波以外での建物の倒壊は意外に少なかったように思えます。一方、熊本 大地震は、阪神淡路大震災を彷彿とさせるような倒壊型の地震でした。特に熊本城や阿蘇神社といった地元の精神的支柱となり、求心力の核となっていた建物が崩壊した姿は目を覆いたくなるほど痛々しく、被災地で暮らす皆様も心の支えを失って、身の辛さが何倍にもなっているものと察しています。おそらく今回の震災の喪失感は最終的にはここに集中し 、生活の安寧が訪れた後も「熊本城が元通りにならなければ復興は終わらない」というのが、皆さまの気持ちとなるのではないでしょうか。青葉城も城壁が崩れ、石の一つ一つに番号を付けて組 み直す作業がつい先日まで行われていました。こういう事業は生活の復興の後になるので、時間がかかりますが熊本城は物心両面 にわたる県民のシンボルですので、1日も早い復旧を祈っております。
東北の次は九州・・・どうして質実剛健で飾りっ気がなく、秩序だって品格のある「辺境の住民」が被災地として選ばれなければならなかったのか?本当に神様に聞いてみたいです。これは、辺境の住民を犠牲にして、首都直下型地震に備えるための警鐘を鳴らしている ということなのでしょうか?それにしても惨い仕打ちだと思います。今回の災害報道を再び「対岸の火事」として半ば興奮気味に見ていらっしゃった方々は幸運でした。しかし、いつまでも幸運とは限りませんので、是非臨場感を持って、今度こそ「自分の身に反映して」身の周りの対策や防災街づくりに繋げていただければと思います。
そのような中、天草に被害が及ばなかったことは不幸中の幸いでした。東北と九州はいろいろな面で似ているところが多かったのですが、震災から青松白砂の「松島」が守られたのも、これまた相似形を成していま した。
今月は、雅で香しい天女が舞う「羽衣香」(はごろもこう)をご紹介いたしましょう。
「羽衣香」は、大枝流芳編の『香道千代乃秋(上・下二)』に掲載のある盤物(ばんもの)の組香です。盤物とは、専用のゲーム盤を使用して進める組香のことで、使用する盤立物は上巻の最後に、組香の小引は下巻の2冊目に掲載されています。この組香の題号の下には「双巒組」と書かれていますので、三上双巒の創作したオリジナルの組香であることがわかります。「羽衣」といえば、天女が降りて来て男と出逢う「羽衣伝説」が各地にあり、ストーリーもまちまちなので特定の季節感があるものではありませんが、近江の余呉湖(よごこ)や三保の松原など 、多くが水辺を舞台としていることから初夏にふさわしい組香ということで取り上げることといたしました。今回はオリジナルの組香ですので『香道千代乃秋』を出典として筆を進めたいと思います。
まず、この組香に証歌はありませんが、小記録の題号と本座に据えられた人形をみれば、たちどころに趣旨は理解できると思います。その際、連衆の出身地によって思い浮かべる「羽衣伝説」 のストーリーは異なるのかもしれませんが、たいていの場合は昔、絵本に載っていた「三保の松原」の逸話を思い出すのではないでしょうか。出典も冒頭に「羽衣を奪いし物語、吾国にては三保の浦、もろこしにては豫章(よじょう)の新喩縣(しんゆうけん)の事、和漢同日の談なり。此の事を組侍る」とあり、 今では、霊峰富士とともに世界遺産の構成資産にもなっている「三保の松原」をイメージして創作された組香であることがわかります。
「三保の松原の羽衣伝説」についてはこのように書いてあります。
むかしむかし、三保の村に白龍(はくりょう:伯梁とも)という名の漁師が三保の松原で釣をしておりました。すると、どこからともなく、えも言われぬ良い香りがしてきました。その香りに惹かれて行ってみると一本の松に見たこともない美しい衣が掛かって風に揺れていました。白龍が「何て 綺麗なんだろう。これを持ち帰って家の宝にしよう。」としたその時です。「もし、それは私の着物です。」と言う美しい女の人が立っていました。「私は天女です。それは羽衣と言ってあなたがたにはご用のないものです。どうぞ返して下さい。それがないと私は天に帰れません。」と言い、悲嘆にくれています。これを見て、可哀想に思った白龍は羽衣を返すことにし、「返すかわりに天人の舞を舞って下さい。」と言いました。天女は喜んで承知しましたが 「羽衣がないと舞が舞えません。羽衣を先に返して下さい。」と言うのです。白龍は、「羽衣を返せば舞を舞わずに帰ってしまうのではないか」と疑いましたが、その時、天女は 「疑いや偽りは人間の世界のことで天上の世界にはございません。」と言い切りました。この言葉に白龍は疑った自分が恥ずかしくなり、羽衣を返しました。天女は 羽衣を身に纏うと優雅に袂を翻し、舞いを舞いはじめ ました。すると、どこからともなく笛や鼓の音が聞こえ、さらに良い香りが立ちこめました。そうして、白龍があっけにとられて見とれているうちに天女はふわりふわりと天へと上り、みるみるうちに愛鷹山(あしたかやま)から富士の高嶺に飛び去って行きました。・・・とさ。 |
三保の松原は、謡曲「羽衣」の舞台でもあり、浜には今でも天女が舞い降りて羽衣をかけたとされる「羽衣の松」があり、付近の御穂神社(みほじんじゃ)には「羽衣の切れ端」といわれるものが保存されています。このような逸話をおさらいすると組香の情趣も一段と高まると思います。
次に、この組香の要素名は「一」「二」「三」「客」と匿名化されています。これは、多くの盤物に共通したものですが、組香の景色が盤の中によく 表されているので、要素そのものには特定の景色をつけず、ただ立物を進めるために聞き当てる素材として扱われています。
ここで、この組香は、「羽衣香盤」というゲーム盤を使用して、双方の競争心を煽る趣向となっています。立物について出典には「天人の人形一つ 、釣人の人形一つ、松一本、柄あり羽衣かけの枝あり。 羽衣一つ、松にかけて盤の中にたつる。」とあり、盤については「竪溝一筋 、横左六間、右六間、間に勝負の場あり。 真ん中に穴一つ松を立て、羽衣をかけをくべし」とあり、「立物は初めの図に委しくあり見合すべし」と上巻の図を紹介しています。これに則り、香盤の真ん中にある「勝負の場」の穴に「衣掛の松」を刺し、その枝の根元に作られた鈎に「羽衣」を掛けて置きます。勝負場からは両方に6間ずつの罫線が書いてあり、盤の両端には、双六の駒の代わりをする「天人」と「釣人」の人形を向かい合わせて立たせて置きます。
さて、この組香の構造は、「蓬莱十*柱香」と同じです。まず、「一」「二」「三」を4包ずつ作り、「客」は1包作ります。次に、「一」「二」「三」の各1包を試香として焚き出します。本香は、手元に残った「一」「二」「三」の各3包に「客」の1包を加えて打ち交ぜ、順に焚き出します。
ここで、この組香は「一*柱開」と指定されていますので、香炉が1つ回る毎に答えを投票する方式を取ります。回答に使用する香札については、出典に「札の紋、表裏十*柱香の通り札を用ゆべし」とあり、「十種香札」をそのまま使うこととされています。
本香一炉が廻り、連衆の投票が執筆まで廻ってくると、香元は正解を宣言し、執筆は当たった人のみ要素名を香記に書き記し、盤者は双方の合計点の「差分」だけ勝方の人形を中央に向かって進めます。このことについて出典では「双方の聞き何程とけし合わせ 、残し数多き程人形進むべし」とあります。(例: 「天人方」8点、「釣人方」6点の場合、「天人方」の人形を2間進める)また、「持、両方とも一間進むべし」とあり、双方の当たり数が同数の場合は、人形を それぞれ1間ずつ進めます。このように、この組香は1炉ごとに相手と勝負して勝った数だけ羽衣に近づけるという趣向となっており、これを10回繰り返します。
この組香の点数について、出典には「客独聞三点、二人よりは二点、餘は当一点づつ」とあり、「客」の香を1人で聞き当てると3点加算されます。また、試香のある香(地の香)に比べて聞き当てづらい客香は、2人以上でも2点加算されます。その他は、当たりにつき1点と換算します。この 点数と盤上を人形を進める間数は同じですので、当たり方によっては、一方が「客」を5名正解して10点、他方が1名正解して2点となると、差分が「8間」となり、たった1回で盤上の勝負がつくこともあります。盤上の勝負について出典では「早く中の松にすすみ着、羽衣を取りし方勝ちなり」とあり、まずここで最初の 優劣(一の勝)が決定します。
ただし、出典には「釣人方、早くすすみつき羽衣を取るといへども、後に天人方、四*柱多ければ衣を取りかへす。また、釣人方、後の聞き六*柱多ければ釣人の方へとりかへすべし」とあり、最初に衣を奪われた方が相手を「4点」上回れば羽衣 を取り返すことができ、その取り返された羽衣もさらに相手を「6点」上回ればまた取り返すことができるというルールとなっています。このルールにより10炉の香が出尽くすまで「羽衣」の争奪戦が楽しめるような趣向となっています。そして、最後には「はやく取りし方、勝と定べし。後の方は二の勝ちにておとれりとすべし」とあり、結局は最初に衣を取った方が勝ちで、最終的に衣を持っていた方(二の勝)はそれより劣るとされています。このように盤上の勝負が2段構えで構成されているところが、この組香の特徴となっています。
最後に、本香を焚きつくしたところで記録上の勝負を決します。出典の「羽衣香之記」の記載例によれば、組香の記録は、連衆の名乗りを「天人方」「釣人方」の見出しの後にそれぞれ列挙するようになっています。香の出は、題号と見出しの間に要素名で1列に書き、各自の答えは、当った要素のみ書き記して、3点、2点のように加点要素のある答えにのみ合点を掛けます。
そうして、各自の得点を「○点」と下附し、さらにグループごとの合計点を計算して多い方が勝ちとなります。「勝方」の記載は、「○○方 ○○点 勝」のように、見出しの下にグルーブの総得点と「勝」を付記して 表します。一方、「負方」は、「○○方 ○○点 負了」と「負了」を明記します。なお、個人賞は、「勝方の中で最高点を取った方」となり、ご褒美に香記が授与されます。
できれば、この組香は天人方が「羽衣」を手にした方が、「優雅で馥郁たる香りのする舞」の景色が想像されてよろしいような気がしますが、これでは依怙贔屓でしょうか?皆様も「羽衣香」で、初夏の潮風香る三保の松原と澄んだ富士の景色を にこころ遊ばせてみてはいかがでしょうか。
「森の都」である熊本も新緑の季節を迎えています。
我々が桜に心癒されたように日々繁茂する緑に復興の息吹を感じていただければと思います。
あらがねの怒れる土やなにせむに肥後の青葉ぞ繁まさりけり(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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