五月闇に松明を焚いて鹿の子を追う猟遊を題材にした組香です。
多彩な客香を木所を頼りに聞き分けるところが特徴です。
※ このコラムではフォントがないため「
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説明 |
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香木は6種用意します。
要素名は、「五月闇(さつきやみ)」「木の下闇(このしたやみ)」「獣(けもの)」「火串(ひぐし)」と「鹿(しか)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「五月闇」「木の下闇」「火串」「鹿」は各2包、「獣」は別香で2包作ります。(計 10包)
この組香では、あらかじめ要素名、香銘と木所(きどころ)を書き記した「小記録(こぎろく)」を連衆に廻します。
このうち「五月闇」「木の下闇」の各1包を試香として焚き出します。(計
2包)
手元に残った「五月闇」「木の下闇」の各1包に「火串」「鹿」「獣」は各2包を加えて打ち交ぜます。(計8包)
本香は、8炉廻ります。
連衆は、香を聞き、試香で聞いたことのある「五月闇」「木の下闇」を探し、その他の香は香の異同をメモしておきます。
本香をすべて聞き終わってから、出た香の数や木所を頼りに答えを要素名で8つ書き記します。(委細後述)
点数は、「火串」を2つとも聞き当てると最初の当りは2点に加算、「鹿」の当たりは2点、独聞(ひとりぎき)は3点となります。
一方、「火串」と「鹿・獣」の聞き違えは1点減点、「鹿」と「獣」を聞き違えれば2点減点、独りで間違うと3点減点となります。
執筆は、各自の答えに得点に見合った「点」を掛け、減点の場合は「星」を掛けます。
下附は、全問正解の場合は「皆」、全問不正解の場合は「無」、その他は「点と星」の数をそれぞれ並記します。
勝負は、得失点を計算し、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。
石清水を飲みながら陽樹の木影を巡る夏山の散策が楽しみな季節となりました。
夕刻のローカルニュースが、「○○動物園ベビーラッシュ到来!」と取り上げるのは春の風物詩となっています。ただし、生まれてすぐの赤ちゃんは裸ん坊で目も開いておらず、体調管理のためにしばらくは「非公開」となるため、本当に可愛いらしい姿を見られるのは、生後1〜3ヶ月経った夏の動物園ということになります。野山にも生きとし生けるものが生まれ育ち、親子が連れ立って歩く微笑ましい姿も多く見られる季節です。野うさぎや雉子など小さな野生鳥獣であれば、夏山のうれしい遭遇者となりますね。
そんな野生鳥獣と人間のせめぎ合いの実態を、私はお仕事で初めて知りました。情報通信技術を利用した「鳥獣被害対策システム」は、あらかじめセンサーをつけたイノシシを放して動態を調査し、よく出没する田畑の周りにはライトや音の出る撃退装置を付け、よく通る獣道には檻罠、括り罠を仕掛けて、シカやイノシシなどを捕獲するというものです。中でも秀逸だったのはセンサー付きカメラで「被害現場のリアルタイム画像」を営農者の携帯に直接配信するものでした。「朝、丸坊主になった畑を見て、それを繰り返しているうちに営農意欲をなくす」のが離農の主因だそうですが、「今!自分の作物が食い荒らされている!」画像を見て血がたぎらない人はいません。皆さん、フライパンとすりこぎを持って畑に飛び出るなど様々な方法で撃退するので、鳥獣にも慣れが生じず、次第に足が遠退いて行くという効果がありました。また、罠にかったかどうかは、山中に仕掛けた罠を逐一見回って確認しなければならず、時間と体力がもったいなかったのですが、センサー付きですと「何処に何が何匹かかっているか」もわかって獲物の回収も楽になりました。この実験の効果は絶大で、進入防止柵等の設置で何十年も改善できなかった地域の鳥獣被害をたった2年で「ゼロ」にすることが出来たのです。
現在、野生鳥獣による農作物被害額は、毎年200億円前後で推移しており、その大部分がシカやイノシシ、サルによるものだそうです。その原因は、温暖化による雪不足で鳥獣の活動期が延びたこと。過疎化・高齢化等で人間活動が低下し鳥獣の生息域が拡大したこと。耕作放棄地が増えたため田畑への被害が集中することなどです。特に、被害を受け続けることで離農者が増大して耕作放棄地がまた増大するという悪循環を生み、被害額以上の深刻な打撃を日本の農業全体に与えているようです。政府は「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」として「シカ・イノシシの生息頭数を平成35年度までに半減する(約210万頭削減)」と掲げており、サルも別な文書で「加害群の数を半減する」としています。しかし、普通の人間の目から見て、特定の動物の個体数を半分に減らすということは、こんなに簡単に書けることなのでしょうか?これは人間の身勝手な「ホロコースト」に見えなくもありません。
そうして運悪く捕獲された鳥獣は、猟友会の方が止めを刺します。地域には「イノシシ1頭8,000円から10,000円」という「有害鳥獣捕獲報償金」で生計を立てているセミプロも存在しています。殺された鳥獣はもっぱら焼却処分されており、焼却すれば2,000円程度の加算額がもらえる地域もあります。そのため「ジビエ料理に活用したら?」という声も根強い中で、食肉としての有効利用は例外的なものでした。野生鳥獣を食肉として市場に出すには、肉の安全性はもとより、安定した供給体制 と販路等が必要で、それよりも「殺して燃やせば10,000円」の方が魅力的だからです。
しかし、折からのスローフードブームも手伝って、最近は、捕獲鳥獣の食肉処理加工施設の整備、商品開発、販売・流通経路の確立などに国の支援が受けられるようになりました。現在、処理加工施設の建設を契機に野生鳥獣を「地域資源」として活用する動きは全国に広がりつつあり、少しずつですが鳥や獣たちの命の循環が始まっています。この仕事を通じて、私は「野山に境界は無く、その地域に来なくなった鳥獣は他の地域に出没する」という当たり前の結論に行き着きました。結局は「どこかで追い払えばどこかに現れるもの」なのです。 鳥獣被害は、おそらく日本人の飽食が生み出した生態バランスの乱れが原因のような気がしていますが、鳥獣の自然な個体調整が進み、減りゆく日本人との棲み分けがきちんとなされ、「豊かな山」と「豊かな里」で共存共栄できる術がないものかと思っています。
今月は、夏の野山に火串振る「照射香」(ともしこう)をご紹介いたしましょう。
照射香は、大同樓維休の米川流香道『奥の橘(月の巻)』に掲載されている夏の組香です。『奥の橘』は「花」「鳥」「風」「月」の4巻4冊からなる組香書で150組の組香が掲載されていますが、「照射香」は、その中で最後の章にあたる「追加三十組」の6番目にラインアップされています。全体では146番目の組香ですので、基本的な「初十組」から比べれば新しく珍しい組香と言えるのではないでしょうか。今回は他書に類例も見られないため、『奥の橘』を出典として書き進めたいと思います。
まず、この組香に証歌はありません。「照射」の題号を見れば「強い光」をイメージするでしょうが「夏の日差し」と取り違えると大きな勘違いをすることになると思います。まず 、この組香を解釈するのに必要なことは「照射」を「ともし」と読むことです。「照射」とは古くに鹿狩りに使われた狩猟法で別名を「ともしゆみ」と言います。これは、夏の山中で鹿子の通る道にかがり火を焚いて誘き寄せ、勢子が松明を振って追い立て、鹿子がその火に目がくらんだ瞬間に矢を射って捕らえるというものです。宮人の狩は、秋の紅葉狩、冬の鷹狩、春の桜狩、そして夏は照射(鹿狩り)となり、これらを合わせて「四季の猟遊」と言います。照射は現代の俳諧の世界でも夏の季語として用いられ、古来、夏の歌に頻出する狩猟風景でした。古典文学の世界では単なる季節感に寄せる感懐のみならず、多くは鹿によせる憐憫の情を表す歌が多いようですので、この組香もそのような優しい気持ちで催行いただければと思います。
次に、この組香の要素名は「五月闇」「木の下闇」と「獣」「火串」「鹿」となっています。「五月闇」とは、五月雨の降る頃の夜の暗がりのことで、照射が五月闇に乗じて行われるものであることから来ている要素です。「木の下闇」とは、茂った木の下の暗がりのことで、これも局地的な暗闇を表す要素です。「獣」は、鹿以外の動物で漁で言えば「雑魚」という意味でしょうか。「火串」は、鹿を誘き寄せるために燃やす篝火や勢子の持つ松明を立てたり挟んだりする木のことです。題号の「照射」は篝火や松明の灯りの景色であり、「火串」はこれを連想させるための素材となっています。そして、最後の「鹿」は、この狩りのお目当ての獲物(厳密にいえば「鹿の子」)のことで組香の主役となる要素です。
このように要素に彩られる組香の景色は、暗闇と灯火のコントラストが鮮やかで、そこに現れる鹿や獣、勢子の動きやはやし立てる声までも聞こえてきそうな、夏らしい躍動感のあるものとなっています。
さて、この組香の構造上の特徴は香組の際に現れます。出典では「香五種」と示されていますが、香組の時点で「獣の香 二包別の香なり 無試」とあり、獣の要素は別香で組むことが指定されています。そのため、小記録に見るように要素名は5つですが、香種は6種となります。また、出典本文の最後には「鹿は伽羅、真那賀の類、火串は 蛮の類、獣」は寸聞、佐曽羅の類を組なり」とあり、試香のある「五月闇」や「木の下闇」には木所の指定はないのですが、「鹿」は伽羅や真那賀、「火串」は真南蛮、「獣」は寸聞多羅や佐曽羅で組むことがあらかじめ指定されています。この真意は後々回答の時点で明らかになります。
なお、前述のとおり「獣は別香で組む」ということも指定されていますから、1包を寸聞多羅、1包を佐曽羅と組むこともできますし、同じ木所で聞き味の異なる香木を2種類用いることでも構いません。(私は判り易くするためと出現する獣の種類を増やすために木所を別にして組んでみました 。)
このようにして、香包は「五月闇」「木の下闇」「火串」「鹿」は各2包、「獣」は別香で2包作ります(以降「獣1」「獣2」と区別します)。次に「五月闇」と「木の下闇」のうち1包ずつを試香として焚き出します。そうして手元に残った「五月闇」と「木の下闇」の各1包と「獣1」と「獣2」の各1包、「火串」と「鹿」の各2包を打ち交ぜて、都合8包を本香として順に焚き出します。
ここで、皆さんも「はた」と気づかれたことがあろうかと思います。そうです。この組香には試香のない「客香」が4種、そのうち2種は同数が使われるという構造上の「禁じ手」が採用されているのです。そのため本香が回されますと、連衆は、まず試香に聞き合わせて「五月闇」「木の下闇」を判別します。それ以外の香木は全て試香で聞いたことのない「客香」ですので、「無試十*柱香」を聞くように「○、×、△、□」等で、香の異同のみメモしておくと良いでしょう。
本香が焚き終わってメモを見返すと、例えば「○、×、五月闇、○、△、木の下闇、□、×」のようになっていると思います。そこでまず、1包ずつ出現している「△」と「□」は「獣1」か「獣2」ですので、後先を問わず「獣」と書き換え「○、×、五月闇、○、獣、木の下闇、獣、×」とします。すると「○」と「×」2つずつ残り、これらについては要素を判別する術がありません。そこで香席の際にあらかじめ回される小記録に記載された「木所」を頼りに判別することになります。例えば「鹿」は伽羅、「火串」は真南蛮と明記されていれば、木所に達した方は、たやすく「鹿」と「火串」の区別がつきます。そうして「○」が「火串」、「×」が「鹿」と判明すれば、先ほどのメモが「火串、鹿、五月闇、火串、獣、木の下闇、獣、鹿」という答えに書き換わります。
例2:「○、五月闇、×、△、□、△、木の下闇、□」(□が火串、△が鹿となった場合)
⇒「獣、五月闇、獣、鹿、火串、鹿、木の下闇、火串」
これが、出典で客香の木所を逐一指定していた真意です。木所と聞き味を大別して、「伽羅・真那賀系と真南蛮系と寸聞多羅・佐曽羅系ならば、およそ見当が付くだろう」ということが作者の考えにあり、香席で木所を見ることを趣向として取り入れたのではないてしょうか。
このように、この組香ではあらかじめ要素名と木所を書き記した小記録を連衆に回すことに加え、連衆が木所の聞き味である「六国」に達していることが前提で組まれています。そういう意味では中級者以上の方が催行すべき組香といえるでしょう。御家流系では香席の初めに小記録が回るか連衆に配布されますので、この方式が採られても問題はありません。一方、志野流系ですと「香銘短冊」は香記とともに最後に回されますし、そこには木所が明記されていないため、短冊を廻す順序や短冊の書き方等に少しアレンジが必要かと思います。
そうして本香が焚き終わり、各自の回答が戻って参りましたら、執筆はこれをすべて香記の回答欄に書き写します。執筆が正解を請う仕草をしましたら、香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香の出の欄に正解の要素名を縦一列に書き記し、当否の判定に入ります。
この組香の点法はいささか複雑です。これについて出典では「火串は二*柱ともに聞きはじめ二点、後一点なり。鹿は二点宛、独は三点なり。」とあり、加点要素については「火串」を2つとも聞き当てると最初の当りは2点に加算すると書いてあります。「火串」が1つしか当たらなかった場合は1点のみということです。また、主役の「鹿」を聞き当てると2点が加算され、連衆の中でただ一人聞き当てると3点に加算することが記載されています。一方、「火串を鹿とも獣とも聞く一星なり。鹿を火串、獣を火串と聞くも一星。鹿と獣の違いは二星、独は三星なり。」とあり、減点要素については、「火串」と「鹿または獣」の聞き違えは1点減点することと、「鹿」と「獣」を聞き違えれば2点減点し、連衆の中でただ一人聞き違えた場合は3点減点すると書かれています。「火串」と「鹿・獣」の取り違えは、獲物と思って勢子を射る事故となりますので当然かと思います。また、「鹿」と「獣」の取り違えは、的外れではありますが獲物は得られます。ここでは、別香で組まれ比較的わかりやすい要素 (木所)の判別ができなかったというテクニカルな面の減点が大きく取り沙汰されています。さらに「外は中り一点づつ、星もなし」ともあり、その他は平点とすることについても記載があります。
この点法に則り、執筆は当たりの要素の右肩に得点と同じ数の「点」を「ヽ」と掛けていき、同じく右肩に減点と同じ数の「星」を「・」と掛けていきます。独聞のない全問正解の場合は11点となり下附は「皆」と書き付します。その他の場合は、得点と減点を「○点」「○星」と左右に並記して下附とします。また、本文には記載されていませんが、出典の「照射香之記」の記載例には、全問不正解の場合に「無」と下附されています。
最後に勝負は、各自の得点(点)と減点(星)を計算して、得点の多い方のうち上席の方の勝ちとなります。成績によっては減点同士の競い合いになる場合もありますが、その際は減点の少ない方の勝ちという風に読み替えてください。
現代では、プロの猟師でも雨上がりの夜に山奥に出かけて狩りを行うことは、ほとんどないでしょう。皆様も「照射香」で日本人の記憶から消えつつある「夏の猟遊」を疑似体験してみてはいかがでしょうか。
昔は五月闇に乗じて行われた照射の灯りが星のように見えていたようですね。
松明の炎の陰で消える命の炎・・・
その寂寥感も夏の風情なのかもしれません。
ともしゆみ晴れ間なき夜の星空に母恋すらし鳴く音悲しも(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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