八月の組香

「 三夕の歌」をテーマにした組香です。

連衆を三方に分けて聞き競うところが特徴です。

※ このコラムではフォントがないため「ちゅう:火へんに柱と書く字」を「*柱」と表記しています。

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説明

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  1. 香木は、6種用意します。

  2. 要素名は、「山」「沢」「浦」と「槙立(まきたつ)」「鴫立(しぎたつ)」「苫家(とまや)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「山」「沢」「浦」は各3包、「槙立」「鴫立」「苫家」は各2包作ります。(計1 5包)

  5. 連衆をあらかじめ「寂連方(じゃくれんがた)」「西行方(さいぎょうがた)」「定家方(ていかがた)」の三方に分けます。

  6. 「山」「沢」「浦」「槙立」「鴫立」「苫家」のうち各1包を試香として焚き出します。(計 6包)

  7. ただし、「寂連方」には「槙立」、「西行方」には「鴫立」、「定家方」には「苫家」の試香を焚きません。

  8. 残った「山」「沢」「浦」の各2包、「槙立」「鴫立」「苫家」の各1包を打ち交ぜて、順に焚き出します。(計9包)

  9. 本香は、 9炉廻ります。

  10. 連衆は、試香と聞き合わせて、名乗紙に要素名を出た順に9つ書き記します。

  11. 点数は、「味方の香」(例:寂連方では「山」と「槙立」に加点要素と減点要素があります。(委細後述)

  12. 執筆は、点法にしたがって、当りに「合点」、外れに「星」を打ちます。

  13. 各自の成績は、得点と減点を差し引きして定めます。

  14. 下附は、全問正解は「三夕」とし、その他は聞き当てた「炉の数」に従って和歌の句を書き付します。(委細後述)

  15. 各自の得点を合計して、最も得点の高かったグループを「勝方(かちかた)」とします。

  16. 香記は、「勝方」の最高得点者のうち、上席の方に授与されます。

 

盂蘭盆会が過ぎれば、秋風はすぐそこに来ています。

先日、今年の4月に定年退職した実家の姉から独居老人一年生の「五月病」について話を聞かされました。姉は職業柄、毎朝100名近くの方に「おはようございます」と挨拶していたそうですが、これが退職の日以降、「皆無」となった時のショックは生半可ではなかったようです。確かに、来所者全員と交わす挨拶に要する体力や精神的高揚力は相当なものがあり、朝の日課として気持ちも改まったのではないかと思います。最初は、残務整理やボランティア勤務で紛らせていたようですが、これも少しずつ落ち着くにつれて、現役時代の激務の反動から「何もしない」と決めていた生活に埋没してみると「これは精神的に危ないことになる 。」と真剣に思うようになったようです。そこで一念発起し、早朝ウォーキングを初めて、道すがらに出会う人と「おはようございます」と挨拶を交わすことで、「燃え尽き症候群」から救われたと言っていました。

一方、私は生来「寂しがりやの独り好き」で、中学校の時のタロット占いでも「群衆の中の孤独で生きる」と暗示されて生きて来ましたので、この点には少しばかり自信があります。小さい頃から「高IQの生意気な変わり者」であった私は、大勢の中で独り「ぽつねん」と居る孤独感については、全く居心地がいいと感じていました。また、幼馴染や学友といったグループの中でも妙な違和感や孤独感を味わい「見ざる ・言わざる・聞かざる」を貫いてその場を繕っていたところがありました。5年間経験した単身赴任もそういった意味では「孤独の極み」でしたが、自分のリソースを自分のためだけに使える人生で最も幸せな期間として「悠々自適」を謳歌できました。

ただ、一般的な老人は、社会・地域・家族といったそれぞれの母集団の中で「孤独感」に苛まれているようです。老人は、もともと社会・地域・家族に対して献身的に尽くして、 「今の日本にある成果は自分が少なからず担って」いたという自覚があります。しかし、これに対する現在の自分への取り扱いに不満を通り越して諦めてしまい、「挨拶せず」「物言わす」「外に出ず」と進み、気づいた時には支援の手も差し伸べられないほど閉じこもってしまって「誰も見向きもしない私」になっているが多いようです。

特に、自分が最も貢献した筈の家族に無視された人は、他人から無視された人以上に孤独感を常に味わい、これによって認知症などの発症が早いという傾向もあるようです。これは、因果応報論でいえば「自分を捨て置いた子供たちへの仕返し」と考えることもできます。 我が母が寝たきりの長患いとなったのも我が子の親不幸の帳尻を合わせたのかもしれません。それでも最後には、母が感謝して逝き、子供たちも「母も生き切った。我々もやり切った。」思える結末だったことは、神様の粋な計らいだったと思っています。介護負担のことを思えば、老人が元気に日々暮らすことは、社会・地域・家族にとって、実は素晴らしいプレゼントなのです。昔ならば、ムラには長老制度があり、老人も働き手として一生家族に貢献する機会が与えられていました。これが無い現代では、老人の社会関与が本当に難しくなっています。せめて「若い者」は、老人への畏敬の念と声掛け、できれば直接手で触れることで彼らの自尊心を守ってやって欲しいと思います。

孤独感とは、「精神世界の広さ」と反比例するもので、陽気で明るい外交的な人間ほど脆いというのは心理学上の定説です。幸い、私には孤独感を跳ね返して余りある精神世界という支えがあります。また、功罪は判然としないものの同居の家族もおり、介護した人間ほど解放後は自分らしく余生を生きられるという話にも望みを持っています。今後、私に高齢化に伴う孤独感がどのように覆いかぶさって来るかは未だ予想がつきませんが、 定年までに残された期間は、少なくとも、お金を稼ぐ「職業人」 や家族の「大黒柱」の最終章ではないと考えています。

今月は、モノトーンの景色に”もののあわれ”を映す「異三夕香」(いさんせきこう)をご紹介いたしましょう。

「異三夕香」は、大同樓維休著の米川流香道『奥の橘(風)』に掲載された秋の組香です。「三夕」と言えば流派を問わずに 「秋の定番」として催されるこ「三夕香」が有名で、『奥の橘(花)』にも「二十組」として掲載されています。これは、香三種で「槙立山」「鴫立沢」「浦苫屋」を打ち交ぜて、そのうち2包を引き去って本香を一*柱聞にしたり、本香を3種3香として焚き出したりする組香です。いずれ「三夕」とは、 『新古今和歌集』に揃って掲載された寂連、西行、定家の「秋の夕暮れ」を結びとする和歌が題材となっています。この組香があまりにも有名なために、このコラムではご紹介していませんでした。今回、秋の組香をと題材を探していましたところ、「三夕」の景色を写しながら、面白い工夫のされた派生組が見つかりましたのでご紹介することといたしました。他書に類例もありませんことから今回は『奥の橘』を出典として書き進めたいと思います

まず、この組香に証歌として明示されているものはありませんが、その題号や要素名、下附に至るまで「三夕の歌」を題材として組まれたことは疑う余地がありません。

「三夕の歌」とは次の通りです

さびしさは その色としも なかりけり 槙立つ山の 秋の夕暮 (新古今和歌集361 寂連)

こころなき 身にもあはれは しられけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮 (新古今和歌集362 西行)

見渡せば 花ももみぢもなかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮 (新古今和歌集363 定家)

この3首に共通している美意識は「秋」を紅葉などの艶やかさではなく、景色の醸し出す物悲しさや寂しさ、所謂「もののあはれ」に見つけている点と言えましょう。この3首は連番で掲載されていますので、 組香の作者としては証歌として切り取り易かったのでしょうが、実は『新古今和歌集』には「秋の夕暮れ」で結ばれる歌が、61番「わするなよ…(良経)」から1732番「うれしさは…(伊勢大輔)」まで13首もあり、「三夕香」を作る題材には事欠かないのも事実です。

例えば・・・

眺むれば衣手涼しひさかたの天の河原の秋の夕暮れ(新古今和歌集321 式子内親王)

もの思はでかかる露やは袖におく眺めてけりな秋の夕暮れ(新古今和歌集359 良経)

村雨の露もまた干ぬ真木の葉に霧たちのぼる秋の夕暮れ(新古今和歌集491 寂連)

なども「もののあわれ」を醸し出す秀歌であり、寂連の歌は流派によっては「三夕香」の証歌として採用されています。

次に、この組香の要素名は「山」「沢」「浦」と「槙立」「鴫立」「苫家」となっています。これらも「三夕の歌」からそれぞれ引用したもので、「三夕香」の要素名である「槙立山」「鴫立沢」「浦苫屋」の景色を背景と主景に分解しています。これによって本香で焚き出される香種が増え、組香全体にボリュームが出るほか、要素を主景群と背景群で使い分けることもできるようになります。なお、「苫家」については、「苫屋」が一般的ですが、出典では一貫して「苫家」ですので、そのまま記載しました。

ここで、この組香の催行にあたっては、出典に「連中三つに分る。寂連方、西行方、定家方と別れ聞く」とあり、連衆を3グループに分けて聞き比べを行う「一蓮托生型対戦ゲーム」になっています。この組香の構造はこれら3つのグループを基本に焚き出し方も点数も異なるということが趣向となっているため、グループ分けが大変重要な役割を果たしています。

さて、この組香の構造は、香は6種で全体香数が15 包、本香数は9炉となっています。まず、「山」「沢」「浦」を3包ずつ作り、「槙立」「鴫立」「苫家」は2包ずつ作ります。構造式では、これらすべてを1包ずつ試香として焚き出すように見えまずが 、然にあらずです。これについては、出典に「寂連方へは槙立無試、寂連方の是ウなり。外皆是に同じく、西行方へは鴫立無試、定家方へは苫家無試なり」とあり、「山」「沢」「浦」は1包ずつを試香として焚き出しますが、2包ずつ作った「槙立」「鴫立」「苫家」については異なります。ここでは、寂連の歌に詠まれた「槙立」は寂連方には聞かせず試香を通過させ、西行方と定家方には試香として聞かせます。これは「歌に詠んだのだから貴方は先刻ご承知でしょう?」という含みがあるのだと思います。以降、同様に西行方には「鴫立」の試香を聞かせず、定家方には「苫家」の試香を聞かせません。こうして各方に生まれた「聞いていない香」が「味方のウ香」となります。また、「山」「沢」「浦」も実は紐付きで寂連方は「山」、西行方は「沢」、定家方は「浦」が「味方の地香」となり、点数の段で異なった取り扱いがなされることとなります。

こうして、6種の試香を焚き、手元に残った「山」「沢」「浦」各2包と「槙立」「鴫立」「苫家」各1包の計9包を打ち交ぜて、本香は9炉を順に焚き出します。

連衆はこれを聞き、試香に聞き合わせて本香の出を判別します。1つだけ試香で聞いていない香がそれぞれ「味方のウ香」ということなります。この組香は出典に「記紙を用ゆ」とありますので、本香が焚き終わったところで、名乗紙に要素名を出た順に9つ書き記して回答します。

本香が焚き終わり、名乗紙が返って参りましたら、執筆はこれを開いて連衆の答えを香記に全て書き写します。執筆が正解を請う仕草をしましたら、香元はこれを受け、香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香の出の欄に縦一列に書き記し、各自の答えを横に見て当否を判別します。その際、出典には「身方の香を聞きはずすは平香は二星、ウは一星、当りは平一点、ウ二点、他の香は平ウともに一点、はずれも星なし」とあり、「味方の香」に加点要素と減点要素があります。

例えば、「寂連方」が「山」を聞き当てれば1点の得点(平点)となりますが、聞き外すと2点減点となります。これは、試香で聞いたことのある「味方の地香」を聞き外したこと に対するペナルティです。一方、「槙立」を聞き当てれば、「味方のウ香」を聞き当てたので2点の得点となり、聞き外しについては試香がないため1点減点と幾分軽いペナルティとなっています。その他、「沢」「浦」「鴫立」「苫家」などの敵方の香は全て試香で聞いたことのある香なので、聞き当てれば平点の1点とし、減点要素はありません。同様に「西行方」では「沢」と「鴫立」、「定家方」の「浦」と「苫家」が味方の香となりますので、注意して聞き定めましょう。

執筆は、上記の点法に従って、連衆の答えに合点や星を打ちます。出典の「異三夕香記」によれば、合点は得点の数だけ答えの「右肩」に掛け、星は減点の数だけ「左肩」に掛けるようになっています。

合点と星を掛け終えましたら、今度は下附に移ります。下附は出典にこのように列記されています。

下附

 皆聞は下へ 三夕 と書く

 一*柱聞は さびしさは と書く 

*柱聞は その色としも

 三*柱聞は こころなき  

*柱聞は 身にもあはれは

 五*柱聞は 知られけり  

*柱聞は 見わたせば

 七*柱聞は 花ももみじも

 無は     なかりけり と書くなり

このように、下附も寂連、西行、定家の歌の順に引用されており、うまい具合に1炉当りには「さびしさは」、全問不正解に「なかりけり」が割り当てられています。また、下附は各自の得点ではなく、「聞き当てた炉の数」に紐づけられており、結果的に得点がマイナスでも3炉聞き当てていれば「こころなき」と下附されます。

こうして、各自の得失点と下附が決まったところで、今度はグループ戦の勝敗を決めます。これについては、出典の「異三夕香記」の記載例が各グループ1名ずつの対戦となっているため推測せざるを得ないのですが、一般的には、各自の得失点を消し合いして得点を計算し、次にグループごとの得点を合計して比べ、合計点の多いグループが「勝方」となります。記載例では「○○方」の見出しの下には何も記載されていませんが、最低限各グループの総得点と勝方を示す「勝」の表記は必要かと思います。最後に個人の勝負は勝方の最高得点者のうち上席の方の勝ちとなり、香記が授与されます。

おって、出典小引の最後に「維休案ずるに…」として「定家方を中座とする方がよろしかるべき」と私見が述べられ、香記の記載例は「寂連方」「定家方」「西行方」の順に記載されています。「三夕香」における要素名や証歌の順番も席により様々ありますが、私は、原典である『新古今和歌集』の掲載順からしても「寂連」「西行」「定家」でよろしいかと思います。

秋の涼風が吹き始めますと「もののあわれ」がしっくりと心に染み入る季節となります。定番の「三夕香」に飽きた皆様方は、是非「異三夕香」でいつもと違った秋の一日を過ごしてみてはいかがでしょうか。

 

「三夕の歌」の美意識とは、色のない景色にもののあわれを感じ

そこに孤独な自分をどう配置するかというものだと思います。

「老い」無くば詠めない境地かもしれませんね。

静々と色の褪めゆく我が刻ぞ憂き身ひとつの秋の夕暮れ(921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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