かの有名な「宇治山香」の派生組です。
二つの和歌の景色を味わいながら聞きましょう。
※ このコラムではフォントがないため「」を「*柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は6種用意します。
要素名は、「名歌(めいか)一」「名歌二」「名歌三」と「水屑(みくず)一」「水屑二」「水屑三」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
連衆は、あらかじめ「名歌方(めいかがた)」と「水屑方(みくずがた)」の二手に別れて置きます。
「名歌一」「名歌二」「水屑一」「水屑二」は各3包、「名歌三」「水屑三」は各2包作ります。(計16包)
「名歌一」「名歌二」「名歌三」「水屑一」「水屑二」「水屑三」のうち、1包ずつを試香として焚き出します。(計6包)
ただし、「名歌方」は「名歌三」、「水屑方」は「水屑三」の試香を聞きません。(それぞれの客香とな ります)
手元に残った「名歌一」「名歌二」「水屑一」「水屑二」の各2包、「名歌三」「水屑三」の各1包を打ち交ぜて、順に焚き出します。(計10包)
本香は、 全部で10炉廻ります。
連衆は試香に聞き合わせ、名乗紙に要素ごとに配置された「聞の名目」を出た順に10個書き記して回答します。
この組香の点数は、名目の当りにつき1点となります。
ただし、名歌方の「名歌三」と水屑方の「水屑三」の当たりは2点となり、「独聞」は3点となります。
一方、「名歌」と「水屑」の香を入れ違えて聞くと2点減点、「独不聞」は3点減点となります。
各自の得失点は「点」と「星」をその数だけ名目の 右肩に掛けて示します。
下附は、全問正解は「全」、その他は各自の得点欄の右に「〇点」、左に「〇星」と並記して示します。
勝負は、グループごとの合計点の多い方が「勝方(かちかた)」となり 、勝方の最高得点のうち上席の方が香記を授与されます。
名月カレンダーに日々目をやる季節となりました。
『香筵雅遊』も おかげさまで開設 20周年を迎えることができました。「今月の組香」も通算229組目を数え、当面の目標であった杉本文太郎著『香道(226組)』を通過点にして、現在は『香道蘭之園(236組)』越えに邁進中です。永年にわたります皆様のご愛顧に改めまして感謝申し上げます。 今後とも、ネットの片隅に閑居しつつ、手と目の続く限り乱文を綴り、お目汚しを続けたいと思っておりますので、よろしくお願い申し上げます。
今月は、「うぢ山」から見える2つの景色を織り交ぜた「新宇治山香 」(しん_うじやまこう)をご紹介いたしましょう。
「新宇治山香」は、米川流香道『奥の橘(月)』に掲載のある組香です。「宇治山」と言えば百人一首(008)でも有名な「我が庵は・・・」の和歌を5句に分割して聞き当てる「宇治山香」があまりにも有名です。今回は、仲秋の組香を探して おりましたところ題号の「宇治山」の文字が目につき、ご多分に漏れず、私も花札の鹿の画像が頭に浮かんだと言うわけです。「宇治山香」も 証歌の「我が庵は・・・」が雑歌と分類されていますので、取り立てて季節感はない組香なのですが、「しか(然か⇒鹿)ぞ住む」の連想から秋の組香として催行されることが多いものです。そこでこの組香 も「紅葉の下の鹿で良いだろう」と思っていましたら、要素名には「蛍」や「海」が入っており、一概に「秋の組」としてご紹介できないことが分かりました。そこで、景色感は、大きく「夏」と「秋」に振り分けられますが、もともと2つの景色(和歌)の対比を楽しむ組香だということが判りましたので、季節にとらわれずに催行できる「雑の組」として、ご紹介することといたしました。今回は、他書に類例もないため『奥の橘(月)』を出典しとして書き進めたいと思います。
まず、この組香に「証歌」は明示されていませんが、回答に使用する「聞の名目」に見覚えのある句が10個列記されていました。これを合わせてみると、この組香の創作の原点となった2つの和歌が見えて来ました。
1つ目は・・・
「わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり(古今和歌集983 喜撰法師)」で、「百人一首」でも有名な歌です。意味は「私の庵は、都の東南、遠く離れたの山の中で、このように住んでいる。世の人々は、ここを俗世を憂いて入った 『憂し山』と呼んでいる」ということでしょう。
2つ目は・・・
「木の間より見ゆるは谷の蛍かもいさりに海人の海へ行くかも(玉葉和歌集400 基泉法師) 」で、意味は「木々の間から見えるのは、谷間を飛び交う蛍の光だろうか。それとも、魚を捕りに漁師が海へ出て行く、その漁火だろうか」ということでしょう。この歌は、藤原仲実(なかざね)の『古今和歌集目録』に ある平安時代の歌学書『孫姫式 (ひこひめしき)』に「基泉法師」の作として掲載されているもので、希代の歌人とされた喜撰法師が残した、たった2つの和歌のうちの1つとみられています。
詠み人の喜撰法師は、言わずと知れた「六歌仙」の一人ですが、生没年未詳、伝不詳で、「宇治山に住んだ僧」ということ以外、その生涯は謎に包まれています。現在でも、京都府宇治市の喜撰山(416m)には「喜撰洞」と呼ばれる洞があり、そこには喜撰法師の石像が奉られています。紀貫之の『古今集仮名序』には「宇治山の僧喜撰は、言葉かすかにして、初め終はり確かならず。いはば秋の月を見るに暁の雲にあへるがごとし。『わが庵は都のたつみ鹿ぞ住む世をうぢ山と人は言ふなり』よめる歌多く聞こえねば、かれこれを通はしてよく知らず。」と評されてています。歌は先ほどの「わが庵は・・・」以外に確かな伝承のある歌は伝わっておらず、「木の間より・・・」の歌も同一人物かどうかは判っていません。その上で、この組香は2つの和歌を「現存するたった2つの喜撰法師の詠歌」として対峙させ、景色を織り交ぜながら聞き比べることを趣旨として創られたものと思われます。
次に、この組香の要素名は「名歌一」「名歌二」「名歌三」「水屑一」「水屑二」「水屑三」となっており、「名歌」 と「水屑」に大別される以外は半ば匿名化しています。この組香は、回答の段階で要素名を「聞の名目」に書き換えますので、この段階の要素名は景色を結ぶための素材として取り扱われていると言えましょう。 また、ここで言う「名歌」は、前述の「わが庵は・・・」のことを指すものと思われます。一方、「水屑」とは、水中のごみということで、極めつけは「水死体」などという意味も含みますが、元々は「藻屑 (もくず)」の意味に近い「取るに足らないもの」という意味で用いたものと思われます。そして、「取るに足らない歌」が「木の間より・・・」の歌ということになります。このように、この組香は「優れたもの」と「とるに足らないもの」の対比の中で、2つの和歌の景色を香記にちりばめていく趣向となっています。
ここで、この組香は、出典に「連中、二つに分けて、名歌方、水屑方と別れ聞くべし」とあり、要素名に因んで、あらかじめ連衆を「名歌方」「水屑方」の二手に分け、グループごとに勝敗を競う「一蓮托生型対戦ゲーム」となっています。 グループ分けは、「花軍香(梅・桜)」「呉越香(呉・越)」「根合香(西・東)」「初音香(白梅・紅梅)」「関守香(孟嘗君・関守」)」「子日香(春日野・嵯峨野)」など陰陽の差こそあれ、実力伯仲のもの同士を対峙させて競わせるものが多いのですが、ここまで上下の格差があるネーミングも珍しいと言えましょう。 「取るに足らない方」にメンバリングされた方は、少し可哀想な気がしますが、そういう対比を趣旨としているので甘んじて受けましょう。
さて、この組香の香種は6種、全体校数は16香、本香は10包となっています。まず、「名歌一」「名歌二」「水屑一」「水屑二」は各3包、「名歌三」「水屑三」は各2包作ります。次に、「名歌一」「名歌二」「名歌三」「水屑一」「水屑二」「水屑三」と全ての要素名について1包ずつ試香として焚き出します。ただし、出典には「名歌方には名歌三の試なし。水屑方には水屑三の試なし」とあり、「名歌方」は「名歌三」の試香が聞けず、「水屑方」は「水屑三」の試香を聞けません。このようにしてお互いに味方の「三」の香が「客香」となるようにしています。そして、本香は手元に残った「名歌一(2包)」「名歌(2包)二」「名歌三(1包)」と「水屑一(2包)」「水屑二(2包)」「水屑三(1包)」の合計10包を打ち交ぜて順に焚き出します。
本香が焚き出されましたら、連衆は試香と聞き比べて、まずは要素名を判別して行きます。試香で聞いたことのない香は、味方の「三」の香であると推察します。回答は「札紙を用ゆ」とありますので、名乗紙に記載しますが、この組香では、要素名ごとにあらかじめ用意された「聞の名目」で答えることとなっています。連衆は、本香が焚き終わりましたら香の出と聞の名目を見合わせて 、名乗紙に聞の名目を10個書き記して提出します。
香の出 | 初・後 | 聞の名目 |
名歌一 | 初 | 我が庵は |
後 | 都のたつみ | |
名歌二 | 初 | しかぞ住む |
後 | 世をうぢ山と | |
名歌三 | − | 人はいふなり |
水屑一 | 初 | 木の間より |
後 | 見ゆるは谷の | |
水屑二 | 初 | 蛍かも |
後 | 漁りの舟の | |
水屑三 | − | 沖へ行くかも |
このように、聞の名目は2つ出る要素名の初後を区別し、それぞれに和歌の句を当てはめています。「水屑」 の香の名目については、出典に第4句と第5句が下線部のように標記されており、金葉和歌集の「いさりに海人の海へ行くかも」が「漁りの舟の沖へ行くかも」)に変わって記述されていることが判ります。出典には2つの証歌が明記されていないため、聞の名目の書写ミスであるという確証はありませんし、ニュアンス的には詠み手に「海人」が意識されているかどうかの違いですので、ここでは出典に沿ってご紹介することといたしました。
名乗紙が帰って参りましたら、執筆は、これを開いて連衆の回答を全て書き写します。名目が10個もありますので、左右に段差をつけて2つずつ書き記す「千鳥書き」という方法を用います。答えを写し終えましたら、香元に正解を請い、香元はこれを受けて香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞いて、香記の香の出の欄に要素名 を10個「千鳥書き」します。
因みに「新宇治山香之記」の記載例では、1炉目が左上で、2炉目が右下 (通常は右上、左下・・・)という風に順次散らしてあります。 また、各自の答えについては、要素名を縦一列に記載していますが、前述の千鳥書きと合わせた方が、答えの照合がしやすいと思います。
続いて、執筆は要素名ごとに聞の名目を定めて、後述の点法により名目の右肩に「点(ヽ)」と「星(●)」を掛けます。 この組香の点法については、出典に「中り一点、名歌方にて名歌の三、二点。独は三点。水屑方にて水屑の三、二点。独は三点なり。水屑と名歌の聞き違えは二星、独は何れも一星増すなり。」とあり、双方とも「一」「二」の香の当たりは平点で1点、名歌方の「名歌三」と水屑方の「水屑三」は客香の当たりとなるため2点の加点要素があり、さらにこれを連衆の中でただ1人聞き当てた「独聞」は3点となります。一方、「名歌」と「水屑」の香を聞き違えると2点減点され、さらに独りで 聞き違えると3点減点されることとなっています。たとえば、「名歌一」が出て、正解が「我が庵は」の場合には、「木の間より・・・」のどの句(聞の名目) を回答としても2点減点されるという厳しいルールとなっているということです。そのため、試香を良く聞いて、最悪でも「名歌」と「水屑」の香を入れ違えないという注意が必要となります。
なお、この組香の下附は、全問正解は「全」と書き付します。その他は、各自の点・星を数えて、下附の欄の右に「〇点」、左に「〇星」と並記して示します。
最後に、勝負は、各自の得点と失点をグループごとに計算し、得点の多い方が勝ち方となります。この組香は減点要素も多いため、双方ともマイナスとなった場合は、失点の少ない方が勝ち方となります。勝ち方の 表記は「名歌方」「水屑方」の見出しの下に「勝」と書き記します。同点の場合は「名歌方」の下に「持」と書き記します。そして、勝ち方の最高得点のうち、上席の方に香記を授与します。
秋は「もののあはれ」を感じることのできる組香が最適だと思います。皆さまも「新宇治山香」で、俗塵を離れた「うぢ山」への閑居を夢想してみてはいかがでしょうか。
我々の生きて来た日本は、飢饉も戦争もなく、本当に豊かで便利になりましたが、
その有り余る養分を糧に「憂し」の種もたくさん萌芽し、成長してきました。
最も手軽に「うぢ山」に隠遁する方法は・・・ネットワークから離脱することですかね。
「永らへばまたこの頃やしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき(新古今集1843 藤原清輔朝臣)」
電網に玉の緒掛けし二十年や其方なければわが身あらなむ(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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