一月の組香

      

松の緑に長寿を願い「共白髪」を成就させる組香です。

を松の葉に見立てて「戦況」を表すところが特徴です

慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。

 

説明

  1. 香木は、4種用意します。

  2. 要素名は、「住江(すみのえ)」「尾上(おのえ)」と「尉(じょう)」「姥(うば)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「住江」と「尾上」は各4包、「尉」と「姥」は各2包作ります。(計1 2包)

  5. この組香は、連衆が「住吉方」と「高砂方」の二手に別れて聞きます。

  6. 「住江」「尾上」と「尉」と「姥」の各1包を試香として焚き出します。(計 4包)

  7. ただし、「尉」は「高砂方」に聞かせず、「姥」は「住吉方」に聞かせません。

  8. 手元に残った「住江」「尾上」の各3包を打ち交ぜて、そこから任意に1包引き去ります。(3×2−1=5)

  9. この5包に「尉」と「姥」の各1包を加えて、さらに打ち交ぜます。(5+1+1=7)

  10. 本香は、「一*柱開(いちゅうびらき)」で7炉回ります。

  11. 香元は、1炉ごとに「札筒(ふだづつ)」か「折居(おりすえ)」を添えて廻します。

  12. 連衆は、試香と聞き合わせて、答えの書かれた「香札(こうふだ)」を1枚投票します。

  13. 1炉ごとに当否を定め、執筆は、当たった人の要素名のみ香記に書き写します。

  14. この組香では、香盤の代わりに「扇」を2本用意して戦況を表します。(委細後述)

  15. 1炉ごとに双方の正解者を比べ、聞き当てた人の多い方を勝ちとして、扇を1間開きます。(委細後述)

  16. 下附は、全問正解に「相生(あいおい)」、その他は当たり数に随って「 春、夏、秋、冬、花、月」と書き付します。

  17. 盤上の勝負は、扇面の開いた間数の多い方が「勝方(かちかた)」となり「扇」が授与ます。

  18. 記録上の勝負は、双方の得点を合計して比較し、勝方の最高得点者のうち上席の方に香記が授与されます。

 

 皆様方には、輝かしい新春をお迎えのこととお慶び申し上げます。

昨年は、我が生涯最後の晴れ舞台「モッキンポット師の三度笠(井上ひさし作)」で、モッキンポット神父を演じさせてもらいました。白髪頭に金髪のカーリーヘアのカツラを付けて、神戸訛りの関西弁を話すフランス人神父は、今回も劇場のアイドルとなり、懐かしい仲間や新しい仲間との「劇中歳暮」を過ごすことができました。

今年は、同級生の大半が「還暦」を迎える年となります。正月に早速「赤チャン同窓会」でもあるのかなと思っておりましたら、「早生まれ」と「遅生まれ」の中を取って10月に開催するそうです。小学校に入学した頃は、体躯的に雲泥の差が付き、常に肩身の狭い思いをしていた「早生まれ」が、こんなに考慮されるとは…世の中、民主的になったものだと思います。成人式以来、男女の厄年ごとに行われていた同窓会も「今回が最後かも?」と思うと、既に面影も薄れた爺さんや婆さんと会うことが待ち遠しくさえ感じます。

今月は、共に生まれ、共に生き、共に老いる「相生香」(あいおいこう)をご紹介いたしましょう。

「相生香」は、『軒のしのぶ(七)』に掲載のある「祝香」です。同名の組香は『香道蘭之園(四巻)』にも掲載されており、既に平成16年12月の「今月の組香」でご紹介しています。こちらは、香4種で要素名は「一」「二」「三」「ウ」と匿名化されており、2炉ごとに組合せて、謡曲「高砂」にまつわる多彩な「聞の名目」で答えるというもので、同香の組合せについては、全て「相生」と答えるところが特徴でした。今回、正月の祝香をご紹介するにあたって候補を探してみましたが、還暦前年となった白髪の我が身を振返り、もう一度「尉&姥のパラダイス」に夢を馳せてみたいと思いました。このようなわけで、今月は、題号は同じでも構造が全く異なる同名異組の「相生香」を『軒のしのぶ』を出典として書き進めて参りたいと思います。

まず、この組香には証歌はありません。しかし、題号や要素名の景色から、能や謡曲の『高砂』をモチーフにしていることは一見してご理解いただけると思います。この組香の香筵には絶えず「高砂や〜♪この浦舟にぃ帆を上げてぇ…♪」がBGMとして流れていると思って良いでしょう。「高砂」は結婚式のみならず、屋移りから国慶まで祝言全般に使える万能の演目となっていますので、新春の寿ぎを交わすのにも好適だと思います。

世阿弥作の能『高砂』のあらすじについては、14年前の再掲となりますが、ご紹介しておきます。

 肥後の国の神主、友成(ともなり)は京に上る途中、播磨の国(兵庫県南西部)高砂の浦に立ち寄り、そこで熊手を持った尉(じょう=老爺)と杉箒を持った姥(うば=老女)に出会います。 友成が、尉と姥に「高砂と住吉の松は離れた場所に植えられているのに、何故、相生の松というのか?」と尋ねると、「尉は住吉の住人、姥は高砂の住人ですが、遠く離れて住んでいても夫婦の心は通い合っています。非情の松にさえ『相生』の名があるように、人間の夫婦も相生の夫婦となり得るものです。」と答えます。やがて、尉と姥は「自分たちは高砂・住吉の松の精で、貴方の前に夫婦となって現れたのです。」と告げます。友成は二人に誘われ、舟で住吉へと向かいますが、その場面で出てくるのが例の謡曲・・・

「高砂や この浦船に帆をあげて この浦船に帆をあげて 月諸共に出で汐(しお)の 波の淡路の島陰や 遠く鳴尾の沖すぎて はや住の江に着きにけり はや住の江に着きにけり

・・・住吉に着いて、友成は住吉明神の来迎を仰ぎ、住吉明神は千秋万歳を祝って舞います。

当然のことながら、世阿弥も住吉大明神が和歌の神であることを意識して、古今(高砂と住吉)が同じく御代を崇めるという寿ぎをこの謡曲に託したことが伺えます。

高砂と住吉(住之江)の松が夫婦だというのは、誰かが『古今集』の仮名序にある「たかさご、すみのえのまつもあひおひのやうにおぼえ…」の一節を、「高砂の松と住吉の松とは相生の松で、離れていても夫婦である」という伝説 にしたものだと言われています。そうしてみると、高砂と住吉の松は、今で言う「遠恋」にもめげず夫婦相老の仲睦まじさをを貫いたということになりますね。

次に、この組香は出典に「住吉方、高砂方とわかれ聞くなり」と記載があり、連衆をあらかじめ「住吉方」と「高砂方」の二手に分けて聞き比べをする「一蓮托生対戦ゲーム」となっています。「住吉」とは、大阪府大阪市住吉区にある「住吉大社」を中心とした地域で、上代より朝廷の港があり、古くは「住之江」と呼ばれていました。住吉大社の境内には「住吉の松」があります。一方、「高砂」とは、兵庫県高砂市にある「高砂神社」を中心とした地域で、こちらも「高砂の松」が有名です。

このように、この組香では、「住吉の松」と「高砂の松」を対峙させて聞き比べを行うことが趣向となっており、皮肉にも「相生?」と言いつつも、対抗戦となっていることが特徴となっています。

続いて、この組香の要素名は「住江」「尾上」と「尉」「姥」となっています。「住江」は現在の大阪府大阪市住吉区の海岸の古称で、「住江の松」を表す言葉だと思われます。「住吉の松」と同義ですが、「住吉方」という言葉が既に使われているため、地域名との重複を避けたものと思われます。「尾上」は兵庫県加古川市の「尾上神社」にある「尾上の松」を表す言葉だと思われます。これは現在「高砂の松」の対岸にあり、「高砂」にも「シテ『高砂乃。尾上の鐘の音すなり』」と謡われ、「高砂の尾上の鐘の音すなり暁かけて霜や置くらん(千載集398:大江匡房)」も有名です。このように「住江」と「尾上」は、それぞれ「住吉方」「高砂方」に従属した要素であることが分かります。そして、「尉」と「姥」は、それぞれ「松の化身」である住吉のお爺さんと高砂のお婆さんを表します。このように、この組香はすべて「松」に係る要素名によって構成されています。

なお、出典の最後に「住吉方」と「高砂方」の「札紋」として、連衆の名前の代わりに使われる言葉が下記の通り列記されています。

札表の紋

  札紋(席中の仮名) 解説
住吉方 難波海(なにわのうみ) 大阪の古称。大阪市の上町台地一帯。古代には「難波潟」と呼ばれる葦原の広がる湿地に突き出した半島状の陸地だった。【歌枕】
朝香潟(あさかがた)⇒浅香潟 大阪府堺市の浅香大和川付近。この辺りは浅香潟、浅香の浦と呼ばれた入江だったらしい。「高砂」にもシテ『現れ出でし。神松の。春なれや。残ん乃雪の浅香潟』と謡われる【歌枕】
武庫浦(むこのうら) 兵庫県西宮市と尼崎市の境を流れる武庫川河口付近の海岸一帯。【歌枕】
生田川(いくたがわ) 神戸市中央区三宮の生田神社とその周辺を流れる生田川として現存。【歌枕】
阿辺野(あべの)⇒阿倍野 大阪市阿倍野区付近。昔の住江の一部。
高砂方 室津海(むろつうみ) 兵庫県たつの市に所在し、播磨灘に面する港町【歌枕】
明石潟(あかしがた) 兵庫県南部、明石海峡に面する明石市。須磨とともに風光明媚をもって知られた【歌枕】
飾磨浦(しかまのうら) 兵庫県姫路市南部の地名。古くから瀬戸内海の要港。【歌枕】
夢前川(ゆめさきがわ) 神戸市兵庫区。飾磨郡夢前町から姫路市西部を流れて瀬戸内海に注ぐ。
印南野(いなみの) 兵庫県南部の加古川・明石川二流域にまたがる野。【歌枕】

このように、「住吉方」には、大阪一円の歌枕、「高砂方」には兵庫一円の歌枕が配置されています。

さて、この組香は、香種が4種、全体香数が12包、本香数が7炉となっています。まず、「住江」と「尾上」は各4包、「尉」と「姥」は各2包作ります。そのうち各1包を試香として焚き出しますが、ここで出典には「尉の香、高砂方に試なし。姥の香、住吉方に試香無。」とあり、「尉」の試香は「高砂方」には聞かせず、「姥」の試香は「住吉方」には聞かせません。これは、「尉は住吉の住人、姥は高砂の住人」であることから、「高砂方は尉を知らず、住吉方は姥を知らない」という状況設定がなされているものと思われます。

試香が焚き終わりますと、手元に残った「住江(3包)」「尾上(3包)」の6包から1包を引き去り、これに「尉(1包)」と「姥(1包)」を加えて再度打ち交ぜ、計7包を本香として焚き出します

こうして、本香は「一*柱開」で7炉廻ります。香元は、1炉ごとに香炉に「札筒」か「折居」を添えて廻し、連衆は試香に聞き合わせて、これと思う要素名の書かれた「香札」を1枚投票します。香札に関しては4種で最大3香のため「十種香札」の流用が可能です。香札が戻って来ましたら、執筆はこれを開いて順に並べ、香記に書き写す前に香元に正解を請います。香元が香包を開いて正解を宣言しましたら、まずは香の出の欄に正解となった要素名を書き記します。次に、執筆は、各自の答えのうち、正解の要素名のみを香記に書き写し、外れた人は空白のまま残します。これは、「一*柱開」の際に常道とされる記載方法です。香記の記載について、出典の「相生香之記」の記載例では、要素名は一文字に省略して「住」「尾」「尉」「姥」と書き記しています。

ここで、出典には「盤、扇を開きかけ、要元に鶯串を指し置き、双方、香の聞きにしたがい、中り多き方の扇を一間開く。中り数劣りたる方は開かず。双方同じ当りの時は扇を開くことなし」とあります。また、この景色について「扇の正中を一間開き置くは松葉の形なり。聞きに随いて開くは松葉のふへる(殖える)故なり。」ともあり、鶯を畳に挿し、そこに真ん中から1間だけ開いた扇の骨の隙間を利用して、右向きに1面、左向きにも1面扇を差し入れます。簡単に図示するとこんな顔文字みたいになりますが、(><)これが最初の松葉の形です。そのあと、1回戦ごとに、点差に関わらず聞き数が多い方の扇を1間開きます。負けた方きそのまま、同点の場合もそのままとなります。すると、双方の扇が、円グラフの占有率を争うように開いていきます。これは松が繁茂する姿を現しており、舞扇を腹合わせにして松をあらわす「松尽し」にも似ています。2つの扇の開き具合によって戦況を表すところが、この組香の最大の特徴となっています。

このように本香は、1炉ごとに勝敗を決め、その都度扇を開いていきます。7炉目が終わったところで、盤上の勝負はつきます。出典には「七*柱終わり、扇をひらき勝ちたる方にその扇を取らすなり。」とあり、また、「勝ちたる方に扇を取らすは松葉を搔き集め取るこころなり。」と注記もなされています。こうして、7炉が焚き終わった段階で、盤上の勝負の勝方には扇が授与されます。

使用する「扇」について、出典には記載がないのですが、全体で7炉なので、最初に開く分も含めて8間以上の扇がいいでしょう。正月ですので華やかに「9寸5分、10間」程度の舞扇子や飾扇子がよろしいのではないでしょうか?その方が、双方の士気も上がり、もらう方のありがたみも違うのではないかと思います。

続いて、「盤上の勝負」が終われば、「記録上の勝負」に移ります。香記には各自の名乗の下に正解した要素名が記載されていますので数を数えれば一目瞭然です。この組香では、それぞれの客香となっている「尉」や「姥」にも加点要素はなく、「何*柱聞き当てたか」で優劣を競います。そして、各自の成績は、点数ではなく言葉で表されます。

下附については、下記のとおり配置されています。

正解数と下附

当り数 下附
皆中 相生
一中
二中
三中
四中
五中
六中

このように、全問正解を「相生」として、後は聞き数ごとに季節が進み、一巡して春秋の景色に昇華されるといった景色となっています。これは、「尉」と「姥」が積み重ねた月日のを表すものでしょう。

「記録上の勝負」は、双方の正解の数を比べ、得点の多い方が「勝方」となります。「勝方」は、香記の「〇〇方」の見出しの下に「勝」を書き記して示します。そして、勝方のうち上席の方に香記が授与されることとなります。

最後に、扇の争奪戦である「盤上の勝負」は、点差を考慮していませんので、もしかすると「記録上の勝負」は扇をもらえなかった方が「勝方」になる可能性もあります。

例:高砂方が「扇」はもらえるが、「香記」はもらえない場合

住吉方 高砂方 盤上の勝負
1点 2点 高砂方
1点 2点 高砂方
4点 1点 住吉方
4点 1点 住吉方
1点 2点 高砂方
1点 2点 高砂方
5点 0点 住吉方
盤上の勝負 負け 勝ち 住吉方 3間 : 高砂方 4間
記録上の勝負 勝ち 負け 住吉方17点 : 高砂方10点

上記のような波乱がなく、扇と香記を手にすることができれば、今年1年も幸せに暮らすことができるでしょうね。

正月は、お初会も開催され、様々な「祝香」が催行されると思います。皆様も「相生香」で、共に生きてきた方々と松尽くしの正月を祝ってみてはいかがでしょうか。

 

 

久々に茶友のお初席に併せて香筵を催行することになりました。

新旧の友が集まる「茶香寄合」は、新たな化学反応の始まりを予感させます。

 語りせむ竹馬の友に手あぶりの香薫き初むる春にてあるかな(921詠)

本年もよろしくお願いいたします。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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