二月の組香

松竹梅と鶯の声をモチーフにした組香です。

連衆の答えが和歌に置き換えられて記録されるところが特徴です。

 

説明

  1. 香木は、3種用意します。

  2. 要素名は、「常盤(ときわ)」「花(はな)」と「ウ」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「常盤」と「花」は各 2包、「ウ」は1包を作ります。(計5包)

  5. そのうち「常盤」「花」各1包を試香として焚き出します。(計 2包)

  6. 手元に残った「常盤」「花」の各1包 を打ち交ぜて、任意に1包引き去ります。(1×2−1=計1包)

  7. 最後に残った1包に「ウ」 1包を加え、打ち交ぜて順に焚き出します。(1+1=計2包)

  8. 本香は、2炉廻ります。

  9. 本香を聞き終えたら、連衆は2つ香の出を組合せて「聞の名目(ききのみょうもく)」を1つ名乗紙に書き記して回答します。

  10. 執筆は、各自の「聞の名目」をそれぞれ「名所の歌」に書き換えて香記に書き写します。

  11. 点数は、名目の当りにつき1点 、「独聞(ひとりぎき)」は2点で、正解は解答欄の歌に 長点を掛けて表します。

  12. この組香に下附はありません。

  13. 勝負は最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

 

 陽光煌めく日は「広瀬川訛り」の鶯の初音が待ち遠しい季節となりました。

 以前にも一度、このコラムで書いていますが、広瀬川河畔の鶯は「ホーホケキョ、ピチョ♪」と啼くのが特徴です。これは、青葉山一帯にもみられるので「鶯の仙台弁」とも言えるのかも知れません。単身赴任中に春の京都では素晴らしい鶯の鳴き声を聞き「これが標準語や〜」と本当に感動したものです。 京都程キレイではありませんでしたが、名古屋でも熊本でも鶯たちは皆「ホーホケキョ♪」と啼いていましたから、土地ごとの訛りは珍しいのかもしれません。最初は、お互いに啼き方の伝承と検証ができないほど個体数が少ないためだろうと思っていましたが、さにあらず 。。。震災後のドサクサを経て8年目も過ぎようとしている今でも、彼らは依然として「ホーホケキョ、 ピチョ♪」と啼いています。おそらく仙台弁の師匠が正統を守って伝承しているのだろうと思います。暖かな日に河原に出て、青柳の梢からこの「ホーホケキョ、ピチョ♪」が聞こえてくると、春のほのぼの感が増幅されて何もない時間が本当に幸せに感じられます。

今月は、松竹梅の名所に鶯を掛け合わせた「名所鶯香」(めいしょうぐいすこう)をご紹介いたしましょう。

「名所鶯香」は、大同樓維休編の米川流香道『奥の橘(月)』に掲載のある春の組香です。『奥の橘』は、「花」「鳥」「風」「月」の4巻からなる組香書で、「米川流百二十組目録」を主体として、「月」の巻の後半に30組 の「追加」がされています。その最初の組香(121組目)が「名所鶯香」で、そういう意味では相当「乙」な組香と言えましょう。今月は「鶯」に因んだ組香を探していましたところ、和歌が全面に散らされた香記が琴線に触れ、ご紹介することとしました。「鶯香」と言えば春の組香の定番で、平成10年3月に「今月の組香」でご紹介した「鶯香」は「山深き谷の鶯出でにけり都の人に春や告ぐらん(続後拾遺和歌集11 後二条天皇)」を証歌に持ち、「松」「竹」「梅」「谷」「鶯」を要素名とした段組のある5種組でした。また、その際に「春来ぬと人はいへども鶯の泣かぬ限りはあらじとぞおもふ(古今和歌集11 壬生忠岑)」を証歌に 持ち「松」「竹」「梅」「鶯」を要素名とした4種組もあることをご紹介しました。今回ご紹介する組香は、要素名こそ異なりますが「松」「竹」「梅」「鶯」に帰結する景色があり、おそらくは「鶯香」の派生組として後世に創作されたものであろうと思います。このようなことから、今回は、『奥の橘』を出典として筆を進めたいと思います。

まず、この組香に証歌はありませんが、題号から各地の名所で鶯が初音を聞かせる景色をイメージすることができます。また、「聞の名目」には「松」「竹」「梅」「鶯」の言葉が見えることから、「松」「竹」「梅」の枝で囀る「鶯 」の景色も見て取ることができるでしょう。さらに、この組香では「聞きの名目」に因んだ和歌が4種用意されており、それぞれの名所の景色とそこで啼く鶯の姿がより直接的に感じることができます。このように、この組香は、「松」「竹」「梅」の名所を舞台に繰り広げられる景色を「鶯」が訪れて、春の到来を告げるといった趣向で創作されています。

次に、この組香の要素名は「常磐」「花」「ウ」となっています。「常磐」永久不変や常緑樹を表す言葉ですが、ここでは「松」「竹」をイメージさせるもの と考えていいでしょう。一方、「花」は、特に「春の花」である桜や梅を表し、ここでは「梅」をイメージさせるもの思われます。「ウ」については、「鶯」を表すと解釈したいところですが、聞の名目にも「鶯」が出て来るので、なんとも言えないところがあります。いずれ、これらの要素名は2つ合わさった状態で「聞の名目」を導く素材として使われているため、 やや汎用の効く言葉が用いられています。

さて、この組香の香種は3種、全体香数は5包、本香数は2炉となっており、構造も至って簡単です。まず、「常磐」「花」を各2包、「ウ」は1包作り、「常磐」「花」のうち1包を試香として焚き出します。その後、手元に残った「常磐」「花」の各1包を打ち交ぜて任意に1包引き去り、最終的に残った1包に「ウ」の1包を加えて、もう一度打ち交ぜ、本香は2炉焚き出します。

本香が焚かれましたら、連衆は試香と聞き合わせて答えを導き出しますが、これについて出典では「常磐ウ 松と書く 、ウ常盤 竹と書く、花ウ 梅と書く、ウ花 鶯と書く」とあり、本香は「二*柱聞(にちゅうびらき)」として「聞の名目」を書いて答えるように指定されています。そのため連衆は、本香2炉をすべて聞いた段階で、2つの要素名が構成する「聞の名目」を名乗紙に1つ書いて提出します。香の出と聞の名目の関係については、下表に示します。

香の出と聞の名目

香の出 聞の名目
 常盤・ウ  松
 ウ・常盤  竹
 花・ウ  梅
 ウ・花  鶯

このように、香の前後を変えずに聞いた場合の3つの要素の組合せは4種類ですので、順に「松・竹・梅・鶯」の名目が付されています。前述のとおり、「常磐」に関する名目には「松」「竹」が配され、常緑であることと辻褄が合わせられています。「花」に関する名目には「梅」「鶯」が配されており、こちらは「梅に鶯」の景色が現れています。最後に「ウ」は必ず出現する「客香」の要素ですので、これを「鶯」とみて聞の名目の景色を「松に鶯」「竹に鶯」「梅に鶯」とイメージするべきか?それでは「鶯に鶯」はツガイと思えばいいのか?・・・これは、解釈の分かれるところかもしれませんので、皆様のご判断にお任せします。

本香が焚き終わり、名乗紙が返って参りましたら、執筆は連衆の答えを全て書き写す段となるのですが、ここで出典では「聞きのうた、名乗りの下へは、松の名所の歌、聞きにより竹、梅、鶯もそれぞれの名所の歌一首宛、上の句、下の句と二行に書くなり」とあり、連衆が回答した聞の名目を「名所の歌」一首に置き換えて書き記すことになっています。

聞の名目に因んだ名所の歌は次の通りです。

松名所の歌

「常盤なる千々の松原いろふかみ木高き影のたのもしきかな(続千載和歌集2143 前中納言匡房)」

竹名所の歌

「呉竹の代々の都ときくからに君はちとせのうたがひもなし(新勅撰和歌集453 中納言兼輔)」

梅名所の歌

「梅の花にほふ春辺はくらぶやま闇に越ゆれどしるくぞありける(古今和歌集39 紀貫之)」

鶯名所の歌

「あふ坂にけふもとまりぬうぐひすのなく一聲や春は関守(金葉和歌集23:藤原顕頼朝臣)」

これら4首を「名所の歌」というからには、何処かそれなりの「歌枕」でもあろうかと調べてみました。

「常盤なる…」 の意味は、「いつまでも変わらない千々の松原の松の緑も深くなったので、高く伸びた木の影も頼もしいことだ」というところでしょう。詞書に「堀河院御時、寛治元年大嘗会悠き方風俗の歌、千松原」とあり、大嘗祭(だいじょうさい)のとき、東方の祭場となる悠紀殿で詠われたもののようです。詠人は、大江匡房(おおえのまさふさ)で、歌に「千々の松原」、詞書に「千松原」があることから、滋賀県彦根市松原町にある近江八景の歌枕「千々の松原」を詠んだものではないかと思われます。

「呉竹の…」の意味は「呉竹の節と節との間がいくつも連続しているように神代からの代々の神殿のあるところだと聞いておりますので、あなたさまが千年も長生きなさることは疑いもありません」というところでしょう。詠人は、藤原 兼輔(ふじわらの かねすけ)で、詞書に「勅使にて、斎宮にまゐりてよみ侍りける」とありますので、「伊勢の斎宮」のある現在の三重県多気郡明和町辺りにあった竹の名所を詠んだのだろうと推測がつきました。調べてみますと『大和物語』にこの歌が引用されており、そこには「かの斎宮のおはします所はたけの宮となむいひける。」とあることから、「多気(たけ)の宮」と「竹の宮」が掛詞になっていることが分かりました。また、出典では「代々の」、他書には「代々の宮こ」との当て字の違いはありましたが、「竹の都」も「竹の宮」も、斎宮御所を示す歌枕でした。

「梅の花に…」の意味は、「梅の花の香りが漂う春の頃は、暗部山を闇夜に越えても、芳しい香りで花の在り処がはっきりとわかる」というところでしょう。は、詞書に「くらぶ山にてよめる」とありますので、京都府京都市左京区にある「鞍馬山」 で梅を見て詠んだのでしょう。「くらぶ山」は「くらま山」の古称とされ、暗い場所を意味する「暗部(くらぶ⇒闇部)」の字が当てられていますが、古来、春は花、秋は紅葉の名所として親しまれてきた歌枕です。この歌は「暗部山」と「梅」を最も端的に結び付ける代表作と言えましょう。香道では、忍鎧の 香書『十種香香暗部山』で思い出す方もいらっしゃるのではないでしょうか?

「あふ坂に…」の意味は「逢坂の関に今日も留まっている鶯の鳴く一聲は趣深く、春は関守も良いものだなぁ」というところでしょうか。詞書に「関路聞鶯といへる事をよめる」とあり、「逢坂の関 」を想定して、そこで聞いた鶯の声を詠ったものだと思います。「逢坂の関」は、滋賀県大津市大谷町にある歌枕で、古来 、数多くの歌に様々に詠みこまれています。そのため「鶯の名所」と限定されるものではありませんが、「関路鶯(せきじのうぐいす)」という歌題もよく出されたようで「鶯の鳴けどもいまだふる雪に杉の葉しろき逢坂の山 (新古今和歌集18 太上天皇⇒後鳥羽院)」など「逢坂の関の鶯」を詠んだ名歌も数多く 存在します。なお、出典では「春関守」となっていますが、異本を含めて「春関守」が優勢ですので、このコラムでは書き換えて掲載しています。

このように執筆は、 各自の名乗の下に歌を1首ずつ上の句、下の句を2行に分けて、連衆の数だけ和歌を書き記すことになっています。連衆が10人ならば10首書かなければならず大変な執筆作業となりますが頑張って下さい。また、「名所の歌 」の中に「鶯」の存在が認められるのは「逢坂の関」の1首だけですので、「松・竹・梅の名所に鶯が飛んできて一声啼くかどうか ?」は、皆さんの結ばれる心象風景にお任せしたいと思います。

続いて、執筆が歌を書き終えましたら、香元に正解を請い、香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆は、これを聞 いて香の出の欄には要素名をそのまま2つ右左に並べて書き記します。

この組香の点数について、出典には「あたり長一点、独りは二点なり」とあり、初後の香を順番通りに2つ当てた場合は、複数の要素の当りを示す「長点」を和歌の右肩に掛けます。また、連衆のうち唯一人当たった「独聞」の場合は2点が掛けられます。また、この組香に下附はなく、和歌に掛けられた点の有無や数が各自の成績を表します。

最後に勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

名古屋や熊本ですと立春はまさに「春」で、梅も咲き、鶯も啼きましたが、仙台の梅の開花は3月の初め頃で、鶯も4月までは笹鳴きです。皆様も「名所鶯香」で一足早く「鶯の初音」を聞いてみてはいかがでしょうか。

 

近所の紅梅は緑の立ち枝に臙脂の小さくて堅い蕾がついています。

雪が積もりますとイタリアンカラーとなり、これはこれで春待つ気分になります。

香を留むる梅の若枝や誘うらし春立ち来ぬと鶯の鳴く(921詠)

 組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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