月の組香

「住吉の松」に永久を寿ぐ組香です。

組香の基本ともいえるシンプルな構造でどなたでも楽しめます。

※ このコラムではフォントがないため「ちゅう」を「*柱」と表記しています。

 

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説明

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  1. 香木は、5種用意します。

  2. 要素名は、君が代の」「久かるべき」「ためしには」「兼ねてぞ植えし」と「住吉の松」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「君が代の」「久かるべき」「ためしには」「兼ねてぞ植えし」は各2包、「住吉の松」は1作ります。(計9包)

  5. まず、君が代の」「久かるべき」「ためしには」「兼ねてぞ植えし」各1包を試香として焚き出します。(計 4包)

  6. 手元に残った君が代の」「久かるべき」「ためしには」「兼ねてぞ植えし」の各 1包「住吉の松」1包を加えて打ち交ぜます。 (計5包)

  7. 本香は、廻ります。

  8. 連衆は、試香と聞き合わせて、名乗紙に要素名を出た順に 5つ書き記します。

  9. 点数は、客香の「住吉の松」の当たりは2点、その他は1点と換算します。

  10. 正解に付する「合点」は、得点の数だけ名目の右肩に書き付します。

  11. 下附は、全問正解が「皆」、全問不正解が「無」、その他は点数を漢数字で書き附します。

  12. 勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。

 

桜咲き「新しきもの」がそこかしこに顔を出す季節となりました。

昨年6月に、サイトを立ち上げた時から目標としていた『香道』の掲載組香数226組を超え「大願成就!」と独り悦に入っていましたが、内心では、コラムの掲載を続けている間に翻刻された『香道蘭之園』の236組を新たな目標として取り組まなければとは思っておりました。 「大願成就!」という言葉は、「いつ止めてもいいよ。」と自分を楽にするための免罪符に過ぎなかったのかもしれません。

そうこうしているうちに、半ば「癖」で続けている我が「今月の組香」は236組目を迎え、私の知る限りでは、解説付きの組香書の中では、掲載組香数「日本タイ記録」となってしまいました。当然、来月の「日本新記録」も このまま「癖」で達成してしまうでしょうが、一方では、今後のマイルストーンを無くし、標無き旅に放り出された気分も心の隅にあります。

1997年以来、 この20余年で出会ったネット香人は数知れず、中には、いくつもお教室をもつ大師匠になった方や相変わらず好事家として聞香サロンを楽しんでおられる方、香道界からスピンアウトして別の道で大家になられた方もおられます。もちろん香道界にも様々な流派・会派の栄枯盛衰がありました。私が香道界の行く末を思う時、素材である「香木の高騰」と昭和の復興期を支えた「香人の高齢化」に起因する「本質の劣化」が起こらないかと心配してしてしまいますが、そういう時代をも背負うプレーヤーが現れて、香道の深遠な世界を「実業」として後世に繋いで行っていただければと思います。

仙台に帰って、相も変わらず「お香旱の香的生活」の中、もはや 研究者と称するのもおこがましい感じのする私ですが、実業家の皆様のお邪魔にならないように、まだ知られていない組香や忘れられたノウハウの発掘・固定化に努め、香道界に暖かい風を送って参りたいと思っています。 たまには、覗いていただいて「まだやってたの?」とお声がけいただければ、照れ笑いを浮かべて「蝶々の羽ばたきが万民の耳に届くまで書き続けるよぅ〜」と意味の分らないセリフを返すつもりでおります。

今月は、香道よ永遠なれの願いを込めまして「住吉香」(すみよしこう)をご紹介いたしましょう。

「住吉香」は、菊岡沾涼(せんりょう)編の『香道蘭之園(附録)』の236組目に掲載された「祝香」です。同名の組香は、大枝流芳編『香道瀧之絲(下)』「古組香十品」(6組目)をはじめ、叢谷舎維篤撰の『軒のしのぶ(一)』(10組目)や水原翠香著の『茶道と香道』(11組目)にも掲載があります。また、組香書ではないのですが、『志野流香道目録』には「三十組」(15組目)として掲載があり、飯田政宣、小野朝登、伊與田勝由、伊藤辰芳の共著である『御家流三十組索引』『御家流三十組包形』には「中古十組」(19組目)として 、総包には「橋鳥居松の絵」を用いることや試香包、本香包の図解が記され、閑柳菴撰、細谷松男校の『御家流香道寸法書』(19組目)には 、包の折形も掲載されていることから、いずれ流派を問わず三十組以内のとても基本的な組香であることが分かります。

一方、同名異組は、『香道蘭之園(二巻)』に掲載があり、こちらは3種組で「松風」「月」と客香の「雁金」を所定の方式で結び置きし、その1結びのみを焚き出し、聞の名目で答える「秋の組香」となっています。今月は、満願の祝いも込めて『香道蘭之園』の最後の組香である「住吉香」をご紹介することといたしましたが、この書の本文には君が代の 久かるべき ためしには かねてぞうえし(各一包づつ、試外にあり) 住吉の松(一包、試なし)」「此の五包、五*柱とも聞く也。住吉の松は両点也。其の他はみな一点也。」と短い記述があるのみでした。 そこで、今回は享保年間に出版され最も古く、かつ詳しい記述のある『香道瀧之絲』を出典として書き進めたいと思います。

まず、この組香には証歌があります。

「君が代の久かるべきためしに兼ねてぞ植えし住吉の松(詞花和歌集170 読人しらず)」

この歌は『詞花集』の「賀」の項目に掲載されており、意味は「君が代が末永く栄えるであろうという証拠として、あらかじめ植えておいた住吉の松よ」というところでしょう。組香としても『軒のしのぶ』では「祝香」に分類され、『茶道と香道』でも「此の香めでたき歌なれば祝席に可なり。」とありますので、「祝香 」と分類して憚るところは無いでしょう。また、この歌は、『太平記』「君が代の短かるべきためしには兼てぞ折れし住吉の松」パロディー化されて落書されたという話 も載っています。これを受けてか、地歌『万歳獅子(ばんぜいじし)』では、「君が代の短かるべきためしには兼てぞ折れし住吉のぅ〜♪」と唄い、「松の双葉は落葉となっても離れず、妹背との契りは堅く変らない」という艶っぽい歌詞が付け加えられています。

因みに、『詞花集』では「後三条院住吉まうでによめる」と詞書があり、「ためしにに加えて神も植えけむ住吉の松」と書かれた原典もあります。こうなると下の句は「神も植えたのだろう住吉の松を」という意味になり、帝の御代を寿ぐ歌としては理解しやすくなります。いずれ、香書はすべて「ためしには兼ねてぞ植えしとなっていますので証歌としては、そのままでよろしいかと思います。

次に、この組香の要素名は、「君が代の」「久しかるべき」「ためしには」「かねてぞ植えし」と「住吉の松」となります。これは、喜撰法師の「おくやまに…」を題材とした「山路香」と同じく、証歌を構成する五句を分けて、そのまま要素名とする手法です。

さて、この組香は、香5種、全体香数9包、本香数5炉となっており、構造は至って簡単です。まず、「君が代の」「久しかるべき」「ためしには」「かねてぞ植えし」は各2包作り、「住吉の松」は1包作ります。次に「君が代の」「久しかるべき」「ためしには」「かねてぞ植えし」のうち各1包を試香として焚き出します。試香4包が焚き終わりましたら、手元に残った「君が代の」「久しかるべき」「ためしには」「かねてぞ植えし」の各1包に「住吉の松」を1包加えて打ち交ぜ、本香は5炉焚き出します。

因みに、『御家流三十組包形』では、総包には「橋鳥居松の絵」を用いると記載されていますが図は示されていません。一方、試香包と本香包については『御家流三十組包形』には姿図が、『御家流香道寸法書』には下図のとおり姿図と折り方が示されています。

『御家流香道寸法書』における包形

試香包

本香包

※『御家流三十組包形』では 、本香包と同じ包形となっている。

本香が焚き終わりましたら、連衆は試香と聞き合わせて、これと思う要素名を都合5つ名乗紙に書き記して回答します。 名乗紙が返って参りましたら、執筆はこれを開き、連衆の答えをすべて香記の解答欄に書き写します。ここで、出典の「住吉香之記」の記載例では、連衆の名乗(名前)が各自の答えの下に書かれ、下附が 名乗の下に書かれています。これは、単なる書き忘れの後付けか、歌の作る景色を第一義に考えて、そのように演出したものかどうかはわかりませんが、この組香の特徴としてご紹介しておこうと思います。

続いて、各自の答え書き終えましたら執筆は香元に正解を請い、香元は香包を開けて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香の出の欄に要素名を出た順に5句書き記します。今度は、記録を横に見て、香の出と同じ要素名が書かれているものに合点を打ちます。出典では「住吉の松は長点、其の外は平点」とあります。「長点」 は2つ以上の要素を聞き当てた時に使用される点であり、客香の加点要素を示す時は点を2つ打つのが常道です。案の定、「住吉香之記」の記載例では、2点が掛けられていたので、客香である「住吉の松」の当りには答えの右肩に2点を掛け、その他の当りには1点を掛けます。

合点を掛け終えましたら、各自の得点を計算します。前述のとおり、客香が2点、その他1点ですので、最高得点は5点となります。下附は、全問正解には「皆」、全問不正解ならば「無」と記載し、その他は漢数字1文字で点数を書き附します。

因みに、『軒のしのぶ』にも香記の記載例がありますが、こちらは通常どおり、名乗は最上段で、そのかわり下附がなく、成績は合点の数で示すようになっています。

最後に勝負については、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなりますが、 ただし、出典には「たとへ四*柱平点有るとも客の聞きあたるを勝ちとさだむるなり」とあり、その他の要素を4つ当てた4点と客香とその他2つを当てた4点のように、「同点の場合は客香を聞き当てた方を優先する」というルールが定められていますので、これに随いましょう。

 「住吉香」は、おめでたい席にふさわしい組香です。構造もシンプルで分かり易いので、お正月と言わず、様々な祝席や大寄せなどでも是非お楽しみいただければと思います。

 

三代の師匠から受け継いで組香書の集大成を目指した菊岡沾涼ですが・・・

最後になって「住吉香」の書き忘れに気づいたのでしょうか?

今更ながらにご紹介している私と同じ匂いがします。( *´艸`)

 道まもる言の葉もかは二十年にしるべあらなむ連理松が枝(921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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