三月の組香

歌会で詠まれる和歌の形式をテーマにした組香です。

正解の鍵となる香を自由に組めるところが特徴です。

 ※ このコラムではフォントがないため「」を「*柱」と表記しています。

説明

  1. 香木は、6種用意します。

  2. 要素名は、「一」「二」「三」「四」「五」「六」す。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. この組香は、各要素のうち任意の2種を試香として焚き出すことができます。

  5. 例えば、「一」と「二」は各2包作り、「三」「四」「五」「六」は各 1包作ります。(計8包)

  6. 「一」「二」のうち各1包をを試香として焚き出します。(計2包)

  7. 手元に残った「 一」「二」各1包に、「三」「四」「五」「六」の各 1包を加えて打ち交ぜます。(計6包)

  8. 本香は、6炉回ります。

  9. 連衆は、試香で聞いたことのある香が、6炉のうち何番目に出たかを判別します。

  10. 回答は、順番見合う「聞の名目(ききのみょうもく)」を2つ名乗紙に書き記して回答します。(委細後述)

  11. 執筆は、香の出の欄にあらかじめ「一 二 三 四 五 六」と縦一列に書き記しておきます。

  12. 執筆は、正解を聞き、試香と同香が出た順番の番号の横に「〇」を記します

  13. 点数は、要素の当りにつき1点となります。

  14. 下附は、全問正解には「全」、その他は点数を漢数字で 「一」を記載します。

  15. 勝負は、最高得点のうち上席の方 に香記が授与されます。

     

 「願わくは花の下にて春死なむ」の季節となりました。

今月、私もとうとう名実ともに「還暦」となります。なんですか誕生日の翌日からは「本厄」の年を迎えるということになるらしく、「めでたさも中くらいなりおらが春」というところです。正月に知り合いの茶人の初釜に添えさせていただいて「華甲香」を催しました。「席入りには、赤いもの身に着けること!」というお達しを師匠が発令した「赤縛り」の席、皆さん思い思いの紅いワンポイントを身に着けていらっしゃいました。私は、赤い猪の香袋を根付のようにして、何食わぬ顔で連衆の席入りをやり過ごし、すかさず奥の間で赤頭巾を被り、赤いちゃんちゃんこを羽織って、香元入場<m(__)m>…本席から「ワ〜ッ」と歓声が起こり、後は何をやっても大丈夫と言えるほど席が和みました。

茶会も終わって片付けをしている最中に、ゲストで来られたある香人の悩みを聞きました。「私は、もう10何年もお稽古をしているのに、師匠から許状の話を聞いたことがない。社中から抜けても香道は続けられるのだろうか?」というものでした。

私の事情を知って話して来こられたのですから、まずは期待に応えて「香道とは『悟道』のようなものです。組香や点前をいくら知っていても、本当に極めるべき真意は別の次元にあります。通常の稽古では、この次元の伝授は行われず、師匠が長い付き合いの中でその人の器量を見極めています。狭い世界ですから「大人の事情」もあるかもしれませんが、師匠が「未だ心叶わず」と見ているならば、それは自分にもどこかしらそういうところがあるのだと受け入れることが大切かと思います。」と答えました。

次に、「香道はもともと完全相伝で香木と伝授の質を守って来ました。稽古を続けるにつれ次世代を担える人材は自然淘汰され、師弟ともお互いに心積もりができるものです。自分がその器量に満たなければ、独立しても粗製乱造になってしまいます。このことが、どうしても承服できず、社中を離れるならば、師や仲間を失っても自分で学ぼうとする『決定心(けつじょうしん)』を常に維持することが必要になります。ただし、新しい地平線を見られる方は、ほんの一部分です。大半は砂漠を彷徨った挙句に適当なオアシスを見つけて定住し、スピンアウトしていった方を私はたくさん見てきました。この質問の答えは、ご自身の「決定心」にもう一度問うてみる必要があるのではないですか。」と申しました。

年季だけを考えて修行半ばで勝手な香をしようとしても、内実の伴わない香となってしまいます。この方に発した言葉は、鏡のように全て私に帰って来ました。この日の「華甲香之記」に「建立」は無く、「回生」ばかりが目立ったのです。これは正に席主側の「自責点」・・・私自身も今まで以上に「弛まぬ精進」が必要だと感じた香席でした。

今月は、和歌の六義をちりばめた「風雅香」(ふうがこう)をご紹介いたしましょう。

「風雅香」は、『外組八十七組之内(第六)』に掲載のある「雑」に属する組香です。『外組八十七組之内』は、全九巻で、一巻は春、二巻は夏、三巻は秋、四巻は冬とそれぞれ「四季組」を主体としており、五巻から八巻までは季節に関わらず催行することができる「雑組」が掲載され、最後の九巻では「祝組」を主体にするという構成になっています。今回、ご紹介する組香を探していおりましたら、題号の「風雅」の文字が琴線に触れました。「高尚で、雅な趣のあること」は、私のような田舎貧乏香人の憧れです。早速、読み込みましたところ季節の縛りはなく、なかなか面白い趣向も見られたため、ご紹介するにふさわしいと判断いたしました。今回は他書に類例も無いことから、『外組八十七組之内』を出典として書き進めたいと思います。

まず、この組香には証歌がありません。題号が「風雅」とされた理由を探るために小記録全体を見回しますと、そこには「聞の名目」として「一 そへ歌、二 かそへ歌、三 なすらへ歌、四 たとへ歌、六 祝歌」と列挙されていました。漢字が「歌」であることは間違いないので、これらの言葉の関連性を考えましたところ、『古今和歌集』の仮名序を思い出しました。『仮名序』を調べましたところ案の定、これは「和歌の六義(りくぎ)と言われる和歌の六種の風体のことで、紀貫之(きのつらゆき)が漢詩の六義を転用して述べた「そえ歌、かぞえ歌、なずらえ歌、たとえ歌、ただごと歌、いわい歌」合致していました。こうして、広く詩歌を意味する「風雅」という題号で「和歌の六義」の景色を表す、この組香の主旨が理解できたというわけです。

因みに、「六義」と言えば、平成17年11月に「六儀香」という外組の盤物をご紹介していますが、こちらは「住吉方」「玉津島方」の二手に分かれ「短歌、長歌、混本歌、折句、俳諧歌、旋頭歌」という和歌六形式を聞の名目として聞き比べを行う組香でした。また、紀貫之引用した「漢詩の六義」とは、『詩経』大序にみえる中国古代詩の6分類のことで、事柄や思いをそのまま述べる「賦(ふ)」、比喩を用いて述べる「比(ひ)」、事物に感じて思いを述べる「興(きょう)」、民間に行われる歌謡の「風(ふう)」、宮廷で謡われる「雅」、祖先の徳をたたえる「頌(しょう)」を言います。

次に、この組香の要素名は「一」「二」「三」「四」「五」「六」と匿名化されています。これは、単に「六種の香を用いる」ということを意味しており、例えば「聞の名目」の景色を結ぶ素材という意味もなく、大半が聞捨てとされる香木の単なる「仮の番号」と解釈してよろしいかと思います。

さて、この組香は香6種で、全体香数は8 包、本香数は6炉となっています。香種・本香数ともに「6」となっているのは「六義」に通ずるものに他なりません。この組香の構造は至って簡単ですが、若干「捻り」を加えられています。まず、「一」「二」「三」「四」「五」「六」にあたる香木を用意し、そのうち任意の2種のみ2包作り、あとの4種は1包のみ作ります。このコラムの小記録にはあたかも「一」と「二」を2包ずつ作るように書かれでいますが、これは最も簡潔に書くための例示であり、「三」と「六」や「一」と「五」が2包であっても構いません。亭主(出香者)の好みで気に入っている香や季節に合わせた銘のある香を用いたり、正解の出目を意識して好きな六義を抽出するなど様々な観点で自由に選ぶと良いでしょう。香組の腐心は、執筆の間にでも披露すると座が和みますし、亭主の思い入れに感心されることもあると思います。この「自由裁量」の香組がこの組香の 第一の特徴と言えましょう。

そして、任意に選んだ2種のうち1包ずつを試香として焚き出します。連衆は試香を良く聞き覚えておきましょう。

本香は、「一」「二」「三」「四」「五」「六」の各1包を打ち交ぜて順に焚き出します。こうすると試香のある「地の香」が2種、試香の無い「客香」が4種出ることとなります。当然、客香が1炉ずつ複数出ますので、これらは判別不能となり、回答には関与しない「聞き捨て」となります。これは、「星合香」で「牽牛」「織女」を見出すために配置された5種の「仇星」のようなもので、「ウ 四種」でも成り立つ構造ですが、やはり創作者は要素名を「6つ」並べたかったのだと思います。

続いて、本香が焚き出されましたら、連衆は試香と聞き比べ、聞いたことのある香は「〇」、聞いたことのない香は「×」とメモしておきましょう。6種の香が焚き終わりましたら、何番目と何番目に「〇」(地の香)が出たのかを確かめて、名乗紙にその番号に当てはまる「聞の名目」を2つ書き記して回答します。

ここで、注意すべきことは、試香で「試香『一』でございます。」「試香『二』でございます。」と宣言されて出た「要素名」で回答するのではなく、あくまで6炉焚き出された香炉のうちの「何番目か」で答えることです。このことについて、出典では「たとへば試したる香、三*柱目と六*柱目とに出たると聞くは、なすらへ歌、祝歌と書付出だすべし」とあり、小記録のように「一」と「二」が各2包となっていても、「一」の出たのが「3番目」で「二」の出たのが「6番目」であれば、3番目と6番目に「〇」がある筈なので、要素名の順に関わらず「3番目」と「6番目」に対応した聞の名目を2つ書き記して回答することとされています。

回答に使用する「聞の名目」について、分かり易くすると下記のとおりとなります。

香の出と聞の名目

地の香の出 聞の名目 解釈等
1番目

そえ歌(諷歌)

他の事にこと寄せて思いを詠む歌。漢詩の「風」にあたる。

2番目

かぞえ歌(数え歌)

感じたことをそのまま詠んだ歌。漢詩の「賦」にあたる。

3番目

なずらえ歌(準え歌)

想いを他の物事になぞらえて詠んだ歌。漢詩「比」にあたる。

4番目

たとえ歌(譬え歌)

思いを自然の風物になぞらえて詠んだ歌。漢詩の「興」にあたる。

5番目

ただごと歌(徒言歌)

正しい世の中をありのままに詠んだ歌。漢詩の「雅」にあたる。

6番目

祝歌(いわい歌)

祝いことほぐ歌。漢詩の「頌」にあたる。

このように、聞の名目は「和歌の六義」がそのまま配置されており、各自回答は即ち 「各自がどのような形式の歌を詠んだか」ということに擬えてあり、香記はあたかも歌会の記録のように記されることとなります。

名乗紙が返って参りましたら、執筆はこれを開け、連衆の回答を全て書き写します。執筆が正解を請い、香元が正解を宣言しましたら、執筆は香の出の欄に正解を記載します。これについて出典では「又、記録本香の所は一二三四五六と認め置きて、出たる香に印を付ける」とあり、続く「風雅香之記」の記載例を合わせ見ますと、執筆は、あらかじめ香の出の欄に「一 二 三 四 五 六」と縦一列に記載して置き、地の香が出た2つの番号の右横に「印」を付すこととなっています。この記録法がこの組香の「第二の特徴」と言えましょう。

そして、執筆は、正解となる名目を定め、それと同じ答えの右肩に合点を 掛けます。この組香の点数は、名目の当たりにつき各1点として全問正解で2点となります。下附は、全問正解を「全」とし、その他は点数とします。「点数」と言っても「全」以外は「一」しかありません。

最後に勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。この組香では、例えば、「一」と「二」が地の香で正解が「3番」と「6番」だった場合「なずらえ歌」「祝歌」と書けば、たとえ「一」と「二」は入れ違えていても正解という曖昧さが「味」となっています。これについて、「もっと厳密に!」としたい場合は、「聞の名目」に添えて試香で聞いた「要素名」を小さく添える方法もあるでしょう。すると、同じ「なずらえ歌」「祝歌」でも「なずらえ歌 」「祝歌 「なずらえ歌 」「祝歌 では全問正解と無点の差が出ます。このことについては、出典に「尤、場所合いても一二の違いあれば不当りと考えるべきか」とあり、想定はしていたようです。

ひな祭りから始まる「弥生」は、まさに「春の雅」のスタートラインのような気がします。次第に華やかになっていく景色や人々を愛でながら、皆様も「風雅香」で歌会と洒落こんでみてきいかがでしょうか?

 

我が第一人格であった「お伽の国小役人」とオサラバしますと

第二人格の「晴れ時々香人」が次第に頭角を現してくるでしょう。

第三人格の「忘れかけた時の役者」は極稀に発現させるとして…

名実ともに迎えた老後は、たくさんの「風雅の友」に囲まれて生活したいものです。

 宮仕え辞して晦日の月おぼろ生業なきは安らえど憂き(921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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