春の月見をテーマとした組香です。
春の夜の月景色に「花」を想い浮かべながら聞きましょう。
※ このコラムではフォントがないため「」を「
*柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は、3種用意します。
要素名は、「春」「霞」と「月」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「春」「霞」は各2包、「 月」は1包作ります。(計9包)
まず、「春」「霞」の各1包を試香として焚き出します。(計 2包)
手元に残った「春」「霞」の各 3包を打ち交ぜて、任意に1包引き去ります。(3×2−1=5包)
残った5包に「月」1包を加えて打ち交ぜます。 (計6包)
本香は、「二*柱聞」(にちゅうぎき)で6炉廻ります。(2×3=6包)
連衆は、2炉ごとに試香と聞き合わせて、名乗紙には要素名を2つと「聞の名目」を1つを3段に分けて書き記します。(私見:委細後述)
点数は、組ごとに2*柱当りは2点、一*柱当りは1点、「月」の当りは2点とし、2*柱とも当らなければ−1点とします。
当否は、得・失点の数だけ名目の右肩に「点」や「星」を掛けます。
下附は、全問正解が「点七」、全問不正解が「 星三」、その他は「点〇」「星〇」と並記して書き附します。
勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。
夕べの月が優しい光を放つ季節となりました。
「老い楽」の序章を踏み出す此の春は、残務整理で「梅」の季節を飛ばしてしまいましたが、「桜」はゆっくりと堪能できそうです。ずいぶん前のことになりますが、桜の盛りに京都を訪れたことがあります。東山から銀閣まで、柔らかな春の光を浴びながら小径を選んで散策したのですが、どこまでも「日本の春らしすぎる」景色の中から聞こえていた「鶯」の声調の正しさと美しさに感動したことは、以前にもこのコラムにご紹介したかと思います。
その夜は、円山公園に与謝野晶子も愛でたという「祇園の夜桜」を見に行きました。たくさんの花見の宴を縫うようにして辿り着き、見上げたシダレザクラはライトアップされていて、明らかに他の桜たちとは異なる「大人の女性」の「艶」と「憂い」を帯びて咲き誇っていました。加えて、夜空にはお誂え向きの朧月が輝いており、それは東山魁夷の「花明かり」そのもので、私は『源氏物語』の「花宴」の光景を思い浮かべつつ、いつまでも見上げていたことを思い出します。桜の名所に生まれ育った私ですが、「夜桜」と言えば、決して爛漫の華やかさだけではない「花街の夜桜」を思い出してしまいます。
今月は、春霞に一点の月が浮かぶ「春月香」(しゅんげつこう)をご紹介いたしましょう。
「春月香」は、『軒のしのぶ(五)』に掲載された「春」の組香です。この組香は、シンプルで「春の夜の月」を端的に表した組香なのですが、何故 かご紹介が遅れておりました。その理由は、おそらく「花」の景色が直接的に見えて来ないため「地味」に感じられて、他の「花の組香」に先んじられていたのかもしれません。ところが今回、伝書を見返していたしましたところ、この組香は微視的には「かすむ夜空に浮かぶ月」しか見えませんが、巨視的には「かすむ夜空に浮かぶ月、下には霞と見まがう桜の花波」が観えても良いのではないかと思い、ご紹介することといたしました。このようなわけで今回は、他書に類例も無いため『軒のしのぶ』を出典として書き進めたいと思います。
まず、この組香に証歌はなく、その趣旨は題号に端的に表されているかと思います。3種組で要素名もシンプルなため、物足りない感じがする方もおられるかも知れませんが、後述する「聞の名目」が春の明るい夜の景色を彩っているので香記は美しいものとなる筈です。その中に「山の端」という言葉があることから、私は、少し引き目で組香の景色を見ることができ、そこから前述の「霞と見まがう桜の花波」が見えてきたというわけです。おそらく、創作者の作意は近景に向けられ、「花」は枝垂れ桜が一枝あれば事足りるような、「暖かくて静かな月夜」を小さな世界観で表したかったのかも知れません 。しかし、私としては、「遠・近」をはじめ様々な「陰・陽」を取り混ぜた「月明かりと花明かりで遠くまで見晴るかすことのできる春の夜」を景色として、広い世界観で捉えることもできるかと思います。
次に、この組香の要素名は「春」「霞」と「月」です。「春」と「霞」が合わさった「春霞」は、春の季節に立つ霞のことですが、冬から春になると空気中の湿度が上がり、遠くの景色がぼやけて見える状態になること言います。「春」と「霞」だけですと昼にも夜にもかかり、それを背景とした主役は「花」も「月」もある訳ですが、この組香では「月」を主役として「朧月夜」の景色を表そうとしています。ただし、この組香は聞の名目に「梢の花」がありますし、前述のとおり「霞は花にも見える」ことから、作者は「花」の存在を完全に捨象しているわけではないと思います。この組香を鑑賞するには、「朧月夜」に当然あるべき「花」の景色を想定することが肝心だと思います。
さて、この組香は、香種は3種、全体香数9包、本香数6炉となっており、構造には少し「ひねり」が掛かっていると言って良いでしょう。まず、「春」と「霞」を4包ずつ作り、「月」は1包作ります。次に、「春」「霞」の各1包を試香として焚き出します。すると、手元には「春」「霞」が3包ずつ残りますが、これを打ち交ぜて任意に1包引き去り、残った5包に「月」の1包を加えて、本香6包を作ります。その際、引き去った1包は「捨て香」として総包に戻します。そうしてできた6包を打ち交ぜて、本香は2包ずつ3組を意識して「二*柱聞」で焚き出します。
本香が焚き出されましたら、連衆は試香と聞き合わせて、要素名を出た順に2つ書き、2炉ごとに香の組合せに見合った「聞の名目」を1つ定めて書き添えます。答えは3組分を3段にして名乗紙に書き記して提出します。(この部分の解釈は私見です。)
答えに使われる聞の名目は、下記の通り配置されています。
香の出 | 聞の名目 | 解 釈 |
春・春 | 梢の花(こずえのはな) | 梢に咲く桜越しに見上げる月 |
霞・霞 | 八重霞(やえがすみ) | 幾重にもたちこめた霞越しに見る月 |
春・月 月・春 | 木の間(このま) | 木々の間から覗く月 |
春・霞 霞・春 | 山の端(やまのは) | 山の稜線にかかる月 |
月・霞 霞・月 | 朧夜(おぼろよ) | 霞がかかって月のおぼろな夜 |
このように、要素名の前後を問わず5通りの組み合わせで、主役である「月」を見上げるシチュエーションを表 す言葉が配置されています。
本香が焚き終わり、名乗紙が返って参りましたら執筆はこれを開き、連衆の答えの「聞の名目」だけを全て香記に書き写します。執筆が正解を請い、香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香記の香の出の欄に右・左、右・左と3段に「千鳥書き」し、正解となる聞の名目を定めます。
続いて、執筆は正解の名目に合点を掛け、点数を付ける段となりますが、これについて出典には「2*柱当り二点、一*柱当り一点、月の当たり二点、二*柱とも当らねば一星」とあります。これにより執筆は、まず、正解の名目と同じ名目には2点を掛けます。次に、この組香では「片当たり」が認められていますので、連衆が答えた名目の要素名を分解して、そのうち1つでも合致した要素があれば1点を掛けます。さらに、客香である「月」には加点要素があり、要素名として「月」を聞き当てていれば2点とし、「月」を含む名目が正解と合致していれば都合3点となります。そして、名目を構成する要素が2つとも間違っていると−1点となります。
例:香の出が「朧夜(霞・月)」の場合
「朧夜(霞・月)」と書いた人は3点
「木の間(春・月)」と書いた人2点
「山の端(霞・春)」「八重霞(霞・霞)」と書いた人は1点
「梢の花(春・春)」と書いた人は−1点
※ 下線部は聞き当たっている要素
ここで、出典には「二*柱づつ、三度に聞く」の後に「要素名の組合せと聞の名目」が列挙されており、「聞の名目で答える」とも「要素名で答える」とも書いてありません。しかし、常の如く「聞の名目」だけで答えを書いていまうと、構成要素の前後が不明となり「朧月(霞・月)」を完全に入れ違えている「朧月(月・霞)」でも正解2点となってしまいます。もしかすると、全問聞き外しても綺麗に入れ違えていれば満点とか、聞き外しが多いのに得点が上位となってしまう場合もあるかも知れません。これはこれで「雅」としておおらかに捉えるべきなのかもしれませんが、現代ではなかなか納得のいかない遊び方になってしまいます。そこで、私は、連衆の答えは「要素名2つと聞の名目1つを併記」してもらい、記録の段で執筆が「聞の名目」のみ書き写す方式ならば、名乗紙には要素の前後が残っていますので、同じ名目でも要素ごとに当否を判別することができると思い、前述のような回答方法を提案いたしました。(源氏香の「香之図と巻名を併記」と同じイメージです。)また、執筆は大変ですが「要素名のみ出た順に6つ書いてもらい、記録の段で執筆が2つずつ組合せて聞きの名目を書き記す」という方法もあるかと思いますので、この点はローカルルールを定めて催行してください。
こうして、各自の得点が定まりましたら、下附を書き附します。この組香の下附は出典の「春月香之記」の記載例に得点に見合う漢数字を付けて「点〇」減点には「星〇」を並記するように書かれています。この組香では聞の名目が3つですので、全問正解は「月」の加点を含めて「点七」となります。一方、全問不正解は「星三」となります。また、「星」が無ければ「点」のみ1列で記載します。
最後に勝負は、「点」から「星」を差し引いて、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
春の夜のそぞろ歩きは、それだけでも「艶」なる気持ちとなり、見上げる月にも桜にも「想う人」がぼんやり浮かぶものです。皆さんも「春月香」で朧月夜に桜の香りが立つかどうか確かめていただければと思います。
仙台で「枝垂れの夜桜」を見られるのは榴ヶ岡公園です。
ここで見られる「センダイシダレ」や「ヤエベニシダレ」は全国に子孫がいます。
実は「京都の春の粋」とも言える平安神宮の枝垂れ桜は仙台発祥なのです。
樹下の宴懐にして艶やかに朱気を帯びたる宵桜かな(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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