五月の組香

兜飾り

皇位継承により元号が改められる「改元」をテーマにした新組香です。

5つの香の出から4つの聞の名目を導き出すところが特徴です。

 

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説明

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  1. 香木は、5種用意します。
  2. 要素名は、「明治」「大正」「昭和」「平成」と「令和(れいわ)」です。
  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節感や趣旨に合うものを自由に組んでください。
  4. 「明治」「大正」「昭和」「平成」は各2包、「令和」は 1包作ります。(計9包)
  5. まず、「明治」「大正」「昭和」「平成」のうち各1包を試香として焚き出します。(計4包)
  6. 手元に残った「明治」「大正」「昭和」「平成」のうち各1包「令和」の1包を加えて打ち交ぜます。(計5包)
  7. 本香は、廻ります。
  8. 連衆は、試香に聞き合わせて要素名を出た順にメモします。
  9. 本香を聞き終えたところで、連衆は、炉順の「1と2」「2と3」「3と4」「4と5」を組み合わせて、名乗紙に「聞の名目」(ききのみょうもく)を4つ書き記して回答します。 (委細後述)
  10. 香元は、香包を開き、正解を宣言します。
  11. 執筆は、香の出から導かれる正解の「聞の名目」を定めます。
  12. 点数は、聞の名目の当たりにつき1点と換算します。
  13. 各自の当否は、「長点」 を答えの右肩に掛けます。
  14. 下附は、全問正解は「千代の栄 (ちよのさかえ)」、全問不正解は「さざれ石」とし、その他は点に関わらず「万歳 (ばんざい)」と書き付します。
  15. 勝負は、 最高得点者のうち 上席の方の勝ちとなります。

 

厳かに「御代改まる」緑生の季節となりました。

新元号「令和」の時代が参りました。先月の発表以来、何となく慶祝気分も高まって、「東京五輪2020」の前年にしては盛り上がりに欠けていた日本人のマインドが春の芽吹きのように膨らんでいく感じが見て取れるようになりました。

特に今回は、「天皇退位特例法」に基づく平成天皇の「生前退位」となりました。これは、第119代「光格天皇」以来、 実に202年ぶりの「譲位」ということになり、従前の皇位継承のように「崩御の訃報と悲喜交々」という状態にならず、社会全体に右肩上がりのベクトルが働いています。また、 今月から新天皇陛下の即位にまつわる国事行為で国内は祝儀尽くしとなるでしょう。5月1日の「剣璽等承継の儀」「即位後朝見の儀」から始まって、10月の「即位礼正殿の儀」「祝賀御列の儀」「饗宴の儀」、11月の「大嘗祭」、来年の「立皇嗣の礼」と続きます。お作法好きの私としては興味が尽き ず、これらをつぶさに心に刻みたいと思っています。

「浩宮さま」として昭和の同じ時代を生きて来られた今上天皇のお健やかな御代の久からんことをお祈りいたしますとともに、我々国民もこのベクトルに力を合わせて、日本史上もっとも高い「幸福度」を誇る「令和時代」にしていきたいと思っています。

今月は、皇位継承に因んだ新組香「改元香」(かいげんこう)をご紹介いたしましょう。

「改元香」は、私が旧知の香友に頼まれて創作した新しい「祝香」です。2月の終わり頃、今では身体の自由もままならないはずの香友から「あなたには御譲位にふさわしい組香を捜索していただきたいのです 。」との手紙が届き、自ら主催する香席の構想がつらつらと書き添えてありました。それが、実現可能かどうかはわかりませんが、私は「『譲位香』は儀式に関する知識と資料、その正確性も問われるので難しい」とお断りし、その際に「改元香ぐらいなら何とかなりますかね」と返事をしていました。 折しも、4月1日に国民が固唾を飲んで待ちに待った新元号の発表があり、ネットでは即座にその典拠や語感、「令」の文字に対する賛否が話題となりました。私もご多聞に漏れず「俄か国文学者」となり、『万葉集』を紐解いてその世界観を味わい 、「いつも春っぽい活力があって、みんな仲良く生きている感じがあって良いんじゃない?」と思いました。そのようなことから、今回は、彼の香友のリクエストに応えるべく 、オリジナルの組香を作ってみましたので、ご紹介したいと思います。

まず、この組香には、証歌を冠しました。

「万歳と三笠の山も呼ばふなる天の下こそたのしかるらし(拾遺和歌集274 仲算法師)」

これは、村上天皇(926年〜967年)の40歳の賀に山階寺(やましなでら⇒興福寺)から奉った州浜(すはま⇒祝儀の飾り物)に葦手(あしで⇒絵文字)で書かれていた歌です。意味は「『万歳\(^o^)/』と三笠の山が叫ぶ声が聞こえる。漢の武帝の嵩山(すうざん)の故事(※)のように、治まる御代の太平を喜び、万民が満ち足りて楽しんでいるのだろう。」ということでしょう。

  「三呼万歳声」(さんこばんせいのこえ)前漢武帝が崇山に登り天下泰平を祈ったので、臣下一同が武帝を讃えて万歳を叫んだら、山々にこだまして「万歳!、万歳!!、万々歳!!!」と3度返ってきたという故事

また、『和漢朗詠集』では、国歌の基となった、「我が君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで(775)」の後に掲載された「祝歌」の秀歌です。この組香は 、要素名と題号により「元号」をモチーフとした組香であることは、すぐに感じ取ることができると思いますが、「祝香」としてのイメージがつかみづらいところがあったため、「天の下こそたのしかるらし」時代を問わずに御代を寿ぐ意味に解釈できる証歌を据えて、奉祝の意を表しました。

次にこの組香の要素名は「明治」「大正」「昭和」「平成」「令和」とお馴染みの元号を配置しました。それぞれの要素名の意味については、下表のとおり解説を加えてみました。

要素名と解釈

要素名 元号の解釈等

明治

(めいじ)

 

1868125日〜1912730日まで(45年)

『易経』の「聖人南面而聴天下、嚮

「聖人南面して天下を聴き、明に嚮(むかひ)て治む」から、聖人が南面して政治を行えば、天下は明るい方向に向かって治まるという意味。日本での一世一元の制による最初の元号。

大正

(たいしょう)

 

1912730日〜19261225日まで(15年)

『易経』彖伝・臨卦の亨以、天之道也」

「大いに亨(とほ)りて以て正しきは、天の道なり」から、天の徳が支障なくゆきわたり、政が正しく行われるという意味。

昭和

(しょうわ)

 

19261225日から198917日まで(64年)

『書経堯典』の「百姓明、協萬邦」

「百姓(ひゃくせい)昭明にして、萬邦を協和す」から、人々が、それぞれ徳を明らかにすれば、世界の共存繁栄がはかられるという意味。

平成

(へいせい)

 

198918日から2019430日まで(31年)

『史記』の成」、『書経』の「地

「内平かに外成る」「地平かに天成る」から、家の中は穏やかで、世間も平和で安定しているという意味。

令和

(れいわ)

 

201951日〜

国書を典拠とする最初の元号。

『万葉集』の「初春月、氣淑風和」

「初春の令月にして、気淑く(きよ)風和らぎ」から、「人々が美しく、こころを寄せあう中で、文化が生まれ育つ」という意味とか…。(安倍内閣総理大臣談話)

このように、この組香は「一世一元の制」となって以来、皆様にもお馴染みの元号を要素名に据えて、当時の世相や風俗などにも思いを馳せながら時代の変遷を味わうことを趣旨としています。

因みに、「令和」については、皆さん既にご存知のことかと思いますが、後世のために原典全文をご紹介しておきます。

『万葉集』(巻第五 「梅花歌三十二首 幷序」)

この文章は、730(天平2)年に、大宰府の長官だった大伴旅人(おほとものたびと)の邸宅で開かれた宴席で山上憶良らが集まって詠んだ、「梅花歌三十二首」の序文です。

【原文訓読】

梅花の歌三十二首 幷せて序

天平二年の正月の十三日に、師老(そちのおきな)の宅に萃(あつ)まりて、宴会を申(の)ぶ。時に初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やはら)ぐ。梅は鏡前の粉を披く、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす。しかのみにあらず、曙の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きぬがさ)を傾く、夕の岫(くき)に霧結び、鳥は穀に封ぢらえて林に迷ふ。庭には新蝶舞ひ、空には故雁帰る。ここに天を蓋(ふた)にし地を坐(しきゐ)にし、膝を促(ちかづ)け觴(さかづき)を飛ばす。言を一室の裏に忘れ、衿を煙霞の外に開く。淡然自ら放(ゆる)し、快然自ら足る。もし翰苑にあらずば、何をもちてか情(こころ)を攄(の)べむ。詩に落梅の篇を紀(しる)す、古今それ何ぞ異ならむ。よろしく園梅を賦して、いささかに短詠を成すべし。

【意味】

天平二年正月十三日、師の老の邸宅に集まって宴を開いた。折しも、初春の佳き月で、気は清く澄み渡り風はやわらかにそよいでいる。梅は佳人の鏡前の白粉のように咲いているし、蘭は貴人の飾り袋の香のように匂っている。そればかりか、明方の嶺にには雲が往き来して、松は雲の薄絹をまとって蓋をさしかけたようである。夕方の山洞には霧が湧き起り、鳥は霧の帳に閉じこ林に飛び交うている。庭には春生まれた蝶がひらひら舞い、空には秋来た雁が帰ってゆく。そこで一同、天を屋根とし地を座席とし、膝を近づけて盃をめぐらせる。一座の者みな恍惚として言を忘れ、雲霞の彼方に向かって胸襟を開く。心は淡々としてただ自在、思いは快然としてただ満ち足りている。ああ、文筆によるのでなければ、どうしてこの心を述べ尽くすことができよう。漢詩にも落梅の作がある。昔も今も何の違いがあろうぞ。さあ、この園梅を題として、しばし倭(やまと)の歌を詠むがいい。

このように「序文」には、元号に引用された部分以外にも、雲が悠々と流れ、花が咲き、鳥や蝶が舞う自然な景色の豊かさが表れたとても清々しく心がゆったりとする文章が綴られています。

さて、この組香は、香種5種、全体香数9包、本香数5炉となっており、構造は至って簡単です。まず、「明治」「大正」「昭和」「平成」は各2包作り、「令和」は1包作ります。そのうち「明治」「大正」「昭和」「平成」の各1包を試香として焚き出します。これらの時代は、連衆がご存知の時代ですので、 「既知の香」として、それぞれの時代のイメージや思い出を心に結んでもらえればと思います。次に、手元に残った「明治」「大正」「昭和」「平成」 の各1包に「令和」の1包を加えて打ち交ぜます。こうして本香は、各要素1包ずつ5炉焚き出します。

本香が焚き出されましたら、連衆は試香と聞き合わせて、これと思う要素名を 出た順にメモして置きましょう。客香は「令和」だけですので、そう難しくはないと思います。

本香が焚き終わりましたら、連衆はメモに記載された5つの要素名を@「1炉目と2炉目」、A「2炉目と3炉目」、B「3炉目と4炉目」、C「4炉目と5炉目」のように 前後2炉ずつ合わせて、4つの「聞の名目」として名乗紙に記入して回答します。これは、「どのような時代にも来し方と行く末があり、それらが時代を超えて繋がりあっている」という「時代の連綿」を表しています。この5つの要素名が4つの聞の名目になるということころが、この組香の最大の特徴となります。

連衆が答えとする「聞の名目」は、香の前後を問わず、下表のとおり配置しました。

香の出と聞の名目

要素名

明治 大正 昭和 平成
大正

天興(てんこう)

     
昭和

元化(げんか)

同和(どうわ)

   
平成

修文(しゅうぶん)

正化(せいか)

「寛安」(かんあん)

 
令和

英弘(えいこう)

久化(きゅうか)

広至(こうし)

万和(ばんな)

回答例

香の出 聞の名目
明治  
@ 天興
大正
A 同和
昭和
寛安
平成
C 万和
令和
 

このように、聞の名目には「見慣れない元号」が配置されています。しかし、これらは各時代の改元の際に「候補」となった元号たちなのです。それぞれの改元の際には、下記のような候補が検討されたとのことです。

  赤字は、今回「聞の名目」に採用したもの

聞の名目は、「明治と大正の間にあった天興」のようなイメージで配置しました。最終候補優先としたこともあり、意外に「化」の字が多くなっています。また、平成は不採用が2つしかなかったため、昭和の候補 を含め33回も不採用の経験を持つ「寛安」を借りて、今回の改元で下馬評の高かった「安」の字を盛り込んでみました。なお、これらの元号は「嘉徳」の40回のように何度も候補となることがありますので将来採用される可能性もあります。このように、この組香は、聞の名目においても、改元の際に不採用となった元号候補たちを接着剤として、万世一系の御代を繋げていく景色をあらわしています。

そうして、連衆の名乗紙が返って参りましたら、執筆はこれを開き、各自の答えを すべて香記に書き移し、答えを書き移し終えたところで正解を請います。これを受けて香元は、香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香の出の欄に要素名を縦一列に5つ書き記します。続いて、執筆は、正解の要素名から結ばれる聞の名目を定め、各自の解答欄の当った名目の右肩に複数の要素を聞き当てた意味を示す「長点」を掛けます。なお、この組香の聞の名目は香の前後を問いませんので、例えば 香の出としては「明治・大正」が正解にも関わらず、入れ違えて「大正・明治」と聞いた方も正解となってしまいますが、時代間の関係性が崩れていないので正解としています。そのため、うまく入れ違えば最大2点までは取ることができますが、あまり厳密に要素名ごとの当否にこだわらないこととしました。

そのため、この組香の点数は、聞の名目の当りにつき1点と換算はしますが、下附を3種のみ配置し、得点は香記に現れないこととしました。全問正解の場合は、全時代を聞き当てているので「千代の栄」としました。一方、全問不正解は、「巌となるまでもう少し頑張ろう!」という意味を込めて「さざれ石」としました。その他は、1点から3点まで発現するのですが、正解も入れ違いでの当たりも含めて、すべて御代の始まりを慶祝する「万歳」とし、証歌が示す「民や臣下の諸声(もろごえ)が万歳!、万歳!!、万々歳!!!とこだまする」景色が香記に現れるようにしてみました。

最後に、勝負は最高得点者のうち上席の方の勝ちとします。「千代の栄」と「万歳(3点)」は正解でしか出ませんが、「万歳(2点)」「万歳(1点)」は、 正解と要素名を入れ違えた当たりの同点決勝という可能性はあります。私は、委細に頓着せず、「同点の場合は上席の方の勝ち」でいいかと思いますが、どうしても納得がいかない方は、ローカルルールで、「名乗紙に要素名と聞の名目を並記」としておけば、白黒が付きやすいでしょう。

「梅花歌三十二首」が詠われた邸宅の主人である大伴旅人の歌は「我が園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも(万葉集 巻五826 大伴旅人)」です。意味は「私の庭にあたかも天から雪が流れ来るかのよう梅の花が散っている。」ですから、 5月の催行では完全に季節外れのイメージもありますが、皆様も「改元奉祝」の意味を込めて「改元香」を催行なさっていただければと思います。

 

MTSH」に続くのは「R」でしたね。

今年は乳酸菌飲料の「R-1」が独り勝ちとなるのでしょうか?

ステルス・マーケティングによる刷り込みって怖いですからね〜。( *´艸`)

咲き匂う数多の花をこき混ぜて御代新しき風そよぎける(921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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