「ひきぞわずらう」あやめ草をテーマにした組香です。
五月雨の真菰池から美しい菖蒲を見つけましょう。
※ このコラムではフォントがないため「
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説明 |
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香木は 、3種用意します。
要素名は、「 一 池水(いけみず)」「二 まこも(真菰)」と「三 あやめ(菖蒲)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
この組香は催行の時節に因んだ香を客香とするため「津国玉川」を客香に据えています。(委細後述)
「一」「二」は各3包作り、「三」は1包作ります。(計7包)
このうち「 一」「二」の各1包を試香として焚き出します。(計 2包)
手元に残った「一」「二」の各 2包に「三」の1包を 加えて打ち交ぜます。(計5包)
本香は、5炉廻ります。
点数は、要素の当たりにつき各1点となります。
ただし、「三」の当たりには、答えの右に「アヤメ」と書き添えます。
執筆は各自の答えの右肩に「点」、左肩に「星」を掛けます。
下附は、全問正解の場合は「皆」、その他は点数を書き附します。
勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。
五月雨に打たれながら水辺の菖蒲や杜若の咲き競う季節となりました。
地球温暖化の影響を受けて、「日本の四季」が「二季」になっていると言われて数年になりましょうか。確かに「夏は猛暑、冬は厳寒」とか、昨年のように「暖冬、冷夏」という長期予報も珍しいことではなくなりました。もはや日本は「異常気象が当たり前の気候に軸足を移してしまった」と言った方が正しいのかもしれません。
それでも風雅の人は、大雑把になってしまった気候の間に も緩やかな季節の移ろいを感じ取ろうとしています。「春、夏、秋、冬」は、それぞれ「初」「仲」「晩」と3つずつに区切りますし、「雨、露、霜、雪」といった水の変態も「雨水」「穀雨」のように複数に分けて、それぞれの表情を自分の感度 で確認するわけです。「梅」「桃」「桜」「藤」「菖蒲」「蓮」「扶養」「朝顔」といった花暦の移ろいは、どなたでも意識されていることかと思いますが、全山紅葉をピークに始まる「廃れの美学」 は、感傷を楽しめる方々にのみ与えられた特別な季節となります。
現在の気候に「二十四節気」を当てはめて森羅万象を味わうことは、マラソンランナーが「次の電信柱まで・・・」と思うのに似ているのでしないでしょうか。 およそ15日ごとの「小さな目標と達成感の繰り返し」は、「生命」を大切に考えている心ある人々に活きる力を与えてくれるでしょう。「時節」の移り変わりを感じることは、「次節への希望」であり、気候変動にかかわらず「捨てがたい日本人の感性」として残して行きたいものだと思います。
今月は、組香の催行にも引きぞ煩う「菖蒲香」(あやめこう)をご紹介いたしましょう。
「菖蒲香」は、聞香秘録の『香道真葛原(上)』に掲載のある夏の組香です。同名の組香は『御家流要略集』『外組八十七組(巻一)』『香道』『茶道と香道』『香道の作法と組香』『香道の栞』と数々の伝書に掲載されており、そのテーマは凡そ一致しているものの、要素名の取り上げや構造等はそれぞれ違いがあります。ただし、これら組香のすべてが「源頼政の歌によせて」作られているということは、それぞれに明記されており、基本的には年代や流派によって様々に変化した派生組と考えてよろしいかと思います。
この組香は、現在でも梅雨時の定番組香して、各地の香筵で催行されています。以前の私は、「皆様がご存知の組香を改めて解説するものおこがましい」と思い、平成23年6月の「紫競香」に凡そのことをご紹介して「菖蒲香」そのものの掲載を控えてまいりました。しかし、我が『組香百景』に基本的な組香が掲載されていないというのも物足りなく、いざ掲載に取り組んでみようと思いましたら、そこには様々な発見がありました。そこで、皆様にも流派にとらわれない広い視野で「菖蒲香」を鑑賞していただければと思い、筆を執ることといたしました。このようなわけで今回は最も書写年代の古くオリジナルに近いと思われる『香道真葛原』を出典として書き進めたいと存じます。
まず、「菖蒲香」には証歌があり、これがこの組香の文学的支柱となっていることは、すべての伝書に共通しています。
出典では・・・
「源三位頼政の歌に」
「さみだれに池のまこもの水ましていづれあやめと引きぞわづらふ」
・・・とありました。
詠み手の源三位頼政(1104〜1180)は、平安末期の武将・歌人で、『平家物語』では、鵺(ぬえ)退治の説話で有名です。また、保元・平治の乱で功明を馳せたにも関わらず平清盛に位階を忘れられており、「のぼるべきたよりなき身は木の下に椎(四位)をひろひて世をわたるかな」と歌を詠んで思い出させ、源氏としては破格の従三位に任じられ て公卿の仲間入りを果たしたという説話も残っています。また、歌人としてもすぐれており、家集に「源三位頼政卿集」があります。
そこで、「頼政」を頼りに証歌の原典を調べましたところ肝心の「源三位頼政卿集」には跡形もなく・・・
「五月雨に沢辺のまこも水越えて何れ菖蒲と引きぞ煩ふ(太平記78 源三位頼政)」
「五月雨に沼の岩垣水こえて何れかあやめと引きぞわづらふ(源平盛衰記90 頼政)」
・・・の2首に尋ね当たりました。
「ひきぞわづらふ」の歌が詠まれた経緯については「紫競香」の際に『太平記(巻第21)』の逸話を詳しく掲載していますが、近衛上皇が頼政の懸想している「菖蒲前(あやめのまえ)」を娶らす際に12人の美女を集めて選ばせたところ、頼政は目移りし、心は迷い、苦し紛れに「五月雨で沢辺の水が増水したので、真菰か菖蒲が分からない」と詠んだ歌とされています。
出典の証歌と『太平記』『源平盛衰記』の歌には第2句と第3句に相違があります。第2句では「池」:「沢辺」:「沼」、「真菰」:「岩垣」と詠まれた景色が異なり、第3句では「水増して」:「水越えて」と言葉遣いが異なりますが、いずれ「菖蒲がどれかわからない」という主旨は共通しています。このように、この組香は、五月雨で増水した水の中から菖蒲を選び出すことが趣旨となっています。
因みに、「頼政」の歌ではありませんが「さみだれにぬまのいはがきみづこへてまこもかるべきかたもしられず(金葉集135 参議師頼)」という「真菰がどれかわからない」という歌も見つかりました。『源平盛衰記』に描かれている20年間(1161-1183頃)より前に成立した『金葉集(1124頃)』に掲載のあるところが興味深いです。
ここで、各伝書ごと「菖蒲香」の違い等について一覧表で示しておきたいと思います。
出典 | 証歌 | 要素名・構造 | 点法・下附・備考 | |
A |
香道真葛原(上) (1765書写) |
さみだれに池のまこもの水ましていづれあやめと引きぞわづらふ |
一 池水 3T 二 まこも 3T 三 あやめ 1 本香5炉 |
【点法】 各1点、「三」の当りに「アヤメ」と書き附す 【下附】「皆」「○点」 【備考】証歌に「源三位頼政」と明記あり |
B |
御家流要略集 (1868頃書写) |
五月雨に沢辺の真菰水こえていづれあやめと引きぞわづらふ |
五月雨 3 沢辺の真菰 2 菖蒲 1 本香6炉 |
【点法】菖蒲2点、その他1点 【下附】 「皆」、「○」 【備考】試香なく、香数を変えて「菖蒲」を探す趣向。証歌に「頼政」と明記あり。「法皇の御製作なり」とあり |
香道の栞(一) (1982) 証歌と構造式のみ掲載 |
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C |
外組八十七組(一) (書写年代不明) |
五月雨に池のまこもの水まして何れあやめと引きぞわづらふ |
一、二、三、五 各1包 四 2T 本香5炉 |
【点法】「四」は当否を問わず横に「アヤメ」と書き、当たりには2点を掛ける。その他は点なし。 【下附】なし [注] 「叶」のみ記載あり 【備考】証歌の五句を分解し要素名とする心持ちで聞く |
香道の作法と組香 (1978) [注] |
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D |
香道 (1929) |
五月雨に池の岩垣水こえていづれ菖蒲と引きぞ煩ふ |
雨 3 真菰 2T 菖蒲 1 水 5 本香9炉 |
【回答】菖蒲の出た炉順で答える 【点法】 各自の成績は全て「あやめ」と書き、@で「菖蒲」を当てれば右側に正点、外していれば左側に傍点で得点を表す 【下附】「全」、「○」 |
茶道と香道 (1952)
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※ 「皆」「全」「叶」は全問正解時の下附、「○点」「○」は得点を示す漢数字が入ります。
このように、なんとなくですが、御家流系(B)、志野蜂谷家系(C)、志野藤野家系(D)に類型が分かれ、そのうち、出典と証歌を同じくする志野蜂谷家系は、明らかにその派生形であることがうかがえます。また、『御家流要略集』が「法皇の御製作なり」とオリジナルを標榜している点も興味を引きます。この伝書は「伊與田勝由傅 細谷松男写」とありますから、伊與田の頃の組香であるとすれば1800年程度まで遡ることができます。江戸期最後の法皇(⇒上皇が出家した場合の尊称)は、「仙洞様」と呼ばれた霊元法皇[1654-1732]で、父が御水尾法皇[1596-1680]、母が東福門院という香道にとても造詣が深い家系ですので、この る組香でいう「法皇」や成立年代はこのあたりかと推測されます。
次にこの組香の要素名は、出典の小記録に「一 池水」「二 まこも」「三 あやめ」とあります。現在ですとストレートに「池水」「まこも」「あやめ」でも良さそうなものですが、この組香には、香記に香の出や各自の回答は「一」「二」「三」で記載するように示されています。(以下、要素名はそのように記載)その上で、小記録の香組の欄には、証歌から汲み取れる「池水」「まこも」「あやめ」の景色をつけて、その心持ちで聞くという脚色なのだろうと思います。
ここで、興覚めな話題を1つ・・・。植物学的な「アヤメ」は、山野の乾燥した草地を好むため湿地帯には生えない植物です。そのため、水辺に自生する「マコモ」とは同居することはありません。ここでいう「あやめ」は、水辺を好む「カキツバタ」か「ショウブ」と解釈しないと証歌の景色を具象化することはできないということになります。また、古語の世界では「あやめ」はサトイモ科のショウブ(アヤメグサ)を指した言葉で、アヤメ科のアヤメやカキツバタ、ハナショウブとはまったく別の植物です。(端午の節句に使われる「菖蒲湯」のショウブも元来こちらを用いないと薬効は期待できません。)細く鋭い剣状葉にとても地味な花をつけるショウブであれば、マコモと水辺で共生するとても似通った草となり「引きぞ煩う」が現実のものとなります。一方、植物学的に解釈すると組香の景色にあの紫色の「花」がなくなってしまい、とてもさみしい景色になります。頼政が「菖蒲前」を探すという歌意からすれば、組香の要素である「あやめ」は「水辺に咲いたアヤメ科のアヤメ」と解釈して、菖蒲前と同じくらい稀有なのものなのだと考えておいた方かよさそうです。
さて、この組香の香種は3種、全体香数は7包、本香数は5炉 となっており、構造は至って簡単です。まず、「一」と「二」は各3包、「三」は1包作ります。出典には記載がありませんが、他書の多くに「引きぞ煩ふの景色を出すために菖蒲と真菰は似通った香りの香木を用いる」とありますので、香組の際には配慮すべきかと思います。次に、「一」と「二」の各1包を試香として焚き出します。そして、手元に残った「一」と「二」の各2包と「三」の1包を打ち交ぜて、本香は5炉焚き出します。
本香が焚き出されましたら、連衆は試香と聞き合わせ、試香で聞いた要素を「一」「二」と判別します。一方、試香で聞いたことのない香りは「三」となり、これが「あやめ」ということになります。そうして名乗紙には、要素名を出た順に都合5つ書き記して提出します。
名乗紙が返って参りましたら、執筆は連衆の答えをすべて香記に書き写します。その際、出典の「菖蒲香之記」の記載例から、要素名は「一」「二」「三」と書くことがわかりますので、それに従います。執筆が答えを写し終え、正解を請う仕草をいたしましたら、香元は香包を開いて正解を宣言します。これを聞いて、執筆は香の出の欄に正解を「一」「二」「三」で縦一列に書き記します。
続いて、この組香の点数は、「菖蒲香之記」の記載例から「一」「二」は各1点の合点が掛けられています。また、出典には「この香、あやめ引当たるを勝ちとす」とあり、「三」の当たりについては、合点の右横に「アヤメ」と書き附されています。
因みに、記載例や本文には記載がありませんが、「あやめ」を聞き当てた3点と聞き外した3点が同点となってしまう場合は、客香の「三」については、合点1点に「アヤメ」を含めて2点と換算し「あやめ引当たるを勝ちとす」の趣旨に合わせる方法もあるかもしれません。また、同点の場合は「あやめ」を聞き当てた方が優位というローカル・ルールを決めておく方法もあるでしょう。このことについては、『御家流要略集』も「菖蒲」の当たりを2点と換算していますし、他書でも「菖蒲」の当たりになんらかのインセンティブを示しています。
最後に、この組香の下附は、全問正解は「皆」、その他は点数を「○点」と書き附します。勝負は、最高得点者のうち上席の勝ちとなります。
この時期には各地の菖蒲園も賑わいますが、艶やかなな群生を誇るものばかり・・・本当にしっとりとして美しいものは「やはり野にあれ」と思います。皆さんも「菖蒲香」で湿地帯に楚々と咲く小さな紫の花を見つけてみませんか。
組香では、雑草扱いされている「真菰」ですが・・・
古来、出雲大社の「凉殿祭」をはじめ「茅の輪」や「盆飾り」など神事や仏事に利用され、
現代では、マコモダケやワイルドライスなど健康食材としても重宝されています。
アヤメと間違えて引いてしまっても使い勝手は良いようですよ。
神宿る真菰の嵩に埋もれて菖蒲色失す夏越しの水辺(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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