1月の組香
鶴が長寿を約束するという姿を景色に写した組香です。
四番目の要素が客香に紐づけされているところが特徴です。
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※ 慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。
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説明 |
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香木は、5種用意します。
要素名は、「一」「二」「三」「四」「五」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「一」「二」「三」「五」は各2包、「四」は1包作ります。(計 9包)
「一」「二」「三」「五」の各1包を試香として焚き出します。(計4包)
手元に残った「 一」「二」「三」「五」の各 1包に「四」の1包を加えて打ち交ぜ ます。( 4+1=5包)
本香は、5炉回ります。
連衆は、試香と聞き合わせて要素名を判別し、証歌の各句に当てはめられた「聞の名目」で答えます。
下附は、全問正解は「一首( いっしゅ)」とし、その他は当たった数により「○句」と書き付します。
勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
2020東京オリンピックイヤー「庚子年」が始まりました。
今年の干支は「成長を終えた草木が次の世代を残すために花や種子を準備する段階に入ったこ」を暗示するようです。そこで、私もマイペースながら「香書目録」に掲載してある書物の翻刻を始めること にしました。私が古文書の読み解きを始めたのは、平成13年3月のこと・・・東京にお住まいのTYさんから「東北大学の狩野文庫に香道の伝書がたくさん所蔵されている」ことを知らされてからでした。それを聞きつけた私は、毎月第3金曜日を「学術研究休暇」と称して定期的に 有給休暇を取り、東北大学付属図書館に通ったものです。図書館の閉架式の書庫「狩野文庫」から最初に借り出したのは『御家流百箇条口授傳』で、香道界を辞した私が、初めて目にする「秘伝書」でした。それから数年は 、まさに「ミミズののたくったような字」が理解できず、それでも書かれている情報の重要性を知っていましたので、1字1字読み解いては、虫食い状態のまま判読を進めました。こんな苦しみも6年が過ぎた頃、突然「パァーッ」と 視界が開いたように文字が読めるようになりました。言語中枢というのは面白いもので、積み重ねた知見の断片が突然、回線でつながったようです。まさに、「聞き流し英会話」と同じでした。
そうして、図書館通いを毎月続けていますと、司書の皆さんから自然と顔を覚えられ、閲覧申請書に「学外一般」と明記しているにもかかわらず、いつしか「國井先生」と呼ばれるようになり、マイクロフィルムの写しを取るのも融通が利くようになりました。大学も「国立大学法人」になる前でしたので、歴代の係長さんに もおおらかさに対応していただきました。まぁ、コピーの「学外料金」は厳然と1枚30円でしたので、それなりに貢献はしたかなと思っています。
このようにして取得した我が蔵書は、「香書目録」にご紹介していますが、「流派の伝授にも関わる」として目次のみの掲載としていました。還暦を過ぎて「この財産を未来にどう残すか」を考えるようになり 、翻刻版の公開について悩んでいた時、「現在の流派の伝授とは別物になっているので構わないのでは?」という盟友の言葉をいただきました。そこで、私も香人の方たちの「基礎教養」として「昔はこうだった。」とわきまえでいただく必要もあろう と思い直し、『御家流百箇条口授傳』をこの公開プロジェクトの筆頭に据えました。
私が、香書に執心し図書館に通ったのは、「フラれた女性にフラれた原因を毎月聞きに行くようなもの」でした。決して戻れない香道界への未練を払拭するために「その道を見切ってしまうこと 」が原動力だったような気がします。香書の奥書には「他身、他言致すまじきこと」と漏れなく書いてありますが、私は今や門外の人間ですし、「天地神祇の罰」は香道界を辞した際にも受けていますので、余生は 少しずつこちらにも熱量をかけて「生きたいように」生きて行こうかなと思っています。
今月は、鶴が千歳の齢を譲る「遐齢香」(かれいこう)をご紹介いたしましょう。
「遐齢香」は、早稲田大学所蔵の『外組八十七組之内(第九)』に掲載のある「祝組」です。同名の組香は、国立民族学博物館所蔵の『大外組』 に掲載があり、「春」「夏」「秋」「冬」「雑(上)」「雑(下)」と分類された6分冊の中で「雑(下)」に掲載されています 。この書は「四季組以外は全て雑組」という分類で編纂されているため、「雑(下)」には「新慶賀香」「福禄壽香」「常盤香 」「遐齢香」「末廣香」「仙家香」など、「四季・恋・祝・雑」のように細かく分類された他書では「祝組」とされている組香が含まれています。今回も新年を寿ぐのにふさわしい組香を探していましたところ、「遐齢」という珍しい言葉が目を引きました。調べてみましたところ、志野流系では正月や長寿の祝の席で現在でも催行されている組香だということがわかりました。 また、内容を読み込みますと「人の世の長楽万年を祝う」主旨であることがわかりましたので、お正月の「初席」に一座の弥栄を祝う組香としてご紹介することといたしました。 このようなわけで、今回は志野流の聞書にも掲載があろうことは承知しつつ、手元にあります『外組八十七組之内』を出典として書き進めたいと思います。
まず、この組香には証歌があります。
「おのがへん千歳の末も白鶴の君にとのみや契りおくらん(大宰帥親王実家 題林愚抄1063)」
意味は、「自分が過ごすであろう千年のあとも白鶴は貴方様(大君)だけに(齢を譲ろうと)約束しているのでしょう。」ということでしょう。
この組香の主旨については、出典に「右組香は『鶴有遐齢(かくゆうかれい)』といえる詩句によりて組むなり。齢を譲るといえる秀句なり。」とあり、おそらくは「鶴有遐齢」を読み込んだ漢詩があったのではないかと考えられますが、 2ケ月の捜索の後にも原文には尋ね当たりませんでした。ただし、「鶴有遐齢」は、明応二年(1493)の正月年始の会に「鶴有遐齢」を題とし た 「おのかへんかきりはしらし白鶴のやとれる松は生かはるとも(蒲生刑部大輔)」という歌が詠まれていますし、文亀3年(1503)室町時代後柏原天皇の御代1月19日の御会始で「鶴有遐齢」か歌題となっ た記録があります。また、宮内庁書陵部には宝永6年(1709)には東山天皇が「鶴有遐齢」を題として「すえとをくをのが千年のよはひをも契る雲井の庭のともつる」という宸翰が残されており、昔から正月の歌題として 採用され、数々の歌が詠まれていたことが分かります。 このように、この組香は人の世の安らけき繁栄と長寿を歌に込めて祝合うという主旨で組まれています。
※ 歌会始の題になるほど重要な日本の美意識である「鶴有遐齢」の原典が見つからないことは非常に歯がゆいことですが、発表を急いでしまいました。ご存知方は是非お知らせください。
次に、この組香の要素名は「一」「二」「三」「四」「五」と匿名化されています。これは、回答の際に聞の名目である証歌の各句に当てはめるための素材として取り扱われているからに他なりません。普通ですと「宇治山香」の「我が庵は」のように最初から要素名を各句に分解して配置することも可能かもしれませんが、この組香にはこうしなかった理由がありました。それは出典に「四の香、試香なきは齢を譲ると言える祝儀なり」とあり、証歌の第4句を組香の主役に据える趣向が隠されているからです。 このため、小記録は、構造式の要素名が順番通りに並んでおらず、木所も「四」に伽羅を用いています。この違和感からくる作意に気づかれた方は「流石」ということになります。
さて、この組香の香種は5種、全体香数は9包、本香数は5炉となっており、構造は至って簡単です。まず、「一」「二」「三」「五」は各2包、「四」は1包作ります。次に、「一」「二」「三」「五」は1包ずつを試香として焚き出します。前述のように客香となる要素が序列としては中途の「四」であることが、この組香の特徴です。そして、手元に残った「一」「二」「三」「五」の各 1包に「四」の1包を加えて打ち交ぜ、本香は5炉焚き出します。
本香が焚かれましたら、連衆はこれを聞き、試香と聞き合わせて答えを導き出します。未知の香は「四」だけですので判別は容易かと思います。そうして連衆は、それぞれの要素を「おのかへん(一)」「千歳の末も(二)」「白鶴の(三)」「君にとのみや(四)」「契りおくらん(五)」と証歌の5句に置き換えて、名乗紙に出だ順に書き記して回答します。
名乗紙が返って参りましたら、執筆は各自の答えを「右上、左下、右上、左下、右上」と千鳥書きに認めます。各自の回答を写し終えましたら、執筆は正解を請い、香元はこれを受けて香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香の出の欄に正解の名目を「千鳥書き」で書き記します。 ここで、出典の「遐齢香之記」の記載例には、香の出の欄に要素名を書き記さず、直接「聞の名目」が記されています。そのため、執筆は、香元が宣言した正解の「要素名」を「聞の名目」の5句に変換して香の出に書き記すこととなります。
続いて、執筆は香の出を横に見て、当たりの句に合点を掛けます。点数について出典に明記はありませんが、各句の当たりにつき1点の合点が掛けられ、 連衆の中でただ一人正解した場合でも「独聞」に加点要素はありませんので、最高得点は5点となります。
この組香の下附については、出典に「銘と聞、点数は一句、二句と書くべし。全の人は一首と書く」とあり、各自の 合点の数を数え、得点に見合った下附を「一句」「二句」「三句」「四句」と書き附し、全問正解には「一首」と書き附します。 なお、全問不正解には下附の記載がありませんので、「空白」としておきます。
最後に勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。
「遐齢香」は、とても簡単で、しかも雅趣豊かな歌遊びの香ですので、お正月の初顔合わせで和気藹々と聞いていただき、「君にとのみや・・・」とお互いの寿命を譲り合ってみてはいかがでしょうか。(;^。^)/~ (^ω^;)ゞ
絵画の世界には、老松に白鶴を配した「松鶴遐齢」という画題があります。
これは、「長寿」表した判じ絵のようなものです。
私は、「齢」よりも「知恵」を譲れないものかなぁ〜と思います。
初日染む老松が枝の仙鶴や香が千歳を望みつつ啼く(921詠)
本年もよろしくお願いいたします。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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