二月の組香
「竹林の七賢」をモチーフにした組香です。
賢人たちの人となりに思いを馳せつつ聞きましょう。。
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説明 |
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香木は、3種用意します。
要素名は、「琴(きん)」「棋(き)」と「酒(しゅ)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「琴」と「酒」は各6包、「棋」は5包作ります。(計17包)
本香は、あらかじめ下記の通り、2包ずつ7組に結び置きします。(2×7=14)
@「琴・琴」、A「棋・棋」、B「酒・酒」、C「琴・酒」、D「酒・琴」、E「棋・酒」、F「琴・棋」
「琴」「棋」「酒」の各1包を試香として焚き出します。(計3包)
先ほど結び置いた7組を組ごとに打ち交ぜます。(計14包)
香元は、結びを解き、2つの香の「前・後」を変えないように焚き出します。
本香は、「二*柱開(にちゅうびらき)」で 14炉廻ります。
※ 「二*柱開」とは、2炉ごとに正解を宣言し、答えの当否を決めるやり方です。
−以降9番から13番までを7回繰り返します。−
香元は、2炉ごとに香炉に続いて「札筒(ふだづつ)」または「折居(おりすえ)」を廻します。
連衆は、2炉ごとに試香に聞き合わせて、聞の名目の書かれた「香札(こうふだ)」を1枚投票します。
執筆は、香記に連衆の答えを全て書き写します。
香元が、正解を宣言します。
執筆は、2つの要素名から正解の名目を定めて当たった答えの右肩に「長点」を掛けます。
得点は、名目の当りにつき1点とします。
下附は、全問正解の場合は「皆」、その他は各自の得点を漢数字で書き附します。
勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
最も冷え極まる季節を過ぎ、春待つ気配も感じられるようになりました。
東京にお住まいのTYさんからの啓示を受けて、東北大学の狩野文庫に通い始めた頃、熱意ばかりで「400年来の香道文化を現代に残す」と豪語していた私にも協力者が現れた時期がありました。インターネットを使ったコラボレーションは当時の研究者がこぞって利用していましたので、矢野環先生や翠川文子先生をはじめ、たくさんのネット香人との出会いがありました。
中でも印象に残っているのは、広島にお住まいのAOさんでした。彼女は、当時「国書総目録」にも登録されていなかった『香道正傳』という香書を萩市の「菊屋家」で発見し、毎月わざわざ通って、その画像を送ってくれました。(当日はデジカメのメモリ容量も少なかったため、少しずつ撮影して送信しなければならなかったのです。)そうして、2人のコラボレーションは「出典の共有」という形で進みましたが、第1巻の翻刻本を付き合わせた時、ホームページ(テキストベース)での公開を目指していた私の「あまりに平易な読み下し」に国文学科出身の彼女はがっかりしたようです。そのことがあってか?お仕事の都合で萩市まで毎月通うのが大変になったのか??それとも何か失礼をしでかしたからか???第4巻で画像の送信は途絶えてしまいました。私の所には最初にいただいた「全十三巻分(第十巻が欠落)」の表紙が残されており、「転勤で広島に赴任するようなことがあれば、是非完成させたい」と思っていましたが、終ぞそのチャンスに恵まれないまま退職してしまいました。おそらくはAOさんが、「正しい翻刻本」を完成させ、撮影のお礼として菊屋家に寄贈してくれているのだと思っています。
そして、特にお世話になったのは、神戸にお住まいだったNTさんでした。彼女は、大阪府立図書館にある香書群のコピーを段ボール1箱分も貸してくれました。私はこれらをスキャンして電子ファイル化できたため「我が蔵書」は一気に倍増しました。中でも狩野文庫にある「大枝流芳シリーズ」がすべて含まれていたため、時間的にも経済的にも大変助かりました。私は、NTさんへのお礼の意を込めて、貸していただいた資料を香書研究の糧にするとともに大枝本に掲載された組香を「盤物復刻」の中心に据えて、「今月の組香」でご紹介することとしたというわけです。
今月も「香書目録」に大枝流芳編の『香道秋農光』の翻刻版を掲載しました。大枝本は、「今月の組香」への掲載をほぼ終え『香道軒乃玉水』の「八陳香」のようにビジュアルにしづらいものを残すのみとなっていましたので、例によって「平易な読み下し」でシリーズ公開して行こうかと思っています。「香記」のイメージ等、テキストでは表現しづらかった部分も原典見合わせでご理解いただければと思います。
今月は、「木偶の坊」を装った賢人が竹林で清談を交わす「竹林香」(ちくりんこう)をご紹介いたしましょう。
「竹林香」は、『御家流組香集(信)』に掲載のある組香です。「竹林」というと、なんとなく涼やかで夏の組香のような印象を覚えます。また、人によっては「竹の秋」や「竹の春」のように春秋をイメージする方もいらっしゃるでしょう。しかし、表す景色に季節感がないことは、組香の主旨を理解すればすぐに分かりますので「雑」に分類される組香とみてよいでしょう。今月もご紹介する組香を探しておりましたところ、「竹林」という涼やかな題号のイメージと対照的に難しい漢字2文字が羅列された組香を見つけました。調べてみましたところ、この文字は「竹林の七賢」の人名であることがわかりました。「竹林の七賢」の故事を思い起こすと、「香道人としては切腹し、香人として生きた私の隠遁生活もこんな感じだったかな・・・」と思い返すことができ、なぜか微笑ましい気持ちになりました。そのようなわけで、今月は他書にも類例がないことから『御家流組香集』を出典として、筆を進めたいと思います。
まず、この組香に証歌はありません。先ほど述べたとおり、題号の「竹林」だけではわかりませんが、聞の名目となっている「7つの人名」と結びつくことによって「竹林の七賢」をテーマにした組香であることがわかります。「竹林の七賢」とは、中国の後漢末から魏を経て西晋に至る時代(BC2〜4世紀初め)に、文学や老荘思想を愛し、酒や囲碁や琴を好んで竹林の下に集まって「清談」を楽しんだ7名の知識人たちに与えられた総称です。彼らには、「竹林に集まって酒を酌み交わし、談論に耽り、儒教を嫌い、礼を重んじない奇行や歯に衣着せぬ体制批判を放言した人たち」という悪い評価をする人もいます。しかし、権謀術数が横行する乱世にあって、知識人が己が才を示すと対立するどちらかの権力者の術策に嵌って殺されてしまいます。そこで、敢えて「取るに足らない人間」として振る舞い、「飲んだくれ」という汚名を隠れ蓑にして身の安全を計ったというのが本質のようです。それは、単なる保身ではなく、「世の中を救うため、己が才能を生かせる日が来るまで『生きる』ことを優先させた」ということであり、これは後に中国人の生き方の一つの理想像ともなりました。このように、「竹林香」は、そこに集った賢人たちの生き方を景色に移した組香と言えましょう。
次に、この組香の要素名は、「琴」「棋」「酒」となっており、言わずもがなですが竹林の七賢たちが明け暮れた遊興を表しています。「琴」(古琴)は「七弦琴」とも呼ばれ、『詩経』にも記述のある古い撥弦楽器です。「棋」は、中国語では「圍棋(wéiqí)」とも呼ばれ、『論語』にも記述のある古い遊びで日本の「囲碁」 (「碁(ご)」は「棋」の異体字で呉音読み)のことです。これらは、中国の文人、士大夫が嗜むべきとされた「琴棋書画(きんきしょが)」(⇒「四芸」)の1番目と2番目に序されていますので、七賢たちも当然のごとく嗜んだのでしょう。ただ、彼らが忌み嫌っていた儒学の始祖である「孔子」が嗜んだことにより、「琴」も「棋」も後世の文化人の必須の教養として普及したのですから、彼らがその轍を踏んでいたことは皮肉なことです。
「酒」は、ご存知のとおりですが、古代中国の酒は「黄酒(おうしゅ)」という、うるち米、もち米、黍などを原料にした「紹興酒」に代表されるような醸造酒ではなかったかと思われます。酒に関する最初の記述は『史記』に「夏の時代に暦をつかさどる役人が職を怠り、天文の観測を廃し、日月の暦法を乱した。」とあり、その後、殷の時代になって、殷王の「酒地肉林」の記述があります。そして、殷王を滅ぼした周王は「酒にひたるな」と訓令を出したことが『書経』に記されています。「酒は百薬の長」と言われながら、失敗と頽廃の歴史も多いようですが、文人や思想家たちが、友をもてなすのに重宝したという多く逸話も残されています。
因みに、「琴」「棋」「酒」の読み方については、出典に振り仮名がないため不明なのですが、中国に起源を持つ組香ですので、題号や聞の名目等とも合わせて「音読み」に統一することとしました。また、「棋」については皆さんも「き」と読むことに慣れていらっしゃることから、敢えて呉音の表外である「ご」と読むことも控えました。ただし、こうすると「琴(きん)」と「棋(き)」を聞き違いやすいという欠点もありますので、「琴(こと)」「棋(ご:呉音)」「酒(さけ)」と訓読みで催行することは、ご亭主にお任せしたいと思います。
さて、この組香の香種は3種、全体香数は17包、本香数は14炉となっています。本香数が12炉を超える大規模な組香であることは、この組香の第一の特徴といえましょう。まず、「琴」と「酒」は6包ずつ、「棋」は5包作ります。次に「琴」「棋」「酒」の各1包を試香として焚き出します。すると、手元には「琴(5包)」「棋(4包)」「酒(5包)」の計14包が残ります。ここで、出典では「本香十四包を二包づつ初後を付け組合せ、打ち交ぜ一組づつ出す。二*柱びらきにて札打つなり。」とあり、その後に「香包の組合せ」が「聞の名目」とともに列挙されています。そこで、香元はあらかじめ「琴・琴」「棋・棋」「酒・酒」「琴・酒」「酒・琴」「棋・酒」「琴・棋」の2包×7組に「結び置き」しておき、本香は、この7組を打ち交ぜて、組ごとに結びを解いて、「2つの香包の前後を変えずに」焚き出します。こうして、本香は2包×7組の計14炉が「二*柱開」で廻ります。この「結び置き」と「焚き出し」の所作がこの組香の第2の特徴といえましょう。
香元は、最初の2炉を焚き出した後、後の炉に添えて「札筒」か「折居」を廻します。連衆はこれを聞き、試香と聞き合わせて2つの香の組合せを判別します。回答に使用する「香」札については、出典に表紋として「緑竹、若竹、呉竹、風竹、月竹、雪竹、雨竹、濱竹、窓竹、淇竹」と列挙してあります。いずれも竹の姿形、風情を表した言葉となっており、これを席上の名乗として使用します。札裏については記載がありませんが、「聞の名目」である「七賢」の名前を書いた札を1枚ずつ用意し、1人前7枚の札を使用します。
そうして、連衆はあらかじめ定められた「聞の名目」の書かれた「香札」を投票して回答します。香の出と聞の名目の関係は下記の通りです。
香の出 | 聞の名目 | 解 説 |
琴・琴 |
嵆康 (けいこう) |
安徽省の人。三国時代「魏」の思想家。時の為政者である司馬氏に対して、敢然と批判したことが憎悪の的となり、最後は死刑に処せられた。阮籍に並ぶ「竹林の七賢」の主導者で、琴の名人としても有名。処刑の直前にも秘伝の琴曲を演奏したという |
棋・棋 |
阮咸 (げんかん) |
河南省の人。三国時代の「魏」および「西晋」の文人。叔父の阮籍と共に竹林で飲酒宴遊した。音律に精通し、琵琶を改造したといわれる4弦の撥弦楽器は、その名を冠して「阮咸」と呼ばれる。 |
酒・酒 |
劉伶 (りゅうれい) |
江蘇省の人。「西晋」の思想家。酒徒の集まりだった「竹林の七賢」の中でも酒が強く「五斗を迎え酒にした」と言われるほど酒を好み、『酒徳頌』を著した。 |
琴・酒 |
王戎 (おうじゅう) |
山東省の人。「西晋」の官僚で最高官位は三公である「司徒」。阮籍は友人の息子で20歳も若い王戎と語らうことを好んだ。宋代の『世説新語』には、「金に汚いケチ」としてあまり良い逸話がない。思想を継承しようとしたが、既に数人の賢人が処刑されていたため、保身の策として、そのように見せていたとも思われている。 |
酒・琴 |
阮籍 (げんせき) |
河南省の人。三国時代「魏」の思想家にして詩人。司馬氏の政争から逃れ、老荘と神仙の世界に身を置いて音楽や清談に明け暮れた。「竹林の七賢」の指導者的人物と目され、「青眼・白眼の故事」でも有名。 |
棋・酒 |
山濤 (さんとう) |
河南省の人。三国時代「魏」から「西晋」の文人にして政治家。老荘を好み、阮籍らと竹林に遊んだ。仕官した後、嵆康を朝廷に推薦したところ「與山巨源絶交書」を突き付けられた。酒は強く「八斗飲んで初めて酔う」と言われた。 |
琴・棋 |
向秀 (しょうしゅう) |
河南省の人。三国時代「魏」から「西晋」の文人。嵆康ともに鍛冶を行うなど、富貴を求めず悠々自適の生活を送っていたが、嵆康が処刑されると、一転して郡の招聘に応じて上計吏となって都に登って仕官した。 |
このように、聞の名目は「竹林の七賢」の名前になっています。出典では、七賢の序列が一般的な時系列や重要度順である「阮籍、嵆康、山濤、劉伶、阮咸、向秀、王戎」とは異なっています。これは、要素名と七賢を各々の「人となり」で結びつけたためと思われますが、「琴・琴の嵆康」、「酒・酒の劉伶」や「棋・酒の山濤」は納得するとして、「弦楽器に名前が残るほどの阮咸が棋・棋となるほど囲碁を好んだか?」など疑問もあるため、詳しく調べてみないと作意を推し量ることはできません。
そうして、2炉ごとに各自回答を投票し、香札が返り次第、執筆はこれを開いて香記に答えを書き写します。執筆が正解を請う仕草をしましたら、香元は香包を開いて正解を宣言します。
香記の記録法について、出典に「竹林香之記」の記載例はないのですが、執筆は香の出の欄に要素名を出た順序に千鳥書きし、その2つの要素が結ぶ「聞の名目」を定めます。正解の名目が定まりましたら、執筆は、当った名目の横に長点を掛けます。これを7回繰り返して本香は終了となります。
この組香の点法や下附についても出典に記載はありませんが、本香は7組もありますので、長点は1点と換算して、最高得点を7点とすることで「七賢」につながると思います。そのため、「独聞」についても加点要素を用いる必要はないと思いますし、組ごとに香の前後を固定しているので「片当たり」もなくて良いと思います。そうしますと、執筆は、香記に記された長点の数を合計して、各自の成績を漢数字で書き記し、全問正解には常のごとく「皆」と書き記します。
因みに、香記に「竹林」はあっても「七賢」という言葉が出てこないので、全問正解の場合は全員揃ったという意味を込めて「七賢」と下附するのも良いかもしれません。
最後に勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとします。
画題として有名な「七賢図」ですが、全員が同じ竹林で宴会や清談をしたことは無いようです。
権威の影響を逃れてネットワーク閑居を決め込み・・・
酒を呑みながら全国の香友と清談できる私は幸せです。
目白啼く竹の小径をたどり来て一会の友と過ぐ佳き日かな(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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