九月の組香

秋の夜に花の咲きと虫の啼きを比べる組香です。

双方で得失点の方法に違いのあるところが特徴です。

※ このコラムではフォントがないため「ちゅう:火へんに柱と書く字」を「*柱」と表記しています。

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説明

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  1. 香木は、6用意します。

  2. 要素名は、「糸萩(いとはぎ)」「桔梗(ききょう)」「松虫(まつむし)」「鈴虫(すずむし)」と「月(つき)」「笛(ふえ)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「糸萩」「桔梗」「松虫」「鈴虫」は各4包、「月」「笛」は1包作ります。(計18包)

  5. 連衆は、あらかじめ「花方(はなかた)」「虫方(むしかた)」に別れます。

  6. 「糸萩」「桔梗」「松虫」「鈴虫」のうち各1包を試香として焚き出します。(計4包)

  7. 手元に残った「糸萩」「桔梗」「松虫」「鈴虫」の各 3包を打ち交ぜて、そこから任意に2包を引き去ります。(12−2=計10包)

  8. 残った10包に「月」「笛」の各1包を加えて打ち交ぜます。(10+1+1=計12包)

  9. 本香は、12炉廻ります。

  10. 連衆は、試香に聞き合わせ、名乗紙に要素名を出た順に 12個書き記します。

  11. 点数は、要素名につき各1点を基本としますが、細かい加点・減点要素があります。(委細後述)

  12. 下附は、各自の得点 と失点を漢数字で並記します。

  13. 勝負は、グループごとに得失点を合計し、得点の多い方が「勝方(かちかた)」となります。

  14. 「勝方」の最高得点者のうち上席の方には香記が授与されます。

 

  月の明るい夜は、野辺を見渡せるようになりました。

 月は『香筵雅遊』の誕生月・・・おかげさまで開設23周年を迎えることができました23年前は、Yahooも手入力で検索サイトを登録していたので、「香道」をカテゴリー申請し、インターネットの世界に初めて「香道」という検索語が生まれました。今では、ロボット検索に嫌われたのか?「香道」で検索してもインデックスページはヒットせず、既に「初学の門」としての存在意義は失われた感がありますが、「これぞネット閑居!」とカタルシスして、「知ってる人は知っているサイト」として生き続けています。

それでも、インデックスページには月間1000件程度のアクセスがあり、長年にわたり「直リンク」でご覧いただいております皆様をはじめ、「 カルト検索」で迷い込んでハマってしまった方々のご愛顧に改めまして感謝申し上げます。

長年サイトを運営しておりますと、様々な方との出会いがありました。既に鬼籍に入られた方もおられますが、師匠の異なる地元の香人から始まり、各流派・会派のお師匠さんや門人の方、香舗さん、香包折から秘伝書の読み解きまで共同研究してくれる方、お茶席での香筵を催行させてくれる方、香木鑑定を依頼される方、様々な質問を投げかけてくれる方・・・最近では 、「家蔵の書物から香道の秘伝書を発見した」とお知らせいただいた方などもおられます。そうしたネット環境でなければ有り得ない環境で繋がったたくさんの皆様に「ネット香人」としてのアイデンティティを支えていただいたと思っています。

今後も「今月の組香」は、止めようと止められない依存症のような状態で書き続けて行くことでしょう。一方、今年から読み下し版を掲載して公開して参りました「香書目録」は、文殊の知恵が無いと「解読不能」で止まったままということもありますので、適宜休憩を入れながらマイペースで進めて参りたいと思っています。そして、拙サイトが目指した「香道の新しい地平線の発見と展開」に貢献できるよう、皆様にご助力いただきながら筆を執り続けてまいりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。

今月は、月下に花が咲き虫が啼く「秋野香」(あきのこう)をご紹介いたしましょう。

「秋野香」は、『御家流組香集(智)』に掲載のある秋の組香です。題号や要素名からしても「秋の定番」となりそうな組香なのですが、他書に類例や 同名異組のないところが不思議です。この組香のご紹介が遅れていた理由は、ひとえに「証歌の解釈」に尽きるかもしれません。今思えば些細なことなのですが、出典を明示できず、読めない字の検証ができないところでブレーキがかかっていたのだと思います。しかし、 「今でしょ!」と書いてしまわないと来年の保証はできかねますので、どうしても、この組香の持つ秋景色と趣深い趣向を皆様にご紹介してみたくなりました。そのようなわけで、今回 、証歌は「出典不明」ということでご容赦いただき、『御家流組香集』を出典として書き進めて参りたいと思います。

まず、この組香の証歌ですが、私にはこのように読めます。

「花のの匂ひあらはれてふえて聞こへしむしのこゑごゑ (出典不明 詠み人知らず)」

意味は、「秋の花の匂いが月の光に反映されて広がって虫たちの声が増して聞こえる」ということで はないでしょうか。秋の夜の主景とも言える「花」「月」「虫」が詠み込まれた非常に端的な歌ですが、なかなか趣深い歌だと思います。しかし、残念ながらネット上のデータベースや『角川国歌大観』では、本歌がヒットせず検証の方法がありませんでした。そのため、下線部は誤読の可能性もあります。原文を貼り付けておきますので、皆様でご検証いただき、出典などもお知らせくだされば幸いです。

次に、この組香の要素名は「糸萩」「桔梗」「松虫」「鈴虫」と「月」「笛」となっており、私などは「広縁に座って秋の夜の空を見上げている源博雅の情景 」を思い浮かべてしまいます。半面、これらの要素名は、「小萩香」「小草香(秋)」「撰蟲香」等、他の秋の組香でも多く用いられる要素名であり、どなたにでもイメージしやすい秋の夜の景色のオールスターキャストと言えましょう。また、この組香では、連衆をあらかじめ「花方」と「虫方」にわけ聞き比べを行う 「一蓮托生対戦型ゲーム」となっています。そこで、要素名も「糸萩」「桔梗」「月」は「花方の味方」、「松虫」「鈴虫」「笛」は「虫方の味方」とイメージして聞くことが求められます。このように、この組香は、「花」と「虫」が対峙して、夜の秋野からそれぞれの味方を集めて「咲き」と「啼き」を比べるような趣向となっています。

さて、この組香の香種は6種、全体香数は18包、本香数12炉となっています。まず、「糸萩」「桔梗」「松虫」「鈴虫」は4包ずつ作り、「月」と「笛」は1包ずつ作ります。次に「糸萩」「桔梗」「松虫」「鈴虫」のうち各1包を試香として焚き出し、「花方」も「虫方」も同じように試香を聞きます。試香が 焚き終わりましたら、手元に残った「糸萩」「桔梗」「松虫」「鈴虫」の各3包を打ち交ぜて、そこから任意に2包を引き去ります。引き去られた2包は「捨香」として 乱箱に戻します。そして、残った10包に「月」と「笛」の各1包を加えて打ち交ぜ、本香は順に12炉焚き出します。

本香が焚かれましたら、連衆は試香に聞き合わせて、これと思う香の要素名を答えます。「月」と「笛」は、客香が同数出るため区別がつかないので、木所を変え、あらかじめ小記録に示しておくことが肝心です。ここで、出典には「札を打つ」と書いてありますので、この組香は「札打ち」で行われたものと思われます。ただし、現在では専用の札は望むべくもなく、 「十種香札」の読み替えをしようにも札数が足りないので、名乗紙を使用する方法で良いでしょう。このようにして、連衆は名乗紙に要素名を出た順に12個書き記して回答します。

本香が焚き終わり、名乗紙が返って参りましたら、執筆はこれを開け各自の回答を縦一列に書き写しますが、今回は一蓮托生対戦型ゲームですので、あらかじめ香記に「花方」「虫方」の段落を設け、連衆の名乗を列記しておきます。各自の回答を写し終えましたら、香元に正解を請い、香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香の出の欄に正解を縦一列に書き記します。

香の出を書き記したところで、執筆は香の出を横に見て、当否を判別し 「点・星」を打つ段となります。ここで、出典には「萩、桔梗、中り双方一点づつ、花方にて虫の札打ちたるに星一なり。松虫、鈴虫、中り双方一点づつ、虫方にて花の札打ちたるに星一なり。」とあり、試香のある「地の香」の当りは双方とも 1点となりますが、相手方の要素と聞き間違えた場合はマイナス1点となるということが書かれています。例えば、答えが「桔梗」の時に「花方」の人が「糸萩」 (花の札)と答えると御咎めなしの「外れ」となりますが、「松虫」(虫の札)と答えて間違えた場合はマイナス1点となります。「虫方」の人も「 糸萩」と答えて聞き外せばとマイナス1点となります。 また、客香については出典に「月の中 花方三点、虫方二点。一人聞花方五点、虫方三点。外れ花方二星、虫方無星。虫の中 花方二点、虫方三点。一人聞花方三点、虫方五点。外れ花方無星、虫方二星。」とあります。例えば、 答えが「月」の時に「花方」の人が、「月」と答えると3点の加点となり、連衆の中で唯一当って独聞だった場合は一気に5点が加点され、 反対に「月」を聞外すとマイナス2点となります。一方、「虫方」の人が「月」と正解しても2点にしかならず、独聞でも3点に留まります。その代わり 「笛」と聞き外しても御咎めなしの「外れ」となります。

得失点の例

正解 各自の答え 花方 虫方
糸萩 糸萩 1点 1点
桔梗 0点 −1点
松虫 −1点 0点
鈴虫 −1点 0点
0点 0点
0点 0点
松虫 糸萩 0点 −1点
桔梗 0点 −1点
松虫 1点 1点
鈴虫 −1点 0点
0点 0点
0点 0点
3点(独聞5点) 2点(独聞3点)
それ以外 −2点 0点
2点(独聞3点) 3点(独聞5点)
それ以外 2点 0点

このように、双方で加点・減点の数に区別が付けられているところが、この組香の最大の特徴です。この組香の趣旨が「花」と「虫」の「咲き」と「啼き」比べだとすれば、「花方」が虫を持って来ては「啼き」に加勢することになりますし、「虫方」も花を持って来ては「咲き」に加勢することになります。客香の「月」は、花を照らして「咲き」を優位にし、「笛」は鳴り物ですので「啼き」に優位に働くということなのでしょう。とても良く練られた点法だと思います。そうして、執筆は、得点の数だけ答えの右肩に点「﹅」を掛け、減点の数だけ右横に星「・」を打って示します。

この組香の下附について、出典の「秋野香之記」の記載例では、各自の得点と減点をそれぞれ合計して、得点は漢数字のみ で「○」、減点は「星〇」と並記されています。桁がズレますし、対比しづらいので「点○」「星〇」と並記するもの良いでしょう。 因みに、この組香での最高得点は、全問正解で客香の独聞有りの18点となります。

最後に勝負については、出典の記載例に「花方」「虫方」の見出し以外には何もなく、連衆も双方1名分しか記載されていないので委細はわかりません。しかし、ここは一般的な「一蓮托生型対戦ゲーム」の記載方法に則って、各自の得失点をクループ内で差し引きして、双方の見出しの下に書き記し、得点の多い方に「勝」と附して、「勝方」「負方」を決する形でよろしいかと思います。そうして、個人賞は「勝方」の最高得点者のうち上席の方 となり、香記を授与されることとなります。

歌枕「宮城野」に因む和歌としては「さまざまに心ぞとまる宮城野の花のいろいろ虫のこゑごゑ(千載和歌集256源俊頼)」があります。こちらも花と虫の競演で「どちらも良い」という歌意かと思います。皆様も「秋野香」で花の香りと虫の音に埋もれるような月下の夜遊を楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

 

「撰蟲香」をご紹介した後に・・・

「虫が嫌いなので『蟲』という字を見るだけで虫唾が走る」という可愛いクレームをいただきました。

私は、「虫」の字がやたら多いメールにかえって感心したものです。

「虫方」ではさぞや居心地が悪いでしょうね。

月影や千種の花を染めにけり色ぞ劣らぬ虫の声々(921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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