十一月の組香

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武蔵野を詠んだ3首の和歌をテーマを組香です

人の住むのも疎らだった頃の東京を思い浮かべながら聞きましょう。

※ このコラムではフォントがないため「 火篇に主と書く字」を「*柱」と表記しています。

*

説明

*

  1. 香木は4種用意します。

  2. 要素名は、「武蔵野(むさしの)」「向ヶ岡(むこうがおか)」「霞ヶ関(かすみがせき)」と「ウ」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「武蔵野」「向ヶ岡」「霞ヶ関」は各4包作り、「ウ」は1包作ります。(計13包)

  5. 「武蔵野」「向ヶ岡」「霞ヶ関」のうち、1包を試香として焚き出します。(計4包)

  6. 手元に残った「武蔵野」「向ヶ岡」「 霞ヶ関の各3包と「ウ」の1包を打ち交ぜます。(計10包)

  7. 本香は、 「二*柱開き」10炉廻ります。

※ 「二*柱開」とは、2炉ごとに正解を宣言し、答えの当否を決めるやり方です。

−以降9番から13番までを7回繰り返します。−

  1. 香元は、香炉に続いて「札筒(ふだづつ)」または「折居(おりすえ)」を廻します。

  2. 連衆は、試香に聞き合わせて、答えとなる「香札(こうふだ)」を1枚投票します。

  3. 執筆は、2炉ごとに各自の答え組み合わせ 「聞の名目」に書き換えて香記に書き記します。

  4. 香元は、2炉ごとに正解を宣言します。

  5. 執筆は、2つの要素名から正解の名目を定め、当たった答えの右肩に「長点」を掛けます。

  6. 得点は、名目の当りにつき2点とします。 (片当たりを認める場合は、要素の当りにつき1点)

  7. 下附は、全問正解の場合は「皆」、その他は各自の得点を漢数字で書き附します。

  8. 勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

 

冴えた月影が霜野原を煌めかせる季節となりました。

昨今のコロナ禍で「ソーシャルディスタンス」が叫ばれ、「三密」となることが避けられない寄合芸能は、一斉に「自粛」の波に飲まれてしまいました。茶道や香道の世界でも同好の志士の多くが「稽古中止」の憂き目に遭っておられたと聞いています。仙台でも5月の恒例となっていた「杜の大茶会」が中止となり、夏が過ぎ、秋の茶会シーズンとなっても未だ「野点の呈茶」の話すら聞こえてきません。もちろん茶道は「お流派」のことですから、本部が「呈茶自粛」を決めれば一斉にそうせざるを得ません。当分は、「外向き」のことよりも門人がお稽古に戻って来ることの方が先決なのだと思います。もともと、小間で「一腕の茶を飲み、人と和す」ことが、真意である濃茶も「アフターコロナ」では、「一客一亭」で飲むものになってしまうのでしょうか。

興味本位に「茶会のガイドライン」を調べましたところ・・・@亭主・点前・客・水屋・業躰ともにアルコール消毒し、マスクを着用する。A席は、襖・障子を開放し、着座は、一畳に1人程度とする。B菓子は主菓子・干菓子ともに取り回しは避ける。C茶碗は手前毎に湯通しする。D水屋道具は使い回さない。E布巾は毎回交換かペパータオルとする。等々・・・たくさんの配慮が必要ということがわかりました。

香道においても、一時期「自粛休止」等の措置がなされようですが、「もともと少人数で細々とやっているコアな芸道」ですので、茶道ほどのダメージはなかったようです。好事家のサロンや香舗での体験席は、既に復活しているという話を全国から伺っています。香席の場合は、「襖・障子を開放すること」が御法度なのですが、これは「空調強め」で風を避ければなんとか凌げるでしょう。「取り回しをする聞香炉」は、いちいちアルコール消毒とすると「移り香」が心配なので、棚に飾る前のみとし、席入り前に連衆様の手の方を消毒することでいいでしょう。「マスク着用」は、面倒かと思いますが、かえって「鼻改め」になって良く聞けるかもしれません。勿論、香気の薬効にも若干期待したいと思います。いずれ、「広間の文化」である香席は、心理的にも物理的にもそれほど「密な関係」を求める寄合ではなく、席中は基本「無言」ですので、間隔を置いてゆったり聞く感じにすれば、それほど厳密な配慮はなくともよいのかもしれません。

そういう私も今月、仙台に来られる県外のお客様を迎えて「陸奥名所香」で一席おもてなしすることとなりました。寄合芸能は、大切な日本文化とはいえ、常日頃から「不要不急」と見られがちで、東日本大震災の時も一時「なおざり」にされていました。しかし、時が経てば、こういった伝統文化の復活が「心の復興」に大きく貢献し、皆さんが「平時に戻った」と実感するバロメータになったことも事実です。今回のコロナ禍は、自粛で心は寂しく・貧しくなりがちですが「食えるか食えないか!」の災害ではありません。また、寄合芸能は、もともと規矩を守って人と交わることが基本ですので、「夜の街感染」や「宴会」とは安全度の次元が違います。霜月となり、炉の温かみも恋しい季節となります。全国の香人の皆さんが「お香を聞く会」の埋火をもう一度熾されますようお祈りしています。

今月は、武蔵野を詠んだ歌を香に映した「武蔵名所香」 (むさしめいしょこう)をご紹介いたしましょう。

「武蔵名所香」は、『御家流組香集(信)』に掲載のある組香で、証歌の景色から「春、秋、冬」の催行にふさわしい四季組かと思います。同名に近い組香としては『奥の橘(月)』「武蔵名所香」があり、こちらは香6種で、要素名が「霞ヶ関」「三吉野」「玉川」「迯水」「雁金」「月」と配置された秋の組香です。「名所香」といえば東福門院様が作られた「桜(吉野)」と「紅葉(龍田)」の盤物組香が最も基本的で有名ですし、ここから派生した組香は、このコラムでも塩釜・松島の「陸奥名所香」や霧谷・芝山の「花名所香」、本年4月には8つ名物が散りばめられた「春日名所香」をご紹介して参りました。このように数々の「○○名所香」が見られますが、共通して言えることは、「テーマとなる名所のライバルを対峙させておいて、その地域、ひいては全国の景勝地を連想させる」ところかと思います。今回も、ご紹介すべき組香を探していましたところ、「武蔵名所香」が目に触れ、昔は憧れの地で、今また少し行きづらく、遠くなってしまった東京に思いを馳せるところがありました。見ると、この組香の題号の下には「知恩院大僧正」とあり、浄土宗総本山知恩院の大僧正が作られたオリジナル組香というところにも興味が湧きました。このようなことから、今月は『御家流組香集』を出典として書き進めて参りたいと思います。

まず、出典の冒頭には武蔵野一帯の景色を詠んだ3首の和歌が書き記され、「右三首の歌にて組たる香なり。」とあることから、 この組香は、これらを「証歌」として作られた組香であることがわかります。

「行く末は空もひとつの武蔵野に草の原よりいづる月かげ(新古今和歌集422 良経)

「朝な朝なよそにやはみる十寸鏡むかひの岡につもるしら雪(続古今和歌集1627 知家)

いたづらに名をのみとめて東路の霞の関に春ぞくれぬる(新拾遺和歌集1557 読人不知)

「行く末は…」の意味は「(目線の)行く末は、空とひとつに交わる武蔵野の草の原から昇る月の光よ」というところでしょうか。詠み手の藤原良経(よしつね:1169~1206)は、別名「九条良経」として有名な歌人です。幼少期から学才を現し、俊成や定家の影響を受けて育ちました。勅撰集の初出は『千載和歌集』で10代の作が7首も収められています。また、『新古今和歌集』撰進では79首も入集、仮名序を執筆していますが38歳で夭逝しています。

「朝な朝な…」の意味は、「朝ごとに、遠く(多摩川の対岸)からに見る美しい鏡は、向の岡に降り積もる白雪であるよ」というところでしょうか。藤原知家(ともいえ:1182~1258)は、「大宮三位入道」と号し、法名は「蓮性」。新三十六歌仙1人ですが、定家の跡を継いだ為家に反発し、『蓮性陳状』を著すなどしたためか、『新古今和歌集』には1首しか採用されなかったという逸話もあります。一方、後の『新勅撰和歌集』には12首、『続古今和歌集』には32首入集され、二十一代集の入撰数は120首に上ります。

「いたづらに…」の意味は、「東国へ向かう道の果て、無駄に名前ばかりを留めて(何もない)霞の関に春の日が暮れていくことだよ」というところでしょうか。

このように、この組香は「武蔵野」「向かいの岡」「霞の関」の三景を舞台として、その組み合わせから和歌に詠まれた景色をさらに深く味わうことが趣旨となっています。

次に、この組香の要素名は「武蔵野」「向ヶ岡」「霞ヶ関」と「ウ」となっています。「武蔵野」とは、東京都府中市から埼玉県川越市以南までの間に拡がる地域(武蔵野台地) のことで、古くから雑木林や草原のある景色と「月」の名所で知られた歌枕でした。「向ヶ岡」は、神奈川県川崎市の向ヶ丘(むかいがおか)地区 辺りのことで、武蔵の国府(現在の府中市)から、多摩川をはさんで対岸に見える小高い丘だったため、こう呼ばれ ていた歌枕です。小野小町は、奥州への旅の途中、このあたりで「武蔵野の向の岡の草なれば根を尋ねても哀れとぞ思ふ」と歌を詠んだと伝えられています。「霞ヶ関」は、東京都千代田区の桜田門から虎ノ門一帯にかけての地区のことで、古代、日本武尊が蝦夷に備えて、この地に関所を設けたため、景勝の地として古歌にも詠われ ていた歌枕です。(証歌に詠まれた歌枕「霞の関」は東京都多摩市関戸にあった鎌倉街道の要所「小山田関」の別称とも…)このように3つの歌枕に加えて、客香の「ウ」が加わるわけですが、これについて 私は、その地を訪れた「人」の要素かと解釈しています。

さて、この組香の香種は4種、全体香数は13包、本香数は10炉となっており、構造は至って単純です。まず、「武蔵野」「向ヶ岡」「霞ヶ関」を 各4包、「ウ」は1包作ります。次に、「武蔵野」「向ヶ岡」「霞ヶ関」のうち各1包を試香として焚き出します。そして、手元に残った「武蔵野」「向ヶ岡」「霞ヶ関」の各3包に「ウ」1包を加えて打ち交ぜで都合10包とします。ここで、出典には「札、十*柱香の札にて聞く。古今香に同じ。しかし、二*柱組合にてはあらず。打ち交ぜ一*柱づつ焚き出し、二*柱目も同じ。焚き終りて、札二柱開にする」とあり、本香は 、その場で手任せに組み合わせて2包×5組として「二*柱開」で焚き出すこととなっています。

本香が焚き出されましたら、連衆は試香と聞き合わせて、これと思う香の札を1枚打ちます。香札は、「十種香札を使う」と指定されていますので、「一(武蔵野)」「二(向ヶ岡)」「三(霞ヶ関)」「ウ(ウ)」と対応付けて使用すると 良いでしょう。この組香は「二*柱開」ですので、「1組目(1・2炉)」の回答が終わったところで香元は正解を宣言し、執筆は香の出を書き記すとともに各自の回答を所定の「聞の名目」に書き換えて書き記し、当った名目に「合点」を掛けます。この所作を「2組目(3・4炉)」、「3組目(5・6炉)」・・・と5回繰り返して、本香は焚き終わります。なお、ここでは出典に従って「札打ちの二*柱開」としていますが、執筆が大変な場合は、 常のごとく連衆が名乗紙に「聞の名目」を5つ書いて答える「名乗紙使用の後開き」で催行することも可能です。

ここまで読み進めますと、香記に記載する「聞の名目」について、出典には綻びがあることがわかりました。その一つは、4つの要素名を「初・後」を考慮する 形で組合せると全部で15通りとなりますが、出典には名目が13しかなく、「武蔵野・霞ヶ関」と「霞ヶ関・武蔵野」に対応する名目が無いことです。

これを補完するために「聞きの名目の配置のルール」を探ってみた結果…

@    同香の組合せは、要素名のまま配置。(ウ・ウは1包のため名目なし)。

A    「地の香」の異香の組合せは、初炉に出た要素の歌から季語(名詞)を優先して配置。

B    もう一つの「地の香」の異香の組合せは、初炉に出た要素の歌からAの季語に掛かる動詞を配置。

C    「客香」の名目は、「ウ」が初炉の場合は 、証歌の掲載された歌集名を配置。。

D    「客香」の名目は、「ウ」が後炉に出た場合は 、証歌の詠人を配置。

・・・ということが、わかりました。

ただし、Bに関しては個人的にやや違和感もあります。出典に書かれた 名目である「積(向ヶ岡・霞ヶ関)」は、「つもる」と呼んで「白雪」に掛かる動詞として配置されています。このルールに従えば 、欠落した名目である「武蔵野・霞ヶ関」は「出」、「霞ヶ関・武蔵野」は「暮」と補完することになりますが、景色として意味が通じづらいと思いました。例えば、これを「初炉に出た要素の歌から景色の ある名詞を配置。」とすれば、さらに雅趣が増すような気もします。

もう一つは、Cに関して、「朝な朝な…」の歌は、『続古今和歌集』が典拠となっており、出典に記載された 名目である「新勅撰」ではそぐわないことです。この歌は、『日吉社知家自歌合(1235年)』をはじめとして、『続古今和歌(1265年)』『歌枕名寄(1303年頃)』『夫木和歌抄(1310年頃)』に掲載がありますが、この中で最後発である『新勅撰和歌集(1232年)』には掲載 がありません。そのため、この名目は「続古今」が相当かと思われます。

そこで、Bを動詞のままとする場合名詞を配置する場合を並記して聞の名目の欠落を埋め、Cを出典のままとする場合と正しく修正する場合を並記した一覧が下記のとおりとなります。

香の出と記録の名目の一覧【提案含む】

初炉

後炉

武蔵野 向ヶ丘 霞ヶ関
武蔵野 武蔵野 東路 新古今
向ヶ丘 向ヶ岡 新勅撰続古今
霞ヶ関 草の原 十寸鏡 霞ヶ関 新拾遺
良経 知家 読人不知  

動詞名詞かは好みだと思います。動詞の場合は、縦のライン で「良経が・武蔵野で・月の・出るのを見た」のように「誰が・何処で・何の・何を見た」というストーリーになり、歌の詠まれた景色が1つの文になります。仏道者である作者は、これを「論理的で枯淡にも通ずる」と考えたのかもしれません。一方、詞の場合は、武蔵野に「草の原」があり、向ヶ岡に降り積もった雪の「十寸鏡」が見え、霞ヶ関の奥に「東路」が見えて、その土地で愛でるべき景色の 背景も現れて情景に深みが出ます。この組香の名目は、香の出によって出たり出なかったりするので、私としては、単独でも「景色感」の強い名詞の方が好ましいと考えています。(動詞の名目が3つ出た場合、香記が寂しく思えますので…。)

そうして、本香が焚き終わりますと、香記には各自の10の答えから導かれた5つの名目が書き記され、既に合点も掛けられています。合点の掛け方については、出典に「武蔵名所香記」の記載例がないため推測となりますが、聞の名目の当りにつき「長点」を掛けるのが順当でしょう。(長点は2つ以上の要素を聞き当てたことを意味します。)一方、「聞の名目」が香の初・後を考慮しているため、名目の構成要素を分解して「片当たり」を認めることもできます。その場合は、要素ごとに1点ずつ合点を掛けていく方法もありそうです。点数は、「長点」の場合は2点、「片当たり」の場合は各1点と換算してよろしいかと思います。

この組香の下附についても 出典内の他の組香を参考とした推測となりますが、全問正解は「皆」とし、その他は各自の得点を合計して「点数」を漢数字で書き附すのが順当でしょう。「長点」の場合は「二、四、六、八」の2点刻みとなり、「片当たり」を認める場合は、1点刻みで各自の得点を点数を書き附します。因みに、「長点」の場合はその数 のみで優劣を決め、「下附無し」とする奥ゆかしい方法もあります。

最後に、勝負は最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

「時節柄、東京に行きづらい」と思っていらっしゃる全国の皆様も多いかと思います。そのような時は、是非「武蔵名所香」で、緑豊かな山野に恵まれていた頃の「武蔵野」を巡ってみてはいかがでしょうか。

 

 

私にとっての「武蔵野」は・・・

香道を辞める破滅に陥った頃の「入間」の研修所ですね。

狭山の茶畑を抜けて広がる雑木林の中で1ケ月間「寂寥の日々」を過ごしていました。

 草の原甍の海になりぬれど世に武蔵野の月はかわらじ(921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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