1月の組香

      

新春の寿ぎを景色に写した組香です。

「客」の出によって各自の答えに漢詩の一句を書き附すところが特徴です。

慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。

説明

  1. 香木は、4種用意します。

  2. 要素名は、「鶴(つる)」「亀(かめ)」「蓬莱山(ほうらいさん)」と「客」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「鶴」「亀」「蓬莱山」は各3包、「客」は1包作ります。(計10包)

  5. 「鶴」「亀」「蓬莱山」の各1包を試香として焚き出します。(計3包)

  6. 手元に残った「鶴」「亀」「蓬莱山」の各 2包に「客」の1包を加えて打ち交ぜ ます。(計7包)

  7. 本香は、7炉回ります。

  8. 香元は、香炉に添えて「札筒(ふだづつ)」か「折居(おりすえ)」を廻します。

  9. 連衆は、試香と聞き合わせて要素名を判別し、これと思う札を1枚打ちます。

  10. 執筆は、香の出の下に「嘉辰令月歓無極」と書き附すほか、定めに従って香記を認めます。(委細後述)

  11. 下附は、全問正解は「 万歳(ばんざい)」とし、その他は当たった数により 漢数字で書き附します。

  12. 勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

 

ゆっくりと冬が明けるように「此の世の春」を迎えたい年の初めとなりました。

冬の晴れ間に散歩をしていますと、枯れ色の山野で目を奪われるのは「赤い実」です。秋には様々な「赤い実」が見られますが、そのほとんどは鳥に食べられてしまいます。それもそのはず、もともと赤い色は、植物が「ここにおいしい実があるよ。食べて〜」と誘うためのもので、植物は自らの子孫を鳥に食べさせて遠くに種を運んでもらい、そこで繁茂するために「色」で誘っているのです。また、赤い実は葉の緑と補色をなしており、これも「目立つ」ために好都合なわけです。一方、赤い色は虫には見えないため、種を害虫から守る役目もとしているといわれています。こうしてみると、冬になっても見られる赤い実は、鳥にとっては取るに足らないものか、食べてはいけないものなのでしょう。

この赤い実にうっすらと白雪が積もれば、常盤の緑とあいまって「冬の三原色」が出来上がります。当地では、このクリスマスカラーに雪解けの季節まで染められ続けるというわけです。お正月にゴージャスな生け花を飾る風習がいつごろから始まったものかはわかりませんが、生花店が無かった旧暦の初春には、常盤の緑に「椿」「梅」「水仙」「南天」などがあしらわれ、楚々とした風情があったものと思います。

現在、生け花に色を添える「赤い実」は、主に「千両」が用いられていますが、やはり「難を転ずる」と言われる「南天」は縁起物として欠かせないでしょう。私の実家にも物置を覆い隠すほど高く伸びた南天の生垣があり、正月の生け花には重宝していました。最初は、家の玄関の横に小さく株立ちしていたものが、母屋の建て替えを機に移されてそこで繁茂したものと思われます。南天は、意外に根が固く、今となっては間引きもできない状況ですが、丈を詰め、枝を払いながら、鬼門封じの鉄壁としていきたいと思っています。因みに、南天には微量の毒があり、それが薬効にもつながるのですが、実の出来具合によって鳥が食べたり、食べなかったりするそうです。この冬は、よく食べられたそうなので、鳥にとっての「豊作」だったのでしょう。今年は、鳥たちの食べ残した南天が、諸々の難を転じ「一陽来復」の年となることを心から祈っています。

今月は、数ある祝香の中で最も吉祥の景色に富んだ「新慶賀香」(しんけいがこう)をご紹介いたしましょう。

「新慶賀香」は、外組八十七組(第九)』に掲載のある祝香です。「慶賀」といえば、平成12年1月に21世紀の始まりを祝して、このコラムに掲載した「慶賀香」が最も有名です。こちらは要素名が「鶴」「亀」「松」「竹」「蓬莱山」5種組で、香の出によって証歌「君が代は…」か証詩「嘉辰令月…」を書き記すというもので、現在でも流派を問わず親しまれています。また、同名異組の「新慶賀香」は杉本文太郎の『香道』にも掲載があり、そちらは「嘉辰令月」「歓無局」「萬歳千秋」「楽未央」と謝偃(しゃえん)の詩を4分割して要素名に用い「君が代は…」を証歌として書き記すものです。今回もお正月にふさわしい「祝香」を探していたところ、志野流の外組にも掲載のある「新慶賀香」を見つけました。詳しく見ますと要素名は「慶賀香」よりシンプルになるものの漢詩よる華やかな景色が香記に広がって慶祝ムードが満載となるところに目を奪われました。おそらく、この組香があまり一般化していないのは、用いられている漢詩への理解であろうと考え、今回ご紹介することといたしました。このようなことから、今回は『外組八十七組』を出典として書き進めて参りたいと思います。

まず、この組香の証歌については、「記録の奥に記す」という和歌が2種掲載されています。

君が代は千代に八千代に細石のいはほとなりて苔のむすまで(古今集343 読人しらず)

ちとせまでかぎれる松もけふよりは君にひかれて万代やへん(拾遺和歌集24 大中臣能宣

「君が代は…」の歌は、「慶賀香」の証歌にも用いられており、『和漢朗詠集(775)』では、「祝」の項に掲載があります。原典はともに我が君は…」で始まるものですが、出典では国歌と同じく「君が代は…」となっています。

「ちとせまで…」の歌は、「子日香」の証歌にも用いられており、『和漢朗詠集(32)』では「子日」の項に掲載があります。詠人の大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)は、村上天皇の命により「梨壺の五人」として『万葉集』の解読や『後撰和歌集』の編纂などを行いました。三十六歌仙で、『拾遺和歌集』以降の勅撰集に124首が入集しています。

このように、この組香は、お正月の慶祝にふさわしい「慶賀香」の美学を受け継ぎつつ、さらに脚色を加えて創作されたものと言っていいでしょう。

次に、この組香の要素名は、「鶴」「亀」「蓬莱山」と「客」となっています。「鶴」「亀」「蓬莱山」吉祥や祝儀のシンボルとして用いられたものと考えていいでしょう。「慶賀香」と比べると「松」「竹」の植物系が省かれた形となっていますので、敢えて言えば、この組香は「長寿」に重きを置いているのかもしれません。「客」については、「慶賀香」には無い要素名ですが、この組香では、登場によって香記の景色を変化させる重要なキャストとなります。

さて、この組香の香種は4種、全体香数10包、本香数7炉となっており、その構造はいたって簡単です。まず、「鶴」「亀」「蓬莱山」は3包ずつ作り、「客」は1包作ります。次に、「鶴」「亀」「蓬莱山」のうち各1包を試香として焚き出します。手元に残った「鶴」「亀」「蓬莱山」の各2包に「客」1包を加えて打ち交ぜ、本香は7炉焚き出します。

回答に際して、出典では「試みに合わせて札打つべし」とあり、連衆は、試香に聞き合わせて、これと思う香札を1枚打ちます。回答に使用する香札については、何も記載はありませんが、「一(鶴)」「二(亀)」「三(蓬莱山)」と読み替え「客(客)」とすれば「十種香札」での対応が可能です。また、この組香は「一*柱開」も指定されていないので、香元は、香炉に添えて「札筒」か「折居」を廻し、投票された香札は「札盤」に伏せて仮置きして並べて置きます。(折居のまま手前座の右上に順に並べて置く方法もあります。)

こうして、本香が焚き終わったところで、執筆は札を返して各自の答えを香記の回答欄に書き写します。この際、出典には「客の香を『慶賀』と書くべし。此の香の聞によりて詩の一句を聞の中段に書くべし」とあり、次の通り列挙されています。

・初客なれば「長生殿裏春秋富」と書く

・捨客なれば「不老門前日月遅」と書く 

・「鶴」の下に客が出れば「暁洞花飛見鶴遊」と書く

・「亀」の下に客が出れば「花薫東閣万年盃」と書く

・「蓬莱」の下に客が出れば「九天春色酔仙桃」と書く

そのため、執筆は答えの書き写しの際に「客」の札を「慶賀」と書き替え、7炉分の答えを右上、左下…と「千鳥書き」して、回答欄の下に十分な余白を用意します。そして、各自の「慶賀(客)がどの要素の後に出たか」を見定めて、それに対応した「一句」を回答の下(回答欄の中段)に書き添えることとなります。

回答欄の中段で用いられる詩句について、表にまとめました。

客の出

中段の詩句

読み

出典

初客

(最初)

長生殿裏春秋富

ちょうせいでんのうちには しゅんじゅうとめり

『和漢朗詠集』 775

「天子万年」

慶滋保胤

捨客

(最後)

不老門前日月遅

ふろうもんのまえには じつげつおそし

鶴の下

夕巌苔静稀人到

暁洞花飛見鶴遊

せきがん こけしずかにして ひとのいたることはまれなり

ぎょうどう はなとんで つるのあそぶをみる

『新撰朗詠集』 503

「仙家」

菅三品

亀の下

水写右軍三日会

花薫東閣万年盃

みずはうつす ゆうぐんがさんじつのかい

はなはくんず とうこうのばんねんのさかづき

『新撰朗詠集』 37

「三月三日」

大江匡衡

蓬莱の下

五夜漏声催暁箭

九天春色酔仙桃

ごやのろうせい あかつきのやをもよおす

きゅうてんのはるのいろは せんとうによえり

『新撰朗詠集』 478

「禁中」

白居易 ※

このように、初客と捨客の句は、『和漢朗詠集』の1つの漢詩を分けたものであり、その他の詩句は『新撰朗詠集』の漢詩の一部を引用したものということがわかります。また、すべての漢詩が正月の寿ぎや朝廷の長楽万年を祈ったものではないこともわかります。おそらく作者は、「慶賀香」の詩歌から発想を得て、『新撰朗詠集』の中から新春の穏やかで華やかな詩句を選んで香記に配置する演出を考えたのではないでしょうか。

因みに、詩句の原典を探る中で、※の記載のある「白居易」について、「杜甫の作ではないか?」という疑問が生じて来ました。

『杜詩詳注 巻五427』には、758年春、賈至(かし)、王維(おうい)、岑参(しんじん)、杜甫、四人の詩人が中書省と門下省に揃った。杜甫にとっては生涯で一番幸福な時期であった。王維は太子中允からすぐに中枢にもどり、中書舎人(正五品上)になっている。賈至が伝統的な七言律詩で宮廷風の詩「早朝大明宮呈両省僚友(つとにたいめいきゅうにちょうし りょうしょうのりょうゆうにていす)」を詠った。これに対して、三人が唱和した」と詳しく状況が掲載されており、その際に「杜甫」「賈至舎人の早に大明宮に朝するに和し奉る」と題して詠った七言律詩に・・・

五夜漏聲催曉箭

九重春色醉仙桃

旌旗日暖龍蛇動

宮殿風微燕雀高

朝罷香煙攜滿袖

詩成珠玉在揮毫

欲知世掌絲綸美

池上於今有鳳毛

・・・とあり、『新撰朗詠集』編纂の折に「九重」が「九天」となり、「杜甫」が「白居易」に変わった可能性も否めません。

続いて、執筆が各自の答えと所定の詩句を書き終えましたら、香元に正解を請い、香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞いて、香の出の欄に「千鳥書き」で書き記します。その際も出典では「但し、本香の下に香の出によらず詩句を一行書くべし『嘉辰令月歓無極』」とあり、香の出の欄の下半分には、「嘉辰令月歓無極 萬歳千秋楽未央(和漢朗詠集774 謝偃)」初句のみを書き記すこことなっています。

香の出と詩句を書き終えましたら、執筆は、香の出の欄を横に見て当たりの答えの右肩に合点を掛けます。「新慶賀香記」の記載例では平点は1点、「慶賀」の当たりに2点が掛けられていますので、そのようにしますと全問正解は末広がりの8点となります。下附については、出典には「全の人は『万歳』と書くべし」とありますので、全問正解者には「万歳」、その他は点数を漢数字1文字で書き附します。なお、下附は先ほどの詩句の下(回答欄の下段)に書き附すこととなります。

さらに、この組香では記録の奥に書く証歌について、「客香五種までの内に出れば 君が代は・・・」「客香六七にでれば ちとせまで・・・」とあり、本香の5炉目までに「客」が出た場合は「君が代は・・・」の歌を書き記し、6炉目以降に「客」が出た場合は「ちとせまで・・・」の歌を書き記すことになっています。以上のように、この組香は、華やかな香記を書き記すために執筆がとても大変な作業を強いられるところが最大の特徴となっています。(;'∀')φ"

最後に勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

 

今年は「巣ごもり正月」となりそうですが、お初席では是非、慶祝感満載の「新慶賀香」で憂さ晴らしをなさってはいかがでしょうか。

なお、当日執筆をなさる方は、年始恒例「七福神くじ」で「恵比寿様」を引いた方にやってもらうのも良いですね。一面「貧乏くじ」ですが、「恵比寿賞」は最も良い商品が貰えますので、ご労苦と引き換えです。

「辛丑」は、穏やかな衰退から辛い終焉が訪れ・・・

その間に再生へのエネルギーが充満して萌芽する年のようです。

じっくりと自力をつけて「一陽来復」を待ちましょう。

来復の炎立つらむ実南天初日に紅く映えにけるかも(921詠)

 本年もよろしくお願いいたします。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

戻る

Copyright, kazz921 All Right Reserved

無断模写・転写を禁じます。