二月の組香

吉祥の景色に鴬の初音が聞こえる組香です。

全問正解に4つの下附のあるところが特徴です。

説明

  1. 香木は、5種用意します。

  2. 要素名は、「常盤(ときわ)」」「植物」「花」と「鳥」です。

  3. 「植物」は別香2種で組み込ます。

  4. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  5. 「常盤」と「花」は各3包、「植物(一)」「植物(二)」「鳥」は 各1包作ります。(計9包)

  6. 本香は、あらかじめ下記の通り、2包ずつ4組に結び置きします。(2×=8包)

    @「常盤・植物(一)」 A「植物(二)・常盤」、B「花・花」、C「花・鳥」

  7. 「常盤」のうち1包を試香として焚き出します。(計1包)

  8. 先ほど結び置いた4組を組ごとに打ち交ぜます。

  9. 香元は、結びを解き、2つの香の「前・後」を変えないように焚き出します。

  10. 本香は、2炉×4組、都合8炉廻ります。

  11. 香元は、2炉ごとに香炉に続いて「札筒(ふだづつ)」または「折居(おりすえ)」を廻します。

  12. 連衆は、2炉ごとに試香に聞き合わせて、聞の名目の書かれた「香札(こうふだ)」を1枚投票します。

  13. 執筆は、香記に連衆の答えを全て書き写します。

  14. 香元が、正解を宣言します。

  15. 執筆は、2つの要素名から正解の名目を定めて、当たった答えの右肩に 所定の「点」を掛けます。

  16. 得点は、「鴬」の当たりは2点、独聞は3点、1組目の答えが「鴬」となった場合の当たりは3点、独聞は5点、その他は1点とします。

  17. 下附は、全問正解の場合のみ附し、「鴬」の出 た組順によって変化します。

    1組目「初音」、2組目「木傳」、3組目「花の舎」、4組目「梢の塒」

  18. 勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

 

 庭木に留まる残雪が いつしか鳥たちに変わる季節となりました。

梅が咲く時期には、枝にウグイスが飛んできて「法、法華経♪」と一声啼くというのが、あらまほしき春の風景です。しかし、近ごろのウグイスは河原までしか降りて来てくれず、庭の梅にはメジロが来て「長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛♪」と啼くのが現実的な風景となっています。それでもメジロの鮮やかな緑色とクリクリとした目のコントラストは可愛らしく、爛漫と咲き誇る紅白の梅花と相まって、ほんわかと心膨らむ気持ちにさせられます。

山河を散歩していますと、いろいろな鳥の声を聴くことができますが、ホトトギスの「特許許可局♪」のように動物の鳴き声を人間の言語の発音に置き換える「聞き做し(ききなし)」という 言葉を初めて知りました。この言葉の歴史は浅く、鳥類研究家の川口孫治郎氏が昔話や民間に伝わる聞き做しを文献として記録した著書『飛騨の鳥』(1921年)が初めてとされています。

日差しが暖かくなってくると、我が家の周辺でも「土喰って虫喰って渋い♪(ツバメ)」「地ぃ踏んだぁ♪(エナガ)」「焼酎一杯グイ♪(センダイムシクイ)」「ちょっと来い、ちょっと来い♪(コジュケイ)」「手斧手斧♪(カワラヒワ)」等が聞かれます が、「仏法僧♪(コノハズク)」「一筆啓上仕り候♪(ホオジロ)」も有名な聞きで做しですね。繁殖期の鳥はまさに「伊達者 !」で、自分をアピールするための「さえずり」は、「地鳴き」と違って生命力にあふれており、聞き做す我々も元気にしてくれます。

しかし、鳥の鳴き声だけ聞いていても、なかなか聞き做しの文字に当てはめることは難しく、逆に聞き做しだけ知っていても、なかなか鳥の鳴き声と種類を聞き当てられるようにはなりません。これは、「聞き流して覚える英語」のようなもので、結局は何度も鳥の声を聴いて、知識として覚えた聞き做しに当てはめて反芻するしかないのだと思います。 これからは、スマホを片手に野に出て、その画像と音声で時節の花鳥の名前を覚え、「風雅の人」として老齢を楽しみたいと思います。

今月は、旧正月の祝いにもふさわしい「初音香」(はつねこう)をご紹介いたしましょう。

「初音香」は、米川流香道『奥の橘(月)』に掲載のある春の組香です。「初音香」と言えば、平成22年2月に このコラムで『香道秋農光』に掲載のある盤物の「初音香(斉藤如竹組)」をご紹介しています。その際に述べたとおり「初音香」は、『御家流組香集()』、『香道蘭之園(七巻、八巻、付録)』、 杉本文太郎『香道』たくさんの同名異組が残されており、それらは、要素名や構造の違いはあれ、どれも「鶯」を客香として「春景色の中に鶯が一声だけ鳴く」という景色を表しているところは共通しています。また、鴬の「初音」は、春の初めをピンポイントで表す言葉であるほか、名香の銘『源氏物語』の帖等、香に関わるいろいろな事物に使われていることから、今でも様々な「初音香」が、初春の定番組香として多くの方に楽しまれています。今回もご紹介する組香を探していましたところ、「植物」という要素名がやたらに目立つ「初音香」を見つけました。詳しく読みますと、この要素名は「常盤」と結びついて「松」や「竹」に昇華するので、道理としては納得なのですが、江戸時代の雅芸に「植物」という言葉を用いるセンスが、とても奇異に思われて琴線にふれました。また、春景色優先の他の「初音香」とは違って、聞の名目に「松」「竹」梅」と吉祥のシンボルである「歳寒の三友」が用いられ、「祝香」の雰囲気も感じられたものですから、「旧正月を祝う初音香」として、ご紹介することといたしました。このようなことから、今回は『奥の橘』を出典として書き進めたいと思います。

まず、この組香に証歌はありませんが、題号が「初音香」ということで、春先に鴬が啼き初める景色のある組香であろうことは察しがつくと思います。他の「初音香」が、春景色 を中心とした要素名に「鶯」を客香として加えているのに対して、この組香の要素名は、「常盤」「植物」「花」「鳥」となっており、要素名からでは 「常盤」があるために慶賀色が強く感じられ、「春」や「景色の客体」を直接的に感じることは難しいかもしれません。個別に見ますと、「常盤」とは、常緑樹のことで、その葉がいつもその色を変えない樹木の総称「植物」とは、草木のことで、学術的には細胞壁を有し、独立栄養で光合成を行うことができる生物の総称です。地球上の生物は動物、植物、菌類に大別されるのですから、本当に大括りな要素名と言えます。そして、「花」「鳥」もそれぞれの種の総称としてとらえますと、小記録に書かれた要素名の表す景色は、「うすぼんやり」としか見えて来ません。しかし、この獏とした景色が、次第に焦点を結んで来るというのが、この組香の作意そのものなのです。

ここで、どうして「植物」が「草木」ではいけなかったのか?について考えを巡らせてみますと、名目となる「松」は樹木で間違いないのですが、「竹」については、茎に年輪がないところは草ですが、幹が木のように堅くなる性質もあり、現在でも草本なのか木本なのかは意見が分かれています。そのため、作者は「竹」を草とも木とも断言できず、要素名を「木」とできる可能性を残したまま、「ええいままよ!」とばかりに「草木」と一括することを躊躇い、もう一回り大きな括りの「植物」という言葉を用いたのではないでしょうか?とても小さなことですが、雅趣より「精義」を重んじた結果なのかもしれません。

次に、この組香の香組について、出典には「植物の香 二包試なし、二種別なり」とあり、「植物」は1種1包ずつ別の香木を用いることが指定されています。これが、この組香の第1の特徴と言えましょう。出典のとおり「香五種」なのに要素名は「常盤」「植物」「花」「鳥」の 4種と見えてしまい、やや混乱しますので、ここでは便宜上、小記録の要素名を「植物(一)」「植物(二)」と区別しています。その他の要素は、「常盤の香 三包内一包試に出す」「花の香 三包試なし」「鳥の香 一包試なし」とあり、試香のある要素は 「常盤」だけで試香のない要素が3つもあるというのも、この組香の第2の特徴と言えましょう。一見、不安になりそうな香組ですが、出典には「本香八包を二包ずつ結び合せて四組に聞く」とあり、「常盤・植物」「植物・常盤」「花・花」「花・鳥」と続いています。出典には「植物」について区別がないのですが、ここでも便宜上「常盤・植物(一)」「植物(二)・常盤」と結び合わせておきましょう。本香の判別方法は後述しますが、この段階で「なるほど!」と納得された方は上級者です 。

さて、この組香の香種は5種、全体香数 は9包、本香数は8炉となっています。まず、「常盤」と「花」は3包、「植物(一)」「植物(二)」「鳥」は各1包作ります。この組香では、「常盤(2包)」、「植物(一)(1包)」、「植物(二)(1包)」、「花(3包)」、「鳥(1包)」の計8包をあらかじめ「常盤・植物(一)」「植物(二)・常盤」「花・花」「花・鳥」と2包ずつ4組に結び置きします。その上で、本座では「常盤」1包を試香として焚き出します。本香は、組ごとに打ち交ぜて、結びを解き、「香の前後を変えないで」順に焚き出します。

本香が焚き出されましたら、連衆は「試香」と「香の組合せ」を頼りに本香の出を判別します。出典には「常盤・植物 松と聞く(但一)」「植物・常盤 竹と聞く(但二)」「花・花 梅と聞く(但三)」「花・鳥 鴬と聞く(ウ)と聞の名目が列記されており、香の組合せから組ごとに1つの名目を答えることとなっています。また、この組香では、回答に香札を使用することが指定されており、名目の後に小さく付された注書(但一)」は、十種香札の紋裏の数字であることがわかります。

なお、本香に及んでは、「植物」は「常盤」と結ばれた無試の異香であれはよく、「植物(一)」「植物(二)」の区別は必要なくなります。香組や香手前など、木所を間違えないようにする必要のある亭主や香元、木所も含めて判別されたい連衆以外は捨象していただいて結構です。

香元は、2炉ごとに「札筒」か「折居」を香炉に添えて廻します。連衆は、下記の判別方法を頼りに、2炉ごとにこれと思う香札を1枚打って答えます。

香の出と聞の名目

香の出

聞の名目

(十種香札)

判別方法

常盤・植物

松(一)

聞いたことのある「常盤」がに出る異香の組合せ

植物・常盤

竹(二)

聞いたことのある「常盤」がに出る異香の組合せ

花・花

梅(三)

聞いたことのない同香の組合せ

花・鳥

鴬(ウ)

聞いたことのない異香の組合せ

このように、聞の名目で「常盤の植物」は「松」と「竹」となり、「花」は「梅」に、「鳥」は「鴬」に変わり、「うすぼんやり」していた景色にもピントが合って、吉祥の雰囲気もある「初音の景色」が香記に現れてくるというわけです。

本香が焚き終わり、最後の香札が返って参りましたら、執筆は各自の答えを香記の解答欄に書き記します。その際、十種香札を使用していますので、札紋の文字をそれぞれの「聞の名目」に書き換えることを忘れないようにしましょう。(せっかくの名目が「一」「二」「三」「ウ」のままでは、鴬の姿も見え て来ません)答えを書き終えたところで、執筆は香元に正解を請い、香元はこれを受けて香包を開いて正解を宣言します。執筆は、これを聞き、香の出の欄に要素名を左右に並記して都合4段に書き記します。次に正解の名目を定めて各自の解答欄を横に見て当たった名目に合点を掛けます。

この組香の点法は、出典に「右、中り一点、鴬は二点、独聞三点。初組に鴬出るは三点、独 は五点」とあり、「鴬(花・鳥)」の当たりは2点、連衆の中で唯一人聞き当てた独聞には3点の加点要素があり、「松」「竹」「梅」の当たりは1点で独聞に加点要素はありません。これは「鴬の初音を聞く」ということが、この組香の趣旨だからなのでしょう。さらに、最初の組の答えが「鴬」となった場合のみ、その当たりには3点、独聞には5点の加点がなされることとなっています。これらには、雅人が求めて止まなかった、「誰よりも先に初音を聞くこと」や「初音を独占したこと」への殊勲が込められているものと思われます。この組香の満点は通常5点、最高得点は初組に「鴬」が出た場合に独聞した場合の全問正解で8点となります。

続いて、この組香の下附は、全問正解のみに書き附すこととなっており、それは「鴬」の出た組順によって4種類用意されています。出典には「鴬、初組に出たる皆の下へは、初音とかく。二組めに出たるは木傳と書く。三組めに出たるは花の舎と書く。終の組に出たるは梢の塒と書く。」とあり、意味を含めて整理すると下表のとおりとなります。

鴬の出現と下附

「鴬」の出現

全問正解の下附

意味

1組目

初音(はつね)

その年、その季節の最初の鳴き声のこと

2組目

木傳(こづたふ)

木から木へ、枝から枝へと移り伝わること

3組目

花の舎(はなのや)

花に宿る、花を棲家としていること

4組目

梢の塒(こずえのねぐら)

梢を寝座として棲んでいること

このように、全問正解の下附は、鴬の様子を表したものとなっています。下附は、その香席に1種類しか使われないので、そのものズバリの「初音」の文字は、1組目に出た場合しか現れませんが、他の場合でも「枝から枝へと移り伝わる鴬」「花の中にいる鴬」「梢に棲んでいる鴬」が、それぞれの場所で「一声啼いた」とイメージすることが肝心です。なお、出典の「初音香之記」の記載例には、全問正解以外には下附が無く、点数等は書き附さず合点の数で各自の成績を表すこととなっています。

最後に勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。

新暦の正月に鴬の初音が聞ける地域は少ないと思いますが、旧暦であれば、まさに「梅春」の季節到来です。皆様も「初音香」で、「初音付きの初春」を祝ってみてはいかがでしょうか。

 

鳥の鳴き声を聞いて独自の「聞き做し」を作るというのもなかなか楽しい遊びです。

想像力と言語力を駆使しして文字にしてみる・・・

「クリエーティブテスト」を思い出しました。

 咲き初むる木伝う鳥は法華経と一枝ごとに法や説くらむ(921詠)

 組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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