4月の組香

吉野の花見の行程を景色に写した盤物の組香です。

双方の勝負を和歌で書き表わすところが特徴です。

 

※ このコラムではフォントがないため「ちゅう」を「*柱」と表記しています。

 

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説明

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  1. 香木は、用意します。

  2. 要素名は、「一」「二」「三」「四」と「客」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「一」「二」「三」「四」は各3包「客」は2包作ります。(計14包)

  5. 連衆は、「初桜方(はつざくらがた)」と「遅桜方(おそざくらがた)」の二手に分かれます。

  6. まず、「一」「二」「三」の各1包を試香として焚き出します。(計4包)

  7. 次に、残った「一」「二」「三」の各3包と「客」の1包を打ち交ぜます。(計10包)

  8. 本香は、「一*柱開」(いっちゅうびらき)で10炉廻ります。

※ 「一*柱開」とは、香札(こうふだ)等を使用して「香炉が1炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」聞き方です。

  1. 香元は、香炉に添えて「札筒(ふだづつ)」か「折居(おりすえ)」を廻します。

  2. 本香1炉が焚き出され、これを聞き終えた客から順に試香に聞き合わせて「香札(こうふだ) 」を1枚打ちます。

※ 以下、14番までを10回繰り返します。

  1. 執筆は、打たれた香札を札盤(ふだばん)の上に並べます。

  2. 香元は、香包を開き、正解を宣言します。

  3. 執筆は、正解者の回答のみ記録し、合点を付します。

  4. 点数は、1炉当りにつき1点、「独聞(ひとりぎき)」は2点、「客」の「独聞」は3点と換算します。

  5. 盤者は、双方の得点分だけ香盤(こうばん)の立物(たてもの)を進めます。

  6. 「盤上の勝負」は、香盤を往復し早くスタートラインに戻って来た方が勝ちとなります。

  7. 香が無くなるまで一*柱開を続け、そのまま記録上の勝負を決します。

  8. 下附は、各自の得点を「〇点」と書き附します。

  9. 「記録上の勝負」は、双方の合計点を比べ、得点の多い方が「勝方(かちかた)」となります。

  10. 勝負の結果は、「勝」「負」「持」ではなく、和歌によって書き表されます。

  11. 香記は、「勝方」の最高得点者のうち上席の方に授与されます。
     

「桜まつり」なき 花見の季節も2年目となりました。

今年の桜は、「観測史上最も早く開花している」という花便りがしきりです。我が郷土の「一目千本桜」も3月末には開花し、みちのくでは珍しい桜満開での入学式も見られ ました。マスク姿で笑顔が直に見られないところが残念ですが、やはり、桜の下を歩く新入生の真新しいランドセルは、こんな世相にも希望と元気を与えてくれます。

我々、中古文学の世界に生きている者にとって、「桜」と言えば「吉野の桜」なのですが、実は私は、まだ見たことがありません。名古屋にいる時には近鉄線も出ていたので、吉野 に行くことは造作ないことだったのですが、当時の私は「どうせ次は大阪勤務だろう。」と嵩を括っていて、管区の堺を敢えて超えないことを観光のモットーとしていたのです。そのため三重県は伊賀上野の県境までしか行っておらず、奈良ナンバーの車 の往来を見つつ、かえって悦に入っていたものです。その間、ネットの香友の皆さんからは、毎春「吉野に行ったよ。」とのレポートをいただきましたが、こちらは「近い将来に ね(^.^)b」という感じで返信していたものです。ところが、そのまま熊本に転勤になって、その年の桜は熊本城での残花を見ることとなり、その代わりに、熊本から仙台に戻る時は、桜前線を追い越したので、桜の満開を2回楽しむことができました。

吉野山の桜は、ヤマザクラなので開花時期に個体差があり、それに加えて標高差もありますので、開花から「下千本」「中千本」「上千本」「奥千本」と数週間にわたって、それぞれの名所を楽しむことができるのも魅力です。約 千三百年前から山岳信仰と結びついた御神木として献木され、整備され続けて来た桜は、やはり威風も違うのでしょう。我が故郷の花見と言えば、 晴れ渡った青空と蔵王山の残雪を背景に長堤で照り映える桜色のコントラストを楽しむというのが定番です。しかし、吉野山のような「山路の桜」は、雨上がりや朝靄も似合いの風景だと思います。山間に靄がかかっていますと空気遠近法で山々に奥行きが出るほか、靄に沈みゆく桜の木々がとても日本画的に目に映ります。また、靄にまとわりつく桜の香りも相まって、さらに趣深い景色を演出してくれるでしょう。

豊臣秀吉は、「雨が止まなければ吉野山に火をかけて即刻下山する!」と同行していた僧たちを脅して祈祷させたそうですが、「宴会」をするなら然りです。全山を見晴るかし、群生する桜色のグラデーションを楽しむことは、心も晴れ晴れとするでしょう。 しかし、おそらく私は「行楽」というより「山岳信仰」の一環として行くでしょうから、雨上がりや夜明けの「やや青ざめた桜」の表情に見惚れるのではないかと思います。今年の吉野山はライトアップあり、ディスタンスありでの開山のようですが、仙台からの遠距離移動は、やや憚られるところです。何年後になるかわかりませんが、また「死ぬまでに行きたい場所リスト」にクレジットしておき、シロヤマザクラの花の下風に思いを馳せたいと思います。

今月は、吉野の花見の行き帰り「千本香」(せんぼんこう)ご紹介いたしましょう。

「千本香」は、『軒のしのぶ(十)』に掲載のある「盤物」の組香です。この書には「十組各盤物」として、子日、花軍闘鶏、弥生、相撲、根合、蹴鞠、千本、六義、長寿の各組香が掲載されており、志野流系の初伝にある「外盤物十組」と半数が同じラインアップ(下線部)となっています。今年も「花の宴」の開催は望み難い状況ですので、「花見遊山」の代わりになる組香を探していましたところ、「吉野の桜」をモチーフにした組香を見つけました。「外盤物十組」にも「芳野香」があり、こちらも4種組の構造とゴールを目掛けて競争する趣旨は同じですが、「矢數香」の「矢」を「桜」に替えた形の個人戦となっているところが異なります。今回は、吉野山に展開される雄大な花景色を題号からも味わっていただける『軒のしのぶ』を出典として書き進めて参りたいと思います。

まず、この組香に証歌はありませんが、「勝負を示す際に書き附ける和歌」として下記の2首が掲載されています。 

昔誰かかる桜のを植ゑて吉野を春の山となしけむ(新勅撰和歌集58 藤原良経

吉野山花のふるさと跡たえてむなしき枝に春風ぞ吹く(新古今和歌集147 藤原良経

「昔誰…」の意味は「昔、誰がこれほどの桜の花の木を植えて、吉野を春の山となしたのだろうか。」ということでしょう。建久元年(1190)九月十三日に良経の九条亭で披講された「花月百首」の花五十首の巻頭歌で、秋に詠まれた春の歌ということでやや観念的にも思えます。

因みに、出典では「昔誰かかる桜のを植ゑて吉野をの山となしけむ」と下線部が異なっています。他書では第3句をを植ゑて」とするものもありますが、このコラムでは原典に合わせて修正しています。

「吉野山…」の歌は、詞書に「残春のこころを」とあり、少し季節が過ぎた花の景色を詠んでいます。意味は、「吉野山、花の散り過ぎた古里には人の訪れも絶え、花のない枝に春風だけが吹いている。」ということでしょう。「ふるさと」は「古里」と「降る里」の掛詞となっています。

詠み人の藤原良経(ふじわらのよしつね 1169-1206)は、平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての公卿で、後鳥羽院の信任を得て、従一位摂政太政大臣となりました。文化人としては、和歌所設置に際して寄人筆頭となり、『新古今和歌集』の撰進や仮名序の執筆などでも活躍し、収録歌も数79数えます。『千載和歌集』の初出以来、勅撰集への入集は360首もあります。

2つの歌は、ともに藤原良経の歌であり、吉野山の「花の盛り」と「花の廃り」を対比させるように配置されているところが注目点です。このように、この組香は、花の季節の「初・後」と「愛でる人々の情趣」をも対比させて、吉野山遊山を競わせることが趣旨となっています。

次に、この組香の要素名は「一」「二」「三」と「ウ」と匿名化されています。これは、他の盤物と同様に要素には特別に景色を付けず、コマを進めるサイコロのように、単なる当否を決める素材として扱われているからです。

さて、この組香の香種は4種、全体香数は13香、本香数は10炉となっており、構造は「有試十*柱香」と変わりません。まず、「一」「二」「三」は各4包、「ウ」は1包作ります。次に「一」「二」「三」のうち各1包を試香として焚き出します。そして、手元に残った「一」「二」「三」の各3包に「ウ」の1包を加えて打ち交ぜ、本香は「一*柱開」で10炉廻ります。

ここで、この組香はあらかじめ連衆を「早桜方」と「遅桜方」の二手に分けて、グループ対抗で聞き比べをする「一蓮托生型対戦ゲーム」となっています。連衆は本席に入る前に抽選や衆議で2つのグループに分かれおきましょう。また、この組香は「盤物」ですので、戦況を表す専用のゲーム盤を使用しますが、出典には「盤立物之図」はなく、「盤は竪二行、横十六間、建物、一重桜一本、八重桜一本、車二輪、白の色紙二枚、紅の色紙二枚、銀の短冊二枚、金の短冊二枚なり」とあるだけですので、想像して「千本香盤立物之図(想像図)」を作ってみました。私としては、香盤は「競馬香盤を16間で使う」ことでも対応可能かなと思っています。「色紙」「短冊」に違いを付けるべきか迷いましたが、桜の枝に吊り下げる細長い短冊に形を揃えています。

この組香は「一*柱開」なので、香元は、 1炉目の香炉に添えて、札筒か折居を廻します。連衆はこれを聞き、試香に聞き合わせて、これと思う香札を1枚打って回答します。回答に使用する香札は「十種香札」が使用可能です。 1炉目の札が帰ってきたところで、執筆はこれを札盤に並べ、香元に正解を請います。香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、正解した札のみ残して、香記の解答欄に正解者の要素名のみ書き記します。 一方、 盤者は、札盤に残された札の数(正解数)だけ双方の「車」を進めます。双方の正解数の差分ではなく、総得点分進めるところが「競馬香」と似ています。このような所作を10回繰り返します。

その間、盤上では双方の「車」が進むにつれて「色紙」や「短冊」で飾られていく趣向となっています。出典のままですとわかりにくいので、盤の様子や立物の進み方を整理し て箇条書きにします。

@    盤の1間目をスタートラインとし、双方の「車」を置きます。

A    そこから数えて5間目「白の色紙」を置き、車が 通過すればこれを取ります。

B    10間目に「紅の色紙」を置き、車が 通過すればこれを取ります。

C    15間目(盤の端)には「桜の枝」を刺して置きます。

(「初桜方」は「一重桜」、「遅桜方」は「八重桜」)

D    「車」が15間目に至れば、「桜の枝」を刺して折返します。

E    その炉の勝負で、相手の「車」が15間目に至らなければ相手の「桜の枝」も車に刺して戻ります。

F    戻るときは、5間目に「銀の短冊」、10間目に「金の短冊」を置き、通過する際に桜の枝につけます。

G    もし、その時、相手の車がまだ「銀の短冊」の間数に至らず、短冊を取り残していれば、相手の分も「桜の枝」に付けて、代わりに「白の色紙」を相手に送ります。

H    さらに進んで、 相手の車がまだ「金の短冊」の間数に至らず、短冊を取り残していれば、相手の分も「桜の枝」に付けて、「紅の色紙」相手に送ります。

なお、立物の進みについては、出典に「一人聞二間、客の一人聞は三間、二人以上はいづれも一間ずつ」とあり、ウの独聞は 3間、地の香の独聞は2間、その他は1間ずつとなります。独聞に殊勲の加点はありますが、この組香はグループの正解数だけ、立物が進みますので全員が1点ずつ加点した時の方が、効率が良いかもしれません。

そうして、この組香は、往路では「白紅の色紙」、目的地の吉野山では「桜の枝」、復路では「銀金の短冊」を得て、これらを「家づと」として帰ってくることになります。吉野山で遅れをとると「桜の枝」はもうありませんから「むなしき枝」の歌が身に染みることになりそうです。盤上の勝負は、色紙や短冊の数には関わりなく、いち早くスタートラインに「車」が帰ってきた方、または帰還しなくても本香が焚き終わったところで盤上を先に進んでいた方が勝ちとなります。この組香は、学校の先生の「旅行は家に帰るまで!」という教えにも似て、花見の行き帰りが勝負の場となっているところが、面白いと思います。1つ提言を加えるとすれば、復路の逆転もあり得ることから、折返し後に「後発の車が追い越せば桜の枝を取り戻す。」というルールを加え て、常に「往路先行有利」の不公平感をなくすと良いかもしれません。

続いて、連衆の人数や成績によっては、早々と盤上の勝負がついてしまうことがありますが、その場合でも10炉目が終わるまで本香は焚き続け、記録上の勝負に移ります。記録は、「初桜方」「遅桜方」の見出しの左に双方の連衆の名乗が書かれています。この組香は、「一*柱開」ですから執筆が1炉ごとに当たった要素名のみを各自の回答欄に書き記しています ので、本香が終われば「合点」掛けもなく、いきなり「下附」の段となります。出典の「千本香之記」の記載例では、要素名の当たりごとに1点と換算して、各自の得点を漢数字で書き附しています。 記載例には示されていないのですが、立物の進みにあったような「客の独聞(3間)」や「独聞(2間)」の加点要素は点法にも配慮されるべきでしょう。そうすると想定される最高得点は、すべてを独聞した際の21点となりますが、これ だけでは盤上往復(30間)には足りません。やはり、無事帰還するにはチームワークが必要ということですね。

下附が終わりましたら、双方の合計得点を比較して、記録上の勝負を付けます。普通、合計得点の多い方の見出しの下に「勝」、少ない方には「負」と示すのですが、出典には「記録の勝の方に歌を書く『昔誰…』。負けの方には『吉野山…』。持の時は、初めの歌を上の句、下の句わけて双方に書く。」とあり、「勝」の代わりに「昔誰…」、「負」の代わりに「吉野山…」の歌を書くようになっています。勝方には 「花の盛りに吉野山を見た満足感」が現れ、負方には「花が散ってしまった吉野山の寂寥感」が表れているようです。なお、「持」(引き分け)の時には、早桜方に「昔誰かかる桜の花を植ゑてむなしき枝に春風ぞ吹く」、遅桜方に「吉野山花のふるさと跡たえて吉野を春の山となしけむ」と2つの和歌の上下が入れ替わった「珍妙な歌」が 双方に書き附されることとなっています。このように「和歌」を書き附して勝負の結果を示すところが、この組香の最大の特徴と言えましょう。

そうして、記録上の勝負は、勝方の最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

いずれ「花の宴」は無しですけど、桜を愛でるだけならば、近所に公園や河原に桜並木があれば、名所でなくとも十分楽しみ心和ませることができます。どうしても「徒党を組んで花見遊山に行きたい。」という面々は、「千本香」で吉野山までのバーチャルツアーを体験されてみてはいかがでしょうか。

 

吉野山に庵を結んだ「桜の歌人」の西行さんは…

立春には梅や鴬を差し置いて「吉野山の桜」を思い起こし、

春の雪を見ても「今年は桜が遅そうだ」と心配し、

桜の花を見た日から「気もそぞろで幽体離脱」し、

果ては「桜の花の下で死にたい」と願いました。

厳しい環境に耐えぬいて咲く山桜の姿を自己投影していたのかもしれませんね。

春ふかみ霞ぞ匂う吉野山花の下風湧きて吹くらむ(921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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