七月の組香
六条の「朝顔」と五条の「夕顔」の物語を景色とした組香です。
立物の進みと得点の異なるところが特徴です。
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説明 |
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香木は、3種用意します。
要素名は、「一」「二」「三」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「一」は2包、「二」は3包、「三」は4包作ります。(計9包)
連衆を「朝顔方(あさがおがた)」と「夕顔方(ゆうがおがた)」の二手に分けます。
「一」「二」「三」の各1包を試香として焚き出します。(計3包)
手元に残った6包を打ち交ぜて、順に焚き出します。
本香は、「一*柱開(いっちゅうびらき)」で6炉廻ります。
※ 「一*柱開」とは、1炉ごとに連衆が回答し、香元が正解を宣言するやり方です。
−以降9番から15番までを6回繰り返します。−
香元は、香炉に続いて「札筒(ふだづつ)」または「折居(おりすえ)」を廻します。
連衆は1炉ごとに試香に聞き合わせて、要素名の 書かれた「香札(こうふだ)」を1枚投票します。
盤者は、札を開いて、「札盤(ふだばん)」の各自の名乗の下に並べます。
香元は、香包を開いて、正解を宣言します。
盤者は、正解した札をそのままにし、外れた札は伏せるか取り除きます。
執筆は、香記の回答欄に各自の答えをすべて書き写し、正解者に合点を掛けます。(各1点)
盤者は、正解者の立物(たてもの)を所定の数だけ進めます。(委細後述)
立物は、「一」の当たりは3間、「二」の当たりは2間、「三」の当たりは3間進みます。
最初に「分捕場(ぶんどりば)」に達した方が扇を開きます。(一の功)
その後、香がなくなるまで焚き続け、勝負は双方の合計得点の多い方が勝方(かちかた)となります。
勝方が相手の立物を引き抜いて扇に載せます。(記録上の勝負=盤上の勝負)
香記は、「勝方」の最高得点者のうち、上席の方に授与されます。
朝顔の花弁に残る露に涼しさと儚さを感ずる季節となりました。
夏休みが近づいて参りました。子供たちにとっては、未知の経験を積んで大人になる絶好の季節です。私の子供自体は、地域の子供が年齢を問わずに神社の境内等に集まって外遊びをしていました。大きな子は、万が一、小さい子がケガをしたら自分が責任を取るという覚悟がありましたので、決して無理難題を押し付けることはありませんでした。そのような信義の中で、小さい子は少しずつ無理や危険な思いをしながら成長していったものです。
終業式になると、朝顔の鉢植えを両手で重そうに抱えて下校する小学生を微笑ましく見ていいます。今でも学校の校庭に朝顔も青い鉢が並んでいますので、低学年は、「朝顔の観察日記」が宿題となっているのでしょう。一学期に学校で種を植え、芽が出て、子葉が開いて、本葉が出て、蔓を巻き始めたものを自宅に持ち帰り、夏休み中は、蔓や葉が大きくなって、蕾を結び、花が咲き、その花が枯れて、できた実を収穫するあたりまでを見届けるのでしょうか。初めて種から育てた朝顔の「一粒百万倍!」の感動は、私も忘れ難いものがあります。この時、すぐに気づくことはありませんでしたが、「生き物を育む心」から「個々の特性を知って適切な環境を作ってやること」、「過ぎたるはなお及ばざるが如しであること」など、生物の一生を看取ることは、あらゆる事象に通ずる示唆に満ちていたと思います。
一方、「干瓢巻き」の大好きな私は、小さいころから夕顔の「実」が干瓢の材料となることは知っていましたが、夕顔の花を知ったのは、大学生の時に栃木県小山市でアルバイトした時でした。まだ、開業前の東北新幹線が高架橋を走るのを私は少し離れた真っ白い花畑の中で見ていたのですが、それが「夕顔」であることを土地の人から聞いて初めて知りました。その白い花が実となり、シュルシュルと皮がむかれて、農家の庭いっぱいに白い干瓢が干されていく景色、そして、土地の人が「夏の香り」と言っていた干瓢を漂白する時の硫黄の香りが忘れられません。これも夏休みならではの「気づき」でしたね。
今振り返ると、夏休みは宿題帳やドリル、図化工作にも翻弄されますが、自然の摂理や地場産品の生産、親族の繋がりなど、周りのことをゆっくり見て、自分なりの「気づき」を得るのにも役立つ貴重な自由研究の場だったと思います。
今月は、朝顔と夕顔の恋の鞘当て「五條香」(ごじょうこう)をご紹介いたしましょう。
「五條香」は、聞香秘録の『勅撰新十與香之記(全)』に掲載のある「盤物(ばんもの)」の組香です。題号からは直接読み取ることはできませんが、小記録を見ますと「朝顔」「夕顔」の景色がふんだんに盛り込まれていますので、「秋」の組香と言って良いでしょう。実は今回、暑い盛りにご紹介する「涼しい組香」を探していたのですが、昔は夏には香席をしなかったこともあって、ふさわしい組香がすでに尽きておりました。そこで、「雑組で凌いでおくか?」と名数香を探していましたところ、「五條香」の中に「朝顔方」「夕顔方」の文字を見つけました。「朝顔方」「夕顔方」と言えば、平成25年8月に「朝暮香」という盤物をご紹介しておりましたが、盤面は似ているものの構造や趣旨が全く異なるものでしたので、ご紹介することといたしました。このようなわけで、今回は、他書に類例を見ないため、『勅撰新十與香之記』を出典として書き進めたいと思います。
まず、この組香に証歌は掲載されていませんので、この組香の趣旨を知るには「五條」と「朝顔」「夕顔」の関係を探ることから始めました。すると現れてきたのが『源氏物語』の「夕顔」の帖でした。若い源氏が儚くも短い恋をした女「夕顔の君」が京の五条に住んでいたからです。そこから「朝顔の君」と思しき方を探してみますと、そこには京の六条に住んでいた「六条御息所」の影が見えて来ました。おそらく、この組香の題号と景色はこの物語でつながるのではないかと思います。
そこで、この組香の趣旨を深く理解していただくために『源氏物語』(第4帖)から「夕顔」と「朝顔」に因んだストーリーを追ってみたいと思います。
17歳の夏、光源氏(以下「源氏」)が、六条御息所のもとに通うついでに五条に棲んでいた「大弐の乳母」(惟光の母)の病気を見舞った時、偶然にも隣家に咲く「夕顔の花」を見つけ、「一枝取って参れ」と惟光に所望したところ、その家の女主人が出てきて「夕顔の花」を扇に載せて惟光に持たせました。その扇は、良い薫物の香りがし、きれいな散らし書きで歌が書かれてありました。 心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花(夕顔) 「当て推量ですが、その方かとお見受けいたします。白露の光を添えた夕顔の花のように光る君ではありませんか?」 これを見た源氏は、自ら風流遊戯をしかけてきた女性に好感を覚え、惟光に素性を調べさせて、後に返歌を贈りました。 寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔(源氏) 「近寄ってこそ確実に判別できましょう。あなたが黄昏時に遠くからぼんやりと見た花が夕顔(私)であるかは。」 その後、惟光の報告や取次ぎもあって、二人は身分を明かさないまま交際することになります。
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【朝顔の物語】 秋になり、源氏は六条御息所を訪ね、霧の深い早朝に帰邸する際、見送りに付いてきた優美な女房を引き寄せて歌を贈りました。 咲く花に移るてふ名はつつめども折らで過ぎうき今朝の朝顔(源氏) 「咲いている花に心を移したという風評は憚られますがやはり手折らずには素通りしがたい今朝の朝顔の花であることよ」 自分に水を向けられた女房は、即座に女主人に成り代わって歌を返し、指貫の袴を露で濡ぬらしながら、草花の中へ入って朝顔の花を持って来ました。 朝霧の晴れ間も待たぬけしきにて花に心をとめぬとぞ見る(六条御息所の女房) 「朝霧の晴れる間も待たないでお帰りになるご様子なので朝顔の花に心を止めていないものと思われます」 彼女は、自分の立身よりも、源氏が御息所のもとへ毎日おいでになればどんなにうれしいであろうと思う奥ゆかしい女性だったのです。 そうこうしているうちに、惟光は、源氏を夕顔の家に通わせる手筈を整えてしまいます。源氏は、「夕顔の君」が「雨夜の品定め」で頭中将が「跡形なく姿を晦ましていなくなってしまった頼りない恋の相手」と言っていた「常夏の女」だと薄々気づいていました。 そして、8月15日の夜に夕顔の家に泊って、翌朝には夕顔を「なにがし院」に連れて行き、ここでも互いに素姓はうち明けないまま逢瀬を遂げました。しかし、夕顔は、その日の宵過ぎに頓死してしまいました。 |
このようにして「夕顔」との儚い恋は終わりを告げました。あくまで私見ですが、「夕顔」の帖では、源氏に言い寄られた六条御息所の女房が、女主人を「朝顔」に例え、彼女に成り代わって歌を返して、そつなくかわしたエピソードがあります。また、「夕顔」の急死が「六条御息所」の生霊の仕業ではないかとも言われる(さらに以前、「常夏の君」は六条御息所の嫉妬を避けるために頭中将の元を去ったと思われるふしもある。)ことから、この組香で「夕顔」に対峙する「朝顔」とは「六条御息所」のことであり、物語ではやや一方的形勢と思われるものの、この 2人の「恋の鞘当て」が組香の景色に映されているのではないかと思います。
次に、この組香の要素名は「一」「二」「三」と匿名化されています。盤物の組香とは、サイコロ代わりに香を聞き当てて、その分だけ立物を進める「双六」のようなものですから、 この組香は、焚き出される香には特段の景色を持たせず、盤上に繰り広げられる双方の「戦況」を楽しむことに傾注するように初めから仕向けられているのです。
続いて、多くの盤物がそうであるように「五條香」も「朝顔方」と「夕顔方」が競い合う「一蓮托生対戦型ゲーム」となっています。そのため、連衆は席入りの前に「朝顔方」「夕顔方」の二手に別れます。分け方については、席札を使って籤引きする場合や巧拙のバランスをみて衆議によって決めるなど、当座のルールで構いません。また、この組香には「盤立物(ばんたてもの)」という道具を用いて対戦することとなっています。出典には、「五條香盤立物之図」が掲載されており、ゲーム盤である「五條香盤」については、双方から6間、各5行の升目が向かい合って、その真中に「分捕場」があります。双六のコマとして使用される「立物」には、「朝顔」と「夕顔」が描かれており、各自1本の立物を使って双方10人まで参加できるようになっています。これを使って「朝顔方」「夕顔方」に分かれた連衆は、香を聞き当てつつ自分の立物を進め、中央の「分捕場」に向かって先を争うこととなります。
さて、この組香の構造は、香種が3種、全体香数が9香、本香数が6炉となっています。まず、「一」を2包、「二」を3包、「三」を4包作り、「一」「二」「三」各1包を試香として焚き出します。そうして、手元に残った「一(1包)」、「二(2包)」、「三(3包)」を打ち交ぜて、本香は6炉を「一*柱開」で焚き出します。
試香を焚き出す前に、連衆には「一(1枚)」「二(2枚)」「三(3枚)」の「香札」が廻されますが、これは、現在市販されている「十種香札」 を使用することが可能です。
本香が焚き出されましたら、香元は、正解を投票するための「札筒」や「折居」を香炉に添えて廻します。連衆は、試香と聞きあわせて、これと思う答えの書かれた札を1枚投票します。香札が帰って参りましたら、盤者がこれを各自の札紋 (名乗)と照合し、香札を「札盤」の上に答えを開いて並べます。用意が出来ましたら、香元に正解を請う合図をします。香元はこれを受け、香包を開いて正解を宣言します。正解がわかったところで盤者は正解の札のみを残し、外れた札を撤去します。(または、裏返しにします。)同時に盤者は、所定の数だけ正解者の立物を進めます。執筆は、各自の答えをすべて書き写し 、当たった要素名に合点「1点」掛けます。通常「一*柱開」の場合は、当たった要素名のみ記載し、外れたものは空白にするのですが、出典の「五條香之記」には、すべての答えが記載されています。このようにして双方の戦況を1炉ごとに楽しみながら、この所作を6回繰り返します。
ここで、出典では「一の香聞くは三間進み、二の香聞くは二間進み、三の香聞くは一間進むべし」とあり、香数の少ない「一」を聞き当てれば立物を3間進め、「二」は2間、最も香数の多い「三」は1間と要素名に応じて立物の進みが変えてあります。そのため、全問正解すれば(3+2+2+1+1+1で)間数は10間必要となりますが、盤上には升目が6間しかありませんので、香の出方によっては早々に「分捕場」に達することもあります。このため、立物は最初の当たりまで盤上に差さない方式で間数を稼ぐことも必要かと思います。また、出典には「分捕場に扇をたて置き、何れにても早く分捕場に行きたる方、扇を開くなり」とあり、先に分捕場に達した人のいた方に「閉じてあった扇を開く権利」が与えられます。これは、「夕顔」が差し出した「扇」に由来するものだと思われます。ただし、これに続いて「その後、勝負し、負方の花を取って扇の上置くなり。」と もあり、分捕場への到達は、「一の功」と言えるもので「盤上の勝負」としては通過点に過ぎず、その後、香がなくなるまで焚き出して、最終的な「記録上の勝者」が、敗者の立物を抜き取って扇に載せて初めて「盤上の勝負」も決着することとなります。負方が、扇に花を載せて源氏に献上するのは、夕顔のストーリーとは逆な気がしますが、「勝方が献上できないように刈り取った」という景色ならば、納得がいくでしょう。このように、記録上の点法は「各1点」であるのに比べて、盤上の進みにのみ「加点要素」があるところが、この組香 の特徴と言えましょう。
続いて、本香が焚き終わりましたら、答えの当否はすでに書き記されていますので、執筆は各自の得点を合計して下附します。下附について「五條香之記」には、全問正解の下附は「奉」という文字が用いられ、欄外注記にも「皆聞には奉と書く」とあります。これも源氏に花を献上したことを表すものでしょう。その他は点数を漢数字1文字で書き記します。
こうして、各自の得点の記載が終わりましたら、今度はメンバーの得点をグルーブごとに合算し、合計点の多い方が「勝方(かちかた)」となります。出典には「五條香之記」には、「朝顔方」「夕顔方」の見出しの下に「勝」とのみ付記されており、双方の合計点数や「負」の表示はありません。
最後に、香記は「勝方」の最高得点者のうち上席の方に授与されます。
「朝顔」は、朝に花を咲かせ、昼にしぼんでしまう様子を「朝の美人の顔」に例えた「朝の容花(あさのかおばな)」から来たといわれています。一方、「夕顔」は、夕方に開花し、翌日の午前中にはしぼんでしまうことに由来します。どちらにも共通した花言葉は「儚い恋」です。皆様も初秋のひと時「五條香」で「儚い恋のさや当て」の行方を占ってみてはいかがでしょうか。
私は白い縁取りのある濃い青紫の朝顔が好きです。
自分の丹精を愉しみつつ道行く人の目を楽しませる。
路地の花には双方に行き交う「情」がありますね。
朝顔や添え木の先に行き着きて寄る辺をさぐる我が身をぞ思う(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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