八月の組香

萩やススキ繁茂して秋野に広がる景色を表す。

回答の際に要素名を書き換えるところが特徴です。

※ このコラムではフォントがないため「ちゅう:火へんに柱と書く字を「*柱」と表記しています。

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説明

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  1. 香木は、3種用意します。

  2. 要素名は、「 萩(はぎ)」「薄(すすき)」と「葭(よし)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「萩」は1包、「薄」は2包、「葭」は 3包作ります。(計6包)

  5. この組香に試香はありません。

  6. 「萩」1包、「薄」2包、「葭」3包を打ち交ぜます。(計 6包)

  7. 本香は、6炉焚き出します。

  8. 連衆は、香の異同を判別して、1包出たものは「 萩」、2包は「薄」、3包は「 葭」とします。

  9. 答えは、始めて出た要素名はそのまま書き、2番目、3番目に出た要素名は所定の表記に書き換えます。(委細後述)

  10. 当否は、要素名を聞き当て答えの表記も当たっているものを「正点」とし、要素名を聞き当てても答えの表記が違うものを「傍点」とします。

  11. 点数は、正点が1点、独聞が2点、傍点と聞き外しは0点、独りで聞き外すと−1点となります。

  12. この組香に下附はありません。

  13. 勝負は、最高得点者のうち、上席の方の勝ちとなります。

 

 「お・も・て・な・し」で熱狂していた頃が懐かしく感じられる夏の終わりです。

竹林にサラサラと涼しい風が吹き抜けて行きます。この涼音も秋口になると、物寂しく感じられるから不思議です。風の音には季節ごとにいろいろな名前がありますが、実は、吹いている風には強弱 と寒暖があるだけで、「春の花、夏の緑、秋の落葉、冬の枯野」のように季節に因んだフィルターを通すことではじめて、耳に届いた人に季節を感じさせるのではないかと思います。

昔、国の機関がこぞって「○○百選」を発表していた頃、当時の環境庁が「残したい日本の音風景100選」を選定しました。これは、全国各地で人々が地域のシンボルとして大切にし、将来に残していきたいと願っている音の聞こえる環境を「音風景」とし、地域に 生息する生き物の鳴き声から、川のせせらぎ、渦潮、梵鐘、汽笛、祭りの笛や太鼓まで・・・♪人や自然が作り出す様々な音と景色が選ばれて おり、当時の私は「乙な取り組みだなぁ」と感心したものです。宮城県では、「宮城野のスズムシ」「広瀬川のカジカガエルと野鳥」「北上川河口のヨシ原」「伊豆沼・内沼のマガン」が選ばれていますが、最初の2つは近所の聞きなれた音景色でしたので、とても親近感を覚えて、さっそく「音景色めぐり」をしたことを思い出します。ただ、被災地になってしまった「北上川河口のヨシ原」だけは、その後が気になっていました。

「北上川河口のヨシ原」は、北上川の河口から少し遡った、現在の「新北上大橋 」あたりから約10kmに及ぶ「葭」の茂った河川敷や中洲のことです。ここは、春の「火入れ」、夏の「若葉」、秋は「花穂」が黄金色に輝き、冬には「ヨシ刈り」が行われ、一面にひろがる四季折々の風景は、まさに壮観です。特に「火入れ」と「ヨシ刈り」は、地元のニュースでも「風物詩」として毎年取り上げられています。私は、霞に煙る山波をバックに夕陽が水面を照らし、この光が花穂を透かして、辺り一面が黄金色に染まる時間が好きです。そこに風が吹き渡ると絨毯の毛をなでるように「葭」が波打ち「さやさや」と音を立てます。「ヨシ原」は野鳥の宝庫ですので、ここを塒(ねぐら)にしているたくさんの鳥たちが多彩なハーモニーを奏で、とても心落ち着く「音風景」を見せてくれます。

そんな「ヨシ原」は、あの日に壊滅的な打撃を受けました。東日本大震災による津波は、北上川を40km以上も遡上し、葭を押し流し、分厚い泥に埋もれさせました。 何せ、震災以降となっている「大川小学校」の対岸付近ですから被害は甚大で、当時は全面積の6割が失われたと言われ、植生密度も5割減となり、疎らで背丈の低い葭が見る影もなく生えていたそうです。しかし、地元住民やNPOの活動の甲斐もあって、今では立派に再生しています。全国の茅葺屋根の材料としてトップシェアを誇る北上川の葭ですが、決して採算は良くありません。それでも、高質な葭を生産すること自体が「ヨシ原」を守ることに直結するため、地元の方は、毎年「ヨシ刈り」と「火入れ」を欠かすことなく続けています。「観光名所」と言い切れるほどではありませんが、四季折々に訪れる人の心を和ませる原風景がそこには広がっているのです。

誰にでも「耳を澄ませば聞こえてくる」「目を閉じれば浮かんでくる」懐かしい音風景があると思います。これらは、日常ではあまり気にも留めず、失って初めて「なんとなく寂しい」という感覚を覚えるのではないでしょうか?私も、そこで生活を営む者として、地域に根差した「いろいろなもの」から生み出される音風景を大切に守りたいと思うのです。

今月は、野辺に広がる秋草の競演「三草香」(さんそうこう)をご紹介いたしましょう。

「三草香」は、米川流香道『奥の橘(月)』に掲載のある秋の組香です。同名の組香は、昭和の香道書である三條西尭山著の『組香の鑑賞』、北小路功光・成子共著の『香道への招待』、香十 香と文化の会発行の『香道の栞(二)』にも掲載があります。その記述は大同小異であり、『香道への招待』に は「もと米川流の組香であった。」と明記されていることから、これらは、『奥の橘』の「三草香」を御家流風にアレンジした派生組と思って良いでしょう。これら昭和の「三草香」は、典拠も多いことから、現在の御家流系の稽古では一般的に用いられる秋の定番組香となっています 。 一方、本来、御家流で継承すべき『御家流組香集(信)』の「三草香」は、香3種で古今三草の「小賀玉の木」「削り花」「河菜草」を各3包作り、試香を各1包焚き出した後に残った各2包から、任意に3包を引き去って、本香3炉を順に焚き出すという組香です。このとおり簡潔な小品ですが、こちらは知る人ぞ知る組香となっています。 今回は、昭和に復刻された「三草香」のオリジナルとみられる『奥の橘』を出典として、他書の記述も織り交ぜながら、筆を進めて参りたいと思います。

まず、この組香には証歌はありません。題号も「三草香」と草を使った名数香であることは察しがつきますが、小記録を見るまで景色は見えてきません。「三草」で辞書を繰れば「麻・藍・紅花」 が出てくるので夏の組香となりそうですが、小記録に見えた要素名は「萩」「薄」「葭」と秋草が配置されています。おそらく、この組香の趣旨は、野辺に生い茂る秋草の競演を景色にしたのではないかと思います。

次に、この組香の要素名は「萩」「薄」「葭」となっています。「萩」は、マメ科の多年草で「秋の七草」の筆頭に挙げられ、『万葉集』では、植物を詠んだ中で最も数が多く詠まれています《季・秋》。「薄」は、イネ科の多年草で 「秋の七草」では次席に据えられており、花穂が動物の尻尾に似ていることから「尾花」とも呼ばれています。有史以前から茅葺屋根を葺く材料の「茅」とも呼ばれ『万葉集』では 、それぞれの名前で詠まれています《季・秋》。「葭」もイネ科の多年草ですが、「秋の七草」には入っていません。呼び名は、もともと「葦」だったものが「悪し」に通じることから、「善し」に因んで「葭」言い換えたものです。茎は葭簀 (よしず)の材料として使われるほか、根茎は蘆根(ろこん)という漢方薬にもなります。葦と葭の関係では、嘉応二年の住吉社歌合(1170)に「伊勢島には『浜荻』と名づくれど、難波わたりには『あし』とのみいひ、あづまの方には『よし』といふなるが如くに ・・・」とあり、海岸付近では「浜荻」と呼ばれていたことがわかります《季・秋》。このように、この組香には和歌にも縁のある秋草が配置されています。

さて、この組香は、香3種、全体香数6包、本香数も6炉で試香はありません。構造は至って簡単で、まず、「萩」を1包、「薄」を2包、「葭」3包作ります。次に、これらの6包を打ち交ぜて、本香は6炉焚き出します。本香が焚き出されますと、連衆は香を聞きますが、この組香には試香がないため、最初は「無試十*柱香」のように、香の異同のみを判別します 。この組香は名乗紙使用の「後開き」ですので、6炉が焚き終わってしまえば、「萩」は1つ、「薄」は2つ、「葭」は3つ出 る筈ですから、香数を頼りに最終決定ができますし、数合わせをすることも可能です。

ここで、この組香の出典には「一の香、萩と認める。二の香、始めにすすきと書き、後に出たるを尾花と書く。三、初めに出たるを葭と書き、二度目に出るを芦とかき、三度目に でるを濱荻とかく。」とあり、「薄」と「葭」は、出場順に名前を変えて答えることとされています。

例えば・・・

@ メモが「△」「○」「×」「△」「×」「△」のようになった場合

⇒A 香の数で要素名変換して「葭」「萩」「薄」「葭」「薄」「葭」となり

⇒B 答えの表記に変換して「葭」「萩」「薄」「葦」「尾花」「濱荻」と回答します。

この、答えの書き換えによって、3種類だった秋草があたかも6種類に増えたように感じられ、秋の野辺に繁茂し、一面に広がっていく景色が感じられます。この組香の最大の特徴は答えの書き換えがあるところであり、これによる景色の広がりが魅力となっています。

因みに、『組香の鑑賞』には記載がありませんが、『香道への招待』と『香道の栞(二)』は、答えの書き換えを「聞きの名目」として取り扱っています。要素名がそのまま使われているものもあり、厳密にいえば「答えの表記」のルールなのですが、私も現在では「聞の名目」として取り扱った方が、皆さんがイメージし易いかなと思っています。

続いて、 本香が焚き終わり、名乗紙が返って参りましたら、執筆は連衆の答えすべて書き写します。答えを書き終えたところで、執筆は正解を請い、香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香記に香の出を書き記します。この時、出典には「本香もこの如く認め」とあり、「三草香之記」の記載例にも、香の出の欄に は書き換えられた答えが書かれていますので、執筆は正解の要素名を聞いた後で、答えの表記で香の出を記載することとなります。香の出を書き終えたところで、各自の答えを横に見ながら、当たった答えに合点を掛けます。

この時、出典には「香違い無点。香違わずとも尾花をすすき、芦を濱荻と聞かば傍一点なり。正中り、正一点。三草とみに独聞は二点。ひとり違いは一星なり。」とあり、当然、聞き外しは0点ですが、要素名としては聞き当てていても順番を間違えて正しい答えを書けなければ傍点として0点となります。要素名も答えも当っている場合は正点として1点となり、連衆の中で唯一正解する独聞は2点、反対に連衆の中で唯一聞き外すと−1点となります。このように、この組香には「正傍の点」があることも特徴です。ただし、出典の「三草香之記」の記載例には「傍点」の記載はなく、記録上は無視されています。また、「星」については、合点と同じく右肩に「・」を打って示されています。

この組香は、要素名ごとの順番が符合しないと正解とならないことから、全問正解以外の点数は低くなってしまう傾向にあると思います。原則的には、「正点」が1点ですので、「傍点」は0点ということになるのですが、どうしても細かい差をつけて勝負したいという場合は、傍点の片当たりを認めて 「0.5点」と換算するなど、ローカルルールを設定すればよろしいかと思います。

因みに、傍点に関して、『組香の鑑賞』には「これらの聞きを間違える傍点となります。」とだけ記載され、得点の扱いは書かれていません。『香道への招待』には、点法の記載自体がありません。『香道の栞(二)』では、「これらを聞き間違えると点数になりません。」とあり、基本は「傍点となり 、点数にならない」ということで統一して良いような気がします。

続いて、この組香に下附はありません。出典には「下へ何も書かず、点星数も書かざるなり 。」とあり、「三草香之記」の記載例でも下附は一切ありません。

因みに、下附に関して、『組香の鑑賞』には記載自体がありません。『香道への招待』には、全問正解に「皆」の字が見られ、それ以外の下附はありません。一方、『香道の栞(二)』では、「下附 点数」とのみ記載され ています。これに関しては、常の如く「全問正解は『皆』、その他は点数」ということで良いような気がします。

最後に勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

『組香の鑑賞』の三條西尭山宗匠は、「三草香」を「強い草が精力的に伸びていく有様」「草いきれのする有様が欲しい」ということで、「寸聞多羅一式で組んでみるのも良い」とを結んでいます。これは、なかなか乙な香席となりそうですね。 秋の草花はたくさんありますので、植物好きの方は「異名」を持つ草花を3種選んで、「新三草香」や「異三草香」を創ってみるのも楽しいと思います。 是非、お楽しみください。

  

 「豊葦原千五百秋瑞穂国(とよあしはらのちいほあきのみずほのくに)」

豊かに葦原が生い茂り、幾久しく秋には穀物の穂が穣る国…

それが「日本」です。

葭原に水面の光照り映えて金波のごとく渡る夕風(921詠) 

 組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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