九月の組香

秋の夜に松ヶ枝にかかる月と鳴き渡る雁を景色にした組香です。

本香数を替えた遊び方もできるところが特徴です。

※ このコラムではフォントがないため「」を「*柱」と表記しています。

*

説明

*

    1. 香木は、3種用意します。

    2. 要素名は、「松風(まつかぜ)」「月(つき)」と「雁金(かりがね)です。

    3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

    4. 「松風」と「月」は各5包、「雁金」は2包作ります。

    5. あらかじめ、試香として焚き出す「 松風」「月」のうち1包ずつを引き去っておきます。

    6. 手元に残った「松風」「月」の各4包に「 雁金」 2包 を加えて下記の通り、2包ずつ5組結び合わせます。(2×=10)

    「松風・松風」「松風・月」「月・月」「月・松風」「雁金・雁金」

    1. 「松風」「 月」のうち1包ずつを試香として焚き出します。

    2. 本香は、「二*柱開(にちゅうびらき)」で10炉焚き出します。

    ※ 「二*柱開」とは、2炉ごとに正解を宣言し、答えの当否を決めるやり方です。

    −以降8番から11番までを5回繰り返します。−

    1. 香元は、2炉ごとに香炉に続いて「札筒(ふだづつ)」または「折居(おりすえ)」を廻します。

    2. 連衆は、2炉ごとに試香に聞き合わせて、聞の名目の書かれた「香札(こうふだ)」を1枚投票します。

    3. 香元が、正解を宣言します。

    4. 執筆は、2つの要素名から正解の名目を定めて、当たった答えのみを香記に書き記します。

    5. この組香に点数、下附はありません。

    6. 勝負は、回答欄に書かれた名目の数の多い方のうち上席の方の勝ちとなります。

 

  月の明るい夜は、野辺を見渡せるようになりました。

 『香筵雅遊』もおかげさまで開設24周年を迎えることができましたいつもご愛読ありがとうございます。

夏休みにふと思い立って「奥の細道三百年(1991年)」以来、訪れていなかった「尿前の関」と「邦人の家」に行ってみました。そこは30年前、「視察対応」という秘書のお仕事でよく訪れていた場所でした。「尿前の関」は、当時とはアクセス経路も変わり、番所跡を彷彿とさせる木造の黒門や柵もなくなっていました。「邦人の家」は、有料施設となり「重要文化財保護の体制が万全!」という感じが見え隠れする以外は、昔ながらの姿を見せてくれ、当然ながら「蚤虱馬の尿する枕もと」の句碑も健在でした。

「邦人の家」を廻り終えると、駐車場の奥に何やら魅力的にくねった小径があり、これに誘われるように蕎麦畑の間を進むことにしました。するとそこには、境田地区の人々が手入れをしてくれている睡蓮池や花壇があり、道沿いの細い水路も、きれいに草刈りが行われて、20pほどの川幅に豊かな水が「こぼこぼ♪」と音をたてて流れていました。私は、この水音が好きなので、しばし睡蓮池の真ん中に陣取って、おにぎりを食べながら自然の音と香りの共演に浸りました。休憩後、さらに続く魅力的な小径を進みますと、そこは、陸羽東線の堺田駅前広場につながっており、先ほどの小川が太平洋と日本海へと分かれる「分水嶺」になっていました。

そこには、最上石に「←日本海 | 太平洋と彫られており、封人の家から小径沿いに流れていた「こぼこぼ♪」の小川がT字路で分かれ、一方は西の集落方面に、もう一方は東の蕎麦畑方面に「ちょろちょろ♪」と流れて行きます。看板を見ると、東側は大谷川支流大谷川江合川江合川旧北上川と116.2kmを下り、宮城県石巻市から太平洋へ、西側は芦ヶ沢川明神川小国川最上川と102.6kmを下り、山形県酒田市から日本海へ注いでいるようです。宮城県側から山形県側に鳴子峠を越えて来たので「標高338m」の表記に「四桁目に『1』が足りないのでは?」と思うほど意外でしたが、本当に東西の海への分岐点らしく、車で来て手軽に見られる「分水嶺」は全国的にも珍しいようです。

水にとっては、自身の将来を決める重大な岐路が、蕎麦畑の奥の意外と目立たないところにひっそりとあることや鄙の小径をたどって、こんな乙なポイントを発見できたことに、私は素直に感動しました。看板には「同じ流れも西の水はやがて日本海に、東の水は太平洋に注ぎ込み、大海原でいつの日か出会うのである」と書いてあり、「邦人の家」に逗留した芭蕉と曽良は、この分水嶺を見たのだろうか?と思いを馳せつつ投句箱に挑みました。

今月は、住江の松にかかる秋月に雁が鳴き渡る「住江香」(すみのえこう)をご紹介いたしましょう。

住江香は、米川流香道『奥の橘()の巻末(100組目)に掲載のある秋の組香です。「住江」を別名の「住吉」と読み替えれば、平成30年4月にご紹介しました「君が代の久かるべきためしには兼ねてぞ植えし住吉の松」「住吉香」などは、『奥の橘()』では「二十組」に掲載がありますし、御家流系では「中古十組」、志野流系では「三十組」に列せられる有名な組香です。一方、「住江香」には他書に類例がなく、現在の志野流系に本香数を減じたものが「替住吉香」と呼ばれて残されていることがわかりました。今回も当季にふさわしい組香を選んでいましたところ、「松風、月、雁」ゆるぎなき秋の景色を連想させる組香に出会いましたので、埋もれた名作としてご紹介することといたしました。このようなわけで、今回は『奥の橘』を出典として書き進めたいと思います。

まず、この組香に証歌はありませんが、題号が「住江香」となっており、要素名が「松風」「月」「雁金」と書かれていますので、誰しもその景色を連想することができると思います。「住江」とは、現在の大阪市住吉区墨之江町あたりの地域のことで、万葉の昔からたくさんの歌に詠まれた歌枕で、その歌の景色から白砂青松の風光明媚な入江だったことが伺い知れます。現在では、昔は海に面していた「住吉大社」がランドマークとなり、昔の縁を今に残していますが、往時を偲ぶほどの海岸や湿地の景色はないため、心の中で想像するしかありません。なお、現在の「住之江区」は、明治以降の新田開発によって埋め立てられた陸地です。

次に、この組香の要素名は、「松風」「月」と「雁金」となっており、誰はばかるところなく秋の夜の定番風物が配置されています。「松風」は、摂津国墨江郡一帯にあった松林「すみのえの松」を渡る風のことで、秋風の景色は、「住のえのまつを秋風吹くからにこゑうちそふるおきつしらなみ(古今和歌集360 凡河内躬恒)にも歌われています。「月」「雁」は、歌川広重の「月に雁」や花札(8月)の印象があまりにも強いので、皆さんもこの景色を一番に思い出してしまうでしょう。一方、「すみのえの月」「すみのえの雁」を詠んだ歌は意外に少なく、八代集には見当たりません。敢えて、3つの要素名を全て詠み込んだ歌を探してみると「秋をへて月ぞすみのえの松風に雁がねさむししもになる空(後鳥羽院御集1592)が見つかりました。「江月聞雁」の詞書に続くこの歌は、秋の主役が併存している上、四重季語ですから「ぜひ証歌に!」とは言えませんが、寒露を過ぎた晩秋の秋の夜空を見上げた後鳥羽院の気持ちを表しているのでしょう。このように、この組香は秋夜の風物がいろいろに組み合わさって、景色を結ぶように作られています。

さて、この組香の香種は3種、全体香数は12香、本香数は10炉となっており、構造は「やや複雑」と言っていいでしょう。まず、「松風」と「月」は5包ずつ、「雁金」は2包作ります。次に、試香に焚く「松」と「月」の各1包をあらかじめ引き去っておき、手元残った「松風」「月」の各4包と「雁金」の2包を@「松風・松風」A「松風・月」B「月・月」C「月・松風」D「雁金・雁金」と2包ずつ5組に結び置きしておきます。この結び置きの所作がこの組香の趣旨を表す特徴となっています。そうして、香元は、先ほど引き去っておいた「松風」と「月」の各1包を試香として焚き出します。続いて、香元は5組を結びごとに打ち交ぜ、1組目の結びを解いて、香の順番(初・後)を変えないように注意して順に焚き出します。この組香は「二*柱開」なので、香元は2炉ごとに香炉に添えて「札筒」か「折居」を廻します。こうして、本香は2包ずつ5組に分けて、都合10炉焚き出します。

本香が焚き出されましたら、連衆はこれを聞き、試香に聞き合わせて、これと思う香札を1枚打ちます。この組香の回答は「二*柱開きの札打ち」となっており、回答のために専用の香札が用意されています。出典には、「札の紋」として、各自の名乗(なのり⇒席上の仮名)となる「岸若緑」、「磯汐干」、「御田雨」、「浦名越」「躍納涼」、「弦橋月」、「相撲菊」、「寶之市」「神送楓」、「杜頭霜」と記載されています。これらは、「岸若緑」にように、間に「の」を加えることで住吉大社周辺の四季の風景として読み下せることがわかります。「の」の要らない「躍納涼(おどりのうりょう)」とは盆踊りのこと、「相撲菊(すもうぎく)」は菊の花競べのこと、「寶之市(たからのいち)」は住吉大社の10月の神事です。一方、札裏については、「松風」「忘草」「月」「忘水」「雁金」と答えとなる名目の書かれた札が1枚ずつで1人前5枚の香札が配布されます。

ただし、現在では専用の香札を誂えることは至難の業です。そこで、出典には「松風の札(儘札唯一)」「忘草(月一)」「月(月二)」「忘水(月三)」「雁金()と小さく注書があり、「十種香札」の「一」「月一」「月二」「月三」「ウ」の札で代用できることが示されています。また、絵札の「月」を使うところも秋にふさわしい配慮かなと思います。

続いて、本香の出にしたがって、連衆は、「聞の名目」の書かれた香札を打って答えることとなっています。前述の香組の段に記載したとおり、聞の名目は下記のように配置されています。

香の出と聞の名目

香の出  聞の名目 十種香札
 松風・松風  松風  一
 松風・月  忘草 (わすれぐさ)  月一
 月・月  月  月二
 月・松風  忘水 (わすれみず)  月三
 雁金・雁金  雁金  ウ

このように、同じ要素名同士の組み合わせは「聞の名目」も同じとなっています。

「忘草」とは、「かんぞう(萱草)」の異名で、夏に、橙赤色ないし橙黄色のユリに似た花をつけ、若芽や花は食べられます。身につけると憂さを忘れると考えられていたところから、古くから恋の歌に詠まれています。最も有名な歌は「道しらば摘みにもゆかむ住江のきしに生ふてふ恋忘れぐさ(古今和歌集1111 紀貫之)で、意味は「もしも、行く道を知っていたら摘みに行きたいな。住江の岸に生えているという恋忘れ草という草を」ということでしょう。紀貫之の『土佐日記』にも、「子を亡くした母親が住江に船を寄せてください。忘れ草のご利益があるだろうと思うのです。亡き娘のことを忘れることができるよう、忘れ草を摘んで行きたいのです。」と詠んだ「住江に船さし寄せよ忘草しるしありやと摘みて行くべく (古今和歌六帖3849紀貫之)という歌があり、住江には忘草の群生する藪も多かったのでしょう。

また、「忘水」は、野中の叢など、人目に触れぬ所に絶え絶えに流れる水のことで、「住吉のあさ沢小野の忘水たえだえならであふよしもがな(詞花和歌集239 藤原範綱)という歌が有名です。意味は「住吉の浅沢小野の細江の流れのように絶え絶えではなく逢う術はないのでしょうか」ということでしょう。住吉の浅沢小野は沼があり「杜若」でも有名なところでした。なお、小堀遠州愛蔵の小井戸茶碗にも「忘水」というものがありますが、こちらは姿が美しく水を注ぐのを忘てしまうほどみとれてしまったことから名付けられたもののようです。

この組香の記録法については、出典に「二*柱開、記録当りばかり書くなり」とあり、組ごとに香札が帰ってきたところで、香元が正解を宣言し、執筆は香の出の欄に2つの要素名を並記します。そして執筆は、2つの要素の組合せから正解の名目を定め、当たった名目のみ香記に書き記していきます。これを5回続けますと本香が焚き終わった時点で、香の出の欄は要素名が5段に併記され、各自の回答欄には正解の名目が書き記されていますので、香記はあらかた仕上がっています。なお、「住江香之記」の記載例には、合点も下附もありませんので、勝負は回答欄に書かれた名目の数で決することになります。

最後に、回答欄に書かれた名目の数の多い方のうち上席の方の勝ちとなります。

 

【補足】

出典には、「又、此の香、松風、月、雁金、各六包宛にして九組にても聞くなり。其の時の結びやう、札打ち様左のごとし。二*柱開、当りばかり書く」とあり、9つの聞の名目が列挙されています。いずれ、試香は必要でしょうから全体香数は21香、本香数は18炉、2包×9組の大がかりな組香となります。

香の出と聞の名目

香の出   聞の名目 十種香札
 松風・松風  松風  一
 松風・月  忘草  二
 松風・雁金  誰玉章(たがたまずさ)  三
 月・月  月  月一
 月・松風  忘水  月二
 月・雁金  曙の空(あけぼののそら)  月三
 雁金・雁金  雁金  花一
 雁金・松風  誰旅寝(たがたびね)  花二
 雁金・月  声聞空(こえきくそら)  花三

さらに出典には、「記紙にても聞くなり。其の時は、松風、月、雁金、各二包宛にして、香六香を打交え、二包宛三段に焚く」とあり、「松風」「月」「雁金」の各2包を結び起きせずに打ち交ぜで、2包ずつ3組、都合6炉を焚き出し、前段の聞の名目を名乗紙に書いて答える方法も示されています。こちらも試香は必要でしょうから全体香数は9香、本香数は6炉、2包×3組の組香となります。この場合の点法について、出典では「當り二点、片當一点、雁交れば一点増なり」とあり、名目そのものの当りは2点、名目を構成する要素の当りを認める「片当り」も1点の得点が認められますので、例えば「忘草(松風・)」や「忘水(・松風)を「月()」と答えても1点となります。さらに名目を構成する「雁金」の当りには加点要素があり2点となりますので、「声聞空(松風・雁金)」「誰玉章(雁金・月)」が当たれば3点となり、「雁金(雁金雁金)」の当りは4点となります。この場合、「片当り」があるので、出典の「住江香之記(その2)」の記載例には各自の回答はすべて書き写して、名目の右肩に得点の数だけ合点を掛けています。ただし、下附はなく、各自の成績は合点の数で示すこととなっています。

このように、香数を増減し、札打ちを名乗紙使用に変えるなど自在に楽しめるところが、この組香の最大の魅力かもしれませんね。

秋の夜長、幾度空を見上げても雁が満月を横切るような景色がみられることは少ないと思います。皆様も「住江香」で、いにしへの砂浜に立ち、松風に吹かれながら、雲井の「月に雁」を眺めてみてください。

 

分水嶺の上流が「邦人の家」ですので…

「馬の尿」も東西に分かれて大海に注いでいたのでしょうか?

頭を振って思いを払拭する私です。 

忘水草間に結ぶ露かけて後も逢わむとたち別れゆく(921)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 区切線(以下リンクボタン)

説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 戻る

Copyright, kazz921 All Right Reserved

無断模写・転写を禁じます。