伊勢神宮の森を背景に神苑の景色が鮮やかな組香です。
交互に数が変わる本香の焚き方と答え方が特徴です。
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説明 |
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香木は
要素名は、「内宮(ないくう)」「外宮(げくう)」と「御柱(みはしら)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「内宮」「外宮」は各4包作り、「御柱」は3包作ります。(計11包)
「内宮」「外宮」のうち、1包を試香として焚き出します。(計2包)
手元に残った「内宮」「外宮」の各3包と「 御柱」の3包を打ち交ぜます。(計9包)
本香9包を2包ずつ3組と1包ずつ3組に分け、これらを交互に並べます。(2×3+1×3=6組)
本香は、「1炉、2炉、1炉、2炉、1炉、2炉」と合計9炉廻ります。
連衆は、試香に聞き合わせて、名乗紙に「要素名」と「聞の名目」を交互に6つ書き記します。 (委細後述)
執筆は、聞の名目を構成する要素名ごとに当否を定めて合点を掛けます。
得点は、要素名の当たりにつき1点とします。
下附は、全問正解の場合は「皆」、その他は各自の得点を漢数字で書き附します。
勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
白菊がほんのりと頬を染める季節となりました。
青空の中に紅葉が色づいて行く景色を見ますと山野の散策に心誘われます。爽やかな寒気の中では汗もかきませんので、風にあたり過ぎないように気を付けながら、うまく体温調節をしていくと意外に長い間歩くことができるものです。初夏の山野も清々しいですが、紅葉狩りから落葉まで、次第に色褪めていく植物たちの姿を愛でつつ歩くのも趣深く、香り高く、物思いには最適な季節です。
私の中で最も趣深い山路と言えば、まず「伊勢路」を思い出します。私が、名古屋に赴任していた頃、折よく平成25年(2013)の伊勢神宮の「式年遷宮」の年に当 たり、そこで行われる数々の儀式を目の当たりにしながら10月の「遷御」というクライマックスを迎えました。そのため、私にとっての「神無月」は、今でも伊勢神宮の景色と儀式に動機づけられています。普通ならば無事遷御された「お伊勢さま」に詣でるのが流れというもので すが、人込み嫌いの私は、先年に「お伊勢参り」を終えて、その秋は、真新しい白木の正宮には目もくれず、「熊野古道」の方に足が向いていました。
「熊野古道伊勢路」は、伊勢神宮と熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)という2つの聖地を結ぶ約170kmの参詣道で、当時「伊勢路踏破」を目指した私が参考とした「観光三重」では、全1 7コースに分かれていました。全コースを約9日に分けてれば、踏破することができるということなので、休日に名古屋からバスで出かけて少しずつ進んで行き「在名中には熊野詣」を目指していました。ところが、「西国一の難所(健脚向き:難易度Max)」の文字が 難局好きの琴線に触れて、「八鬼山越え」にエントリーしたところ、行きのバスが遅れて、標高差600m、12km、4時間半のコースを3時間で踏破して帰りの列車に飛び乗らざるを得ないという心臓バクバクのデビューとなってしまいした。それが祟ってか、最も有名な「馬越峠」をクリアしたところで、あまり日程が取れなくなり、結局、熊野三山に参拝することもなく、中途半端なままで終わってしまいました。
私は、以前「退職したら、お遍路さん!」と豪語していましたが、そのまま仕事を続けてしまい、完全リタイアする頃には、どのくらいの脚力と根性が残っているか、やや不安も出てきました。心は「やらいでか!」と思っており、人生の懸案事項から「四国八十八か所歩き遍路」は外していないのですが、まずは、「伊勢路の踏破が先かな?」と思うようになりました。今度は、途中で挫けても「「熊野三山詣」は外したくはないので、熊野本宮から伊勢に向かう順路がいいかなと思い、YouTubeで絶賛!イメージトレーニング中です。
今月は、伊勢神宮の神域の景色を写した「神路山香」(かみじやまこう)をご紹介いたしましょう。
「神路山香」は、『御家流組香集追加(全)』に記載があり、他書にも類例のない珍しい組香です。特に季節感はありませんので「雑」の組と分類して良いでしょう。今月もご紹介する組香を探していましたところ、「神路山香」という「伊勢神宮」にまつわる組香が目につきました。「神に掛けるならば神無月の方がよかったか〜」と一瞬目をそらしたのですが、八百万の神様が出雲大社に集まって、人の運命や縁結びについて話し合われる会議に出発する「神送り」は、旧暦の10月1日でした。新暦では11月5日となりますので、 なるほど出雲大社の様々な「神在月」の神事も毎年11月中に行われているわけてす。さらに「伊勢神宮」の神様は最高神ですので、この会議に出席する必要はなく、この時期に留守にはならないこともわかりました。そこで、敢えて季節感をつけるとすれば、神路山の紅葉も美しい、この時期にご紹介するのがふさわしいと思いました。このようなことから、今月は『御家流組香集追加』を出典として書き進めたいと思います。
まず、この組香には証歌はありませんが、題号の「神路山」の文字で伊勢神宮を思い浮かべる方も多いと思います。神路山とは、伊勢神宮の内宮に流れる五十鈴川の上流域にあたる山地の総称で、 古来から多くの歌に詠まれた歌枕です。現在は、神宮が所有している「神宮宮域林」の一部をなしており、遷宮のための檜の御用材を切り出す御杣山(みそまやま)として守られ、立入禁止区域となっている「聖域」 でもあります。御杣山としての神路山は、鎌倉中期以降、次第に美濃や木曽檜に主役の座を譲っていきますが、檜の植林も行われており、いまなお一部の御用材は産出しているとのことです。
次に、この組香の要素名は、「内宮」「外宮」と「御柱」となっています。「内宮」とは、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)を祀る「皇大神宮」のこと、「外宮」とは、衣食住の守り神である豊受大御神 (とようけのおおみかみ)を祀る「豊受大神宮」のことで、これらは、伊勢神宮に鎮座する二柱の正宮のことを意味します。このように、この組香は、神路山を背景として伊勢神宮の神苑に想いを馳せ、「心の伊勢参り」をする組香となっています。
「御柱」について、私は、伊勢両宮の神殿の床下中央に建てられた「心御柱(しんのみはしら)」のことだと 思っています。これは、宮域林産の檜で作られ、式年遷宮の際は、「木本祭(このもとさい)」で伐採され、「心御柱祭」 で建てられます。この2つの儀式はいずれも夜間の秘儀として執行される「真の真」とも言える格式の高いものです。日本では古くから清浄な自然木柱によって神の来臨を仰ぐ習わしがあり、こ れも神の依代となる「神籬(ひもろぎ)」として五色の布が巻かれ、榊で覆われて神聖化されています。また、日本では神様を「一柱(ひとはしら)」「二柱(ふたはしら)」と数えますので、 「御柱」を神そのものと考えてもよろしいかとも思っています。いずれ、「御柱」の香数が3包となっていますので、伊勢神宮に当てはめると どれも「1柱」多くなってしまうのが難点です。この点、「立柱際(りっちゅうさい)」で正殿に建てる大柱は、内宮・外宮とも各3本でこれらを「御柱」と敬う言い方もありますが、これですとやや神聖性が薄くなる嫌いがあります。
さて、この組香の香種は3種、全体香数は11包、本香数は9炉となっています。まず、「内宮」と「外宮」は各4包作り、「御柱」は3包作ります。次に、出典本文には「本香九*柱打ち交ぜ、二包づつ結び三段に取り分け、残る三包を三度に聞かすなり」とあり、全体11包を打ち交ぜ、2包ずつ3組に分け、残る3包は 1包ずつ3組に分けておきます。続いて、出典には「初め一*柱、次は二*柱、亦一*柱、二*柱、又一*柱、次は二*柱と聞くなり」とあり、本香は、1炉、2炉、1炉、2炉、1炉、2炉と交互に 6組、都合9炉焚き出すことになっています。このように香数を交互に変えて焚き出すところが、この組香の最大の特徴と言えましょう。
因みに、出典の香組の欄には「内宮、外宮、各三包 内一包試に出す。御柱三包試なし」とありますが、本文には「本香九包…」となっており、構造と考え併せても「内宮」「外宮」は4包ずつ必要ですので、このコラムでは「内宮、外宮、各三包 外一包試に出す」の書き違えと解釈しています。
本香が焚き出されますと、連衆は試香に聞きあわせて要素名を判別します。回答にあたっては、一 炉焚きのものは、要素名をそのまま名乗紙に書き記しますが、二炉焚きのものは2炉を1組として、下記の とおり聞の名目を書き記して回答します。
香の出 |
聞の名目 |
説明 |
内宮・内宮 |
内宮 |
前述のとおり |
外宮・外宮 |
外宮 |
前述のとおり |
御柱・御柱 |
御柱 |
前述のとおり |
内宮・御柱 |
御裳濯川(みもすそがわ) |
伊勢神宮の内宮神域内を流れる五十鈴川の別名。斎宮であった倭姫命(やまとひめのみこと)がこの清流で御裳を洗い清めたという故事による。 |
外宮・御柱 |
五十鈴川(いすずがわ) |
三重県伊勢市神路山を水源とし、伊勢神宮の内宮神域内を通って、伊勢湾に注ぐ河川のこと。内宮の宇治橋から見る清流や手水場(ちょうずば)が有名。〈歌枕〉 |
御柱・内宮 |
青幣(あおにぎて) |
青和幣のこと。麻布で作った和幣のこと。麻で作った和幣は多少青みがかっていたためこう呼んだ。「和幣」とは、神の御心を和めるための捧げものとして榊の枝に取り懸けて神を祀るしるしとしたもの。 |
御柱・外宮 |
白幣(しらにぎて) |
白和幣のこと。楮や梶の皮の繊維を晒して作った白生地の和幣のこと。 |
内宮・外宮 |
神路山 |
前述のとおり |
外宮・内宮 |
竹の都(たけのみやこ) |
三重県多気郡明和町斎宮にあったとされる「多気宮(たけのみや)」のこと。天皇の即位ごとに選ばれて伊勢神宮に奉仕した未婚の内親王または女王、「斎宮」の宮殿。 |
このように、聞の名目は、伊勢神宮の神苑の景色を切り取って配置され、香記に散りばめられるよう配置されています。
[ここから先は、出典には何も記載がなく、香記の記載例も示されていませんので、御家流の一般的な流れに沿って書き進めることといたします。]
続いて、本香が焚き終わり、名乗紙が返って参りましたら、執筆はこれを開いて、香記に連衆の答えを全て書き写します。答えを写し終えたところで、執筆は正解を請い、香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香記に香の出を書き記します。ここでは、一 炉焚きのものは常の如く要素名を書き記し、二炉焚きのところは、要素名を右上・左下と「千鳥書き」にしておきましょう。香の出を書き終えましたら、執筆は正解となる聞の名目を定めます。これに基づいて、各自の答えを横に見ながら、当たった名目に合点を掛けます。
この組香の点数は、一炉焚きのものもあり、二炉焚きのものは「初・後」の出によって名目が変わるため、名目を構成する要素名のごとに当否をつけ、「片当り」も認める方法でよろしいかと思います。このようにしますと、全問正解は9点となります。なお、ここでは、加点要素を考慮していませんが、客香である「御柱」の当りに加点要素を加えますと12点となりますので、これも座りが良いかなと思います。 また、下附は、各自の合点の数に従って得点を換算し、全問正解は「皆」、その他は点数を漢数字1文字で書き附します。
最後に勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
伊勢神宮に参詣することは多くの庶民が「一生に一度は行きたい」と願う大きな夢でしたが「お伊勢参り」のための路銀は相当な負担 だったようです。昔は江戸から約1か月かかりましたから、多くは「伊勢講」と呼ばれる互助会組織で旅費を積み立て、抽選や持ち回りで代表者が伊勢参りをする仕組みだったため、 まさに「一生に一回」参詣の機会を得られるかどうかだったようです。そのような「夢」を少しでも手元に近づけようと、江戸時代の香人が「お香でできるお伊勢参り」を考案したのかもしれませんね。今では、新幹線で日帰りも可能な「お伊勢さま」ですが、皆様も「神路香」で心のお伊勢参りをなさってみてはいかがでしょうか。
神路山の紅葉が手水場の水面を色とりどりに染めると
温かい水で心を洗われたような気がします。
紅葉の錦「我」のまにまに・・・ですね。
幾千代の契りやあらん神路山紅葉を幣に奉りける(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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