二月の組香

年内立春を景色に写した組香です。

焚殻を使って答えを2つな分けるところが特徴です。

説明

  1. 香木は、3種用意します。

  2. 要素名は、「年のうちに」」「春は来にけり」「一年を」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「年のうちに」」「春は来にけり」「一年を」は各2包作ります。(計6包)

  5. 「年のうちに」」「春は来にけり」「一年を」のうち1包を試香として焚き出します。(計3包)

  6. 香元は、試香で焚き出した「一年を」の焚殻(たきがら)を本香包に包み直します。

  7. 手元に残った「年のうちに」」「春は来にけり」「一年を」の各1包に「一年を」の焚殻を加えて打ち交ぜます。

  8. 本香は、4炉廻ります。

  9. 連衆は、試香に聞き合わせて、名乗紙に「年のうちに」」「春は来にけり」は要素名をそのまま、「一年を」は焚殻を「一年を去年とやいわん」とし、初めて焚かれたものを「今年とやいわん」と書き記します。

  10. 執筆は、当たった答えに合点を打ちます。

  11. この組香に下附はありませんが、全問正解の場合のみ 、名乗りの右肩に「在原元方」と書き附します。

  12. 勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

 

 晴れた日に軒の雫が降りそそぐ雪解けの季節となりま した。

今冬は、「偏西風が南に蛇行して吹き込むため寒気が強くなる」との長期予報も出ていましたので、「冬将軍」の「寒さ」は覚悟していましたが、南東北・太平洋側の仙台でも雪景色の見られた日がとても多かったような気がします。昨冬は「令和3年豪雪」と名付けられるほどの豪雪があり、各地で観測史上に残る積雪量を記録しましたが、未だ収束していない今冬の寒波も既に首都圏に大雪警報が出されるなど、全国各地に平年値を大きく超える積雪をもたらしています。これも2月の積雪次第で「令和4年豪雪」と呼ばれるものになるのでしょうか。

仙台の市街地は、例年ですと歩道に雪が積もっても二・三日すれば解けていたのですが、今冬は日陰の通路が圧雪からミラーバーンに変わり、東北人御用達の雪靴でも歯が立たなくなりました。また、週末ドライバーの私は、毎年11月末にはスタッドレスに履き替えていますが、それは「今年もタイヤ交換できたぁ!」と自分自身の体力・気力を確認する儀式のようなものとなっていました。例年ならば、雪道を運転することは1シーズンに3度もあれば多いい方ですので、スタッドレスタイヤは、外出時のマスク同様、他人様に見咎められないための「保険」として履いていただけなのですが、今冬は雪道を走るための「実用品」として何度も活躍しました。特に、元旦にはセンターラインの見えなくなった4車線道路で「座標軸を失った不安」というものを初めて体感しました。いずれ雪道は、「フワっと加速」、「フワっと停止」が鉄則なので、絶えず「尻の浮いたような状態」で緊張しながら運転するのですが、これも冬限定の妙な浮遊感として楽しむことができました。

そんな厳しい冬を耐え忍んで迎える「立春」ですが、「立春が来てもまだまだ寒い」という感覚は、どの土地に住んでも共通したものでしょう。以前にも書きましたとおり、冬至近くの日照時間の短さが、じわじわと北半球を冷やして行くため、日照時間と気温の関係にはタイムラグがあって、昼間が1時間近くも長くなった立春近くの方が気温は低くなります。ただ、この「寒さ」を「寒い冬」考える地域と「肌寒い梅春」と感じる地域は、何処かの境界線で二分されているのではないかと思います。例えば、東北の立春は「雪間の萌」が少し見られる程度ですが、太陽高度が3度違う名古屋や6度も違う熊本では、どんなに寒くても立春には「梅」が咲き、「春の七草」が路地の日向に自生していましたので、私には明らかに春の息吹と感じられたものです。地域によるレベルの差はあれ、この日を境に確実に陽光は力強さを増し、全国で「一陽来復」の兆しが感じられる筈です。この「春の足音が聞こえてきた」という感覚に気づくことが「春が立つ」と言うことなのかもしれません。

今月は、年内立春に惑う心を表した「立春香」(りっしゅんこう)をご紹介いたしましょう。

「立春香」は、『御家流組香集(信)』に掲載のある春の組香です。「立春」を題号に関する組香ですから、同名異組も多いかとは思いますが、我が蔵書にはこれしか見当たりませんでした。証歌の「年のうちに…」は有名な歌なので、このコラムでも平成31年2月に「追儺香」をご紹介しています。これは、香2種で2炉の組合せで「年の内」「今年」「去年」「一年」と聞の名目を結ぶものでした。実は、この組香は昨年の2月にご紹介しようと思っていたことを見た目にゴージャスな「初音香」に目を奪われて忘れていたものです。昨年は、124年ぶりに立春が2月3日になり、旧暦では12月22日でしたから「年内立春」で、この組香をご紹介する絶好のタイミングでした。一方、今年の立春は、2月4日に戻り、旧暦にすると1月4日ですから「新年立春」ということになり、証歌の詠まれた情景とは異なってしまいます。とはいえ、「立春」の定番となるべき組香を2年後の「年内立春」まで温存しても、このコラムが続いている保証はないので、今回、ご紹介しておくことといたしました。このようなわけで、今回はシンプルに見える一方で趣深い特徴が光る「立春香」を「御家流組香集」を出典として、書き進めたいと思います。

まず、この組香には証歌があります。

「年のうちに春は来きにけり一年を去年とやいはん今年とやいはん(古今和歌集1 在原元方)」

この歌は、勅撰和歌集として最初に編纂された『古今和歌集』の「巻1 春上」の筆頭に掲載された「巻頭歌」として非常に有名です。意味は、「年が終わらない内に、春は来てしまったことだ。さて、この一年を『去年』と言うべきだろうか?それともまだ『今年』と言うべきだろうか?」ということでしょう。「立春」が旧年12月中に来てしまうことを「年内立春」、新年1月に来たもの「新年立春」と呼びました。特に元旦と立春が一致した場合は「朔旦立春(さくたんりっしゅん)と呼び、非常に縁起のよい日としていました。この歌は、詞書に「ふる年に春たちける日よめる」とあり、12月中に「立春」を迎えた日に詠んだ歌です。この暦日と節季とのズレを捉えて、「どう呼んだものかぁ?と戸惑っているような様子にも伺えますが、内実は、暦の新年よりも早く新春が来たという喜びと暖かで華やかな春を待ち望む気持ちを表現していると言えましょう。

詠人の在原元方(ありはらの もとかた)は、平安時代の歌人で、『伊勢物語』で名を馳せた在原業平の孫です。生没年代は不詳(一説に仁和4年(888)〜天暦7年(953)) で経歴もはっきりしていませんが、最終的には正五位下・美作守に任じられています。宇多・醍醐朝の歌合にしばしば出詠し、初出の『古今集』に入集された14首を含め、勅撰集に計33首が入集しており、「中古三十六歌仙 」に名を連ねています。後世の歌人、藤原俊成は『古来風躰抄』で「このうた、まことに理つよく、又をかしく聞えてありがたくよめるうたなり」と好評を残しており、自らも「年のうちに春立ちぬとや吉野山霞かかれる峰のしら雲」と詠い、『続後撰和歌集』の巻頭歌に入集されています。このように、勅撰集の巻頭歌として「年内立春」をテーマとしたものが多いのは、単に「春」の出現順で最も早いという理由ばかりではなく、「暦」を歌集に反映させ「正朔を奉ずる」ことで、その歌集を作った王朝の統治に従い正当性を認める意味が込められていたのではないかと思います。このように、この組香は一つに流れる時を分解して、その狭間で揺れ動く心を楽しみ、春が来たことを喜ぶ心を表すことが趣旨となっています。

因みに、正岡子規は『歌よみに與ふる書』の中で、「年のうちに…」の歌を「日本人と外国人との間に生れた子を「日本人と言えばいいのか、外国人と言えばいいのか」とシャレているのと同じことで、実に呆れ返った無趣味の歌だ」と酷評しています。小林一茶も本歌を知ってか知らずか「年の内に春は来にけりいらぬ世話」との句を残していますので、「太陽太陰暦」で揺れ動く心の機微は、近代に至っては「どうでもいいこと」になっていたのかもしれませんね。

次に、この組香の要素名は、「年のうちに」「春は来きにけり」「一年を」となっており、証歌の上の句を分解して用いられています。上の句は、まさに「年内立春」を宣言するような意味合いを持っており、下の句で始まる「戸惑い」の序章とも言えましょう。和歌の句を分解して要素名に取り入れることは基本中の基本ですが、この組香では、5句すべてを要素名として用いてはおらず、第3句の「一年を」を下の句の景色に変化させるところが際立った趣向と言えましょう。

さて、この組香の香種は3種、全体香数は6包、本香数は4炉となっており、構造には少し特徴があります。まず、「年のうちに」「春は来きにけり」「一年を」は各2包作り、そのうち、「年のうちに」「春は来きにけり」「一年を」の各1包を試香として焚き出します。次に、先ほど試香で焚き終えた「一年を」の焚殻を試香盤から取り、本香包に包み直します。本香包の隠し書きについては、出典に記載はありませんが、何も書かなくてもそれが「一年を」の焚殻であることが香元にはわかる筈です。不安ならば「去年」と書いておくと正解の宣言の際にわかりやすいかもしれません。そうして、手元に残った「年のうちに」「春は来きにけり」「一年を」の各1包に「一年を」の焚殻を加えます。このように、本香に「焚殻」を加えることにより、3種の香があたかも4種となり、本香には「判別可能な4つの香が1包ずつ出る」こととなります。この「本香に焚殻を戻す」というところが、この組香の最大の特徴となっています。そうして、本香は、これらを打ち交ぜ、本香は4炉焚き出します。

本香が焚き出されますと、連衆は試香に聞き合せて、答えを判別します。この組香では、3種の香をすべて聞いているので判別はたやすいと思います。それに加えて「一年を」の焚殻が出現するわけですが、こちらも試香で聞いた「一年を」の派生として捉えられますし、末枯れが著しい場合は聞いたことのない「異香」として判別してもよろしいかと思います。いずれ、ここでは2包出現する「一年を」を2種に判別するところが最も重要となります。

続いて、本香を聞き終えたところで連衆は、名乗紙に答えを4つ書き記して回答します。その際、「年のうちに」「春は来きにけり」は、そのまま書き記しますが、「一年を」については、焚殻を「一年を去年とやいはん」と書き、初焚のものを「今年とやいはん」と書き換えます。これにより、同じ「一年を」が心の分岐点で切り分けられ、「去年」は末枯れて思い出深く、「新年」は華やかに期待に満ちて聞くことができます。これは、一種の「聞の名目」とも言えますが、焚殻を「過ぎた一年(去年)」、初焚を「これから来る一年(新年)」に擬えた手法が秀逸だと思います。

名乗紙が帰ってきたところで、執筆は、連衆の答えをすべて香記に書き写します。その際、「一年を去年とやいはん」は、2句分ですので「一年を」「去年とやいはん」は左右に並記して2行で書き記します。答えを写し終えたところで、執筆は香元に正解を請い、香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香の出の欄に正解を書き記します。出典の「立春香之記」の記載例では、「一年を」の香の出については、要素名そのものではなく、既に「一年を去年とやいはん」「今年とやいはん」と名目に書き換えられています。執筆の便宜を図るため、香元は隠し書きのない「一年を(焚殻)」を「去年」、「一年を」と隠し書きのある「一年を(初焚)」を「今年」と読み替えて宣言すると良いでしょう。

香の出の欄を書き終えましたら、執筆は各自の答えを横に見て、正解と同じ句の右肩に合点を掛けます。答えの数は4つですが、「一年を去年とやいはん」が2句分となるので、各自の解答欄には証歌の5句が漏れなく現れて一首を形成する形になります。なお、この組香には加点要素等はないので、最高点は4点となります。

合点を掛け終わりますと、次は下附の段となりますが、この組香に下附はありませんので、基本的には合点の数が各自の成績を表すこととなります。ただし、出典には「皆中を在原元方と名乗りの脇に記す」とあり、全問正解の場合のみ、各自の名前の右肩に「在原元方」と証歌の詠人の名前を書き附すことになっています。この「在原元方」が香記に現れるかどうかは、連衆の成績次第なのですが、「今回は元方さんがいらっしゃらなかったわねぇ」などと一喜一憂するという趣向が用意されているのもこの組香の粋なところと言えましょう。

最後に勝負は最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

みちのくでの「立春」は、またまだ七草の芽吹きもおぼつかない季節なのですが、明らかに陽光に強さが見えはじめ起点でもあります。「新春」と呼べるか否かはあっても、春を待ち、春に期待する心は暦日に左右されるものではありません。皆様も「立春香」で「元方さん」を召喚してみてはいかがでしょうか。

 

立春の前日は節分ですが、今年の恵方は「北北西」だそうです。

恵方巻を手にする無言の願いは今年も疫病退散ですかね。

 しとしとと光る滴の音絶えで垂氷の先に春や立つらむ(921詠)

 組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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