4月の組香

初瀬山で暮れ行く桜の景色を写した組香です。

前段と後段で回答や点法の変わるところが特徴です。

 

※ このコラムではフォントがないため「ちゅう」を「*柱」と表記しています。

 

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説明

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  1. 香木は、6種用意します。

  2. 要素名は、「花」と「一」「二」「三」「四」「五」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「花」は1包、「一」「二」 は各3包、「三」「四」「五」は各2包作ります。(計13包)

  5. 「一」「二」の各1包を試香として焚き出します。(計2包)

  6. 手元に残った「一」「二」の各2包と「花」の1包を打ち交ぜます。(計 5包)

  7. 本香A段は、5炉廻ります。

  8. 香元は、香炉に添えて「札筒(ふだづつ)」か「折居(おりすえ)」を廻します。

  9. 連衆は、試香に聞き合わせて「香札(こうふだ) 」を1枚打ちます。

  10. 執筆は、打たれた香札を札盤(ふだばん)の上に並べておきます。

  11. 続いて、「三」「四」 「五」の各2包を打ち交ぜます。(計6包)

  12. 本香B段は、6炉廻ります。

  13. 香元は、香炉に添えて「札筒(ふだづつ)」か「折居(おりすえ)」を廻します。

  14. 連衆は、「無試十*柱香」の要領で、出現順に「三」「四」「五」の札を打ちます。(委細後述)

  15. 執筆は、打たれた香札を札盤(ふだばん)の上に並べておきます。

  16. 香元は、香包を開き、正解を宣言します。

  17. 執筆は、当った答えの右肩に、合点を付します。(委細後述)

  18. 点数は、「花」の当りは2点、その他は1点となります。

  19. 執筆は、当り方によって下記の通り書き附します。

  20. 下附は、全問正解は「全」、その他は各自の得点を漢数字で下附します。

  21. 勝負は、最高得点者のうち上席の勝ちとなります。
     

世界中で渦巻く「禍」を身に受けても美しく花咲く季節となりました。

「雅」の場で時事問題について述べるのは、雅趣を損ねると思いながらも、人類がこぞって新型コロナの蔓延に対抗し、全世界の医療機関が「命」を守る戦いを繰り広げている最中、「解放」という名の侵略戦争で、多くの人命が日々失われている現状に大きな矛盾と憤りを感じます。国家が「正当」と決めたことは、世界中が「不当」と思っても「正当行為」として遂行されてしまうという言われもない不快感が、「戦争を知らない子供たち」として育った私の心をも苛んでいます。

そのような中、名古屋でお世話になっていた香友から『さくら ふくしま』という写真集をいただき、昨今の戦争報道で荒んだ心が本当にホッとしました。この本は、福島県内の616本の一本桜や古木を紹介した写真集で、震災11年目となる今年の3月11日に発売されています。これには「福島の桜を実際に訪れてもらうことで、復興の一助になることと全国に散らばっている福島の方も含め、この本の桜を見て故郷を思い出し、復興へ向けて元気を出してほしい」との思いが込められているようです。もともと母譲りの桜好きだったという彼女は、自分で撮影した写真も含め、主に県内在住のプロ・アマカメラマンから写真の提供を受けたとのことで、まさに知る人ぞ知る桜が「深掘り」されており、仕事柄、福島県内をくまなく回った私でも知らなかった名木がたくさん掲載されていて驚きました。また、彼女自身が取材する上で必要性を感じたということもあり、所在地の緯経度や「マップコード」なども掲載されており、スマホやカーナビーを使って、あまり有名でない桜でも必ず辿り着くように作られているところが秀逸でした。

私自身、桜の名所といわれるところで育ちましたが、宮城県内では、樹齢200年を超える桜の名木は、即座には思いつかず、自治体指定の保存樹木を調べてもなかなかお目にかかれませんでした。やはり寿命が短いソメイヨシノでは、「数と景観」が勝るのみで、樹勢を蓄え堂々と枝を広げる一本桜になるのは難しいのでしょう。武家屋敷街だった我が家付近の枝垂れ桜も年を追うごとに伐採され、今では一本だけが大胆に伐採された大枝から小枝を垂らして立っています。一方、「瀧桜」のある三春町周辺は、伊達政宗の正妻「愛姫」を産んだ田村氏の武家文化華やかなりし頃に植えられたエドヒガンザクラやベニシダレザクラがあり、アクセスの不便な福島県の内陸部という地勢と集落のシンボルツリーとして大切に思う住民に守られて来ました。田村市は、「さくらの都たむら」と称して、隣町の「瀧桜」を起点にした周遊観光を目指しており、既にキャンペーン中の「たむらの桜28選」をさらに市民で深掘りして「88選」にしようという試みも進行中です。『さくら ふくしま』をいただいたことで、このような地元の名木が福島県内各地に600本以上も残されていることがわかり、「宮城県内の桜も深掘りして見なくては!」と思うようになりました。

古木に共通して言えることは、「存在感と包容力」でしょうか。いわゆる「景観」ではない、そのものの「姿」が鑑賞に値するものとなっています。古木は、静かなのにとても強い存在感があり、幹に触れなくとも樹下にいるだけで生命力を与えられるような気がします。世は「軽薄短小」から「情報」の時代となり、質量さえも感じられなくなった世界とは真逆のところに、「古木」はひっそりと立ち続けています。それを見ると、私はAKB48の歌っていた「永遠の桜の木になろう♪そう僕はここから動かないよ♪もし君が心の道に迷っても〜〜〜♪愛の場所が〜わかるように立っている〜〜〜♪」が聞こえて来て、思わず泣けてしまうほどの優しさに包まれることがあります。今月から咲き始める「みちのくの桜前線」は、当然福島から北上しますので、今年の花見は「一本桜」と洒落込んでみたいと思います。

今月は、初瀬山あたりの花の夕景「初瀬香」(はつせこう)をご紹介いたしましょう。

「初瀬香」は、『外組八十七組之内(第一)』に掲載のある春の組香です。今月もご紹介する組香を探していましたところ「暮春香」と「杜若香」の間に掲載された「初瀬香」を発見しました。「初瀬」には、水辺の風景も思い起こされ、初夏の爽やかな語感がありますが、この組香は「花」が主役の「山路香」のような組香でしたので、季節は「春」と捉えるてよろしいかと思います。今年は「桜」の開花が早いのを見越して、先月に「花月名所香」をご紹介してしまったものですから、やや心苦しかったのですが、証歌に現れる「暮れかかる夕景」が「暮春」にもふさわしい気がしましたので、ご紹介することといたしました。今回は、他書に類例もないため『外組八十七組』を出典として筆を進めてまいります。

まず、この組香には証歌があります。出典には、答えの当り方によって香記の中段に書き附す歌として、以下の歌が記載されており、おそらく、この歌が組香の文学的支柱となっているものと思われます。

「初瀬山花のあたりはさやかにてよそよりくるる入りあひの鐘(新後拾遺和歌集609 源詮政)」

意味は、「初瀬山から見ていると桜の咲いているあたりは明るく見えるけれども、余所は次第に暗くなってきて日暮れの鐘が聞こえてきた」ということでしょう。この歌には詞書がないので、詠み手は初瀬山に「登った」気分なのか、はたまた「見上げた」気分なのかは判然としませんが、夕暮れ時に桜だけが白々と見え残る景色に「入相の鐘」が鳴り、「今日はもうおしまいかぁ〜」と帰り支度をはじめる名残惜しさを詠んだものと思われます。

「初瀬山」(はつせやま)とは、奈良県桜井市の初瀬にある標高546 mの山のことで、現在は「はせやま」と呼ばれています。西側の大神神社の御神体である三輪山(みわやま:467m)と東側の巻向山(まきむくやま:567m)の間に挟まれ、万葉の時代から歌に詠まれた歌枕です。地名の由来は、大和川水系の水運を支えた船着場だったことから「泊瀬」と称され、そのことから大和川上流部は「初瀬川」とも呼ばれています。また、都人が「初瀬詣」と称して足しげく「長谷寺」の観音様を参拝していたことは古典文学の随所に見られ、辺りの景色のすばらしさが「初瀬山」を歌枕にしたのではないかと思います。

因みに、詠人の源詮政(みなもとののりまさ)については、『新後拾遺集』に厳然と名前はあるのですが、人となりには尋ね当りませんでした。

次に、この組香の要素名は、「花」と「一」「二」「三」「四」「五」となっており、主役の「花」以外は匿名化されています。「花」以外の要素は、後に何らかの景色を結ぶ素材となっている訳でもありません。また、「一」「二」については、前段でそのまま回答となりますが、「三」「四」「五」は、後段で「無試十*柱香」のように出場順に付番し直されて回答となりますので、これらの匿名化された要素名は聞き当ての区別のために設けられたに過ぎないものと思われます。

さて、この組香の香種は6種、全体香数は13包、本香数は11炉となっており、構造には特徴があります。まず、「花」は1包、「一」「二」は各3包、「三」「四」「五」は各2包作り、このうち「一」「二」の各1包を試香として焚き出します。次に手元に残った「一」「二」の各2包と「花」1包を打ち交ぜて、本香A段は5炉焚き出します。続いて、「三」「四」「五」の各2包を打ち交ぜて、本香B段は6炉焚き出します。こうして、本香は都合11炉を焚き出します。このように「段組み」のあるところが、この組香の第一の特徴です。

この組香は、「札打ち」となっており、香元は、香炉に添えて札筒か折居を廻します。回答に先立って、出典には「札の表」として「弓槻嶽、尾上鐘、三輪杉村、巻向檜原、豊等寺、古川野辺、美那能川、布留社、立田山」が列挙されており、これを連衆の名乗りとして使用することが定められています。また、「札の裏」として「花一枚、一、二、三、四、五 各五枚づつ 一人前拾一枚づつなり」とあり、これらを答えとして投票することとなっています。

札の表

札表(名乗)

説 明

弓槻嶽

(ゆづきがたけ)

奈良県の桜井市にある標高 567mの巻向(まきむく)山のこととされています。《歌枕》

尾上鐘

(おのえのかね)

桜井市にある「長谷寺」の399段の石の登廊を登り詰めたところにある鐘楼の鐘のことです。藤原定家が「年も経ぬ 祈る契りは初瀬山 尾上の鐘のよその夕暮れ」と詠んだことに因んで「尾上の鐘」と呼ばれています。

三輪杉村

(みわのすぎむら)

「三輪山」は、桜井市にある標高467mの山で大神神社の御神体として有名です。三輪山の麓の杉木立は、謡曲「三輪」にも謡われています。 《「三輪の杉原」として歌枕》

巻向檜原

(まきむくのひはら)

大神神社の北に摂社の「檜原神社」があり、檜原台地は大和国中を一望する景勝の地だったようです。《「巻向山」「三輪の檜原」として歌枕》

豊等寺

(ほうとうじ)

現在「豊等寺」にあたる寺社は見当たりませんでしたが、もともと初瀬周辺は「豊初瀬(とよはつせ)」と呼ばれ、約1000本の桜が咲き競い、一年中花に彩られた花の御寺として有名な「長谷寺」も正式には「豊山神楽院長谷寺」と言い、「豊山寺」とも呼ばれていました。また、「初瀬詣」は、本尊の十一面観世音菩薩が信仰の対象でしたので、おそらくは、この寺を表すのではないかと思います。

古川野辺

(ふるかわののべ)

長谷寺に向かう「初瀬詣」の参詣路周辺のことです。『源氏物語』では、玉蔓と右近が歌を詠み交わした歌に「古川野辺」が読み込まれています。「古川」とは、現在「連歌橋」の架かっている付近の初瀬川をいいます。 《「古川の辺」として歌枕》

美那能川

(みなのかわ)

「みなの川」には、美那乃川・水無川・男女川など様々な当て字がありますが、大和川水系でそう呼ばれた川は見つかりせんでした。「みなの川」は、恋歌の歌枕ですので、玉蔓と右近の出会う「初瀬川」を思い浮かべれば良いのかもしれません。

布留社

(ふるしゃ)

奈良県天理市布留町布留山に鎮座する「石上神宮(いそのかみじんぐう)」のことです。外苑の桜と沿道の桜並木が有名です。《「布留」として歌枕》

立田山

(たつたやま)

奈良県生駒郡三郷町と大阪府の堺、生駒山地にある大和川北岸の山々の総称「龍田山」のことです。桜・紅葉の名所として有名です。《歌枕》

このように、札表の多くが、『万葉集』の頃から歌に詠まれた大和国歌枕や三輪山、初瀬山、巻向山界隈の名所・旧跡が配置されており、周辺で見られる桜の景色を彷彿とさせるように組まれています。なお、「美那能川」については、百人一首の「筑波嶺のみねより落つるみなの川・・・」があまりにも有名ですが、大和国の歌枕ではないので、解釈がやや苦しいところです。

本香Aが焚き出されましたら、連衆は試香に聞き合せてこれと思う香札を1枚打って回答します。こちらには試香がありますので、聞き覚えた「一」「二」と聞いたことのない香りを「花」とを判別すれば済みます。一方、本香B段は、試香のない「三」「四」「五」がそれぞれ同数出ますので、少し勝手が違います。これについて、出典では「試に思ひ合わせて、定の札を打つべし」とだけしか書いていないので悩みましたが、「初瀬香之記」の記載例を見るとB段の答えはすべて「三」から始まって、出現順に「四」「五」が書かれているので、「無試十*柱香」のように出現順に「三」「四」「五」と付番し直して同香を聞き当てる方式であることがわかりました。そのため、B段は1炉目に何が出ても「三」と札を打ち、2炉目が同香であれば「三」、異香であれば「四」と打ち、3炉目が「三」か「四」と同香であればその札、異香であれば「五」の札を打つという方式で6炉目まで聞けば良いことになります。このようにA段とB段で回答法が異なるのもこの組香の第二の特徴といえましょう。なお、各自が回答として打った香札は、本香が焚き終わるまで、執筆が「札盤」に伏せて並べて置きます。

このようにして、最後の札が戻って来ましたら、執筆は、札盤に伏せておいた札を開いて香記の解答欄にA段の5つを右、B段6つを左に、和歌を書くように少し段差を付けて2行で書き写します。答えを写し終えたところで、香元に正解を請い、香元は香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香の出の欄も回答欄と同じように2行で書き記します。この際、執筆は、B段の香の出の「三」「四」「五」(要素名)と各自の回答欄の「三」「四」「五」(札裏)は必ずしも同じでないことを意識して、改めて正否を定めることとなります。

この組香の点法について出典では、「花の聞当りは長点、三、四、五の香は無試の点なり」とあり、「一」「二」の当りについて言及がないのですが、「初瀬香之記」の記載例によれば、A段は「花」の当りに2点、その他の当りには1の合点が掛けられています。また、B段については 、「無試十*柱香」のように、執筆が香の出の欄と見合わせて、同香を聞き当てた場合にのみ各1点の合点が掛けられています。(最初の「三」が当たっていても、後に同香を聞き当てていなければ無点です。)そのようにしますと、全問正解は12点となります。

合点を掛け終えたところで、出典には「始め五種の香を聞通したる人には、聞の下に左の歌の上の句を書くべし。後の六包残らず聞はずしたる人には下の句を書くべし。歌左の如し。」とあり、先ほどの証歌が書かれています。執筆は、各自のA段、B段の当り具合を見て、A段の全問正解には「初瀬山花のあたりはさやかにて」B段の全問不正解には「よそよりくるる入りあひの鐘」回答欄の下に書き附します。また、出典には「初聞当り、後聞不当は歌一首を書くべし」と赤字で追記があり、前述の条件が重なれば歌を一首書き附すこととされています。この証歌の上の句と下の句の対比は「明・暗」ですので、この「中附」ともいえる脚色は、「暮れなずむ花をつぶさに見た人の景色はさやかだったわね。(上の句)」「暮れ行く景色の中、何も見えなかった人は余所見をしていたのね。(下の句)」ということを意味するでしょう。全問正解の場合は「上の句」のみ、全問不正解の場合は「下の句」のみ記載されますから、A段は全問正解・B段は全問不正解で「歌一首」をもらうのが、景色としてはお得のような気がします 。

さらに、この組香には最終的な各自の成績を表すための「下附」もあります。「初瀬香之記」の記載例では、全問正解は「全」、その他は各自の得点を漢数字で下附しています。

最後に勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

 

「花の宴」が自粛となれば、「花見ハイキング」に出かけるといたしましょう。皆様も「初瀬香」で春の「初瀬詣」と洒落込み、観音様の御利益を授かってはいかがでしょうか?

 

「やまと尼寺 精進日記」の音羽観音寺も桜井市にあったのですね。

それぞれの季節を楽しみ、地のもの、旬のものを余すところなく使い切る。

真のスローライフに心底憧れを抱いていました。 

初瀬山暮れて流るる古川の花の浮舟春も去ぬめり(921詠)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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