七月の組香
夏山に鹿を狩る「照射」を景色とした組香です。
「地の香」と「客香」で採点方法の異なるところが特徴です。
※ このコラムではフォントがないため「
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説明 |
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香木は、6種用意します。
要素名は、「照射(ともし)」「葉山(はやま)」「茂山」(しげやま)と「鹿一 (しかいち)」「鹿二(しかに)」「鹿三(しかさん)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「照射」「葉山」「茂山」と「鹿一」「鹿二」「鹿三」は 、ともに2包ずつ作ります。(計12包)
連衆を「高根方(たかねがた)」と「 尾上方(おのえがた)」の二手に分けます。
「照射」「葉山」「茂山」の各1包を試香として焚き出します。(計3包)
手元に残った9包を打ち交ぜて、順に焚き出します。
本香は、「後開(のちびらき)」で9炉廻ります。
香元は、香炉に続いて「札筒(ふだづつ)」または「折居(おりすえ)」を廻します。
連衆は1炉ごとに試香に聞き合わせて、要素名の 書かれた「香札(こうふだ)」を1枚投票します。
執筆は、札を開いて、「札盤(ふだばん)」の各自の名乗の下に 伏せて並べて置きます。
本香が焚き終わったところで、執筆は、香記の回答欄に各自の答えをすべて書き写します。
香元は、香包を開いて、正解を宣言します。
執筆は、各自の答えに所定の点・星を掛けます。(委細後述)
下附は、上段に「総合得点」、下段に「点と星」を並記します。
勝負は、基本的に双方の総合得点を総計して優劣を決します。(委細後述)
香記は、「勝方」の最高得点者のうち、上席の方に授与されます。
空と雲と夏山が美しいコントラストを見せる季節となりました。No,286
先日、掲示板「香りの雑記帳」を掲載していましたGMOインターネット鰍ゥら、このようなメールをいただきました。「長年にわたりご愛顧いただきましたteacup.ですが、2022年8月1日(月)13:00をもちまして、サービスを終了させていただくこととなりました。」teacup.comは、私がサイトを立ち上げた1997年に無料レンタル掲示板を運営していて、当時は、ホームページのコミュニケーションツールとして「掲示板」を置くことがトレンドということもあり、長年使わせていただいていました。その間、拙サイトのURLは、プロバイダーの統合やサービスの停止で3回変わりましたが、掲示板は、一貫して同じURLで利用することができました。ネットコミュニケーションメディアの変遷は、掲示板からブログ、SNSへとその時々のトレンドで栄枯盛衰があり、今回のサービス終了も残念なことではありますが、25年間の長きにわたり無料で軒下をお貸しいただいたことに感謝しかありません。
老舗の閉店間際にお客が殺到して「今、名残を惜しむくらいなら、普段から支えてやれば良かったのにぃ」と言われるのと同じですが、このような状況になって、掲示板の書き込みを見返してみました。現在、ログは「No,1569」となっており、「香人921」のデビューから、様々な方のご支援やご啓示を受けて、遂には「我が人生の背骨」を形成するに至った経緯が如実に分かるものでした。
最初は、宗匠制度で守られた香道界のノウハウを開示することに対する批判もあったのか意地悪な意見・質問もありましたが、心配していた「炎上」は、25年で1回のみ。昔、芝居をやっていた仲間の成長を誉めたつもりが「自画自賛」と捉えられ、「おめぇ、何様だ!」と批判されて火消しに追われ、書き言葉の世界の難しさを実感しました。一方、それ以上に私の活動に興味を持ってくれる人や賛同者は多く、開設当初は、たくさんの方と出会うことができました。その中から、山本霞月さんや香包折の共同研究をしてくれる方が現れ、香書研究に勤しむきっかけをくれる方が現れ、まだ見ぬ流派・会派にご招待してくれる方が現れ、「今月の組香に典拠を明示して!」というたった一つの読者リクエストに答えることで、このコラムの信用度が格段に上がったということもありました。また、東日本大震災時の安否確認や激励の言葉をいただいたのもこの掲示板でした。そういう方々の中から「一生の香友」と呼べる方も現れました。
SNSができる前までは、あふれ出る情報発信意欲を消化するツールは他になく、「香りにまつわるあれこれ(でないものも含めて)」をほぼ一方的に書き込み、定期的に書き込んでくれる住民の投稿にも支えられていましたが、いつしか、掲示板から発展した「メル友」も増え、SNSの気軽さと「いいね!」にもほだされ、私の中でも掲示板は「お役目ご苦労」という感じになっていたのだろうと思います。
そのようなわけで、掲示板「香りの雑記帳」は、長年のご愛顧に感謝しつつ来月の更新時に閉鎖となりますので、よろしくご了承をお願いいたします。勿論、投稿内容は「香人921の形成過程」ですので、我がPCに保存して、ここで結ばれた人の輪や出会った人々との思い出を大切にして参ります。そして、「お香にまつわるあれこれ」は、単方向とはなりますが「香人雑記」に掲載して行こうと思いますので、これからも気が向いたら立ち寄ってみてください。
今月は、夏山につがいの鹿を探す「夏山香」(なつやまこう)をご紹介いたしましたょう。
夏山香は、『軒のしのぶ(七)』に掲載のある夏の組香です。今回も当季にふさわしい組香を探していましたところ、「夏山香」という、そのものズバリの組香に尋ね当りました。そこで、かえって「何故、今まで紹介していなかったのか?」と考えてみましたところ、記憶が蘇って参りました。当時は、この組香の要素名になっている「」の文字が読めなかったのです。これを「麻」と読めば、麻の生い茂る草原や禊の景色が見えますし、「廉」と読めば、納涼や風の景色が見えてきます。また、「鹿」と読めば夏山に分け入って鹿狩りをする「照射香(ともしこう)」に似たような景色が見えます。これらの景色の違いは、組香のテーマを左右する重要な要素ですので、当時、様々な「崩し字辞典」を引きましたが、なかなか結論は得られず、この文字の読みに確信を得るまでは紹介を控えることしていたのです。しかし、「年季」というものはありがたいもので、ランダムな浅い記憶が積もり積もって、突然一本の路を示すことがあります。今回も香書研究で『軒のしのぶ』全十巻を何度もつらつら見ている間に「麓」や「鹿」に使われていたこの文字を自然に「鹿」と読むことができていたため、未だ紹介していない事実の方に疑問符がついてしまったというわけです。このようなわけで、今回は『軒のしのぶ』を出典として「夏の組香の定番にして欲しい」気持ちを込めつつ筆を進めて参りたいと思います。
まず、この組香に証歌はありません。前段でお話したように、この組香を単に草木の生い茂る「夏山の景色」と捉えることも可能ですが、やはり要素名の景色からして、夏の夜の山中で、狩人が鹿をおびき出すために篝火や松明を灯す「照射の景色」を思い浮かべる方が趣深いかと思います。
因みに、敢えてこの組香に証歌を附すとすれば、「照射せし葉山茂山しのび来て秋にはたへぬさをしかの声(続古今和歌集448 飛鳥井雅経)」や「照射する葉山茂山かき分けて鹿をや深く思ひ入るらむ(正治初度百首730 藤原忠良)」が あり、要素名の網羅性や「鹿」の分量などふさわしい気もするのですが、どちらも「秋歌」となってしまう嫌いがあります。
次に、この組香の要素名は「照射」「葉山」「茂山」と「鹿一」「鹿二」「鹿三」となっています。「照射」は前述のとおり鹿狩りの夜景を表しています。「葉山」は、直訳すれば「葉っぱの茂った山」ですが、「端山」とも記され、人里近くの「里山」を意味します。それに対して「茂山」も直訳すれば「草木の生い茂った山々」のことですが、「重山」とも記され、里山の背後に連なる山々「深山」を意味します。和歌では「はやましげやま」とセットにして「草木の生い茂った山々」の全面性や奥行きを表しますが、要素名としての「葉山」は近景、「茂山」は遠景と捉えてよろしいかと思います。
さて、この組香の香種は6種、全体香数は12包、本香数は9炉となっており、構造は簡単です。まず、「照射」「葉山」「茂山」を各2包、「鹿一」「鹿二」「鹿三」も各2包作ります。次に「照射」「葉山」「茂山」のうち各1包を試香として焚き出します。そうして、手元に残った「照射」「葉山」「茂山」の各1包と「鹿一」「鹿二」「鹿三」の各2包を打ち交ぜで本香は9炉焚き出します。
ここで、この組香は、出典に「高根方、尾上方と分かれ聞くべし」とあり、連衆を二手に分けてグループごとの得点で優劣を競う「一蓮托生対戦型ゲーム」となっていることがわかります。そのため、執筆は、 双方の名乗りの前に「高根方」「尾上方」と見出しを書いておきます。「高根」と「尾上」の対峙について は、地名や国文学的な対峙例も探しましたが、組香の趣旨に沿ったものはありませんでした。国語辞典的に言いますと「高根」は、高い山のことで「山そのもの」を表しますが、「尾上」は山の高い所や頂のことで「地点」を表します。委細の違いはありますが、この組香では「山の高さ較べ」と理解してよろしいかと思います。
続いて、この組香の聞き方については、出典に明記されていませんが、組香の構造上「札打ちの後開き」とするのが妥当かと思います。 札打ちですので、香元は本香を焚き出す際に、香炉に添えて回答を投票するための「札筒」か「折居」を廻します。連衆はこれを聞き、これと思う香札を1枚打って回答します。試香で聞いたことのある「照射」「葉山」「茂山」については、そのまま「照射」「葉山」「茂山」と要素名の書かれた札を打ちます。一方、試香の無い「鹿一」「鹿二」「鹿三」については、「無試十*柱香」の要領で、最初に出た「鹿(客香)」に「一鹿」の札を打ち、次に出た「鹿(客香)」が同香であれば「一鹿」の札、異香であれば「二鹿」の札を打ちます。それ以降の「鹿(客香)」も「一鹿」「二鹿」と同香であればその札、異香ならば「三鹿」の札を打ちます。ここで注意しなければならないのは、要素名は「鹿一」「鹿二」「鹿三」ですが、回答では「一鹿」「二鹿」「三鹿」となりますので、要素名にはとらわれず、あくまで出現した「鹿」の順番で札を打つということです。打った香札は後戻りが効きませんので、出された香の異同を正しく判別することが重要となります。そうすると最終的には「鹿」は 3組のペアとなります。
因みに、出典では使用する札について、「照射 一の札」「葉山 二の札」「茂山 三の札」「一鹿 花一、花二の札」「二鹿 月一、月二の札」「三鹿 客の札」との記載があり、十種香札で代用可能であることが示されています。
執筆は、返ってきた香札をその都度開き、各自の札紋 (名乗)と照合し、「札盤」に伏せて並べて置きます。(または、折居に移して並べておきます。)本香が焚き終わり、最後の香札を並べ終えたところで、執筆は伏せていた香札を開き、各自の答えを香記にすべて書き写します。答えを写し終えたところで、香元に正解を請い、香元はこれを受け、香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞いて、香の出の欄に正解を書き記します。
続いて執筆は、香記に当否を示す段になります。出典には「照射、葉山、茂山の香、当り点なし、不聞は星一つ。鹿の香当り1点づつ、違い星なし。」とあり、「照射」「葉山」「茂山」は、聞き当てても合点は掛けず、聞き外すと「星」が1つ付きます。これは、試香がある香を聞き外した「過怠の星」となります。一方、「一鹿」「二鹿」「三鹿」は聞き当たれば1点の「点」が掛けられ、聞き外しても 「星」はありません。ただし、出典には「鹿一、鹿二、鹿三、試なき故、何れにても二*柱むすびさへすれば当りなり」とあり、試香のない「鹿」の当りは「無試十*柱香」のように同香を聞き当てていないと得点にはならないと書かれています。このように「つるび」で当りとするのは、「照射」の獲物である「鹿」の「つがい」を意識したもの と思われます。この組香は、「一*柱開」で行うと、後に出る同香との関係が分からず即座には合点が掛けられないため、「後開き」で行 う必要があるのです。このように、試香のある「地の香」と試香のない「客香」によって、採点や得失点要素が異なるところが、この組香の最大の特徴と言えましょう。
香記に合点を書き終えた後は、採点と下附の段となります。先ほど、出典に「照射、葉山、茂山の香、当り点なし」とありましたが、これは「合点を掛けない」という意味で 、各自の得点には反映されることが「夏山香之記」の記載例からわかります。 これによれば、この組香の下附は、二段に分かれており、上段は「総合得点」で、下段は「点と星」の数が並記されています。
例えば、〇が「点」、×が「星」、下線は、 「地の香(照射、葉山、茂山)の当り 」とすると下附はこうなります。
正解:「葉山」「一鹿」「二鹿」「茂山」「二鹿」「三鹿」「三鹿」「照射」「一鹿」の場合
例1:「葉山」「一鹿〇」「二鹿〇」「茂山」「二鹿〇」「三鹿〇」「三鹿〇」「照射」「一鹿〇」
下附:「皆 点六」(全問正解は「皆」、点は〇の数、星は空白)
例2:「一鹿×」「二鹿〇」「三鹿〇」「葉山×」「三鹿〇」「茂山」「一鹿」「照射」「二鹿〇」
下附:「五 点四・星二」(得点は〇と下線の数、点は〇の数、星は×の数)
例3:「葉山」「一鹿」「二鹿」「茂山」「三鹿」「一鹿」「三鹿」「照射」「二鹿」
下附:「三」(得点は下線のみ、点と星は空白)
こうして、各自の総合得点(地の香を含めた当り数)と点(鹿の当り数)・星(地の香の外れ数)が下附に書き附されます。
さらに、この組香は「一蓮托生型対戦ゲーム」ですので、グループごとの得点を総計します。その際は、上段の得点を総計して優劣を決します。また、出典には「惣聞数、双方同じ事にても鹿の香聞き数多き方を勝ちと定めたれば、高根方、惣聞数一*柱多くとも、尾上方鹿の聞き一*柱多ければ『持』とす」とあり、まず、上段の総得点が同点の場合は、下段の「点」の数の総計の多い方が勝ちとなり、 反対に、上段の総得点が1点負けていても、下段の「点」の数が1点多ければ「同点」となることが書いてあります。このように「鹿」の聞き当てに有利な点法を用意したために「鹿の当りにのみ合点を掛ける」ことで、最後の積算をわかりやすくするように工夫したのでしょう。一方、勝負の上では下段の「星」の数は無視されています。普通ですと得失点の合計で勝負を決するのですが、この組香では「星」は「減点 要素」ではなく、単なる「過怠のマーク」として用いられているようです。
こうして、勝方が決まれば、執筆は勝方の見出しの下に「勝」の文字を書き記します。同点ならば「持」となります。負方に「負」と記すことはありません。
最後に、香記は勝方の最高得点者のうち、上席の方に授与されます。
昼間の草いきれが夜の香りをはらみ、温かく湿った風が吹きすぎて、漆黒の闇を燈火が照らす景色は、様々な記憶を呼び戻してくれます。皆様も「夏山香」で「夏の思い出」を蘇らせてみてはいかがでしょうか。
「照射」は別名「鹿の子狩り」とも言われ、お目当ての獲物は小鹿の方だったとか?
初夏に生まれた乳飲み子の若い芽を積むのは、かわいそうですよね。
火串立つ葉山茂山ほの見えて棚田に映る天と地の星(921詠)
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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