九月の組香

秋風に昔旅した宮城野原を思い出す組香です。

秋風に吹かて萩の白玉がこぼれ落ちる景色を味わって聞きましょう。

※ このコラムではフォントがないため「ちゅう:火へんに柱と書く字」を「*柱」と表記しています。

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説明

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    1. 香木は、3種用意します。

    2. 要素名は、「露(つゆ)」「秋風(あきかぜ)」と「宮城野の萩(みやぎののはぎ)です。

    3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

    4. 「露」と「秋風」は各4包、「宮城野の萩」は1包作ります。

    5. 「露」「秋風」のうち各1包を試香として焚き出します。

    6. 「露」「秋風」のうち各1包を引き去ります。(→B段)

    7. 手元に残った「露」「秋風」の各2包を打ち交ぜて、そこから任意に1包引き去ります。

    8. 残った3包に「宮城野の萩」の1包を加えて、さらに打ち交ぜます。

    1. 本香A段は、4炉焚き出します。

    2. 連衆は、試香に聞き合せて「要素名」を出た順に名乗紙に書き記します。

    3. 本香B段は、先ほど引き去っておいた2包を焚 き出します。

    1. 連衆は、2炉の組合せによって「聞の名目」を名乗紙書き記します。

    1. 下附は、全問正解は「宮城野の萩」、全問不正解は「野分(のわき)」、A段のみ正解は「白萩 (しらはぎ)」、B段のみ正解は「すすき」と書き附します。

    2. この組香に点数の下附はありません。

    3. 勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

 

  草葉に置く露の美しさが花にも勝る季節となりました。

 『香筵雅遊』もおかげさまで開設25周年を迎えることができました。いつもご愛読ありがとうございます。私がこのサイトを立ち上げましたのは「不惑」前の38歳でした。もとより「迷いなく」始めたことでしたが、いろいろあっての四半世紀…香道界を離れながらこのような活動を続けて来られたのは、やはり「ネットの縁」だったのではないかと思います。お陰様で門下にあっては味わえなかったような濃密な香道人生を歩ませていただきました。25周年の節目を迎え、「今月の組香」も1年後には300組を超えることとなります。この頃は、頻繁に「引き際のタイミング」が脳裏に浮かぶのですが、「人生の背骨」を挿げ替えて生きる道も見つかりませんので、心の赴くままにパソコンに向かいたいと思います。これからもご笑覧の程よろしくお願い申し上げます。


 長月になりますと、各地で観月会を兼ねた「萩まつり」が行われますが、私は、仙台市野草園の「萩まつり」を毎年楽しみにしています。野草園は、1年を通じて季節の花を取り入れたイベントを開催していますが、秋に行われる「萩まつり」は、「萩」を市の花とする仙台市と「萩の月」の菓匠三全がタイアップして行われる特別イベントで、多くの市民に親しまれています。園内に咲き誇る色様々な萩が織り成す「トンネル」や「回廊」もさることながら、私は、茶道、篠笛、琴、尺八、詩吟など市民文化祭的な形で和物文化に触れられるところに魅力を感じています。

偶然、演者の中に友人を見つけ、その多芸さに驚かされることもあります。以前、友人が「ラッセルホブスの電気ケトル」を捧げ持って「四頭茶会」を催行していた席に伺った時は、小学生からお年寄りまで、等しく茶を振る舞う姿に目を奪われました。「四頭」も禅院の茶礼ではありますが、大人数の素人さんに茶碗に触れてもらい、抹茶を入れ、湯を注ぎ、茶筅を振る…その一部始終を自分の手の中で見て感じてから「飲んで」いただくためには、とても理にかなった趣向だと思いました。とかく呈茶席は、流派のデモンストレーションとなりがちで、連客は点前を見て「たてだし」を飲むだけですが、それとは異なる純粋な「施茶」の本質を見たような気がしたものです。

萩まつりは、和物の他にも仙台フィルからバラライカ、オカリナ、草笛と期間中は何らかの音楽を楽しむことのできる「音の祭り」という側面もあるようです。私もあともう少しで入園料がいらなくなってしまうらしいので、その分、少しオシャレをして市民の「秋の園遊会」に出かけたいと思います。

今月は、秋風に遠く宮城野を思う「露萩香」(つゆはぎこう)をご紹介いたしましょう。

「露萩香」は、私の『お稽古ノート』(平成7年9月4日)に残っていたの組香です。今月は、秋の組香のテーマとして意外に登場していなかった「萩」をテーマにご紹介したいと探していましたところ、当地で催行するにふさわしい要素名のある組香に尋ね当りました。今まで、宮城県を舞台とした組香と言えば、松島界隈の「陸奥名所香」、塩竃が登場する「煙競香」だけでしたが、今回「宮城野」を舞台にする組香を発見したことで、「奥の細道」を下られてくる皆様をおもてなしする組香が、1種類増えました。ただし、この組香の出典は不明で、とても綺麗に小記録の内容が組み立てられていることから、もしかすると仙台の師匠連が昭和の時代に「ご当地組香」として創作したものかもしれません。というわけで、久々に「出典不明」ではありますが、私の備忘録も兼ねまして「宮城野」を舞台とした秋の組香を皆様にもお見知りおき頂きたく、ご紹介したいと思います。(※)

まず、この組香には証歌があります。

「あはれいかに草葉のつゆのこぼるらん秋風たちぬ宮城野の原(新古今和歌集300  西行法師)」

意味は、「秋風が吹きはじめたなぁ。ああ、どれほどに草葉の露がこぼれていることであろう。今ごろの宮城野の原は…」ということでしょう。これは、秋風が立つのを見て、かつて旅で訪れたことのある宮城野原の草葉からこぼれる露の美しさに想いを馳せた秀歌です。

詠人の西行法師11181190)は、「なげけとて月やはものを思はするかこちがほなる我が涙かな(小倉百人一首86)」や「坊主めくり」で覚えていらっしゃる方も多いかと思います。彼は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての僧侶にして歌人でもあり、30歳頃と68歳の時に生涯2回陸奥国に訪れています。その間に、四国などの西国行脚もしていますので、松尾芭蕉に影響を与えた「漂白の歌人」との印象もあります が、歌人としては、『詞花和歌集』で初出の後、267首が勅撰集に入集され、特に『新古今和歌集』には、最多の95首が入集されており、選者の藤原俊成とともに新古今集の新風形成に大きな影響を与えた重要人物とも言えます。

この歌は、西行が「宮城野に想いを馳せた」ものであり、宮城野の原で詠われたものではないということは、新古今集の詞書の「題知らず」からでは察することはできません。しかし、私家集の『西行法師家集』では、この歌(170)に「秋風」と詞書があり、歌題に基づいて詠ったものということが分かります。また、自詠歌を用いて完成させた『御裳濯河歌合』では、判詞を依頼された藤原俊成が、この歌(33)を「宮木野の原思ひやれる心、猶をかしく聞こゆ」と評していることから、おそらくは、西行が歌人として名を馳せた後に後鳥羽院の勅撰集のために詠進したものではないかと思われます。その点、「白河香」「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関(後拾遺和歌集517能因法師)」とは異なる 臨場感を連想して、この歌を鑑賞すべきでしょう。

このように、この組香は「秋風」がきっかけとなって、居場所から遠く離れた「宮城野」の景色を思い起こすことが主旨となっています。

次に、この組香の要素名は、「露」「秋風」と「宮城野の萩」となっています。「露」とは、晴れた夜や早朝に草木に付着する水玉のことです。歌語としては、「〇露」と合成語 になって、「置く」「結ぶ」「消ゆ」「散る」「乱る」など、多彩な様態や比喩を表すことのできる使い勝手の良い言葉です。「秋風」とは、秋になって吹いてくる涼しい風のことで、「もの寂しい」季節の到来を感じさせる言葉です。「宮城野の萩」の「宮城野」とは、多賀城国府があった頃の「宮城郡」にあった広大な原野のことで、古来「露の繁き所」「萩の名所」として 詠われた陸奥国の歌枕です。現在では、仙台市宮城野区周辺にあった野原を指し、秋には七草が咲き競い、 小鳥や鈴虫が生息し、伊達藩主も訪れていたほど自然豊かな 場所だったようです。要素名の「宮城野の萩」は、特定の品種を指すものではなく、古来「宮城野に生えてい た様々な萩」(キハギ・ツクシハギ・ヤマハギ等)の景色を表しています。一方、宮城県の県花ともなっている「宮城野萩(ミヤギノハギ)」は、 江戸時代に生まれた園芸種で「宮城野」に多く自生することから「宮城野の萩」に因んで命名された「品種名」です。

このように、この組香の景色は、ふと庭先で肌に触れた「秋風」が、遠く離れた宮城野に吹き及び、萩を揺らして露をこぼす景色に展開していくことが趣旨となっています。

さて、この組香の香種は3種、全体香数は9包、本香数は6炉となっています。まず、「露」と「秋風」を4包ずつ 、「宮城野の萩」は1包作ります。次に「露」「萩」のうち各1包を試香として焚き出します。また、B段で焚き出す「露」「秋風」の各1包を引き去って仮置きします。そうして手元に残った「露」「秋風」の各2包を打ち交ぜて、そこから任意に1包引き去り、残った3包に「宮城野の萩」の1包を加えて、さらに打ち交ぜ、本香A段は4炉焚き出します。本香A段は、主役の「宮城野の萩」が加わり、宮城野に咲く萩の露に想いを馳せた景色となっています。続いて、本香B段は 、先ほど仮置きしていた「露」「秋風」の各1包を打ち交ぜて焚き出します。本香B段は、「宮城野の萩」が登場しませんので、西行の見た現実の景色なのでしょう。そして、それを「何時 見たのか?」ということが、後の下附によって明らかになっていきます。

本香が焚き出されましたら、連衆はこれを聞き、試香に聞き合せて「露」と「秋風」を判別します。A段では、試香で聞いたことのない香りが「宮城野の萩」というわけです。また、「露」と「秋風」は、先ほどの引き去りの所作がありましたので、どちらかが2包出ることにも注意しましょう。そして 、B段は「露」と「秋風」が1炉ずつ出ますので、香の前後を判別するのみとなります。B段の答えには「聞の名目」が用意されており、香の出によって、下記の二通りの「聞の名目 」で回答することとなっています。

B段の香の出と聞の名目

香の出

聞の名目

解説

露・秋風

朝つゆ

朝、降りている露。風や日照で消えやすいので、古くは、はかないものに喩えた。《季秋》

秋風・露

夜つゆ

夕方におく露。《季秋》

これは、西行が秋風に吹かれて「宮城野」に想いを馳せた時間を規定することになります。

こうして、A段4炉分の「要素名」とB段の「聞の名目」を名乗紙に書き記して回答します。

本香が焚き終わり、名乗紙が返って参りましたら、執筆はこれを開いて、香記の回答欄に各自の答えを全て書き写します。 答えを写し終えましたら、執筆は香元に正解を請い、香元はこれを受けて香包を開いて、正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香記の香の出の欄に要素名をA段4つ、B段2つを2段に分けて書き記します。続いて、執筆は香記を横に見て、A段の当った答えに合点を掛けます。次に、B段の香の出 (2つ)から、「正解の名目」(1つ)を定め、同じ答えに合点を掛けます。この場合、合点は複数の要素が当たったことを示す「長点」を掛けるとよいでしょう。また、得点の比較がしやすいように2点を「﹅﹅」と掛けるという方法もあります、

こうして、答えに合点を掛け終えましたら、下附の段となります。この組香の下附は、全問正解は「宮城野の萩」と書き附します。これは、思い出の宮城野萩が満開でキラキラと露をこぼす景色を表すのでしょう。全問不正解は「野分」と書き附します。これは、「秋の嵐で萩も露も飛んでしまったのねぇ」というところでしょう。A段の4炉のみ正解していれば「白萩」と書き附します。萩の花は赤紫色が一般的ですが、「宮城野の萩」の景色は品種を問いませんので、「露の白玉」に掛けて「白」を用いたのかもしれません。そして、B段の名目のみ正解していれば「すすき」と書き附します。こちらは、「萩」が登場しないので「薄」を秋草の代表格として対峙させたものではないかと思います。なお、A段の一部当りなど、その他の当りについては、点数を下附せず、詳しい成績は合点から判断します。

因みに、伊達政宗が元和8年(1622)に川狩りで訪れた「大悲願寺」(あきるの市)の庭に咲く「白萩」の見事さに心ひかれ「白萩一株」を手紙で所望したという逸話があります。また、4代藩主綱村は、(その白萩かどうかは不明ですが)「萩を一カ所に生やしておくと絶滅のおそれがある」として、北山輪王寺の東の山々に分散して植栽したという逸話もあり、今でも北山五山の一部の寺には白萩が咲いています。このような背景もあって、当地にとって「白萩」は、地名や商標になるほど、とても親しみやすくかつ特別なものとなっています。

最後に、勝負は最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。構造が簡単なので「宮城野の萩」の出る確率は高いかと思われます。上席を引き当てた方が有利かもしれませんね。

秋風が吹きましたら、是非「露萩香」で「思い出の宮城野」「まだ見ぬ宮城野」の秋景色を想像し、思いが募りましたら訪れてみてください。

 

(※)その 後、この組香は、仙台で香道をされていた菅野玲子さん(現:竹村玲子さん)の創作であり、日本香道協会の機関紙『香越里(10号)』(昭和45年9月20日発行)に「新組香紹介」として掲載されていることが分かりました。

 

伊達綱村と言えば『伽羅先代萩』

幼い亀千代の命を守ったのは、母初子が髷に忍ばせていた

一寸八分の伽藍の釈迦如来像だったそうです。

今でも榴岡「孝勝寺」に釈迦堂はありますが中身は何処…?

朝日影孕める虹を煌めかし花に勝れる萩の露かな(921)

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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