1月の組香

      

お互いの長寿を祈り言祝ぐ組香です。

蓬莱山に遊ぶ鶴亀の姿を思い浮かべながら聞きましょう。

慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。

 

説明

  1. 香木は、3種用意します。

  2. 要素名は、「鶴(つる)」「亀(かめ)」と「寿(ことぶき)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「鶴」「亀」は各3包、「寿」は2包作ります。(計8包)

  5. 「鶴」「亀」のうちそれぞれ1包を試香として焚き出します。(計2包)

  6. 手元に残った「鶴」「亀」の各2包に「寿」の2包を加えて打ち交ぜます。(計6包)

  7. 本香は、「二*柱開(にちゅうびらき)」で 6炉廻ります。

※ 「二*柱開」とは、2炉ごとに回答し、正解を宣言し、当否を記録するやり方です。

−以降8番から11番までを3回繰り返します。−

  1. 香元は、2炉ごとに香炉に添えて「札筒(ふだづつ)」か「折居(おりすえ)」を廻します。

  2. 連衆は、試香と聞き合わせて「初・後」の香を判別し、これと思う「聞の名目」の書かれた香札を1枚打ちます。 (委細後述)

  3. 執筆は、各自の答えをすべて香記に書き写し、香元は正解を宣言します。

  4. 執筆は、香の出を記録し、当たった名目に合点を掛けます。

  5. 下附は、「全問正解」には「全」、その他は点数を漢字1文字で書き附します。

  6. 勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

 

辻々の松の香りに新しい年の息吹を感じるお正月となりました。

先日、お仕事関係で宮内庁に「庭園課」という部署があることを発見しました。この課は、管理部に所属し、庭園や園芸、樹林に関することを担当しているようです。まぁ、皇居の杜も広大ですので、庭師さんがたくさん入っているのだろうとは思っていましたが、まさか国家公務員の専門集団が維持管理しているとは思っていませんでした。

早速、興味を持って調べて見ると「YouTube」に庭園課の職員さんが年末の恒例行事として「春飾り」と呼ばれる正月用の盆栽を作る動画がありました。「春飾り」とは、お正月に赤坂御所や、上皇樣のお住まい、宮殿や宮内庁の正面玄関などに飾る大型の寄植盆栽で、樹齢150年を超える「梅の古木」を中心として、松、梅、千両、春蘭、福寿草、龍の髭など縁起のよい植物をあしらって作ります。主役の「梅」は、正月に3分咲きになるように初冬から温度管理して調整するそうですし、端役の「苔」も皇居内から採取したものをひとつひとつ姿を見ながら敷き込んでいきます。このように丹精込めた寄せ植えを20鉢以上作るそうですが、宮中では1230日に飾って、日には片付けてしまうのがしきたりだそうです から貴重な景色ということでしょう。一方、宮内庁のものは週間ほど飾ってあるらしいので、こちらは一般参賀の後でも見に行けるかもしれませんね。

そもそも「松竹梅」は、宋時代の中国でもてはやされた画題の「歳寒三友(さいかんさんゆう)」が基となっているようです。厳しい冬を耐え抜く3つの植物が文人の理想である「清廉潔白・節操」を表すということらしいですが、最初 から「松竹梅」が一緒に描かれるものではなかったようです。「松」は、神の依り木で、寒い冬でも枯れることなく千年の緑を保つことから「長寿」を表すほか、松葉は枯れても離れることがないということから「夫婦円満」の象徴ともされていました。「竹」は、とても成長が早く、真っすぐに伸び、しなやかで折れにくい ことから「生命力」や「家運隆盛」の象徴とされていました。「梅」は、積雪を耐え百花の先駆けとして香り高い可憐な花を咲かせることから「気高さ」をはじめ「節操」「清純」「忍耐」の象徴とされていました。それぞれの植物が 「吉祥植物」として捉えられたのは、「松」は平安時代、「竹」は室町時代、「梅」は江戸時代のようで日本文化に浸透した時代はそれぞれ異なるようです。慶事や新年の飾りものとして「松竹梅」が定着したのは江戸時代からということですから、平安時代には既にあった「門松」に比べると意外に歴史は浅いようです。

近年、仙台市内では、あちこちで藩政時代の「巨大な門松」を見ることが多くなりました。これは、震災後に残った文化史資料を整理している際に、仙台城に門松の材料を献上していた市内北部の旧家に伝統的な門松を飾る風習があることがわかり、その復元の動きが有志から官民に広がったようです。「仙台門松」は、「鬼打木(おにうちぎ)」という割板を丸めた土台に栗の木で作った「心柱」を立てて対にし、これに人の背丈を容易に超える「三階松」をそれぞれ括り、「笹竹」を横に渡して「門」の形にし、これに両端から「しめ縄」を絡めるように這わせて、真ん中で交差して蜜柑や昆布を添えた「しめ飾り」にするといった具合ですが、「百聞は一見に如かず」かと思います。仙台市民が戸口に飾るのは「三階松」が主流で「若松」や「根付の松」は少ないのですが、こんなところにルーツがあったのかなと思います。古文書には、件の旧家から資材「四十二組分」が仙台城に献上されたとあり、当面は市内42箇所に「仙台門松」を飾るのが目標だそうです。仙台のお正月の伝統行事は「どんと祭」の一点に絞られていましたが、開催までの約2週間「仙台門松」が、伊達藩の城下町という雰囲気を醸し出してくれるのは、大変ありがたいことだと感謝しています。

今月は、鶴と亀が幸せを運ぶ「福寿香」(ふくじゅこう)をご紹介いたしましょう。

「福寿香」は、『外組八十七組之内(第八)』に掲載のある祝香です。同書には、要素名が「松」「竹」「梅」で各1包を打ち交ぜて焚き出すだけの「松竹梅香」や要素名が「松」「竹」「鶴」「亀」「蓬莱山」と豊富で本香が13炉もある「嘉祝香」など、合わせて3種類の祝香が掲載されています。今月は、お正月ですので、そのような中からご紹介するにふさわしい組香を選ぶこととしたのですが、「福寿香」は、少ない要素名が織り成す様々な景色が魅力でした。これらは、おそらく志野流系の御初会などでは一般的に催行されている組香だと思いますが、他流の方にも是非味わっていただきたいと思ってご紹介することといたしました。今回は、他書に類例もないことから『外組八十七組之内』を出典として書き進めて参りたいと思います。

まず、この組香に証歌はありませんが、題号に「福寿」とあり、小記録の景色からも幸福と長寿を言祝ぐ組香であることが判ります。この組香に敢えて証歌を配するとすれば「高砂の松やともなる鶴亀のはるけき千代を君が代にして(続草案集530 頓阿)」などが思い当たりますが、皆様はいかがでしょうか。

次に、この組香の要素名は「鶴」「亀」と「寿」となっています。「鶴」は、その端正な姿態から神秘的な鳥とされ「吉祥の鳥」とされています。中国の漢時代の書物『淮南子(えなんじ)−説林訓』には「鶴寿千歳 以極其游 蜉蝣朝生暮死 尽其楽」(鶴は千歳を寿命として、その遊びを終わらせ、蜉蝣(かげろう)は朝に生まれて暮に死ぬが、その楽しみを尽くす)とあり、古来「長寿」の象徴とされてきました。また「夫婦鶴」は、死別しない限りその相手と一生添い遂げることから「夫婦円満」の象徴ともなっています。一方、「亀」は、蓬莱山に住む不老不死の仙人の使いであったことから「長寿」や「智慧」の象徴とされており、その最たる「霊亀」は甲羅の上に蓬莱山を載せるに至ります。このように中国の数々の神話や伝説から「鶴は千年、亀は万年の寿命を保つ」と言われて、「鶴亀」はともに長寿を表す「吉祥動物」となっています。そして、「寿」とは、慶事をことばで祝うことですが、「いのちの長いこと」「長生き」を表し、題号の「福寿」と結びつきます。このように、この組香は、新年を迎えて相まみえ、お互い無事に齢を重ねた喜びとその齢の長からんことを供に言祝ぐことが主旨となっています。

さて、この組香の香種は3種、全体香数は8包、本香数は6炉となっています。まず、「鶴」「亀」は各3包作り、「寿」は2包作ります。次に「鶴」「亀」のうち各1包を試香として焚き出します。そして、手元に残った「鶴」「亀」の各2包に「寿」の2包を加えて打ち交ぜ、2包ずつ3組に分け置き、本香は「二*柱開」として都合6炉を順に焚き出します。この際、香元は「初・後」「初・後」「初・後」と2炉ずつの区切りを意識して焚き出しましょう。

香元は、本香が焚き出す際、2炉ごとに「札筒」か「折居」を廻します。 連衆は1組の「初・後」を聞き終えたところで、試香と聞き合せて、これと思う「聞の名目」の書かれた香札を1枚打って回答します。香札が返って来ましたら、執筆は、各自の答えをすべて香記に書き写し、写し終えたところで香元に正解を請う所作をします。香元は、香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、香の出の欄に要素名を出た順に2つずつ3段に書き記し正解となる名目を定めて、これと同じ答えに合点を掛けます。本香は、これを3回繰り返します。

ここで、回答に使用する「香札」については、専用の香札は望むべくもないため「十種香札」を下記の通り読み替えて、使うことでよろしいかと思います。

香の出と聞の名目

香の出 聞の名目(※) 解 釈
鶴・鶴 鶴 (一)  前述のとおりです。
亀・亀 亀 (二)
鶴・亀 松 (一花)  神の依木として門松などにされ、古くから「長寿」や「慶賀」を表わすものとして尊ばれています。また、「松喰鶴」と言って、松の葉をくちばしにくわえて飛ぶ鶴が縁起物とされています。
亀・鶴 巌 (二花)  「さざれ石の巌となりて苔のむすまで」から「永遠」を表す言葉となっています。
鶴・寿 寿老 (一月)  寿命の長いこと。長生きをすることを表します。
亀・寿 浦嶋 (二月)  『日本書紀』の雄略紀二十二年秋七月には「丹波国の水江浦島子(みずのえの うらしまのこ)が大亀に姿を変えた女を妻にし、蓬莱山に至った」とあることから、御伽草子『浦島太郎』が生まれました。ここでは、永遠の命を得た浦島子のことを長寿としたのかと思います。
寿・寿 福寿 (三)  「幸福」と「長寿」を表し、この組香の題号に帰結します。
寿・鶴 仙人 (三花)  俗世を離れて山に入り、修行の結果、人間でありながら永遠の生命を獲得し、「長生不死」などの神通力をもつに至った神仙のことです。
寿・亀 蓬莱 (三月)  中国の神仙思想で説かれる仙境、「方丈」「瀛州」とともに三神山の一つで、渤海湾に面した山東半島のはるか東方の海中にあり、不老不死の仙人が住むと伝えられる「蓬莱山」のことです。

※ ( )内は十種香札の読み替えの例です。

このように聞の名目は、今様の「蓬莱山」に謡われた「蓬莱山には千歳経る♪ 万歳千秋重れり♪ 松の枝には鶴巣食い♪ 巖の上には亀遊ぶ♪」という歌詞を彷彿とさせる景色になっています。これについては、『源平盛衰記』巻第十七の「祇王祇女仏前事」にも太政入道(平清盛)が京中で一番の白拍子の姉妹の祇王と祇女を召し出して、『舞い、歌え』と命じたところ、祇王・祇女がこの歌を舞いながら歌った」という場面があります。思うに 、この組香はこの歌詞を景色を表しており、要素名に「竹」と「梅」が無いのは、この歌が謡われた時代が古いからなのかもしれません。

因みに、出典には「本香六包打交、二*柱開に焚き出すなり。名目一つに直し記録に認むべし。また、後開にもすべし。その時は名乗紙に名目にて認め出すべし。」とあり、「香札使用の二*柱開」のほか、「名乗紙使用の後開き」方式も認めています。この場合は、「二*き の後開き」として、名乗紙に聞の名目を3つ書き記して回答し、香元も執筆も常の如くの流れとなりますので、スケジュールが詰まっている「御初席」などでは重宝かもしれません。

続いて、本香が焚き終わりましたら、香記はあらかた出来上がっていますので、執筆は、各自の合点を数えて、成績を下附します。この組香は、香の前後を指定した「聞の名目」が配置されていますので、片当りや客香への加点要素はなく、点数は、名目の当りにつき1点となります。そのため下附は、全問正解(3点)は「全」、その他は得点を漢数字1文字で書き附し、全問不正解は何も書かずに空白とします。

最後に、勝負は最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。この組香は得点にバリエーションがないため、同点多数となる場合が多いかと思います。どうしても「同点とされることが我慢ならない」という場合は、客香「寿」を含む名目「福寿(寿寿)」「仙人(寿・鶴)」「蓬莱(寿・亀)」の当りを優先してあげてもよろしいかもしれませんね。

今年の干支「癸卯」は、「再起と飛躍」の年と言われます。皆様も、お正月に友人相寄って、互いの福寿を言祝ぎ、香席をはじめとした寄合芸能の再起と飛躍を祈ってみてはいかがでしょうか。

 

 

今年の歌会始のお題は「友」・・・

人生の真の財産と言えるものは、泣いて見送ってくれる「老いらくの友」ですね。

掛障子垂氷の光滴りて小間の松風友と聴く春(921詠)

本年もよろしくお願いいたします。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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