折々の組香



「へのへのもへじ」で福笑いをする組香です。
香が結ぶ面相を思い浮かべながら笑い合いましょう。
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※ 慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。
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説明 |
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香木は、4種用意します。
要素名は、「へ」「の」「も」と「じ」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「へ」は3包、「の」は2包、「も」は1包、「じ」は2包作ります。(計8包)
「じ」2包のうち1包を試香として焚き出します。(計 1包)
手元に残った「じ」1包に「へ」3包、「の」2包、「も」1包を加えて打ち交ぜます。(計7包)
本香は、7炉廻ります。
連衆は、香の出現数と試香の香りを頼りに判別し、これと思う「聞の名目」を定めます 。(委細後述)
答えは、名乗紙に「聞の名目」を出た順に7つ書き記します。
執筆は、各自の答えをすべて香記に書き写し、香元は正解を宣言します。
執筆は、香の出を記録し、当たった名目に「点」を掛け、外れた名目に「星」を打ちます。
下附は、全問正解には「笑門来福」、全問不正解には「拙中愛嬌」、その他は点(○)と星 (★)の数を冠して「○福★笑」と書き附します。
勝負は、各自の「点」と「星」の数を差し引きし、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。
家伝のしきたりが家族の絆を結び直すお正月となりました。
私事ながら、昨年「初孫」というものを授かりました。それを知らされたのが出生の一か月前でしたので、まさに晴天の霹靂!「老老介護を終えればもうお迎えを待つばかり…」と嵩を括っていた老人の心の芯から、何か温かいものが湧き出てくるのを感じました。それは30年以上も前に妻の懐妊の知らせ聞いた時以来の感覚でした。
私は既に「娘は預かりもの」「我が家系も自分が最後」と思って生きて参りましたので、諸事情は有れ、我が姓を受け継ぐ「命」を産み育てる決断をしてくれた娘には、手放しで「ありがとう!」の言葉しかありませんでした。早速、一族の墓前に参って「あと一代繋がったよ。」と報告し、ご先祖様の加護が彼の一身に降り注ぎますようにと祈りました。その際、墓前にとても良い香りが漂いましたので、ご一統様も歓喜にあふれていたに違いあません。親戚や友達も「よかったな〜」と泣いて喜んでくれ、安堵ともいえる祝意を感じる度に「この世に忌むべき命などは無く、新しい命というものは誰にとっても『希望』なんだ」と改めて感じました。
「内孫」とはいえ別居ですので、時折顔を見せてくれる娘の「善意」に頼って、彼の成長に目を見張るだけなのですが、これから言葉をしゃべり、家中を走り回る姿を想像すると、「熊と同居」などはせず、少しは命を惜しんで生先を見守りたいという気がしてきました。
我が家には、正月三賀日をトランプや各種のボードゲームをして過ごす慣習がありましたので、近い将来、彼が「参戦」してくることを心待ちにしています。一方、「伝統的な凧揚げや福笑いも経験させてあげたいし…できれば『百人一首』も覚えて欲しい…もしかするとお香も教えられるかな?」などと欲深な爺は夢想するのであります。(失笑)
その夢想の果てに、正月にめでたき「祝香」は数々あれど…いつか彼と「初笑い」ができるような楽しい組香を残したいと思いました。
このようなわけで、今回は「へのへのもへじ」で初笑いする新作組香「福笑香」(ふくわらいこう)をご紹介したいと思います。
まず、この組香は、散歩の途中にふとよぎった「”へのへのもへじ”の由来って何?」について考えを巡らしながら歩いている時に突如思いつきました。「へのへのもへじ」は、「へ・の・へ・の・も・へ・じ」の7つのひらがなを使って人の顔を描く文字遊びで、おそらく皆さんも一度はノートの端に書いたことのある顔かと思います。この顔は、覚えやすい語感と最小限の文字で描かれた、どこか間の抜けた愛嬌のある表情で、時代を超えて広く親しまれている「不朽のデザイン」と言えましょう。ご存知のとおり、2つの「へ」が両の眉を、2つ「の」が両目を、「も」が鼻を、3番目の「へ」が口を、「じ」が顔の輪郭を表すのですが、私はここから「一二三香のように数の異なる4種の要素で組香ができるな」と思った途端に頭が廻り始め、そこに「正月」という季節感が相まって「福笑い」の「おかめ」や「ひょっとこ」よろしく、あえなく歪んだ「へのへのもへじ」の滑稽な顔立ちが思い浮かんだというわけです。
因みに、「へのへのもへじ」の由来を調べましたところ、その起源は不明で、寺子屋あたりの落書きから自然発生して、少なくとも江戸中期以降には一般に知られていたと考えられ、江戸末期(弘化元年1844)に刊行された『新法狂字図句画』に歌川広重が描いた侍の顔にもその原型が確認できます。
【歌川広重:へへののもへいじ】
また、この組香には自作の証歌を配置してみました。
「松の宴香をまさぐりつ面差しの乱れて笑みぞ福となりぬる」(921詠)
意味は、「正月の宴席で香を探って福笑いの顔を結ぶ。その顔立ちは乱れているが、その乱れこそが笑みを生み、やがて福となるのだ。」ということです。
このように、
この組香は香りを「福笑い」の顔のパーツに見立て、その当否により映し出される顔立ちを想像して互いに「出来」を愛で、「崩れ様」を笑い合う娯楽を目的として作っています。
次にこの組香の要素名は「へ」「の」「も」「じ」となっています。これは即ち福笑いの 顔のパーツとなるのですが、「屁の文字」…まるで「べらぼう」の太田南畝先生の「屁踊り」♪└|∵|┐♪を彷彿とさせる語感が イイとは思いませんか?洒落がわかる方なのば、小記録を見て薄笑いが出るはずです。
さて、この組香の香種は4種、全体香数は8包(末広がり)、本香数は7炉(ラッキー7)となっており、構造は至って簡単です。まず「へ」は3包、「の」は2包、「も」1包、「じ」は2包作ります。次に「じ」 2包うち1包を試香として焚き出します。「も」と「じ」は顔のパーツとしてはともに1つずつなので、ここで顔の輪郭を表す「じ」の香を既知のものとして 区別できるようにしています。(福笑いでは輪郭は台紙に描いてありますし…)本香は、手元に残った「じ(1包)」に「へ(3包)」「の(2包)」「も(1包)」の計7包を打ち交ぜて順に焚き出します。福笑いでは、目隠しをされた人が 手探りで「これは眉」「これは口」と上下左右を含めて判断して台紙に置いていきますが、この組香では輪郭以外は匿名の香をランダムに焚き出すことによって「手探り」の状態を再現しています。一方、連衆は香の異同を 判別し「○」「×」「△」などで仮にメモして置き、試香で聞いた「じ」は正しく聞き定めて置きます。
本香が焚き終りましたら、連衆はメモを見返し、3つ出た香は「へ」、2つ出た香は「の」、1つ出た未知の香は「も」、試香で聞いたことのある香は「じ」と判 断します。そうして、名乗紙には1番目と2番目に出た「へ」は「眉」、3番目に出た「へ」は「口」と書き換えます。同様に「の」は「目」、「も」は「鼻」、「じ」は「面輪(おもわ=輪郭)」と書き換えます。これで福笑いの顔のパーツが出揃い各々の「面相」も現れて来るわけです。この要素名を聞の名目に書き換えるところがこの組香の第一の特徴となっています。こうして 、連衆は名乗紙に聞の名目を出た順に7つ書き記します。
EX:香の出「の」「も」「の」「へ」「じ」「へ」「へ」
回 答「目」「鼻」「目」「眉」「面輪」「眉」「口」
名乗紙が返って参りましたら、執筆は、連衆の答えをすべて書き写します。答えを写し終えたところで香元に正解を請い、香元はそれを請け香包を開いて正解を宣言します。執筆はこれを聞き、解答欄の当った 名目の右肩に「点」を掛け、外した名目の左横に「星」を打ちます。この組香では得失点をつぶさに「点・星」で表すことが 第二の特徴となっています。「点・星」を書き終えましたら、次は下附の段となります。
この組香では、下段に各自の成績を下附のみで表します
全中 笑門来福(しょうもんらいふく) ⇒笑う門には福来たる
全不中 拙中愛敬(せっちゅうあいきょう) ⇒拙い中に愛嬌がある
その他 ○福★笑 ※ 点(○)と星(★)の数をそれぞれ冠する
このように、全問正解の場合は「笑門来福」と附し、笑いも福も満ち満ちている様を表します。一方、全問不正解の場合は「拙中愛敬」と附し、崩れた顔ほど愛嬌があることを愛でてやさしくフォローします。その他は 、当りを「福」、外れを「笑」として点と星の数をそれぞれ冠します。これにより、当りはズレことなく正しくパーツを置いたということ「成る⇒福」を表し、外れたものはパーツを置き損じてズレて歪んだということ「崩る⇒笑」を表します。
EX:点4・星3⇒「四福三笑」
最後に、この組香は「面輪定まりて福の相あらはる」という趣旨から、より正しい整った顔を作った方を勝者としています。そのため通常通り「点・星」を差し引きして、最高得点者のうち上席の方の勝ちとします。
因みに、「面輪定まりきらず、座中笑み崩る」を趣旨として、よりおかしな顔を作った方を「笑いの王様」として勝者とするローカルルールも有って良いかなと思います。ズレているからこそ可笑しい。整っていないからこそ愛嬌がある。これは「事物の不完全さをそのまま受け入れ、なおそこに遊びと品格を見出す」という風雅の極致と言えるかもしれません。
この組香で、最も大切なのは、香の当否から現れる福笑いの面相を逐一想像することです。各自の回答欄を見ながら「あら、眉と鼻が曲がっちゃったわね」とか「あら、ひょっとこもビックリな顔になっちゃったわね。」とか、互いに顔の崩れを鑑賞し、遠慮なく笑い合うようにしましょう。福笑いは 元々「うまくいかないことを面白がる遊び」なので、成績はさておき「座」が和めば、その時点で香席は成立しているのです。
今月は各地で社中の「お初会」が開催されることと思います。皆様も新玉の年の初めに「福笑香」で和気藹々の事始をしてみてはいかがでしょうか。
今年の歌会始のお題は「明」・・・
これまでは老境に明るさを求めたこともなかったのですが
何か自分の老い先に価値を見い出せるようになりました。
明らけき稚児を抱きて翁媼の八重の汐路に春の陽ぞさす(921詠)
本年もよろしくお願いいたします。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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