「自分で作ろう!」シリーズ No.3

組香の作り方

 

「翫香」に熟達するためには、組香を創作してみるのが一番です。

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組香の起源は、「翫香」のコラムにも書きましたように「十*柱香」にあることは異論の無いところだと思います。この聞き当てゲームを基本として、故事に則った盤物にアレンジしたり、和歌などの文学的要素を脚色して香席での景色を彩ったりと組香の舞台や登場人物、遊び方のルールを様々に練り上げることは、香人の究極の楽しみであろうと思います。組香の創作には、内外の古典や詩歌に通じ、その主旨を端的に表現できる程の高い素養が求められます。この作業は、一種「全人格的な取り組み」であり、そこから生み出される組香は、正に創作者の「腐心と楽しみの賜物」であると言えます。

一方、香道伝授の起請文(きしょうもん)には皆傳無之内新組致間敷事」 (かいでんこれなきうち、しんくみいたすまじきこと)と書いてあり、門人となれば流派の伝承を厳格に守るため、組香を創作することは原則的に禁じられます。しかし、それは香道界での師弟間で交わされる掟書きの内容ということで、一般の方には「神罰」は下りません。むしろ、昭和の初期には「組香の創作無くして香道の将来無し。」と宗家周辺から大学生をも巻き込んで「新組」を創作する気運に満ちていた時代もありました。また、現在伝承されている組香についても、江戸時代に「新組○種」「新組○○種」と続々との組香書が版行された「香道の中興」時代の香人の新作です。

「昨今、組香を教えることばかりが香道と捉えられいるがそうではない。香道の真意を知るための術として稽古に飽きないように遊芸として教えているだけだ。」とは、既に200年も前の書物に書かれた序文の一節です。その後も「(教えるに易く、習うに易い)組香の伝授こそが香道の伝授」と誤解されたまま、数々の式法が忘れられて来たことは事実です。香道の真意に達するための第一段階である「翫香」のレベルをいち早くマスターするためには、「組香」を創作することによって初めて知ることができる「無知」や「苦楽」が何物にも変えがたい経験となり、道を進むための自己啓発となることでしょう。

このコラムでは、「今月の組香」に長年書いて参りました私の独断と偏見の延長線上で、新しい組香の創作を目指す方のために、組香の構成といったものを形式的に分析しつつ解説を試みたい思います。また、創作を目指さない方にも組香を鑑賞する際の道しるべとして、ご一覧いただければと思います。

  さて、これからは、昔ある香人からいただいた以下の設定を題材にして筆を進めたいと思います。

設定  ある人の六十の賀に人々集ひて宴せし 大雪なれど茶の縁によりて集ひし人たちなれば、これまた風流と喜びて松風を聞きぬ。

1 テーマを決める

まず、はじめに組香の精神的支柱となる「事物」を決めましょう。テーマは、故事、行事、季節、花鳥風月、物語、和歌等に大別されますが、最も一般的なものは、和歌に因んだものが多く、その他のテーマに因んだ場合でも証歌(しょうか)と呼ぶ和歌を付している組香が多く見られます。証歌は中世以降の八代集(古今、後撰、拾遺、後拾遺、金葉、詞花、千載、新古今)等の歌集から選ばれたものが多いようですが、新組となれば『万葉集』から『サラダ記念日』まで、どんな歌集から選んでも良いでしょう。また、昭和時代の創作では、「たけくらべ香」のように小説などの文学作品を題材に登場人物のかかわりを表すものや、珍しいものでは「月光曲香」のように交響楽の楽章のイメージを題材にしたもの等も作られています。

ここでは、あらかじめ「旧友が還暦に集まり茶会を催している風景」という設定と下記の証歌が与えられていますので、そのまま、記載しておきます。

証歌 われ見ても 久しくなりぬ 住の江の 岸の姫松 いく代経ぬらむ」

(古今集905:詠み人しらず)(伊勢物語198:帝)

この歌は、「私が見るようになってからでも、長い月日がたっている。住吉浜の岸にある、このいとおしい姫松はどのぐらい年月を経て生きてきたのだろうか。」老人が老松をいとおしむ意味が込められています。還暦に集まった茶友は、皆同じくらいの歳を重ねた方たちでしょうから、お互いの白髪や皺の深さを見合いながら、人生の来し方を振り返るという景色が見えてきました。

2 組香名を決める

テーマが決まれば、それに因んだ組香名を付けます。組香名は、「競馬香」の「競馬」のように故事や行事がテーマとなった場合は、その事物の名前がストレートに組香名となることがあります。一方、和歌や物語を題材にする場合は、証歌やその詞書を参考に歌の詠まれた背景や主旨を熟慮した上で組香名が決められており、「山路香」のように証歌の句「山路くらしつ」から組香名を得ているものも多く見られます。なお、組香名に字数制限はありませんが、香記に「○○香之記」とか「○○○香記」と「題号」を記載する字配りの都合もありますので、概ね5文字までくらいが座りが良いと思われます。

今回、設定の組香名も全く捻りを加えなければ「還暦香」や「雪中茶会香」でもよろしいのですが、ここでは、「祝香」として、少し品格を醸し出すために、このように命名することとましょう。

組香名 華甲香」(かこうこう)

「華甲」とは、「華」の字を分解すると6つの「十」と1つの「一」とになり、さらに「甲」は「甲子」の略で十干と十二支のそれぞれの最初を指すところから、数え61歳の「還暦」のことを意味します。

3 要素名を決める

組香のテーマを示し、景色の舞台背景を形成するのが証歌であるとすれば、その舞台上の大道具や登場人物等、主な景色を端的に表すものが要素名です。香席に出席した連衆は、席入り前に配布されたり、席中で廻される「小記録」によって、初めて組香の趣旨を理解するわけですから、そこに書かれる証歌や要素名は第一印象の形成のために大変重要なものです。

この要素名を最も簡単に決めるとすれば、「萬歳香」の「君が代は・・・」のように証歌の句をそれぞれ分解して、そのまま要素名と据える方法があり、設定の証歌についても香五種で「我見ても」「久しくなりぬ」「住の江の」「岸の姫松」「いく代経ぬらむ」をそれぞれ要素名として香を当てはめることができます。また、5句を「我」「久しく」「住の江」「姫松」「いく代」簡略化して、イメージに少し幅を持たせるやり方もあります。そうすると、「住の江」は「姫松」の縁語ですし、「久しく」と「いく代」も時の経過として括ることができますから、どちらかを省略して「我」「いく代」「姫松」と3つの要素名とするのも良いでしょう。さらに、全く別の方法として証歌の主景となる「住の江」を分解して「す」「み」「の」「え」に4つの香を当てはめる手法もあります。

その他にも様々な方法がありますが、香人の習性として最も一般的な考え方は、証歌から発想した要素名を新たに用意して、小記録の中にあらかじめ組香の舞台と登場人物を封じ込めておく手法でしょう。

ここでは、「華甲香」の設定である「茶会の風景」を尊重して5つの要素名を配して見ましょう。

華甲香

要素名

敷松葉(しきまつば)
雪庵(ゆきのいおり)
老楽友(おいらくのとも)
松風(まつかぜ)
笑(えみ)

さて、ここで要素名を選ぶ際に私が心がけることは、「時間、空間、視点、事物の陰陽、配色等を巧みに移動させる」ことです。例えばここに挙げた要素名を一から順にたどっていくと、「雪の振る露地から草庵に入り、友に会い茶を飲み談笑する」という時空間の流れが感じられると思います。また、招かれた方の視点「敷松葉で下に、雪庵で上に、老楽友では正面に動き、松風では目を閉じて音を聞き、最後は全方位で笑う。」と動くのも感じられる思います。さらに「敷松葉は陰景、雪庵は陽景、老楽友は中庸、松風は陰景、笑は陽景」として、陰陽を配分し、それに基づいて「敷松葉は茶色、雪庵は白、老楽友は赤色(還暦)、松風は緑、笑いは黄色」配色も整えています。

このような景色の動きは、小記録を一覧したところで、まず感じることのできる「導入の景色」となりますが、本香の中でシャッフルされ、引き去られたりすることで、封じ込められていた平面的な風景が解き放たれて「躍動感」を増し、複雑な連綿で連衆の心に「多様な心象風景」を形成することとなります。  

4 香木の種類を決める

香木の種類は、後に述べる香木の分量とも密接に関係しますが、「各要素名に1種類ずつの香木を当てはめる」のが一般的です。そのため、和歌の5句を分解すれば香木は5種となり、十*柱香形式を踏襲すれば「三葉一花」の4種となります。また、「名数」に則った組香で最も多いものは「三夕香」や「三友香」等の3種組です。中には「這花香」のように「難波津に」「咲くやこの花」「冬篭り」「いまを春辺と」「咲くやこの花」の5句のうち、繰り返す「咲くやこの花」をまとめて香4種とし、香の出に趣向を加える組香もあります。

ここでは、先ほど作りました「華甲香」の要素名に「木所」と「香銘」を1種類ずつ当てはめてみましょう。

華甲香

要素名

香銘 木所
敷松葉 枯芝(かれしば) 真那蛮(陰)
雪庵 てあぶり 羅国(陽)
老楽友 白峯(はくほう) 佐曽羅(陰)
松風 凍雲(とううん) 真那賀(陰)
雪間の萌(ゆきまのもえ) 伽羅(陽)

香組の際の留意点は、香席の趣旨によって「香木の陰陽」のバランスを考え「陰隠滅滅とした香気ばかりで重苦しい香席」とか「明るく華やかな香気ばかりで浮ついた香席」にならないように組むことが大切です。勿論、香木の取り合わせは「春の朝」と「秋の夜」では、もともとの舞台の明るさが違いますので、組香の主旨をよくよく吟味して、陰陽和合をきっちり「±0」で整えることばかりを考えず、敢えてバランスを崩すことも技量のうちです。また、「客香」が全て陽香である必要はありませんので組香の趣旨に合わせて選びましょう。一方、その「敢えて」が昂ずると、独善的になり勝ちですので、「慶賀香」なのに陰香ばかりとか、「追善香」なのに華やかな伽羅や派手な寸聞多羅がたくさん出て、連衆の心にそぐわない香席になってしまわないように注意しましょう。香組の醍醐味は「香を組んだ亭主のイメージ」と「香気によって形成された連衆の心象風景」が一致することだと思いますので、連衆に理解されづらい自分の美学や思い入れをあまり押し付けないことも大切でしょう。

香銘は、本座で使用される香木の固有名詞なのですが、小記録や香記に表わされた場合、組香の心象形成にも少なからず影響する要素ですので、季節や趣旨等を充分勘案して選びましょう。また、要素名の段でも申しましたが、「時間、空間、視点、事物の陰陽、配色等を巧みに移動させる」ことは、香銘を当てはめる際にも留意したいことです。特に十*柱香形式のように「一、二、三、ウ」と匿名化された要素名を扱う場合は、小記録の景色が無味乾燥となり勝ちなので、香銘による景色の導入・形成は是非とも心がけたいたいものです。

香組の際、木所は7種類ありますので、香味の似通った同じ木所のものは用いないのが一般的ですが、「舞楽香」の「光源氏」と「朧月夜」のように客香2種で組まれる場合には「どちらも伽羅」という組み方もあります。また「香味の似通いたるを使うべし」と指定されている組香もあり、この点は「趣向」の一環として取り扱えはよろしいかと思います。

5 香木の分量を決める

香木の種類が決まりましたら、各要素の「組香での役割」に応じて香木の数を決めます。たとえば、証歌を分解した最も簡単な組香であれば、主人公である「姫松」(住吉明神の化身)が最も重要な要素であり、次に大事なのが松と対峙する「我」ではないかと思います。そうだとすれば、「姫松」を「客香」に据えて1包、「我」は個性の強い香木として、他の要素である「久しく」「住の江」「いく代」と同様、試香有りとして各2包作り、本香は5種5香の組香にするのが一般的でしょう。その他、「姫松」を客香とし、それ以外の香は、本香で1〜2包を配し、概ね12*柱以内となるようにその分量を加減して、作者の表現したい風景を形作れば単純な組香でも楽しみが増えるかと思います。

また、「時雨香」「雪見香」「星合香」のように「雨」「雪」「星」の分量によって組香の景色を彩り、季節感を増すこともできます。証歌に現れていなくとも詞書が「雪いみじふ降りたるを…」となっていれば、要素に「雪」を加えて、その分量多くすると雪景色が表現できます。 要素名ごとの香数は、最終的に香記に残る「本香数」を意識して表したい景色の分量を勘案すれば良いと思います。

香数を勘案する際には「全体香数や本香数も意味のあるものとする」と尚結構でしょう。「七夕香」が本香7包、「八橋香」が本香8包で行われるというのもこの考え方から来ているものと考えられます。 還暦の祝いに使う組香ならば、やはり「十干」と「十二支」の由来から、全体香数もしくは本香数を12包か10包にするのがふさわしいかと思います。

6 試香を作る

試香は、あらかじめ要素名を宣言して廻すお香です。一般には、要素の中の「既知なるもの」について、試香を焚き出すことが一般的です。証歌を分解した最も簡単な組香では「我」(自分)や「久しく」「いく世」(共有した時間)「住の江」(何度も来た場所若しくは居所)等は、試香の候補となるでしょう。「姫松」は前述のとおり主役なので客香とし、試香を付さないのが妥当な扱いでしょう。また、「姫松」と「我」を客香2種として組み、両者の関係を物語るような組香とするのも一考に値するでしょう。

古くは、試香のある香を「客香」に対して「地の香」と称しました。「地の香」「客香」とも作者の好み次第で決められますが、どのような組み合わせにおいても「聞いたことの無い香が組み合わさって、答える手がかりが無い」という事態にならないように決めなければなりません。普通2つの客香が使われる場合は、「卯花香」の「垣根(3)」「卯花(1)」のように香数や木所を変えて出すことによって混同を避けています。一方、「舞楽香」の場合は、「光源氏(1)」「朧月夜(1)」を同じ木所で組むことも多く、混同は避けられませんので、「どちらか早く出たほう(初客)を源氏、後から出たほう(捨客)を朧月夜と答える」とか「客香は光源氏、朧月夜とどちらかを1つずつ書けば前後は問わない」等のルールが付されています。

ここでは、5.香木の分量、 6.試香のおさらいとして「華甲香」の要素名、木所、香銘に「香数」を配分し、「試香の有無」、「本香数」を示してみましょう。

華甲香

要素名

香銘 木所 香数 試香 本香数
敷松葉 枯芝 真那蛮

雪庵 てあぶり 羅国
老楽友 白峯 佐曽羅
松風 凍雲 真那賀
雪間の萌 伽羅

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この表では、本香数をあらかじめ意識して、露地に敷き詰めた「敷松葉」は多めに2包、「雪庵」は1つなので1包に、「老楽友」は2名2包、「松風」も茶釜のたぎる音のことなので1包、「笑」はいろいろな場面で登場願いたいので2包出るように香数を配分しました。香数の総計は12包で十二支を表し、本香数の8包は末広を表すこととしました。

7 打ち交ぜる

組香の構造で最も基本的な所作が「打ち交ぜ」(シャッフル)で、おそらく、殆どの聞き当てゲーム的性格の組香には「一体不可分」となっています。証歌を分解した最も簡単な組香の場合は、「我」「久しく」「住の江」「姫松」「いく代」の5種5香をそれぞれ要素として香を当てはめ、打ち交ぜて、ランダムに出される香の出によって偶発的な歌の景色を作ることができ、これだけでも立派な組香となります。十*柱香も香木の分量が異なるだけで、各要素を打ち交ぜて焚くだけの基本的な組香です。打ち交ぜの高等手段には、あらかじめ関係の深い要素をまとめて組にして置き、その組の単位でシャッフルしたり、決まった方式で入替える「結び置き」も含まれています。

8 任意に引き去る

次に使うテクニックは、「要素のうち何包かを任意に引き去る」ことです。このことによって、単に同数の香をシャッフルするだけよりも「香の出」の幅が広がり、あらかじめ要素名と香組で用意された風景をランダムに変化させることが出来ます。要素の数が減ったり、無くなったすることで、組香のテーマそのものが微妙に揺らぎますので、この揺らぎの意味を自由に解釈して心象風景を形成するのが、連衆の楽しみとなります。 証歌を分割した最も簡単な組香の場合でも、引き去りによって「姫松」が引かれた場合は、老人の孤独な風景が寂しく反映されます。「久しく」が引かれた場合は「我」と「姫松」との時間的経過が浅くなり、初対面のような景色になります。「我」が引かれた場合は、「姫松」は孤立し「いく代」「久しく」「住の江」に立ち続けることになります。

9 段組をつくる

大部分の組香は、前述までの「打ち交ぜて任意に引去る」テクニックで構成されていますが、この他に「前段」「後段」のように組香の舞台を複数に分けることがあります。これは、テーマの多重性によるものであったり、景色や時間等の大きな場面転換を物語ることが多いようです。証歌を分割した最も簡単な組香の場合は、5種5香を上の句と下の句に分割して、「我」と「姫松」をそれぞれ客香とし{(「我」「久しく」「住の江」)+(「姫松」「いく代」)}と結び置きして、各組をそれぞれ打ち交ぜると、「我」と「姫松」の周辺環境を2画面構成で表すことができます。そうすることで「我」と「姫松」の距離感や存在意義をそれぞれ尊重した景色を醸し出すことができます。  

また、前段で引去った香包を後段で加えたり、さらに打ち交ぜて引去ったり、時には「梅花香」のように前段の「焚き殻」を後段で焚き出すという組香もあります。  

ここでは、7.打ち交ぜ、8.引き去り、9.段組のおさらいとして「華甲香」の「構造式」を組んでみましょう。

華甲香

要素名

香数 試香 本香数 構造式
敷松葉

8−=6・・・A

雪庵
老楽友
・・・B
松風

この表では、試香を焚き終わって8包が残るので、これを一旦打ち交ぜ、その中から任意に2包引き去ります。本香A段は6包を焚き出します。本香B段は、引き去られた2包を焚くことを意味します。A段を「露地入りから懐石までの風景」とし、B段を「中立後の茶席の風景」とすると、「軸を架け替えて・・・」等の場面転換や茶会の時間配分が段組で表すことができるような気がしました。

10 一*柱開、二*柱開にする

「一*柱開」は、香を1炉聞いたら、その場で答えを投票する回答の決まりで、多くは、盤物に用いられ、自分の駒が進むのを逐一確認しながら興を増す際に使われます。また、盤物以外の組香でも、香札を回答に使用する「札打ち」とすることにより、真剣な聞香とするための趣向ともなります。

「二*柱開」は、香を2炉聞いたところで回答する方法で、要素の組み合わせによって、1つの聞の名目を1つ当てはめて答えることが多いものです。聞きの名目によって、小さな景色を多様に形成することから、文学的な遊びとしては、脚色の最たるものだと思います。「二*柱開」も元来「札打ち」で行われる場合が多いのですが、現代では、手記録紙にまとめて聞きの名目を書くことも多くなりました。

どちらも「香の聞き方と答えの出し方」をあらかじめ指定する高等手段であり、手記録紙で回答する「後開き」とは異なり、後に数合わせができない「一発勝負」のところに緊張感と面白味があります。

ここでは、先ほど示した「華甲香」の構造式を「二*柱開」に変換して組んでみましょう。

華甲香

要素名

香数 試香 本香数 構造式
敷松葉

8−=2×3=6・・・A

雪庵
老楽友
×1=2・・・B
松風

※ ブラウザによって文字が化けることがあります。

因みに、未だ「焚合(たきあわせ)」の伝授がされていない連衆の間で「焚合○○香」を行う際には「二*柱開」で行うこととなっており、「表組」としてたくさんの組香が残されていますが、「秘伝の香」とも密接な関係を持っている「焚合○○香」も「裏組」として意外にたくさん残されています。

11 聞の名目をつける

証歌、要素名、香名、構造等でまだまだ表現し尽くせない景色がある場合に、組香の舞台に配する小道具として、香の出(要素名)に対応した「言葉」を当てはめ、その言葉に置き換えて答えることとして、更に細かい景色を表現したり、趣旨を深めることがあります。また、要素数が少ないものや「一、二、三、ウ」のように要素名のないもの、証歌のないもの等、文学的景色に物足り無さを感じたときの補強にも使われます。 一般的には、香の出を2つまとめて1つの答えを書くもので、一般には「都春香」の「桜・柳→嵐山」ように脚色の意味が強いのですが、香の出1つを名目と置き換えて回答する組香の場合は、「除夜香」の「年→新年」「月→睦月」「日→初日」のように主題と直結するものが多くあります。また、「籬香」のように「客香出現の早晩」によって、「朝顔」「昼顔」「夕顔」のうちから聞の名目を選んで1つだけ書くということもあります。  

聞の名目を配備する場合には、全ての組み合わせについて漏れのないように名目を用意すること最も大切です。香を聞いても回答すべき名目が足りなくては、組香がそのものが破綻してしまいますので、要素名の書かれた表を作って、枠を埋めていくと間違いが少なくなり、配された名目の縦軸・横軸の「流れ」を確認しながら作ると、打ち交ぜた後でも「景色の散り具合」が結果的にバランス良くなります。聞の名目は、二*柱の組合せの場合でも、香の後先を区別すると「要素数×要素数」分必要になりますし、三*柱の組合せで名目を付ける場合は、さらに膨大な数となります。いずれにしろ、数多くの名目を配するための相当な語彙力と卓越した見識が必要となりますので、その覚悟が必要でしょう。

ここでは、「華甲」の文字が左右対象になっていることから、香の後先を論ぜずに組合せた15通りの「聞の名目」を付けてみましょう。

華甲香

要素名

敷松葉 雪庵 老楽友 松風 聞の名目
敷松葉 露地笠 つくばい 杉軒端 炭はぜ 枯木花
雪庵 一点雪 白湯 紅炉 中日和
老楽友 鶴亀 清聴 一味友
松風   千年翠 昔がたり
      萬歳楽

 ※「杉軒端(すぎののきば)」、「枯木花(こぼくのはな)」、「一点雪(いってんのゆき)」「一味友(いちみのとも)」、「千年翠(せんねんのみどり)」

表に配された聞の名目の景色は、要素名と同じく露地入りから茶席の談笑までの風景を時間・空間・色彩で配しています。「後先を論ぜず」とは、香の出が「敷松葉・松風」でも「松風・敷松葉」でも「炭はぜ」(炭が爆ぜる音)と答えるということです。また、「老楽友・老楽友」のような「同香」の組合せには所々に「鶴亀」等、慶賀を表わす言葉も散りばめ、侘びの中にも「ちらほら」と金色が輝くような景色を狙っています。一段目の横系列は、連客の物理的な移動による景色の流れ、二段目では、「一点雪」は「迷い」、「中日和」は「仲直り」の意味もあることから、連客の長い間の人間関係が「紅炉」で解けていく有り様も暗に含めました。三段目以降では茶席内の雰囲気を表わしています。

12 下附をつける

「下附」は、一般的には各自の得点そのものを回答結果の最下段に漢数字で記載し、それぞれの成績を表わすものです。しかし、「聞の名目」同様、景色の小道具として、答えの当たり方に対応した「言葉」で成績を表わし、香記の景色を飾る場合もあります。下附は、本香全体の正解数によって上・中・下のレベルをつけ「事始香」の「喜び、迷う、繰返し」のように「成就・途中・失敗(出直し)」を表わすもの、「紅葉香」の「千入〜散紅葉」ように「数が増すほど昇格する」ことを表わすものが多く見られます。また、「月見香」の「中秋、十六夜、有明の空」のように「時の前後を表わすもの」を表わすものや「雨乞香」のように下附に「歌」を書き「特定の景色を結び付けるもの」等もあり、千差万別なイメージで言葉が選ばれています。

13 配点を変える

最も基本的な「十*柱香」では、「1つ当たる毎に1点」と点数をつけ10点満点とします。一般の組香では「客香は2点、その他の要素は1点」客香を加点要素とする場合もあります。また、連衆のうちたった一人だけ聞き当てた場合を「独聞(ひとりぎき)」と言って、特別に加点する場合もあります。

一方、「過怠の星(かたいのほし)」といって、答えの間違いを黒点で示して減点する場合もあります。例えば「一陽香」では、試香で聞いた香(一陽来復の)「一」を聞き間違えると、「恥」として各自の総得点から減点されます。また、「花月香」のように敵味方に分かれて聞く場合は、味方の香を間違えると「自滅点」として減点されます。「星」の付く組香は、およそ下附が点数で表わされ、各自の合計点で勝方・負方が決められます。  

ここでは、12.下附、13.配点のおさらいとして「華香香」に「点数」と「下附」を付けてみましょう。

華甲香 点数 下附

回生

洗心
和み
語らい
一座建立

点数は、聞の名目1つの当たりにつき2点と換算し、2つの要素のうちどちらか一方だけ当った場合に1点加点する「片当り」ルールは用いないことにしました。すると、点数は、無、二、四、六、八の5通りとなります。下附は、茶席の雰囲気をイメージして4段階に配してみました。「回生」は生まれ変わって出直しの意味、「洗心」「和み」「語らい」は連衆の盛上がり度を示し、最後は茶席の究極の目的である「一座建立」で締めくくりました。

14 その他の手法

組香には、その他にも様々な特異な趣向が凝らされていることがあります。例えば、「当座香」では香の出の頭文字を折り込んで俳句で回答します。「重陽香」では各自の成績である下附の数によって、証歌の欄に和歌・漢詩のどちらを書くかが変わります。また、「宇治山香」では本香で引き去られた香包を新たに「花」「鳥」「風」「月」の4包に包み直して「拾遺香」という全く別の組香(二席続き)としてしまいます。この「拾遺香」は他の組香でも見られる香木の有効利用の手段でしたが、現在では香木そのものが貴重なため、あまり行われなくなりました。

ここでは、設定された証歌に返歌があることが調べている途中で判明しましたので、敢えてこれを香記に加える方策を考え、「華香香」のB段の香の出が「笑・笑」となった場合は、証歌に並べて下記の歌を奥に記すこととしましょう。

「むつましと君はしらなみ瑞垣の久しき世より祝いそめてき」

(伊勢物語199:おほん神=住吉)

「華甲香」の証歌は、伊勢物語の百十七段に登場します。そこでは、(平城天皇)が住吉に行幸した際、住吉の松を御覧になって、「われ見ても・・・」の歌を詠んだところ、住吉の御神が姿を現されて、「仲睦まじいと帝は知らないだろうが、神の瑞垣の遠く久しい時代から帝を祝い初めていたのだ」との意味を込めて「むつましと・・・」の返歌をされたという逸話が書かれています。

B段の茶席が「笑・笑」の「嬉々一色」となったとき、亭主も連衆もお互いのことを「昔から応援していたのだ。」と心から言い合う「弥栄」の気持ちが、「老人と老松」の風景の成就を物語るような気がしました。

15 まとめ

以上、設定と証歌との間に若干連想しづらい次元の違いがあったのに加えて、「茶道ド素人」の私が組みましたので、その道の方には「笑止千万」な内容かもしれませんが、あくまでも例示ですのであしからずご了承ください。ここで、今までに取り揃えた技巧・趣向を1枚の小記録にまとめて見ましょう。

どうでしょう・・・小記録がギッシリで実に「窮屈」な感じがしませんか?

うです。小記録が窮屈であれば、組香も窮屈になる筈です。昭和の香人によって組まれた組香の多くが研究の成果として技巧に走り、心遊ぶ余地の少ない窮屈なものとなってしまったのは残念ことでした。ここでは、皆様方のケースワークのための例示として一般的に用いられる技巧を全て盛り込みましたが、これは私の本意ではありません。これでは作者の自己満足と思い入れを押し付けるだけで、聞く方には面白みがありません。やはり、簡素でありながら内包する景色が深遠で、連衆が小記録から解き放たれて自由に心象風景を結ぶことのできる「小記録の中を風が通り抜けるような組香」が秀逸なのではないかと思われます。

 皆様も組香を創作する際にあれこれを思い巡らし、逐一調査・検証されることでしょうが、その調査と検証を「無駄にすまい。」として反って複雑で難解な組香を作ってしまわないよう心がけてください。作者(亭主)も連衆もお互い「内心は自由」・・・作者の思い入れなど小記録に現れては雅趣を損ないます。苦労は自分自身が評価してやれば済むことですので、どうぞ、枝葉末節にとらわれず「作者と連衆の心が香気によって結ばれ、溶け合って行く」ような、すばらしい組香を作ってみてください。

 

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