(めいこうろくじゅういっしゅなよせもじくさり)
名香は、「名物の香」と言う意味で、佐々木道誉所持百八十種名香や、天皇が銘をつけた勅命香、そしてここで述べる六十一種・百二十種名香のような、由緒があり香気が優れた最良質の香のことを意味します。
名香の中でも特に重要なのは、香祖三条西実隆が選者となって編成し、後に入れ替え等が行われてさらに選りすぐられた六十一種名香です。現在、聞く機会に恵まれることは非常に希ですが、最高品質の香木の香りに包まれることによって「聞」や「火合い」というものを悟ることができるような気がします。
六十一種名香は、香人であれば名前ぐらいは是非覚えておいてもらいたいと思いますが、61もの香名を暗記することは容易ではありません。
そこで先達は、香名を七五調にまとめ長歌風にアレンジして、自分勝手な節回しで口ずさんで覚えました。それが、「名香六十一種名寄文字 鎖」です。
それ名香の数々に、にほひ上なき蘭奢侍、いかにおとらん法隆寺、逍遥・三吉野・紅塵(こうじん)や、やどの古木の春の花、ながれたえせぬ中川と、とくに妙なる法華経は、花たちばなの香ぞふかみ、みかはにかくる八橋の、法のはやしの園城寺、しかはた似(にたり)うらみそふ、ふじの煙の絶えやらじ、しげる菖蒲(あやめ)にふく軒ば、般若・鷓胡斑(しゃこばん)・青梅(せいばい)よ、よにすぐれたる楊貴妃の、のどけき風に飛梅(とびうめ)は、花のあとなる種が嶋、またも浮き世に身をつくし、白妙なれや月の夜に、にしき竜田の紅葉の賀、かたぶく斜月・白梅よ 夜さむの千鳥浦つたふ、ふかき教えの法花(ほっけ)こそ、そこぞと匂う鑞梅(ろうばい)や、八重垣こめし花の宴、むもるる花の雪をみめ、名月・賀・蘭子(らんす)・蜀(卓:しょく)・橘、名さへ花散里とへば、春の丹霞(たんか)のたちそひて、手に持ちなれし花かたみ、身の上薫(うわだき)の香を残す、須磨の浦はに夜を明石、しらむもしらぬ十五夜の、軒は隣家に立ちならぶ、ふる夕時雨・手枕(たまくら)の、のこる有明ほどもなく、雲井うつろふ紅は、はなの初瀬の曙か、寒梅・二葉・早梅(そうばい)を、をく霜夜とぞまがえけん、むすぶ契りは七夕よ、夜は老の身の寝覚せし、東雲はやくうす紅、日陰もさすや薄雲の、上り馬とや名づけけん、六十の香これをいふなり 大枝流芳著「校正十柱香之記」より |
私は、所持した人や香舗によって銘の付けられた香木である「銘香」と
名物の香である「名香」とを個人的に区別して表記しています。