源氏香之図の吉凶と時候

《《源氏香で装う》》

源氏香之図は、日本の伝統模様として独自の発展を遂げています。

 香道を離れた「源氏香之図」は、「源氏香」と呼ばれる雅でかつ簡潔な意匠となり、現在でも広く一般に普及しています。

 以前、ある方から「喪装用のバックに何やら源氏香のマークが付いているのですが、これってどんな意味があるのですか?」と質問を受けたことがあります。絵解きをしてみるとそれは「御法」の図でした。「御法」は他の図に類を見ない非対称系の美しいデザインなので、黒一色にワンポイントの刺繍でもしてあれば、現代的にも優雅にも見え、多くの人々に好まれることでしょう。しかし、単に美しいというだけではない「忌み」を表す何かがあると直感して、源氏物語を紐解きました。すると、そこには「紫上の病死」がテーマとなった物語が綴られていました。

 そんな経緯から、「源氏香」の意匠にまつわる、吉凶を調べていましたところ、尾崎左永子さんの「源氏の薫り」(求龍堂) の中に「染物屋の紋帖における源氏香の吉凶と時候」という記述を見つけましたのでご紹介します。

 ここでは、源氏香之図を単なる意匠と捉えましたので、香道では一般的に出現しない「桐壺」と「夢の浮橋」についても図を加えました。「桐壺」は、「若菜(下)」と同じ図で、桐壺の図のある場合は、「若菜(下)」を省略すると書いてある香書もあります。「夢浮橋」は、「手習」と同意とも解釈されますが、縦線の繋がり方が上下となっており、一本の線になってしまう意匠です。染物屋の紋帖にも、「古来この2つの図柄は無かった。」と断り書きのある場合もあるそうです。

源氏香之図の吉凶と時候

きりつぼ(一、二炉と三、五炉が同香、四炉は異香)わかな-したと同じ図

桐壷

ははきぎ(全部異香)

帚木

5,6月

うつせみ(一、二炉が同香、三、四、五炉は異香)

空蝉

6月

ゆうがお(二、三炉が同香、一、四、五炉は異香)

夕顔

8月

わかむらさき(一、二炉と三、四炉が同香、五は異香)

若紫

春より秋

すえつむはな(二、三、四、五炉が同香、一炉は異香)

末摘花

四季

もみじのが(一、三、四炉が同香、二、五炉は異香)

紅葉賀

9〜10月

はなのえん(一、三炉が同香、二、四、五炉は異香)

花宴

3月

あおい(四、五炉が同香、一、二、三炉は異香)

四季

10

さかき(一、二炉と三、四、五炉が同香)

賢木

四季

11

はなちるさと(一、三炉と二、四炉が同香、五炉は異香)

花散里

5月

12

すま(一、四炉と二、三、五炉が同香)

須磨

四季

13

あかし(三、四炉が同香、一、二、五炉は異香)

明石

四季

14

みおつくし(一、二、四炉が同香、三、五炉は異香)

澪標

四季

15

よもぎう(三、四、五炉が同香、一、二炉が異香)

蓬生

4月

16

せきや(二、三、四炉が同香、一、五炉は異香)

関屋

9月

17

えあわせ(一、四炉と三、五炉が同香、二炉は異香)

絵合

3月

18

まつかぜ(二、三炉と四、五炉が同香、一炉は異香)

松風

19

うすぐも(一、二、三、四炉が同香、五炉は異香)

薄雲

四季

20

あさがお(二、三、五炉が同香、一、四炉は異香)

朝顔

秋冬

21

おとめ(三、五炉が同香、一、二、四炉は異香)

乙女

四季

22

たまかずら(一、二、三炉と四、五炉が同香)

玉鬘

3〜12月

23

はつね(二、四炉と三、五炉が同香、一炉は異香)

初音

正月

24

こちょう(一、三、四炉と二、五炉が同香)

胡蝶

3,4月

25

ほたる(二、四、五炉が同香、一、三炉は異香、)

26

とこなつ(一、二、三炉が同香、四、五炉は異香)

常夏

27

かがりび(二、四炉が同香、一、三、五炉は異香)

篝火

初秋

28

のわき(一、二炉と四、五炉が同香、三炉は異香)

野分

8月

29

みゆき(一、二、四炉と三、五炉が同香)

行幸

冬春

30

ふじばかま(二、五炉が同香、一、三、四炉は異香)

藤袴

8,9月

31

まきばしら(一、五炉と二、四が同香、三炉は異香)

槇柱

四季

32

うめがえ(一、三、四、五炉が同香、二炉は異香)

梅枝

正月,2月

33

ふじのうらは(一、四炉と二、三炉が同香、五炉は異香)

藤裏葉

3〜12月

34

わかな-うえ(一、四、五炉と二、三炉が同香)

若菜上

35

わかな-した(一、二炉と三、五炉が同香、四炉は異香)

若菜下

四季

36

かしわぎ(一、三、五が同香、二、四炉は異香)

柏木

正月〜秋

37

よこぶえ(一、二、五炉が同香、三、四炉は異香)

横笛

2月

38

すずむし(一、五炉と二、三炉が同香、四炉は異香)

鈴虫

夏秋

39

ゆうぎり(一、三炉と二、五炉が同香、四炉は異香)

夕霧

秋冬

40

みのり(一、四炉と二、五炉が同香、三炉は異香)

御法

春夏秋

41

まぼろし(一、五炉が同香、二、三、四炉は異香)

四季

42

におうのみや(一、三炉と二、四、五炉が同香)

匂宮

2月

43

こうばい(一、四炉が同香、二、三、五炉は異香)

紅梅

44

たけかわ(一、五炉と二、三、四炉が同香)

竹河

1〜7月

45

はしひめ(一、二、三、五炉が同香、四炉は異香)

橋姫

46

しいがもと(二、五炉と三、四炉が同香、一炉は異香)

椎本

四季

47

あげまき(一、二、五炉と三、四炉が同香)

総角

秋冬

48

さわらび(一、三炉と四、五炉が同香、二炉は異香)

早蕨

49

やどりぎ(一、二、四、五炉が同香、三炉は異香)

宿木

四季

50

あずまや(一、四、五炉が同香、二、三炉は異香)

東屋

8,9月

51

うきふね(一、五炉と三、四炉が同香、二炉は異香)

浮舟

52

かげろう(一、三、五炉と二、四炉が同香)

蜻蛉

夏秋

53

てならい(全部同香)

手習

四季

54

ゆめのうきはし(全部同香を示し手習いと同じだが、横線を上下交互に結んだ図)

夢浮橋

出典:尾崎左永子著「源氏の薫り」より一部引用

 

 上の図をみますと、吉凶のバランスは「吉24:凶30」という結果になります。この吉凶をどうやって決めたかについては解っていませんが、おおむね「源氏香の各帖に記述されている物語のムード」から割り振ったものと考えられます。「おとむらい柄」の凶は、先ほどの「御法」然り、「宇治十帖」に多いことでも理解できます。一方「おめでた柄」の吉としては、「初音」「梅枝」は文句無しです。ただし、一概に全帖「納得!」という訳にも行かないようです。

 「花宴」のように朧月夜との淡い逢瀬を凶とするのは、現代人の感覚からすると「?」かもしれませんね。朧月夜はもともとファンも多いキャラクターですし、帖名の「花宴」という語感もあまり陰気なものを直感させません。確かに源氏の須磨流しの端緒となる行為もあったので「凶運の始まり」と言えるかもしれませんが、この辺は、吉凶を断じた時代の歴史感や道徳感もあったものと思われます。(源氏香を紐解くことは、淑女の基礎教養でしたから・・・)

 時候については、物語の季節感がはっきり出ているものについては、完全に符合していると思われますので概ね納得というところでしょう。物語が長期にわたるものなどは「四季」とぼかしたり、または最も重要と思われる季節を取捨選択しているようです。その関係で、吉凶も幾分影響されています。帖の前後で季節が違う場合は、重要な部分の季節を採用し、その内容で吉凶を決めていることもあるようです。

 意匠としての「源氏香」は、江戸末期に体系が整ったと言われますが、以来、日本の伝統模様として伝承され生活に深く根付いてきました。皆さんも「源氏香」を目にしたらその吉凶を思い出してみてください。お饅頭の焼印の意味がわかるかもしれませんよ。

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