香のする木ってなんでしょう?
香木とは、簡単に言えば、東南アジアに生息するジンチョウゲ科アキラリア属の植物等が「不健康状態」になり、それを食い止めるために芳香のある樹脂の結んだ部分を切り出したものです。
沈香木自体は、幹も花も葉も匂いません。また、比重もとても軽く0.4程度です。
その木が、風雨や病気、害虫などによって自分の木部を侵されたとき、その防御策として内部に樹脂を結び、その部分だけは、腐らずに熟成を続けます。
樹脂の結びは、病気による倒木や立枯れでできた「熟結」、故意に木を傷つけたり、根を切ったりしてできた「生結」、水によって朽ちた「脱落」、白蟻などの虫害によってできた「虫漏」と木の受けた不健康状態の原因によって分別されます。これを探し出して乾燥させ木部を削り取ったものが香木です。このごろは、生結のものが多く、生木の瘤や枝の根本から切り出すそうです。
沈香は別名「沈水香」と言われるように水に沈む比重を持っています。水の中間に留まるものを「淺香」、浮くもの「黄熟香」といって区別しますが、香道では、比重よりも内に秘めた香気を問題にします。沈香のうち特に香木の素性、樹脂、香気の質のいいものが選り分けられて「伽羅」となります。
香木の香りの主成分は、従来は林業試験所の分析結果からベンジルアセトンやテンペルアルコール類ということが分かっていました。近年は、ガスクロマトグラフィの分析技術により、大阪大学薬学部の米田該典氏が更に細かく精査し、ジンコウオール、ジンコウオールU、α−アガロフラン、β−アガロフラン、クスオール、デヒドロフラノン等9種類の香木特有の化合物を検出しています。
しかし、結局は「樹脂の結び方」「熟成の過程」が香気の由来に大きく反映されるため、「自然の魔法」無くして香りの再現は不可能と言われています。
香木は、古くから心身の浄化やリラックスをはじめ、健胃、強壮、利尿、解毒に効用があるものとされ、香薬として用いられてきましたが、16世紀後半に「香の徳論」なるものが提唱されました。
感格鬼神 清浄心身 鬼神を感格(かんかく)す。心身を清浄にす。 |
※ 細谷松男著「香道大意」より
沈香木を6種類に大別して、それを「六国(りっこく)」と言います。六国は、その香木の産地から由来した、伽羅(きゃら)、羅国(らこく)、真南蛮( 真那班:まなばん)、真那伽(真那賀:まなか)、佐曾羅(さそら)、寸聞多羅(すもたら 、すもんだら)という名前のことで、これに新伽羅(しんきゃら)を加えて7種類を「木所」と言っています。御家流は、それぞれ記号を付けて略称としています。
一方、植物学的には、伽羅、羅国、真南蛮、真那伽、新伽羅は、Aquilaria属、佐曾羅は、Santalium属(白檀)、Pterocarpus属(赤栴檀)、寸聞多羅は、Gonislylus族の植物であるとの分類がなされています。
更に木所の持つ代表的な印象を辛、甘、酸、鹹、苦5つの味に大別して「五味(ごみ)」と言います。
これが世に言う「六国五味」です。現在、沈香の多くは、ベトナムやカンボジア、ミャンマーの奥地から産出されるので、産地の種別は形骸化しており、香木の姿や香気をもとに木所を決めています。この鑑定が非常に重要で、熟達した知識と経験が必要です。
木所 |
記号 |
産地 |
陰陽 |
形容 |
六歌仙 |
色 |
伽羅 |
一 |
インド |
陽 |
宮人 |
僧正遍照 |
橙、チョコ、鼠 |
羅国 |
二 |
タイ |
陽 |
武士 |
在原業平 |
橙、チョコ、鼠、黄 |
真南蛮 |
三 |
インド南西部、マラバル地方 |
陰 |
百姓 |
大友黒主 |
橙、チョコ、鼠、黄、黒 |
真那伽 |
ウ |
マレー半島南西部、マラッカ地方 |
陰 |
女 |
小野小町 |
橙、チョコ、鼠、黄 |
佐曾羅 |
花一 |
諸説あり、不明 |
陰 |
僧 |
喜撰法師 |
黄、茶、赤 |
寸聞多羅 |
花二 |
スマトラ島 |
陽 |
地下人 |
文屋康秀 |
橙、黄、黒、茶 |
新伽羅 |
花三 |
伽羅の円熟しないもの |
− |
− |
− |
橙、チョコ、鼠 |
※ このほか、香の立ち方、香気、油のり、粘り、艶、木質、木肌等によって総合的に判断します。
「五味」については、流派、出典等によって、諸説があるようです。これは、宗匠が香木を極める際に、複雑な香味のうち、どの味の特徴に重きを置いたかに由来するものではないかと思われます。
木所 |
志野流 |
御家A |
御家B |
御家C |
伽羅 |
苦 |
苦 |
辛 |
辛 |
羅国 |
辛 |
甘 |
甘 |
甘 |
真南蛮 |
甘 |
鹹 |
苦 |
酸 |
真那伽 |
鹹 |
無 |
無 |
無 |
佐曾羅 |
酸 |
辛 |
酸 |
鹹 |
寸聞多羅 |
酸 |
酸 |
鹹 |
苦 |
新伽羅 |
(苦) |
(苦) |
− |
− |
※ 御家A・・・細谷松男著「香道大意」、御家B・・・三條西公正著「香道」、御家C・・・筆者が伝授されたもの
次のページでは、木所別にその姿と香りの特徴について説明します。
天下の名香に会えるかも…